望月の空
『私は今、世界平和幸福協会、総本山前方にいます。ご覧下さい、この人の数を! 我々マスコミや、警視庁に予告があったのは数十分前のことです。現在犯人は、教祖伊集院典明氏を監禁し、屋内に立て篭もっているようです』
電気屋のショーウィンドーから、リポーターの声が響く。
そしてそれを、大勢の人々が見つめている。
そのざわめく大通りを、智が疾駆していた。
「くそっ、ここまで行動が早いとは」
その胸中、戸惑いと焦りと困惑だけが渦巻いていた。
『我々は何度も注意したのだ、あまり深入りするなと。深入りすれば、奴らにマークされる。闇で始末されると。だが彼女は許せなかったのだろう。自分の両親を死に追いやり、尚且つ現在も、平気で生きている腐った連中を』
耳にあてるスマホから響くのは、電王の悲痛な声だ。
正直智にも、明日香の仕出かしたことは、やりすぎだと感じた。
だが教団の今までのやり方を考えれば、彼女の決断も仕方ないとも感じていた。
そしてなにより、薄々理解していて、それを止められなかった自分を悔やんでいた。
『これだけの騒ぎになってるんだ。結社から暗殺者が送られることも予測される』
「暗殺者? この前の連中みたいな奴らだな」
『解放者の能力といえど、無敵ではないぞ。能力を引き出すには、相当の精神力が必要。その力が切れた所を狙われたら、死さえ有り得る』
確かに電王の言う通り、能力に限度はある。
影の組織がそれを理解し、明日香を狙えば、殺される事態も予測された。
『さらに奴らの中には、特異な能力を持つ輩も存在している』
「特異な能力?」
『我らの裏切り者だ』
「とにかくそんな奴らから、彼女を逃がす手立て、監視されない手段はないのか?」
智が問い質す。
『……ある。お前が本気を出せば、それは可能だ』
暫く後、電王が答えた。
「俺が……本気を出せば?」
その意味が判らず、ピタリと立ち止まる智。
『お前の破壊の能力を駆使して、月の施設を破壊するのだ。そうすれば奴らの監視能力が無になる』
それは思いもしない台詞だった。
確かに大元である、監視施設を破壊すれば、その脅威はなくなるだろう。
だがそれは、新たなる犠牲を呼び込むにも値する行為。
予測不能な事態を、引き起こすかも知れない。
なにより、そんな大胆なことを、自分が出来る筈もないと感じていた。
天空に輝くのは、巨大な満月だ。過去何百年、何千年と、人々を見守ってきた悠久の姿。
……だが智は知らないのだ。その月自体が、嘘で塗り固められた、過去の遺物だということを。




