破壊神
高級マンションの玄関前、多くの警察車両がひしめき、規制が張られている。
幾多のスポットライトが捉えるのは、拳銃を握り締めた迷彩服のヒゲ面の男。
そしてそれと対面してるのは黒ずくめの人物、明日香だった。
「クソッ、なんちゅう奴だ、拳銃も効かないなんてよ」
男はテロ組織の幹部の男だった。
爆弾事件を起こそうと画策し、警察との激しい交戦となった。そしてその場に明日香が現れたのだ。
「無駄な抵抗は止めなさい! おとなしく逮捕されるんだ!」
警官の、説得劇が展開される。
男の仲間は既に確保されている。目の前に立ち尽くすのは、謎のヒーローと化した明日香。
……既に逃れる術はない。
「うるせー! 腐った人間なんかに、捕まってたまるか!」
それでも男は引き下がらない。興奮気味に捲くし立てるだけだ。
「……腐ってんのは、てめぇだろ?」
ぼそっと呟き歩き出す明日香。
緊張で男が身震いした。
「いやーあ!」
だがその時、人だかりの中から悲鳴にも似た叫びが挙がった。
「悪いがそいつの逮捕は、許してもらえないかな」
そこにはヒゲ面と同じような風貌の男が三人。
ひとりの男が、五歳程の幼女を腕に抱え、ナイフを首筋に押し付けていた。
「下がれ! こいつを弾くぞ!」
「下衆な人間が!」
残りの二人も拳銃で武装していた。
そして辺りの人々を威嚇するように、規制区域の侵入する。
どうやら仲間だ、幼女を人質に取り、応援に駆けつけたようだ。
「卑怯だぞ、その子を放してやれ!」
声を荒げる明日香。人質を取られては、流石の彼女も手の出しようがない。
「……卑怯? 不思議な力で、我々の野望を邪魔する貴様こそ、卑怯だとは思わんのか?」
リーダーらしき男が言い放つ。
冷静な態度は、明日香の怒りを呼び起こすのに充分だ。
「なんだと?」
興奮気味に歩みだす。
「動かないで貰おうか。……この娘の頭と胴体を、真っ二つに切断されたくなければ」
「ぐっ……」
それでも悔しそうにその行動を止めた。
その様子を確認し、リーダーの口元に笑みが浮かぶ。
「こいつで両手を、自ら拘束してもらおうか」
そしてなにかを、明日香の足元に放り投げた。
それは粘着テープだった。
「ほら早く」
リーダーが、幼女にナイフを押し込んだ。その首筋から、赤いひとすじの血が滴る。
「いやーーーっ!」
幼子の叫びが、夜空に響き渡った。
「止めろ!」
堪らず叫びを挙げる明日香。
腰を折り、粘着テープを拾い上げる。流石にひとりでは成す術がなかった。
悪に屈するのは悔しいが、どうすることも出来なかった。虚しい感情だけがそこにはあった。
「それが、お前のやりたいことなのか?」
不意に人だかりから、聞き覚えのある声が響いた。
同時に明日香の視線に、白い輝きが映り込む。
「ぐぎゃーー!」
鈍い衝撃音と共に、ナイフを握るリーダーの腕が、鮮血と共に砕け散った。
砕けた腕が、ナイフを握りしめたまま、地面に転げ落ちる。
同時に幼女の拘束が解け、咄嗟に走り出した。
「なんなんだよ?」
「逃がすか!」
残された男達は混乱状態だ。
それでも幼女を逃がすまいと、拳銃をかざす。
再び白い輝きが走った。同時に男達の拳銃が、内部崩壊するように粉々に砕け散った。
「まさか、破壊神?」
様々な感情の込み上げる明日香。
それでも躊躇いなく男達目掛け走り出す。
「クソが! 無残にやられて堪るか!」
男が腰を低くして、明日香に拳を放つ。
だがそれは、空気の層で宙に弾かれた。
逆に明日香が、上空から拳を打ち放つ。打ち放った拳は、空気の層を纏っていく。
「ぐっはー!」
男の胸元に、その衝撃が叩き込まれる。
幾重にも積み重なった空気は、鋼の威力にも酷似していた。
「クソッ、捕まって堪るか!」
もうひとりの男が、慌てふためくように走り出す。
「逃がすか!」
同時に明日香も走り出す。
そして男の首筋に、強烈なキックを打ち放った。
ガックリと気絶する男。この瞬間、男達の野望は潰えたのだ。
「全員確保だ!」
同時に武装した警官隊が突入する。
場が歓喜の声で溢れ出す。
その間に明日香が宙に飛び去った。
「助かったよ」
「そう言って貰えれば助かるよ」
暫く後、智と明日香の姿が、小高い丘の上にあった。
二人並んで、崖の上の柵から夜の街並みを見つめていた。
「能力を、使いこなせるようになったんだ」
智の横顔を見つめる明日香。
「まあね。なんとか少しだけ」
智が、前を見据えたまま答えた。
先程の犯人の腕や銃は、智の能力によって発動したものだったのだ。
「俺の能力は、物体の瞬間移動。瞬時に移動した物質は、空気を押し退け、爆発する」
智が地面の砂粒に視線をくれた。
そして秘石を握り締め、思念を集中する。
その刹那、砂粒が忽然と消えた。
消えた砂粒は、智の遥か前方、なにもない宙に出現した。そしてパチンと弾け、空気が震えた。
「……成る程、物質を移動させて、空気とぶつけた訳か」
納得する明日香。
砂粒が移動した場所には、空気の層があった。それと反応し、爆発が巻き起こった訳だ。
「そう、それこそが、破壊神の名の所以なんだって。能力を研ぎ澄ませれば、ボーリング玉くらいの、大きい物質も瞬間移動出来るそうだ。……そうなれば、威力は核兵器並みなんだって。流石にそれはヤバイけどね」
苦笑する智。
それでもそれは、恐怖に戦く表情ではない、来たるべき理想に燃えた、輝かしいものだった。
「へーっ、流石は破壊神。地球を滅ぼせる、最強の笑顔じゃん」
向き直り、横目で視線を向ける明日香。
「嫌味だな。その時は解放者に、阻止してもらうさ」
智も向き直り、視線を向けた。
そして二人、無言で視線を交わしあう。
沈黙のひと時が過ぎた。
智の腕が、明日香の肩に伸びる。そして唇を重ねた。
その意外な智の行為に、ハッとして瞬きをする明日香。
それでも即座に閉じて、それを受け入れた。
二人の気持ちは同じだと感じていた。
他人には言えない、秘密を共有する関係。全てを曝けあえる親密な関係。
そんな漠然とした感情が、智の中にはあった。
「……今夜、うちに泊まってくか?」
「……うん」
風は穏やかだ。
包み込むのは、透き通るようなコバルトブルーの空。




