暴走する狂気
『現れました! 教祖を人質に取った人物です! その人物は、あの黒尽くめの人物、現在話題のヒーローです!』
リポーターが声を荒げる。
その視線が捉えるのは、幾多のライトに照らされた、明日香と伊集院の姿だ。
教団会館前は、大勢の人々で埋め尽くされている。
声を荒げるリポーター、奇声を挙げる狂信者、ぐるりと取り囲む機動隊員、興味本位の野次馬。
夜空をパトカーのパトライトが、真っ赤に染め抜いていた。
『馬鹿なことは止めて、人質を解放するんだ!』
機動隊隊長が、マイク片手に吠える。
それに併せて、機動隊員が銃器を握る腕に力を籠める。
「馬鹿なこと? これは懺悔だ。狂った奴に詫びさせて、罪を悔い改めさせる」
それでも明日香は冷静だ。
伊集院を背中から足で押し倒して、その場に正座させる。
「……さぁ、あんたがインチキだって、大勢の前で懺悔するんだ」
そして恫喝するように言い放った。
「ぐっ……」
しかしこの場に来て伊集院の様子は一変していた。
脂汗を流し、苦痛に満ちた表情でも、言葉を発さない。
この場で全てを曝け出せば、自分の立場が危ういことを痛感しているのだ。
「早く言え!」
明日香が、背中を押す足に力を込める。
「ごっ!」
伊集院が頭から地面に倒れ込む。勢い余って頭をぶつけた。
「貴様! 我らが教祖様を!」
それに堪り兼ねたか、ひとりの信者が明日香を目がけて飛び掛る。
「邪魔をするな!」
しかし明日香の腕払いにより、風圧で容易く吹き飛ばされた。
信者の頭が、通路脇にある花壇ブロックに叩きつけられた。
赤い血を流して激しく藻掻く。
「助けてくれ!」
その間に伊集院が、地面を這いずり逃げようとする。
「教祖様!」
「今のうちに!」
それを数人の信者が、助け出そうと駆けつける。
しかし明日香が許す筈はない。
「お前だけは逃がさない!」
駆けつけた信者を勢いよく打ち倒し、伊集院の身体を再び拘束した。
場に重苦しい空気が立ち込める。倒された信者達が、苦痛でその場をのたうち回る。
機動隊員の、銃器を握る腕に力が籠められた。
「明日香……」
そして野次馬の後方には、智の姿もあった。
その視線に映る明日香は、まるで別人のようだ。
胸元に輝く秘石の赤が、引力に逆らうように浮いている。
赤く輝きを放つそれが、復讐心を思わせて、酷く物悲しい。
「わ、私は、世界の平和を守る者だ。世界の平和の為なら、我が身を捧げてもいい所存だ」
身を震わせて言い放つ伊集院。
ワナワナと震えて神妙そうに言い放つ様は、おそらくその場の人々に向けてのアピールだろう。
私は神に仕える信徒。この者は悪魔で、神による世界を貶めようとしている。
そんな意味の、馬鹿げた小芝居。
そしてその裏にあるのは、今まで蓄えた、地位と富を守りたい、そんなあさましい欲望だけだ。
「ふざけるな! 他人の犠牲によって、そこまで肥えた豚が!」
憤りを顕わにする明日香。
伊集院の胸ぐらを引き上げ、強烈な平手打ちを食らわせた。
「がほっ!」
伊集院の頬が、狂気に歪む。口から血を流し、白目を剥いた。
「気絶なんてさせるか。さあ、みんなに謝れ!」
しかし明日香はそれも許さない。
伊集院の腕をひねって、気絶するのを阻止する。
「ぎゃーぁーー! 折れる、助けてー!」
それで伊集院の意識がぶり返した。
「伊集院様!」
「貴様!」
それを見つめる、多くの信者が叫びを挙げる。
伊集院に心酔する、一般の信者達だ。
「うるさい! お前らは騙されてるんだぞ!」
すかさず吠える明日香。
左腕を払い、風圧で信者達を薙ぎ倒した。
それは手加減なしの、強烈な威力。ある者は腕が有らぬ方向に曲がり、ある者は脇腹の一部を抉られ、ある者は顔の形が変わる。
まさに地獄絵図。爆心地に足でも踏み入れた惨状だった。
それでも明日香の表情は変わらない。いや、その地獄絵図さえ目に入らないのだろう。
もはやその心は、伊集院に対する復讐心しかなかったのだ。
……智の中に、痛烈な感情が湧き上がる。
嫌だった、明日香のそんな表情が見たくなかった……
「止めろ!」
秘石を握る拳に力を込めて、破壊神の能力を解放する。
ビシッ! 小さな破壊音が鳴り響いた。
「えっ?」
明日香の表情が、苦痛で揺らめく。
その頬がかすかに弾け、血が滴った。
それと共に、浮いていた秘石が輝きを失う。能力から解放されて、胸元に収まった。
「さ、とし、なのか?」
ハッと我に返るように、辺りを見回す。




