磁場逆転
「そこにいるんだろ、電王」
空を見上げる智。
「こうなると、分かってたのかよ。地震も津波も、全て予測してたのか?」
そして言った。
辺りがバチバチと放電する。
『当然だ』
闇夜に電王の姿が浮かんだ。ビルひとつぐらいの大きな姿だ。
おそらくだか電王自身、少しづつパワーアップしてるようだ。それだけ秘石の能力を使いこなしつつある。
更には空に煌めく、秘石の影響もあるのかも知れない。
『この地球と、月とのバランスが、崩れたのだからな』
「どう言うことだ?」
『地球と月は、引力の関係でバランスを取っている。その月に衝撃を加えれば、地球の地軸に支障をきたす。いわゆる磁場逆転、ポールシフト、と云う事象だ。これにより地球は磁場が変わる。磁場が変わるということは、地球規模の地震が生じる。そうなれば津波はもとより、火山活動も活発化する。つまりこの腐った人間社会が、完膚なきまで叩き潰されるということだ』
それは衝撃的な台詞だった。智は、ここまでの事態を予測などしていなかった。
改めて自分の犯した罪を呪った。
『しかし安心しろ。この腐った文明は消滅するが、地球は消滅しない。もちろん人も滅びない』
「なぜ、そんなことが言えるんだ?」
『これぐらいの衝撃、地球からすれば些細なことだからだ。むしろこの衝撃で活性化する。強力な電気ショックをかけたようなものだ。地球を蝕んでいた、旧文明が滅びるのだから』
まるで人間が、寄生虫のような言い草だ。
『これで新たなる、選ばれし人類が誕生するのだ。奴らによって隠されていた、秘石が復活したのだからな。我々選ばれし人類が、新しき世界を創り出すのだ』
まるで支配者を気取ったような滑稽なもの。
唯一判るのは、その後方に浮かぶ月の姿が幻想的だというくらい。
爆発で生じた幾多の塵で、おぼろげな姿だが、かすかに赤く輝いている。
多分それこそが、電王のいう、隠された秘石なんだろうと、智は感じていた。
……つまり電王は、月に隠された秘石をこの世界に復活させる為に、智に力を使わせたのだ。
そしてこの情況になることも、最初から理解していた。
「騙したのか? こうなることは予測してた」
智の混乱は、並大抵ではなかった。
そしてその怒りの矛先は、自ずと電王に向けられる。
『騙した? 人聞きの悪いことを言うな。全ては貴様が下した決断、貴様が導き出した未来だ』
確かにその通りだ。どんなに言い訳しようと、それを行ったのは智だ。もはや返す言葉もない。
『とにかく貴様も逃げるがいい、この場にいれば、貴様とてただではすまぬぞ』
電王の興味は智にはなかった。ビルの真上にそそり立ち、赤い月を見入っている。
既に智は、考える気力さえなくしていた。このまま死んでもいいと感じていた。
その場にひざまずいたまま、静かに項垂れる。
……自分が守ろうとした、明日香はもうこの世にはいない。
こんな悲しみだけしかない世界で、どうしてひとりで生きていけるのか……
しかし自分の手に握る“それ”を見てハッとした。ゆっくりと目の前にかざした。
それは砕けた秘石。夜空に鮮やかに輝く。
ふと“あの夜”のことを思い出した。明日香と誓った、あの約束を思いだした。
拳を握り締めて、ネックレスを胸元にかざす。
『ホント、いつまでたっても臆病だな。お前、男だろ?』
その明日香が言った言葉が、脳裏に鮮烈に蘇った。




