封印された世界
電王の話はこうだった。
遥か昔、神話とも呼べる時代、人々は秘石から得られる魔力によって、豊かな生活を送っていた。
作物の豊穣を祈り、動物との共存を願い、人が人らしく生きる術と成り得ていた。
無論、その力は決められた者にしか使えなかった。
それでもそんな人々とも助け合い、豊かに暮らしていたそうだ。
だがそんな暮らしは長くは続かなかった。
魔法を使えぬ者達が、機械の力を使いだしたのだ。
その技術が、どこから得られたのかは知りえない。
だがそれは恐ろしいほどの勢いで繁栄しだした。
いつしか機械文明は、地球外にまで勢力を広め始める。
大地を削り、水を毒に変え、空気を澱んだものに変えていく。
地球滅亡を恐れた魔法文明は、機械文明と衝突することとなる。
こうして激しい戦争が開始された。
長き戦争の末に、残されたのは、血と硝煙の突き刺す臭気、累々と積み重なる屍の荒野、塩とガラスと化した一面の世界。
殆どの人々は、文明を奪われ、退化していった。
『我々の魔力の象徴だった秘石は、鉄と泥で封印された後だったのだ。魔法、機械、両文明は滅び、現在に至ると言うことだ』
抑揚なく響く電王の声。虚しい感情がそこにはあった。
「その機械文明の末裔ってのが、秘密結社ってことか? つまり現在まで生き残って、魔法の力を封印しようとしてる……」
明日香が訊ねた。
『そうだ。我々は魔力をなくしたが、奴らは幼稚な機械文明を使って、少しずつだが、その力を誇示し始めた。それでも魔力を使う者の出現を恐れていた。だから我らの復活を監視するように、月表面に監視システムを創り出したのだ』
「成る程な」
『そしてその秘密結社の一つが、"世界平和主義教会"……』
そしてその電王の言葉で、明日香の表情が強張った。
「……確かに、奴らなら有り得るな。悪さをしてるくせに、世界から守られている」
酷く抑揚なく呟いた。
世界平和主義協会と言う固有名詞に、とてつもない嫌悪感を持っているようだ。
だがその意味とその表情を、智は気付いていなかった。
完全に話の内容を理解出来ず、呆然とした視線を向けるだけだ。
『……次は松本智、貴様の番だぞ』
そしてその電王の台詞に、一瞬たじろいだ。
「俺は、まだ……」
そして戸惑い言い放つ。
確かに明日香の能力を見て、自分の能力にも興味があった。
それでも不安は拭えない。
恐怖心だけが、そこにはあったからだ。
携帯の向こう、電王は無言だ。
なにかを考えているような、不気味な沈黙。
『……無理にとは言わない。だが、こうしている間にも、我らの同志は生まれている。貴様も能力を使いこなすのだな』
そしてその台詞と共に、電王の姿と声が掻き消えた。
呆然と視線を向ける智。放つ言葉のひとつも見つからない。
「確かに"この世界からの解放"って、あたしが書いた夢、に沿ってるな。しがらみや過去からの解放、って訳じゃないが」
対する明日香は浮かれた表情だ。
「なんだよ智? 浮かない顔だな」
そして智の様子に気付き、投げ掛ける。
「確かにその能力は凄いよ。だけど結局は守るだけの力。いつ使っていいか判らない」
「確かにそうだ。だけど、あって邪魔なものじゃない。あたしはあたしなりに、この力を使いこなしてみるさ。だからお前も、どうにか使いこなすんだな」
真剣な智に対し、明日香は終始笑顔だった。
自らの能力に惹き込まれて、魅入られたような恍惚の表情だ。
正義に溢れ、悪を嫌う彼女なら、効果覿面だったのだろう。
しかし智は、いまだに恐怖の思いがあった。
臆病と言ってしまえば、それまでだが、破壊神との呼び方が不気味だった。
なにより世界が壊れてしまいそうで恐かったのだ。




