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ネクストワールド  作者: 成瀬ケン
第一章
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不満だらけの人生




 俺にはどうでも良かったんだ。

 ……普段通りの、何気ない時間があれば。


 俺は満足してたんだ。

 ……この静かで平穏な日常が、いつまでも続けばって。


 俺は普通だと感じていたんだ。

 ……ありふれたように続いていく、この世界の仕組みがだ。



 だけど違った。


 ……何気ない日々が終わりを告げて、新しい世界が動き出し始めていたんだ……






 パパーッ! 車のクラクションが鳴り響く。



 雑然とうごめく車の群れ。無機質な金属が、人の意思で動き回る。


 やがて信号が赤に変わって、その動きを止める。



 そして動き出す人集り。


 別々の意思を持ったそれは、規律正しく同じ方向に向かって動き出す。



 辺りにはガヤガヤとした話し声や、排気音が響き渡っていて、やけにうるさい。


 鮮やかな広告看板と、無機質なコンクリートのビル群が見下ろしていた。



「なにしてんだよ? 信号変わったぞ、早く行くぞ」

 前方から響く声で、青年は我に返った。


 額まで伸びる黒髪の、どこにでもいそうな青年だ。


 ボロボロのビンテージジーンズをはきこなし、くたびれた靴と、鮮やかなTシャツを着込んでいた。


 彼の名は松本智まつもと さとし


 故郷から上京し、都会のど真ん中に投げ出された二十歳の男だ。



 そしてその前方で振り返っている、短い茶髪の男は、遠藤俊平えんどう しゅんぺい


 同じアパートの隣に住む、同い年の男だ。


「……悪い、少し考えごとをしてた」

 智が咄嗟に駆け寄った。


「考えごとって、考えるような男かよ」

 ぶっきら棒に言い放ち、俊平は再び歩き出す。


 その後を智が追った。



「馬鹿、俺だってたまには考えごとくらいするさ」

 そして二人並んで歩き出した。



「……しかし、いい就職口、ねーよな」


「ああ、全くだ。……あっても安いかキツイ」


「だよな。お坊ちゃまな俺には、合わない仕事ばかりだ。もっと楽で稼げる仕事、希望だしな」


「あれ? 俊平ってお坊ちゃまだったのかよ?」


「ものの例えだろ?」


「そりゃーそうだ」


 二人は現在フリーターだ。


 この日は就職活動の為、ハローワークに行っていたのだ。


 行ったは良いが、目ぼしい職が見つかる筈もなかった。

 この世知辛い世の中、なんのコネもない彼らには、困難な時代だ。


 こうしてグダを巻いて、帰途に就くのが関の山。



「ハァー、全部政府が悪いんだな。景気の悪化は、国の責任。俺達が就職出来ないのも、国の責任。煙草を増税するくらいなら、俺達の就職斡旋くらいして欲しいもんだな」

 淡々と吐き捨てる俊平。


「マジだよ。俺の夢を後押ししろっての」

 智も同調して言い放った。


 実際ただのグダだ。先が見えないから、他人のせいにする。

 特に俊平は、経済学部に在籍していた経緯から、そういうグダは得意だ。



「…………」

 そんな風に考えていた智の顔色を、俊平はマジマジと覗き込む。


「……なんだよ俊平? 俺の顔になにか付いてるか?」

 堪らず投げ掛けた。


「……いや。……ただ智の夢って、なんだろうなってな」


 その台詞に、智はハッとした。


 智が故郷を捨てて、都会に上京してきた訳は、大学に入って憧れのキャンパスライフを送る為だった。


 とは言っても、単位を落として直ぐに退学したのだが……



 結局キャンバスライフなんかに、強い想いなどなかったのだ。

 周りのみんなが受験して、誰もが都会に夢を抱いてたから、それに同調しただけ。


 誰だって似たようなものだろうと感じていた。

 夢なんて、最初から見つけられるものじゃない。

 他人に同調し、刷り込まれたままに夢を抱くだけなんだと。

 本当の夢に気付かず、誤解したまま突き進んでいくだけなんだと。


 智はそう結論付けていたのだ。



「馬鹿、俺に夢なんてないさ。強いて言えば、今よりちょっとマシで、安定した生活が送れればそれでいいのさ」

 はぐらかすように答えた。


 その台詞には、ちょっとした矛盾はあった。あったが、そう答えるのが正解だと思っていたのだ。



 俊平の表情は怪訝そうなものだ。意味深な視線で智を見つめている。


 それでも納得し、前方に視線を向けた。


 因みに俊平も、同じ大学を辞めていた。

 政治家を目指して入学したはいいが、趣味に没頭しすぎて金欠、授業料を払えなくなった。



「智、今日はバイトないよな?」


「ああ、バイトは明日の午後から」


「だったら今夜は飲むか? こんな暑い日は、ネットしながら飲むのが最高だ」


「いいな。それ」


 暑い季節はとうに過ぎた筈だった。


 それでも今年の夏は、記録的な猛暑を記録した。

 九月といえど、猛烈な残暑が喉を刺激する。


 空は高く澄んでいて、細切れの雲がたなびいている。



「早く秋にならねーかな。クーラーのない生活は堪えるよ」

 ムカつき加減に空を睨む智。


「確かだ。異常気象も国のせい。金持ち達が温暖化を進めてるんだぞ」

 俊平も空に投げる。



 ……それは違うだろう。


 そう感じる智だが、余計な台詞は言わないことにした。

 言ったところで、なにも変わらないと分かっていたからだ。



「……しっかし、さっきから変な物が飛んでるよな」


「飛行船か? ……ブドウのような……酷いデザインの船だよな……」


 ビルの間には、なにか大きな物が飛翔している。


 紫色の派手な飛行船らしい。子供が画いた落書きのような感じだ。




 その時の智には、いや世の中の大半の人々は、気づく筈もなかったのだ。



 何気ない日々が終わりを告げて、新しい世界が動き出そうとしていた事実を……


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