動き出す秘密結社
それから数か月が過ぎた。
その日、智と明日香は、いつも通りにファミレスで会話をしていた。
「今日の誘拐犯はキツかったな」
「だね。中国の組織犯罪だったからね」
物騒な話を、ごく自然に会話する二人。
深夜の二時を過ぎた店内は、殆ど人の姿はない。故に他人に聞こえる心配はなかった。
あれから智は、明日香の手伝いをすることが多くなっていた。
むろん、手伝いといっても、殆どは明日香ひとりで解決していた。影からの些細なアシストくらいだ。
「だけど最近、物騒な事件ばかりだよね」
憂い、言い放つ智。
「確かだ。世界情勢も落ち着かないし、異常気象も続いてる。電王の言う通り、このままじゃ、世界は滅びの道に進むのかもな」
同調して明日香も言い放った。
電王の話で、他の仲間の存在も聞いてはいた。
動物と共に生きる者“獣王”。
時間を超越する者“旅行者”。
新しき世界を創りし者“創造主”。
命を奪う者“冥王”。
志を持つ者“統治者”。
未来を見る者“預託者”。
智の胸中、恐怖感もあった。
だけど明日香の表情を見て、一緒に世界を変えたいと感じていたのだ。
……それが智の夢、『なにかを守りたい』という、思いだったから。
そのとき店のドアが開いて、数人の人々が入室してきた。
黒い衣服を纏った集団だ。
「鳴門明日香だね」
そして、明日香の横に立ち止まり、言い放った。
「えっ?」
そのいきなりな展開に視線を向ける明日香。
ある種の気配を察したように、蒼白になっている。
「キミには、国家転覆の容疑がかかっている。おとなしく我々に従うんだ」
信じられない台詞だ。
意味が判らない、国家転覆など思ったこともないし、捕まる覚えもない。
「なにを言ってるんだ」
困惑しその腕を払う明日香。
「キミは能力者だよな。上層部の探知で判明した。能力者は即逮捕、それがこの世界の秩序なんだ」
男達は、明日香の能力を認めた上で、逮捕しようとしていたのだ。
「止めろ!」
いきり立ち、気合を籠める明日香。
その首のペンダントがふわりと宙に浮いた。
『それ以上能力を引き出せば、確実に捕獲されるぞ!』
突然、機械音が響いた。
同時に店内のいたるところから爆発音が鳴り響く。
稲妻にも似た衝撃が、男達に襲い掛かった。
「ぐおーっ! 電……王!」
バチバチとした放電に包まれる男達。
身動きが取れず、その場にへたれ込む。
やがてその意識が吹き飛び、難なく崩れ落ちた。
それは電王の能力だ。力を引き出し、雷電となって男達を取り押さえたのだ。
『言った筈だ、鳴門明日香。あまり派手にやれば、裏の社会が動き出すと!』
電王の叫びが響く。
明日香は覚めた態度だ。
「……確かに、少しばかり、やり過ぎたようだ。だけどあたしは、悪い奴を野放しにするなど出来ないんだ」
抑揚なく言い放つのみ。
『“伊集院”か』
「そうだ。あたしが掴まる前に、あいつだけはなんとかしなきゃ。今でも犠牲者は生まれてる」
意味深な会話を繰り出す明日香と電王。
その様子を、智が呆然と見つめていた。
「悪いな、あたしと一緒じゃ、あんたにも迷惑がかかるな」
それに気づいた明日香が言い放った。
なにかを決心したように、無言で入り口に歩き出す。
「迷惑だなんて、そんなこと」
「ここから先は、あたしひとりでなんとかする。だからサヨナラ」
しかし明日香は頑なだった。
ばっと走り出し、闇夜の中に消えていく。
それを追いかける智だったが、どこにもその姿は確認できなかったのだ。
こうして智は、ひとり自分のアパートへと戻った。
室内は穏やかだ。熱くも寒くも感じない。まるで泥にでもなった感覚。頭の中が空っぽだった。
『なにを考えている?』
パソコンのデスクトップから、電王の声が響いた。
「……お前……」
茫然自失で言い放つ智。
『鳴門明日香のことか?』
電王の台詞は、妙に抑揚なく耳に響く。
「ああ、彼女のことだ。俺にはなにを考えてるか、さっぱり理解出来ない」
素直に胸のうちを吐露する智。
藁にも縋りつきたい、そんな思いだった。
『あの娘の両親が、悪徳宗教の餌食になって、死んでいった話は聞いたことがあるか?』
電王の問いかけに、智が首を縦に振った。
『その中心人物だった男が、宗教団体を立ち上げたのだ』
「だけどその宗教団体の連中って、捕まった訳じゃなかったのか」
愕然と呟く智。
明日香の両親を、死に追いやった連中だ。
既に警察に捕まったものと理解していた。
『捕まらないさ。奴らは世界政府の一角。警察組織とて介入は出来ないのだからな。それこそが、この世界の仕組みだ』
「そんな……」
絶句した、頭の中が真っ白だった。
『鳴門明日香は、その組織の壊滅を目論んでいる。……その近辺に潜み、全ての事実をさらけ出そうとしてるんだ』
「それが本当なら、どうして俺に言ってくれなかったんだ?」
だからこそ聞きたかった。どうして自分を避けるような行為をしたのかだ。
『それを言ってなんになる? お前はその組織を、壊滅出来るのか? 本気で世界を変える気はあるのか?』
デスクトップから、突き刺すような視線を感じた。
見透かすような、鋭い視線だ。
暫しの沈黙に包まれる。
「変えるさ。彼女の為だ、彼女の選んだ道だ、後悔はしない」
やがて智が、堂々と答えた。
『それでこそ破壊神、我らの同志だ』
電王の影が揺らめいた。




