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ネクストワールド  作者: 成瀬ケン
第三章
15/30

解放者


 それから数日が経った。



 世界には様々な出来事が溢れ出していた。


 動物園の猿が凶暴化して、脱走の末に人を殴り殺したり、犯罪者や政治家が、次々と謎の死を遂げたり、真田幸村と名乗る人物が現れたりだ。


 ……そして謎の飛行船は、次々と浮かぶようになった。宇宙人来襲騒ぎにまで、発展する始末だ。



 智は、あれから一度も秘石の力を解放していない。

 懐に忍ばせ携えているものの、使うまでは至っていなかった。


 明日香も普通に暮らしていた。能力を手にいれ、常人離れしたとは言っても、所詮は防御系の能力だ。使う機会は、そうそうない。



 ……だけど智のバイトする居酒屋には、来ない日々が続いていた。


 どうしたのかな、俺が臆病だから、会いたくなくなったか?



 智はそんな風に、悶々とした気持ちの日々が続いていた。




 その日は、智のアルバイトが休みで、俊平と共にラーメン屋で夕食を摂っていた。

 夕方の七時、多くの客で溢れる時間帯だ。



「おっす、空いてるかい?」

 背広を着込んだ、サラリーマンが入店してきた。店長の態度から、なじみ客のようだ。


「テレビ、チャンネル変えていいかい? 大通りの山田銀行、ニュースに流れてるから」

「山田銀行が? 何かあったのか」

 そして店長が、テレビのチャンネルを変える。


「強盗だよ、強盗。警察やリポーターで大混雑。俺も三十分程見てたんだけど」



 その会話に、智達もラーメンをすすりながら視線を向ける。


 テレビの画面に映るのは、近所にある銀行の映像だった。

 辺りは警察車両と警官、それとテレビスタッフ、野次馬で溢れ、逼迫した様子が窺えた。



『犯人は複数名いる模様です。繰り返します、本日午後三時頃、ここ山田銀行が何者かに襲撃され、店員数名を人質に立て篭もりました。犯人は複数のようです。警官達の必死の説得劇が続いていますが、いまだ…………』

 リポーターらしき三十歳程の男が吠えている。


「近いよな。ホント物騒だぜ、こんな事件が起こるなんてな」

 憂いと共に言い放つ智。


「スゲーな、俺達も見に行こうか?」

 対する俊平は気楽な態度だ。

 その表情は、被害者からすればムカつく態度だろう。

 だけどそれが普通だ。テレビの画面を見て心配してても、どうしようもないのだから。


『危ないから下がって!』

『キミ、部外者は進入禁止だよ!』

 突然画面から、警官の叫び声が挙がった。


 画面中央、通行規制の張られた黄色いテープを掻い潜り、何者かが銀行方向に歩き出す。


 黒いハーフコートと革パンで武装した人物だった。長い髪の毛とサングラスで、その表情は覚束ない。だが、グッと閉じた口元が、力強さを放っている。



「……あれって、この前酔っ払いに注意してた奴だな。最近出没する、ヒーロー気取り」

 その人物を見つめ、サラリーマンが言い放つ。


「そう言えばあいつだな。ウチで酔って、他の客に難癖付けてたヤクザを、叩きのめした奴」

 呼応したように頷く店長。


 どうやら黒ずくめは、この界隈では有名人らしい。そして少しは、腕に覚えがあると言うことだろう。


『危ないって!』

 黒ずくめを制しようと、警官が後ろから肩に腕を伸ばす。


『えっ!』

 だがその腕は、黒ずくめの肩を捉えきれない。


 その間に黒ずくめは、悠々と規制範囲に侵入した。


『そいつを引き止めろ!』

 警官の声に、他の警官達が歩み出す。

 黒ずくめを取り押さえようと、一斉に襲い掛かった。



「おーっと、流石のあいつもお終いか? 正義のヒーロー気取っても、所詮は人間だしな」

 サラリーマンが言い放つ。

 確かに誰が見ても、明らかに黒ずくめの不利。

 無謀な侵入者は、警官に取り押さえられるのが当たり前だろう。



「えっ?」

 だが意外な光景が飛び込んだ。


 黒ずくめが、ハーフコートと黒い髪をなびかせ、サッと一回転する。

 同時に警官達が、弾かれるように後方に吹き飛んだのだ。


 あまりにも驚愕の光景だった。その場の誰も、いや、その画面を見つめる誰もが固唾を飲む。……信じられないといった表情だ。



 その間に黒ずくめが、すたすたと銀行に向かい歩き出す。


 その胸元で、赤いなにかが光った。首にぶら下げたネックレスのようだ。



「……まさかあれって……」

 別の意味で愕然となる智。

 そのネックレスの赤い輝きが、脳裏に強烈な感情を浮かばせる。


『無茶な行為だって!』

 それでも警官も必死だ。民間人に危険な行為をさせられない。

 必死に掴みかかろうとする。だがやはり同じ結果、無残に弾き飛ばされるだけ。


 やがて黒ずくめが、銀行手前で立ち尽くした。



「なんなんだあいつ? 合気道かなんかなんだろうけど、シャッターが開かなきゃ、侵入は不可能だろ?」

 ひくついた笑みの俊平。


 黒ずくめの眼前に立ちはだかるのは、閉ざされた防火シャッター。それを上げない限り、内部への侵入は不可能。


 だが、再び驚愕の光景が飛び込んだ。

 黒ずくめが、腰を落とし腕を構え、戦闘体勢を構える。


 赤い輝きが放たれ、一瞬人々の視界を奪う。躊躇う事無く右拳をシャッターに打ち込んだ。


 信じられないことに、シャッターに大きな穴が穿たれた。そしてその内部に、躊躇うことなく侵入したのだ。



「嘘だろ? ワンパンチで、あの鉄のシャッターを吹き飛ばしたぞ。……まさしくヒーローだ」

 もはや俊平の思考は停止していた。

 口と鼻から、ラーメンが零れてるのもお構いなしな状態。


 だが智だけは別の解釈をしていた。あれは拳じゃなく、空気の層で吹き飛ばしたんだ。……そう確信していた。



 既に警官もリポーターも、打つ手がなかった。心配そうに視線を向けて、無事を祈るしか手立てがない。


『ギャーーー!』

 やがて銀行内から、けたたましい叫びが挙がった。


『今、誰かの叫びが聞こえました!』

『突入準備!』

『誰だ? 人質か? 犯人か? 今の奴か?』

 同時にリポーターが声を荒げる、警官達が突入の準備を始める、多くの人々が狂気に叫び始めた。



 やがて、吹き飛んだシャッターの陰から、数人の人々が現れた。

 着込むのは銀行の制服、人質に取られていた人々だった。


 そしてその後方を、あの黒ずくめが悠然と歩いてくる。


『犯人は三人。中で気絶してます』

 そして警官に伝えた。


 その台詞の意味することは、人質の解放、犯人の確保、そして事件が解決したと言うことだ。



『謎の人物によって、犯人が捕獲された模様! 人質は無事なようです! 助けたのは謎のヒーローです!』

 リポーターの声と共に、大歓声が巻き起こった。



『キミ、お疲れ様。出来れば名前なんかを教えてくれないかな?』

 黒ずくめの元に、警官が駆け寄る。


『いえ、あたしは……』

 しかし黒ずくめは応じる素振りはない。


 バッと後方に飛び退く。その身体が宙に浮き上がった。



『嘘だろ、今度は飛んだぞ!』

 声を荒げる人々。


 だが、智にだけは理解出来た。……飛んだのではない、重力から解放されたのだと。



 こうして黒ずくめは、雑然とした空気だけを残して、広大な夜空にその姿を隠していったのだ。



「凄いなー、攻撃を掻い潜り、鉄を破壊して、空を飛ぶ。まさに本物のヒーローだぜ」

 既に俊平は黒ずくめのとりこだ。


「悪い俺、用事思い出した」

 そんな俊平を尻目に、智はテーブルに金を置いて走り出す。


 じっとしてはいられなかった。




 ……会わなくちゃ、会ってお疲れって言わなきゃ。……そう感じてスマホをポケットから取り出す。


 相手は勿論明日香。黒ずくめの人物の正体だ。



 明日香は自分の能力を精一杯引き出そうと、努力したのだろう。

 弱者を解放し、正義と秩序ある世界の為に。


 そこで選んだのが、正義の味方となって、悪を挫くヒーローという選択肢だったのだ。



 その覚悟と姿を見せ付けられ、智の中で何かの感情が爆発していた。


 怯えて怖がって、足を竦ませていた自分が、情けなくさえ思えた。



『……智?』

 長い呼び出し音の後で、明日香の声が聞こえた。普段通りの、なにげない声だ。



「テレビで見たよ、凄かったよ」

 溢れる感情を爆発させる智。


 必死に走って、自分でもなにを言ってるか分からないくらいだ。



『……見てたんだ。やっぱり智にはバレバレだな』


「今から会おう」


 短い台詞だった。それでも明日香には、その意味が理解出来たようだ。


『うん』

 スマホの向うから、屈託ない明日香の声が響いた。




 この世の生きとし生ける者は、重力という足枷から、逃れる術を持たない。

 つまりそれは、痛みを感じ、土に帰ると言うことだ。



 だが重力から解放された時、人は人をも超越した凄まじい力を得る。


 来たるべき世界において、それは英雄と崇められるだろう。そしてその耳に刻み込むのだ。



 解放者、その名前を……



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