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ネクストワールド  作者: 成瀬ケン
プロローグ
2/30

覚醒する者たち



 時代は過ぎ去って現代。



 夜の光景は優しく、海原はさざ波がたちこめ、岸壁にうたれて、しぶきとなって消える。


 その切り立つ岸壁の上に、一件の古めかしい洋館があった。



 その一階部ロビーは、観葉植物が置かれた空間となっていた。


 色鮮やかな鳥や、様々な小動物が自由気ままに動いている。



 そしてその中央部のソファーには、白い衣を纏った人物が座っている。長い黒髪の、妖艶な女性だ。


 左の耳たぶに飾られた、透き通る宝石の輝きが、一際妖しさを押し上げていた。



 そのすぐ傍では、大きなライオンが寝転がり、女の足元に顔を摺り寄せている。

 その恍惚の眼差しは、百獣の王とは思えぬ程だ。



「失礼します、"マーキュリー様"。一ツ橋グループの橋本会長が、お見えになりました」


 その空間に、執事と思われる男が入室してきた。

 恰幅のいい男を、後ろに引き連れている。


 恰幅のいい男は、その胸元に一匹の猫を抱いている。

 女の足元のライオンを見つめ、戸惑うような素振りを見せていた。



「怖がることはありません。この子は我らと同じ、地球で生きる仲間です。あなたがそう感じてくれれば、この子は攻撃などしないのですから」

 風にそよぐような、優しい声だった。


 その声に、男の戸惑いも薄れていく。


「流石は噂に高いマーキュリー殿、慈愛の女神にそぐわぬ台詞ですな」

 そして言った。



 しかし既に女の興味は男にはない、真っ直ぐに猫を見つめている。

 猫はまあるい瞳で見つめていた。『ニャーニャー』とか細く鳴いている。


「……その子、名前はサクラちゃん。……最近元気がないようですね」

 そして伝える。


 その台詞には、流石の男も戸惑い気味だ。


 何故なら彼らは初対面。猫の名も、直近の様子も、教えていないからだ。



「サクラちゃん、口の右側にとげが刺さっているようですね。それが原因で、食欲が湧かない。元気が出ない」

 女はまるで、その猫の声が理解出来るように言い放つ。



「確かにその通りです。少し前までは、元気に跳ね回っていたというのに」

 執事と共に、猫の口の中を探る男。


「……あった。こんな小さなとげが……」

 やがて驚愕するように言い放った。


「人間にしてみれば、小さな事かもしれません。ですが小さな存在にとっては、それは大いなる脅威。世界に共存する者として、それは忘れてはいけないことなのですよ」





♢♢♢




 

 燦然と輝く街並み。幾多の人で溢れ、様々な音に満ちている。


 それを眼下に臨む、高層マンションの一室。



 その広いロビーで、幼い少年がしゃがみ込み、画用紙に絵を画いていた。


「おやおや坊ちゃん、絵がはみ出していますぞ。リビングまでクレヨンが」

 執事らしき老人が投げ掛けた。


「いい、好きなようにやらせなさい」

 その後方から誰かが言った。


「ですがだんな様」

 執事が後方を振り返る。


 その視線の先、ソファーに座り込むのは四十歳程の男だ。

 少年を見守るように見つめる様子から、この少年の父親らしい。


「私はうれしいんだよ。少し前まで脳に障害があって、少し前の記憶さえ忘れていたこの子が、今ではこんな絵まで画ける。全てはあの方のお陰なんだ」

 しみじみと呟き、ソファーを立ち上がる。


「確かに奇跡です。私は神など信じたことはありませんでしたが、今では信じています。信じれば、奇跡は必ず起こるのだと」

 呼応して執事も目を細めた。


 少年の首には、乳白色の宝石が掲げられている。


「神秘の秘石か」

 父親が、漠然と呟いた。



 この世に奇跡などあるのだろうか?


 運命は神の手に委ねられて、趣くままに操られている。

 それでも奇跡は起こるのだ。ごく希に、希望の象徴として。


 その瞬間、人は神の存在を感じるだろう。見えざる力が生じたんだと。


 だがそれは偶然ではないのだ。


 最初から必然的に起こった出来事。


 ……事実その先に展開されることこそが、奇跡の始まりなのだから。


「パパ、うまいでしょ」

 絵を画き終えた少年が、嬉しそうにその絵を見せる。


「おお、うまいなー。おいしそうな、"ぶどう"だ」

 つられて父親も、和やかに笑った。




♢♢♢





 古めかしいアパートの一室。


 電気もつけないその室内で、四十歳ほどの男が、パソコンの画面に視線を向けていた。



「"冥王"?」

 ボソッと聞こえる男の声。酷くくぐもっていて、抑揚ない声だ。



『そうさ、冥府の王。罪人の処刑を執行出来る、最強の戦士』

 別の声が響く。


 しかし室内に他人の姿はない。電話している様子もない。

 どうやらパソコンと会話しているようだ。


「なぜ俺が、そんな力を?」


『理由は簡単だ。お前が選ばれたから、お前なら、その力を引き出せると確信したからだ』


「しかし殺人は犯罪だ。正義に背く行為」


『お前は本気でそんなことを、思ってはいない筈だ。正義に熱く、誰よりも悪を嫌うお前なら。……その証拠に、最近じゃ、砂をかむような思いばかりなんだろ? 感情を押し殺し、意思なきデク人形と化した人生だ』


 それは確かにこの世の不条理だ。


 この世に決められた法律がある限り、正義を振りかざしても、悪にくじかれることもある。


 それに味をしめた輩は、法のギリギリで存在する。こずるいやり方をして、法の加護の下、ぬくぬくと生きている。まさに負の連鎖だろう。



「デク人形だって? 俺は俺だ、俺は悪を許すつもりは微塵もない」

 やがて男が、怒りを顕わにするように、拳を握り締めた。


『そうだ許すな、この世の悪を。所詮法律など、決められた人間の作った、都合のいい存在。その秘石を手に取り、我らと共に新しい世界を創るのだ』

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