第6話:初めての任務
魔王軍での生活にも、少しずつ慣れてきた。リーナやイリスをはじめとする仲間たちと過ごす日々は、異世界に飛ばされた当初の孤独感を和らげ、俺自身の成長を感じさせてくれていた。
「……とはいえ、まだまだだな。」
訓練が終わった夜、俺はふと窓の外を眺めながら呟いた。身体能力や戦闘技術、魔力の扱いに関しても、ようやく基礎を学んだばかり。魔王軍で一人前の戦士として認められるには、まだ時間がかかりそうだった。
そんな時、部屋の扉が軽くノックされた。
「直也、入るぞ。」
聞き覚えのある声——イリスだった。彼女が部屋に入ってくると、いつものように明るい笑顔でこちらを見つめていた。
「イリス、どうしたんだ?」
「お前に任務がある。」
任務——その一言に俺は身構えた。これまで訓練漬けの日々が続いていたが、ついに初めての実戦が来たということか?
「任務って、俺にできることなのか?」
イリスは頷きながら、俺の前に一枚の書類を差し出した。そこには、魔王軍内部で使用される独特な文字が書かれていたが、リーナに教わった読み方でなんとか解読できた。
「……物資の護送?」
「そう。魔王軍はこの近くにある村との物資の取引をしているんだ。その物資を運ぶ護送部隊に、お前も加わることになった。」
なるほど、初めての任務は戦闘というよりも物資の護送か。少し安心したが、それでも油断はできない。敵対勢力や野盗などが現れる可能性もあるからだ。
「分かった。やれるだけやってみるよ。」
「大丈夫、お前ならできるさ。私も一緒に行くから、安心しろ。」
イリスがそう言って笑顔を見せたことで、俺も少し気が楽になった。
翌朝、俺たちは早朝から護送の準備をしていた。護送部隊はイリスを含む数人の戦士たちと、物資を運ぶための馬車数台で編成されていた。俺はその中の一台の馬車の護衛を任されることになった。
「直也、準備はいいか?」
イリスが声をかけてきた。彼女の背には大剣が背負われており、いつも通りの戦士らしい姿だ。
「ああ、問題ない。」
俺も剣と軽装の鎧を身に着け、準備を整えていた。イリスの表情は変わらず明るいが、その背中には確かな緊張感が漂っている。
「じゃあ、出発するぞ!」
イリスの号令で、俺たちは護送部隊を率いて出発した。朝早い時間帯のため、空気はまだ冷たく澄んでいる。馬車がゆっくりと動き出し、俺たちはそれを護る形で前進していった。
道中は特に問題なく進んでいた。護送する物資は貴重な魔石や武器類で、魔王軍の戦力を支えるために重要なものだ。それだけに、俺たち護衛の責任も重大だった。
「思ったよりも順調だな。」
俺は馬車の横を歩きながら、ふとそう呟いた。魔王軍の訓練で鍛えられたおかげで、長時間の移動にもそれほど疲労を感じなかった。イリスも馬車の先頭で馬を操り、軽やかに前進していた。
「油断するなよ、直也。」
突然、イリスの鋭い声が聞こえた。彼女が前方をじっと見つめている。俺も急いで前を見ると、少し離れた森の中に何か動く影が見えた。
「……何かいるな。」
「その通り。敵かもしれない。」
イリスは素早く剣を構え、仲間たちに警戒態勢を取るよう指示を出した。護送部隊全体が緊張感に包まれる。
「敵って、どんな連中がいるんだ?」
俺が小声で尋ねると、イリスは目を細めながら答えた。
「人間の盗賊や、魔物たちがこの辺りには潜んでいる。魔王軍の物資は貴重だから、狙われることが多いんだ。」
人間界でも似たようなことはあるだろうが、この世界では魔物や異形の存在もいるため、一層危険だ。
「直也、俺たちの力を試すいい機会かもしれないな。油断せずに備えておけ。」
「分かった。」
俺は剣を握りしめ、周囲に目を光らせた。初めての任務で、初めての戦闘になるかもしれない。気持ちは高ぶっていたが、同時に恐怖も感じていた。
すると突然、森の中から数人の男たちが飛び出してきた。彼らはボロボロの服を身にまとい、剣や斧を手にしていた。見た目からして、どうやら盗賊のようだ。
「ここで引き返せば命は助けてやるぞ!」
盗賊の一人が叫んだが、イリスは冷静に剣を構え直した。
「俺たちが引き返すわけがないだろう。お前たちの相手をしてやる!」
その瞬間、盗賊たちは一斉に俺たちに向かって突進してきた。俺もイリスに続き、剣を構え直した。
「直也、気をつけろ!」
イリスが叫ぶと同時に、一人の盗賊が俺に向かって斧を振り下ろしてきた。俺はとっさに剣を構え、それを受け止めたが、衝撃で体が後ろに吹き飛ばされそうになった。
「くそっ……!」
盗賊の力は思ったよりも強く、俺は必死に剣で防御を続けた。だが、ここで怯むわけにはいかない。俺は踏ん張りながら、反撃の一撃を繰り出した。
「はぁっ!」
俺の剣が盗賊の剣を弾き、彼の肩口に軽い傷を与えた。盗賊は痛みで怯んだが、すぐに再び斧を振り上げてきた。
「まだだ!」
俺は素早くもう一度攻撃を仕掛け、今度は盗賊の武器を弾き飛ばすことに成功した。盗賊は驚いた表情を見せながら、すぐに逃げ出そうとした。
「待て!」
だが、追いかける暇はなかった。他の仲間たちがすでに別の盗賊たちと戦っていたからだ。イリスも、数人の盗賊を相手に軽々と立ち回っている。
「さすがイリスだな……」
俺はその光景を見て感心しながら、自分も再び戦闘態勢に入った。まだ何人かの盗賊が残っている。俺はそのうちの一人に狙いを定め、素早く動き出した。
「やぁっ!」
俺の剣が再び盗賊の武器を弾き、彼を怯ませた。その瞬間、俺は一気に間合いを詰め、盗賊にとどめを刺す。
「……これで、終わりだ。」
俺がそう呟いた瞬間、最後の盗賊が仲間たちに倒された。周囲に盗賊たちの姿はなくなり、戦いは終わりを迎えた。
戦いが終わった後、イリスが近づいてきた。彼女は軽く汗をかいていたが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「直也、初めての戦闘にしてはよくやったじゃないか。見直したぞ。」
「……まあ、なんとかってところかな。」
俺は息を整えながら、イリスの言葉に答えた。初めての戦闘は緊張したが、どうにか自分の力で乗り切ることができた。
「これでお前も、魔王軍の一員として認められるはずだ。」
イリスのその言葉に、俺は少しだけ自信が湧いてきた。まだまだ学ぶことは多いが、この世界で生きていくための一歩を踏み出せた気がした。
「よし、これで護送も無事完了だな。帰ろう。」
俺たちは物資の護送を無事に終え、再び魔王軍の拠点へと戻るために歩き始めた。初めての任務、そして初めての戦闘を経験した俺は、この異世界で少しずつ成長しているのを感じていた。