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ネクストワールド  作者: 成瀬ケン
第二章
12/30

電王


 明日香の住むアパートは、智のアパートから二十分程の距離にあった。

 智とは違う、閑静な住宅街のアパートだ。


 それでも彼は、直接彼女のアパートに行ったことはない。スマホで連絡して、その部屋まで辿り着いていた。



「さぁ、上がって」

 玄関では、明日香がドアを開いて待機していた。

 少しばかり困惑したような、興奮したような、複雑な表情だ。


「う、うん」

 智は別の意味で困惑していた。


 生まれてこの方、女性の部屋に入ったことはなかった。

 それが憧れの明日香の部屋なら、尚更ドキドキする。



 室内は、智が想像していたものとは違った。


 ピンクなどの明るい基調の、おしゃれな室内だろうと想像していたが、ベットとテーブルなど数点の、殺伐とした雰囲気だった。


 それでも几帳面に整えられ、乱雑な智の部屋とは違う。


 部屋の端に置かれた、デスクトップの画面だけが、青白く輝いていた。



「驚いたけど、嬉しかったよ。智が同じ、当選者って分かって」

 明日香が、智の持つ小包に視線を向けて言い放つ。


 明日香は自室ということもあり、上下灰色のスエッドを着込んでいる。



「俺も驚いてるよ。あれだけの倍率なのに、二人して当選するなんて」

 智もテーブル上に置かれた小包を見つめた。


 小包は一度封が切られたようで、両端がめくれている。



「届いたのはこれなんだけど」

 静かに右掌を広げる明日香。


 同時に鮮やかな赤い輝きが開放された。


「ルビー?」

 それは確かにルビーのようだ。情熱的な炎のような輝きを放っていた。


「何故かこれを握ってると、内から熱いものが湧き上がってくるんだ」

 その明日香の台詞の意味は分からない。


 それでもそれを見つめる明日香の表情は、普段より力強さを感じていた。



「……それで、俺を呼んだのはそれを見せる為?」

 問い質す智。


 スマホから響いた、あの時の明日香の声、わざわざそれを見せる為だけに、呼び出したとは考えづらかった。



「実は、パソコンがな……」

 明日香の答えは、抑揚ないもの。言い難い実情が垣間見える。


「……あんたに送られた物、手にすれば分かるかもよ」


 そしてその台詞で智も、ようやく小包を開ける決心をした。



 ベリベリとガムテープを引き剥がし、緩衝材に包まれたそれを取り出した。


 目が覚めるような黄色い輝き、幻想的なその姿、トパーズのようだ。



「吸い込まれそうだな」

 それを手にすると、何故か精神が穏やかになるような、爽快感が感じられた。



『……ほほう、"破壊神"まで一緒とは……』

 突然その場に、第三者の声が響いた。


「誰だ?」

 思わぬ展開に、愕然と辺りを見回す智。


 一方の明日香は冷静だ。固唾を飲んで、パソコンのデスクトップを見つめている。



『"解放者"に破壊神、なかなか洒落たカップルではないか』

 それは確かに、デスクトップから聞こえた。


 青白い画面が揺らめき、グルグルと放物線を描く。


「眩しい。……誰と会話してるんだ?」

 呆然と視線を向ける智。


 デスクトップの輝きは、室内を金色の輝きで埋め尽くしていく。


 そしてみるみるうちに、なにかの姿に変わっていく。



「こいつ、さっきも現れたんだ。……自らを"電王"と名乗っていた奴」

 グッと口元を噛み締める明日香。


 デスクトップの輝きは、人の顔のようにうごめいていた。



「電王? なんだよそれ、映画かなんかじゃないのか?」

 もはや智には理解不能だ。茫然自失で見つめるのみ。


「こいつは回線を利用して、ここまで辿り着いたんだ。しかもこの空間に存在してる。電波に姿を変えて、ここまで辿り着いたんだそうだ。どう言う手段で、こんなことが出来るのかは分からないけど」

 それに対し、明日香は冷静だ。


「馬鹿な、そんなことが出来る筈が」


『くっくくく、なかなか頼もしい相棒だな、鳴門明日香。それに比べて、松本智の方は、少々臆病なようだ』

 デスクトップの電王が言い放つ。


「何故、俺達の名前を? あんたがこの石ころの送り主なのか?」

 智にとって、恐怖とか戸惑いの感情はあった。


 それでも探究心の方が大きかった。


『送り主? それは違うな、俺もそれを授けられた、ひとりに過ぎない。そしてそれを送った方こそが神。俺はその使いをしてるに過ぎない』

 電王の声は、酷く落ち着き払ったものだ。


 パソコンを介しての音声、だからなのか知れないが、妙に脳裏に響くものがある。


「つまりこれを送った者が神様で、お前はその使いってことか?」

 明日香が言った。


『理解力があるな。頼もしい限りだ』


「はぐらかすな。別に神様なんか気にはしないが、そもそもこの石ころに、なんの価値がある?」


『それは秘石。持つ者の能力を引き出し、特殊能力が使える』


「……あんたの移動能力みたいにか?」


 明日香と電王の探るような会話が続く。


 その会話についていけず、智は既に蚊帳の外だ。



『その秘石は、人間の持つ、新たなる力を解放するコアだ。鳴門明日香、お前が手にするのは解放者。松本智、お前が手にするのは破壊神。その能力は他人には開放出来ない。御主おぬしら持ち主によってしか、意味をなさない』


 智は困惑するしかなかった。解放者とか破壊神とか意味が分からない。


 意味は分からないが、想像を絶する、次元を超越した、なにかに引き摺り込まれる気分を感じていた。



「成る程ね、確かに宝石には、いくらかの魔力が籠もってる。美への追求心とか、財産への欲望とか、呪いの力とか」

 既に明日香は昂揚気味だ。


 赤い輝きに染め抜かれた表情は、普段とは違う、妖しさを醸し出していた。


 そしてデスクトップの電王が、その表情を食い入るように見つめている。



『そう、それこそが宝石の魅力。判るか鳴門明日香? かつてこの世界は、魔力で平和に繁栄していた。その魔力の源こそが、その秘石』 


 それはあのサイトに刻まれていたことと、酷似した内容だった。



「魔力? 全ての人類が、そんな力を持ち得ていたのか?」


『全てではない、魔力を使えた者は、ごく限られた一部。それでも魔力を持つ者が、その他の者を繁栄と導き、大いに繁栄していたのだ』


「それは御伽噺おとぎばなしの中の話だ。お前の話が本当なら、何故この世界の人々はその力がない?」

 智が反論した。



『かつてこの世界の空には、巨大な秘石が浮かんでいた。だがある日、その秘石を封印されたのだ。ある存在によって、鉄と泥で塗り固めて封印された』


「ある存在?」

 怪訝そうに視線を向ける明日香。


『そうだ。いま現在、この世界を仕切る組織の、先祖達によってだ』


「この世界を仕切る連中だって?」


『そう、"とある秘密結社"』


「それってあの有名な、フリーメイ……」


『あまりその名は、口にしない方がいいと思うがな』

 すかさず言い放つ智の台詞を、電王が遮った。



「確かにそうだね」

 それに明日香が同意する。


「それに秘密結社の類いでいえば、アメリカなんてその手の連中は多い。旧約聖書を信じる連中。彼らは未だに天動説を信じてる。終末論まで掲げてるしな」


「そうなの?」


「日本だって秘密までは行かないけど、その手の連中はいるんだぜ。例えば日本政府。内閣に名を連ねるには、とある神道の踏み絵を踏まなきゃならない。誰もが興味を持たないだけで、それは公然の事実なんだ」


 すらすらと言い放つ明日香。


『なるほど、この世界のあり方を、かなり熟知してるようだ』

 満足げに響く電王の声。


『この世界はその者達によって、うまくコントロールされているのだ。全てを監視下に置かれてな』


「監視下?」

 一瞬明日香が、なにか考え込んだ。


 多分理解しているのだろう。『人は監視されて生きてる』との見解をもっているくらいだから。



『お前達はこの世界に納得しているのか? 強い者が頂点に君臨し、弱い者は地べたを這いずる。悪党が大手を振ってまかり通り、弱者が虐げられる。そんなやからの手によって、他の生物が滅ぼされ、地球が死滅していく』


「確かにそれは考えたことはある。だけどそれが、この世界の成り立ちだろ?」


『……理解して、それを許すと言うのか? 見てみぬ振りすれば、それは奴らと同じことではないか?』


「それは……」

 言葉に詰まる明日香。

 電王の台詞は、彼女の的を得ていたようだ。


『だからこそ我々が、正しい世界に創り変えなければいけないのだ』


「あたし達が、この腐った世界を変える?」


 その明日香の台詞に反応し、手に持つ秘石がいっそう激しく輝きだす。


 なんともいえぬ昂揚感、精神の高鳴りを感じた様子だ。

 電王が言う通り、神の懐にでも抱かれるような表情を見せている。



 それを見ていると、智の心に堪らない恐怖感が広がる。


 このままこの話を聞いていたら、暗い闇に、引きずり込まれそうな感覚を覚えていた。



「ふざけるな! 冗談も程ほどにしろ!」

 叫んでパソコンを切ろうと腕を伸ばす。


『逃げるのか? 松本智?』

 それでも電王の影は姿を消さない。


「逃げる? 狂った奴に、いつまでも付き合ってられないだけだ!」

 堪らずパソコンのコンセントを引き抜いた。


 バチッという音と共に、電王の姿が掻き消えた。同時に秘石の輝きも、消滅する。



 酷い脱力感を感じていた。息が乱れ、背中に冷たい汗が滴っていた。


 全てが幻だったのか?


 そう感じるほどの沈黙が、辺りに充満している。



「なんだったんだろうな?」

 ハァハァと息して、明日香に視線を向けた。



「…………」

 明日香は無言だ。まだ現実を受け入れてないように立ち尽くすのみ。


「明日香ちゃん?」

 堪らずその肩を揺さぶった。


「は、ああ、大丈夫」

 それでも心ここにあらずの表情だ。


 無理もないだろう。有り得ぬ出来事に遭遇し、精神にまでダメージを打ち込まれたのだ。

 まともでいろと言う方がおかしい。



「いたずらだよ、いたずら。どこかのハッカーが、悪ふざけでやったんだよ。気にしないほうがいいって」

 智にとって、精一杯の台詞だった。


 それがいたずらとか、そんな単純なことでないのは智だって理解している。

 それでもそう伝えるので精一杯だったのだ。



「ああ、気になんかしてないさ。魔力だなんて、そんなことあるはず無いもんな」

 それを察し、明日香も笑みを見せた。



 その笑顔を見つめる智、少しだけ安心した。元々精神面なら、明日香の方が強い持ち主だ。

 心配したって仕方ない。そう思った。



 その時はそんな、漠然とした感情しか抱かなかったのだ。


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