招待状
その日も智は、いつものように居酒屋でバイトに明け暮れていた。
土曜の夜、店に取っては稼ぎ時だ。逆に、智は飛び交う注文で忙殺気味だ。
「そう言えば今日も、なにか空を飛んでたな。あれは多分金魚だぜ、ヘタクソだけど、ヒレと尾っぽがあった。どこの広告なんだろうな?」
「聞いたか、例の少女殺人の犯人、移送中に死亡だってよ。いいざまだよな」
「そんなことより、駅前のストリートチームだ。"信長狩りだ"なんて、その辺うろついていたぜ。今頃乱闘の最中だろ」
「さっきのテレビ、見てたか? 例のマーキュリー様、ぶりっ子カローラの本当の姿を、さらしてたぞ」
客達の会話は、酒に浮かれた、意味の無い会話ばかりだ。
世の中に起こったことを、一喜一憂したってしょうがないだろう。
どうせ全ては起こるべくして起こること。
自分ら一般人が騒いでも、どうすることも出来ない。
智はそんな感情を押し殺し、仕事に励む。
「忙しそうだね」
「仕方ないさ」
唯一の救いは、明日香の笑顔だけだった。
「実はさ、あのとき応募した例のあれ、当選したらしいんだよね」
そしてその突然の台詞が、智の興味を引き込んだ。
「嘘でしょ? あれだけ応募者が殺到してたのに?」
信じられず、明日香を見つめた。
「しかもアパートに送られてきたんだぜ? 名前も、連絡先も教えてなかったのにさ」
それでも明日香の様子は、サバサバしたものだ。
注文したパスタを、フォークで突っついている。
「確かにそれは不気味だな。連絡先も教えてないのに、届くなんて」
不思議なことだ。
応募する時、連絡先まで詳しくは書き込んではいなかった。
当選して、その後に書き込むのだろうと理解していたのだ。
「とにかく、今日は帰るよ。ウチの大家が預かってるから、帰って受け取らないとな」
そして明日香が席を立ち上がる。
「だけど変じゃない? 爆発物とか、嫌がらせかも」
智が投げ掛けた。
その線も多いに有り得る。明日香の危機は、智にとっての危機でもある。
「おい松本、いつまで油売ってるつもりだ?」
その先輩店員の声で、我に返った。
確かにまだバイトの時間だ。こうして悠長にお喋りしてる場合じゃない。
「大丈夫だよ。変な音が聞こえたら、電話して助けを呼ぶから」
その様子を、笑顔で見つめる明日香。
手を振って通路の奥に消えていった。
こうしてバイトを終えた智は、アパートへと戻ることとなる。
明日香からの連絡はなかった。つまり無事ということなのだろう。
「……なんだ、小包か?」
アパートの大家管理室の前に、智に宛てた小包があった。
弁当箱程の、小さな包みだ。差出人は不明、"当選"とだけ書かれていた。
「嘘だろ? 俺にも当たったってこと?」
愕然となる智。
流れからいって、あの応募に当選したということだろう。
流石に違和感は拭えなかった、どうしようかと暫し立ち尽くした。
凄まじい倍率を誇り、しかも明日香に続いての当選。
しかもここの住所は書き込んだ覚えはない。
誰かのいたずらか? 俊平が仕出かしたことなのか? もしかして爆弾? そんな不安要素ばかりが渦巻く。
「明日香ちゃん、起きてた?」
咄嗟にスマホを取り出し、明日香に繋いでいた。
『……ああ、起きてたさ』
スマホの向うから響くのは、抑揚ない明日香の声。
「良かった。例の当選品、危険なものじゃなかったんだね」
『……まぁな。……もしかして心配して連絡してくれたのか?』
「あ、ああ、そうだよ」
そして智、ハッとした。
確かに明日香のことは、心配だった。だけど連絡したのは、彼女を心配しての行為ではない。
明らかに自分自身が、不安だったからだ。
『……そうか、ありがとね』
明日香は、智がそんな思惑を持って連絡したとは気付いていない。
「なんか、いつもと雰囲気違うよね?」
だけど何故か違和感を感じた。
「分かるか?」
「そりゃー、もちろん。……実は俺も、当選したんだ」
そしてその智の台詞で、明日香のトーンが変わった。
『マジかよ! だったらそれを持って、今すぐ来てくれないか?』
さっきまでと打って変わって、昂揚した響きだった。
そしてそれは多分、この当選した包みに関わることなんだろうと、智も直感した。
「分かった、今から行くから」
こうして智は、踵を返し、走り出したのだ。




