彼女との約束
電王のいう通り、魔法の世界の出現だ。
「もう行くんだろ?」
「……ああ。俺自身で、この世界の姿を確認するんだ。だって生きてる、死んだ明日香との約束だしな」
力強く言い放ち、立ち上がる智。
彼はようやく決心していた。
電王によって導き出された、この世界を見て周ろうと、そして場合によっては破壊しようと。
この石積みの中には、明日香が掲げていた赤い秘石の欠片が埋められている。
彼女が遺した、二つ目の生きた証だ。
その脳裏に過るのは、明日香との会話だ。
破壊神の力を、明日香に初めてお披露目したあの夜。
二人、ひとつのベッドで生まれたまんまの姿で、ひとつになった夜の思い出。
二人は薄暗い室内、明日香のベッドの上でひとつになっていた。
智が明日香の背中から腕を回して、その胸元を抱きかかえていた。
その全てが愛おしい。安らぎの感覚が全身を包み込む。いつまでもこうしていたいと思っていた。
「もし、あたしが死んでも、悲しむなよ」
だがその明日香の一言でハッとした。
すかさす明日香の小柄な身体を回し、自分に向き直らせる。
「そんなこと言うなよ」
明日香の両肩に手を伸ばし、慌てて伝える。
自分では冷静に、男らしく伝えたつもりだ。
だが明日香には、そうは見えなかったのだろう。
「そんなツラ、すんなよ」
明日香が智の頬に両手を添えた。
「人が生きてる以上、いつかは死ぬんだ。あたしが先か、あんたが先か、それが明日か、百年後か、それだけの違いだろ」
いつも通りの笑顔だ。
キラキラした瞳、長いまつげがピクリと震える。
「だけどさ」
それは智だって理解はしてる。
理解してるけど直接は訊きたくなかった。
「例えどちらかが死んでも、この時間、この一瞬だけは永遠なんだ。その全ては互いの中に残ってる。悲しむ余裕なんてないんだよ。それを乗り越えて、前に進まなきゃ」
まるで遺書でも残してるような、淡々とした口調。
その言葉の内容と、穏やかな表情、優しい笑顔、それらが混在して、智を益々混乱させる。
「ホント、いつまでたっても臆病だな。お前男だろ?」
智の頭を引き寄せる明日香。
互いに額をぶつけた。
一瞬の沈黙。明日香はなにかを考えるように瞼を閉じてる。
「それじゃ、交換しようか」
やがて笑顔を見せて、再び距離を取る。
「交換?」
困惑する智の右手を、明日香の左手が掴み取った。
そしてゆっくりと自分の胸元に持ってくる。
「えっ?」
智の表情がかすかに紅潮した。
その掌が触れるのは、明日香の胸元だ。
そのふくらみの温かさが、手を介して伝わってくる。きめ細かな肌、吸いつきそうな感覚を覚える。
それと同時に、ドクンドクン、という命の鼓動を感じた。何故だが安らぐ響き。
世界の摂理が、そこには凝縮してるように思えた。
「それがあたしさ」
ニコリと微笑む明日香。
それを見てると、自然と智も笑顔が浮かんでくる。
「そしてこれが智」
明日香の右掌が包むのは、智の胸元。
「これで二人はひとつだろ」
二つの両手を介して、二つの命の鼓動が共鳴していた。
「もちろんあたしは死ぬつもりはないよ。生きて、智と共に生きて、明日を迎えるんだから。この命の鼓動は、ずっと続くんだから」
それこそが智と明日香、二人が交わした約束だった。
だから前に進む。ここで泣いても、明日香は喜ばない。
前に進むこと、明日へつなげること、それが明日香の願いだから。
今の世界が、彼女の求めた世界だとは思えない。
電王が言う来たるべき世界が、どんなものかも分からない。
それでも留まることは出来ない。
何故なら道は拓きだしたのだから、新しい世界が始まったんだから。
全ての解放と平和の世界。
それが、明日香と交わした唯一の約束だから。
~終わり~
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