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ネクストワールド  作者: 成瀬ケン
第四章
21/30

世界平和主義協会


 翌日夕刻。


 都内郊外に建てられた、白亜の建築物。

 そこは宗教法人“世界平和主義協会”の総本山。


 館内は多くの人々で埋め尽くされ、ざわめきを見せていた。


 そこに集まるのは、多くがこの世に悲観して、神を崇める人々だ。


 中には政治家や医者、官僚や企業家といった、ブルジョワ階層の姿も見受けられる。



 最上階の室内は、数点の応接設備が並べられ、幾多の調度品が飾られている。

 どれもこれも、数百万以上はしそうな物ばかりだ。


 そして、一面の窓ガラス付近には、階下を見下ろすように、白い衣服を着込んだ巨大な身体の持ち主が佇んでいた。


 左右に分けた長い白髪に、整えたあごひげ。

 世界平和主義教会教祖、伊集院典明いじゅういん てんめいだ。


「教祖様、そろそろ教義のお時間です」

 後方から幹部と思われる男が言い放つ。


 だが伊集院は振り返らない。


「……民衆とは、蟻のようなものだのう」

 静かに言い放った。


「はっ?」

 その意味が理解出来ず、幹部が視線を向ける。


「蟻だ。この世界の真理を知らず、あくせくと地上をうごめく。働けば自分が幸福になれると信じ、我らの足元に擦り寄る。……全てが飼いならされているとも知らずにだ」

 伊集院が視線を向けるのは、眼下で蠢く人々。


 彼を教祖と慕い、教えを請う為に駆けつけた群衆と、それを制御する警備員。

 誰も彼もが、伊集院の為に動き回る存在だ。


「それもこれも、あなた様の偉大さを感じてのことでしょう」

 幹部がぐっと頭を下げた。



「ふん、担ぐでないわ。あの組織の偉大さ、我とて分からぬ訳がない。作られた偶像だとは、認識してるのだ」

 それでも伊集院の態度は冷静だ。


 自らの置かれた立場を実感し、更に利用しようという老獪ろうかいさが垣間見える。


「流石は教祖様」

 それは幹部にしても同じ思い。共感するように笑みを浮かべる。



「成る程、自分の馬鹿さ加減、少しは実感してるんだ」

 だが突然、その場に別の声が響いた。



「誰だ?」

 戸惑い振り返る幹部。


 同じく伊集院も、怪訝そうに振り返った。



「だけどさ、あんたの台詞は矛盾してる。蟻は蟻で、一生懸命生きてるから上等だ。権力を振りかざし、上から見てる豚よりはマシだ」

 それは明日香だった。


 いつものように黒い服で武装しているが、その視線だけはいつもと違う、酷く鋭い視線だ。


「誰だお主は? どうやってここに?」

 伊集院が言い放つ。


「警備の者は、なにをしてるんだ!」

 それに呼応し、幹部が廊下に続く扉を開ける。


「嘘だろ? こんな筈は……」

 そして言葉に詰まった。


 廊下には数人の警備員が、入室を制するように配されている筈だった。


 だがその警備員が、全て気絶して、倒れこんでいた。



「信者に紛れて侵入した。……少々邪魔な輩は、おとなしく寝てもらったけど」

 それは明日香が仕出かしたことだった。



「おのれ、教祖様を狙う侵入者が!」

 幹部が憤り、懐から特殊警棒を引き出す。


 そして迷うことなく、明日香目掛けて振り出した。


「悪いが、あんたも寝ときな!」

 しかし明日香には効果はない。

 サラリと身を翻し、空気の攻撃を、腹部に打ち込む。


「が……」

 幹部が崩れ落ちた。


 その圧倒的な攻撃力は、伊集院の戸惑いを引き出すに覿面だ。



「……まさか貴様、いま噂の黒尽くめの人物か? そしてその能力、我らに楯突く能力者の仲間か?」

 愕然となり、数歩後ずさった。


「教祖様!」

「いかが致しました?」

 その場に、騒ぎを聞きつけた教団関係者が侵入してくる。



「騒ぐな!」

 同時に明日香が伊集院に駆け寄り、その身を拘束した。


「貴様、教祖様を放せ!」


「こんなことをして、タダで済むと思うのか!」

 教団関係者が動き出す。



「止めろ! こいつがどうなってもいいのか!」

 明日香の腕に握られるのは、煌くナイフだった。

 伊集院の首筋にぴたりとかざしている。



 室内に堪らない緊張感が立ち込める。誰もが次の展開を予測し、無言の時間が過ぎる。



「……お主、電王の犬なのか?」

 動いたのは伊集院だった。額に脂汗を流し、問い質す。



「犬? そいつは違うな。あたしはあたしだ、あいつとは生き方が違うから」


 伊集院は、電王の存在を知っていた。

 何故なら彼は、秘密結社側の人間だからだ。


 そして明日香も、電王の配下に下った覚えはなかった。実際この襲撃も、自ら下した決断だ。


「あんたはお布施だと騙り、多くの信者から金をせしめて来た。お札一枚、数万とか、コピーした経典が百万だとかだ」

 語気を荒げる明日香。


「この世に必要なのは幸福、明日への希望だ。その幸福や希望が、信者には授けられるのだぞ。それを与えられると思えば安いではないか。それで誰しもが、幸せになれるのだから」

 伊集院が反論した。


「ふざけるな、そんなのはまやかしだ。そのまやかしのせいで、あたしの父さんや母さんは死んだんだ」

 腕に力を籠める明日香。


 伊集院の首筋から、赤い血が滴った。


「や、止めてくれ! 父さんや母さんだと? ワシは知らぬ、なにかの間違いだろう!」

 恐怖に戦く伊集院。


 教団関係者達も、成す術なく戸惑うだけだ。


「へぇーっ、仮にも教祖を騙る奴が、そんな女々しく泣き叫ぶんだ。神様の生まれ変わりを自称する奴が、血を流し痛みを覚えるんだ」

 覚めた明日香の視線が突き刺さる。



「こ、殺さないでくれ」

 既に伊集院には、教祖としての威厳の欠片も見えない。

 死に直面して泣き叫ぶ、哀れな豚に思えた。



「殺しはしない。……あたしの目的が達成されればね」

 ボソッと呟く明日香。


「目的だって?」

 伊集院が力の籠もらぬ視線を向ける。


「そうさ、マスコミの前で、あんたの正体をさらけ出すことさ!」

 そして関係者達に通達した。



 彼女の望みは、伊集院の正体を大衆の前で明らかにすること。

 伊集院がただの人間であることを明らかにし、教団の教えが嘘っぱちだと気付かせて、更なる犠牲者を無くすことだ。



 窓の外には、大勢の信者が集まっていた。


 そしてそれらに混じり、マスコミ関係者、警察関係者の姿も見える。


 それらは明日香が呼び出していた。


『世界平和幸福協会の、伊集院典明の正体を明らかにする』


 そんな名目で。


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