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第3話:仲間との絆

魔王軍での訓練が始まってから数日が経過した。俺の体は常に疲労で限界を迎え、筋肉痛や打撲で動くたびに鈍い痛みが走る。それでも、俺は訓練を続けた。諦めるわけにはいかない。ここで負けたら、すべてが終わってしまうのだから。


「もう限界か……?」


その日もリーナからの過酷な訓練が続いていた。彼女の目は依然として冷たく、手加減する気配は一切ない。魔王軍の訓練は、俺にとってあまりにも苛酷だった。人間である俺は、魔族の身体能力や特異な能力を持っていない。だからこそ、他の新兵たちと同じメニューをこなすのは並大抵のことではなかった。


「……」


俺は地面に膝をつき、荒い息を吐く。汗が額を伝い、地面に落ちた。


「ふん、まだ立ち上がれるはずだ。」


リーナの冷たく無感情な声が耳に届く。彼女は一切表情を変えないまま、俺を見下ろしていた。その目には期待も、同情もない。ただ一つ、「立ち上がるのが当然だ」と言わんばかりの厳しさが宿っている。


「……っくそ……」


俺は全力で拳を握りしめ、どうにか立ち上がろうとした。しかし、体が重く、思うように動かない。何度も訓練を繰り返してきたが、この体の痛みは少しも慣れない。それでも、立ち上がらなければならない。ここで諦めたら、スパイとしての任務も何もかも終わってしまう。


「諦めるのか?」


リーナが鋭く問いかけてきた。彼女の目は、まるで俺の覚悟を試すかのように冷たい。


「……諦めるわけないだろ……!」


俺は自分を奮い立たせ、必死に立ち上がった。全身の痛みが再び襲ってきたが、それでも俺は歯を食いしばって耐えた。リーナの目が少しだけ細まり、何かを見定めているような表情を浮かべる。


「……いいだろう。次の訓練に進む。」


リーナがそう言った瞬間、俺の背後から声が聞こえた。


「直也、頑張ってるじゃないか。」


振り返ると、そこにはイリスが立っていた。彼女は笑顔を浮かべながら、俺に向かって軽く手を振っている。


「イリス……」


「お前、リーナの訓練を受けながらここまで耐えてるなんて、なかなか見どころがあるな。あの厳しさは普通の新人じゃ耐えられないぜ。」


イリスは軽く笑いながら、俺の肩をポンと叩いた。彼女のその軽やかさに救われる思いがした。イリスはいつも明るく、仲間を大事にするタイプだ。それが俺にとってどれだけ励みになっているか分からない。


「ふん。新人を甘やかすな、イリス。」


リーナが冷たく言い放つと、イリスは肩をすくめた。


「別に甘やかしてるつもりはないさ。ただ、彼も十分に頑張ってるからな。少しは労ってやれよ。」


「無駄な労いなど必要ない。強くなければ、ここでは生き残れないだけだ。」


リーナのその冷たい言葉に、俺は心の中で小さな反感を抱いた。確かに、ここで強くならなければ生き残れないのは事実だ。でも、少しの優しさや励ましがあるだけで、人はそれだけで救われることもある。リーナには、それが分からないのだろうか。


「まあ、そう言うなよ。直也もここまで来たんだ。これからもやっていけるさ。」


イリスは俺に向かって微笑む。その笑顔に、俺は少しだけ力をもらった。


「……ありがとう、イリス。」


「気にすんな。それより、まだまだ訓練は続くんだ。お互い頑張ろうぜ。」


そう言ってイリスは手を差し出してきた。俺はその手を握り返し、力強く頷いた。


その日の訓練が終わった後、俺はキャンプの外れにある丘の上で一人座っていた。訓練は確かに厳しいが、イリスや他の仲間たちがいることで、少しずつ前に進んでいる感覚があった。それでも、スパイとしての任務を忘れるわけにはいかない。


「……人間界を救うために、魔王軍に潜入する……か。」


呟きながら、俺は遠くの空を見上げた。この世界の空は、地球とは違う色をしている。二つの太陽が空に浮かび、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。


「ここで俺は……何をすべきなんだろうな。」


ふと、そんな疑問が心に浮かんだ。クロウから与えられた任務は明確だ。魔王軍に潜入し、彼らの情報を探り、人間界に伝える。それが俺の役割だ。だが、この世界で出会った仲間たちとの絆を感じるたびに、心の中で迷いが生じていた。


「お前は……本当に人間界のために戦うつもりか?」


突然、背後から声が聞こえた。驚いて振り返ると、そこにはリーナが立っていた。彼女は相変わらず無表情だが、その目には何か鋭いものが宿っている。


「リーナ……」


「お前は新人だが、他の者とは違う。異質だ。それに……」


リーナは言葉を止め、俺の目をじっと見つめた。その視線には、まるで俺の内面を見透かすかのような鋭さがあった。


「お前は、何か隠しているな。」


リーナの言葉に、俺の心臓が跳ね上がった。まさか、俺がスパイだと疑っているのか? いや、そんなはずはない。ここまで完璧に潜入してきたつもりだ。だが、リーナの直感はそれを見抜いているかのようだった。


「何のことだ?」


俺は動揺を隠しながら、冷静に答えた。だが、リーナの目は鋭く俺を見つめ続ける。


「……お前には、何か特別な力があるようだな。だが、それが何なのか、私はまだ掴めていない。」


リーナはそう言い残して、背を向けた。そして、まるで俺に試練を与えるかのように静かに去っていった。その後ろ姿を見送りながら、俺は胸の中に不安が広がっていくのを感じた。


「……彼女には、隠し事は通用しないかもしれないな。」


リーナの冷徹な直感は鋭すぎる。このままでは、いずれ俺がスパイだと気付かれてしまうかもしれない。それでも、俺にはこの任務を全うするしかないのだ。


その夜、俺は仲間たちと共に簡素な食事を取っていた。魔王軍の食事は、俺が知っている食文化とは全く異なる。見たこともない食材や味付けで、最初は戸惑うばかりだった。


「これ……何の肉だ?」


思わず尋ねると、隣に座っていたイリスが笑いながら答えた。


「それはフィスラトっていう魔物の肉だよ。最初は癖があるかもしれないけど、慣れると結構美味いんだぜ。」


「……そうか。」


恐る恐る口に運んでみると、確かに独特の風味が口に広がった。地球では絶対に食べたことのない味だが、思ったほど悪くはない。むしろ、この異世界の生活に慣れていくには、こういった食事にも順応しなければならないのだろう。


「頑張って食べろよ。戦士として力をつけるには、食事も大事だからな。」


イリスが励ますように微笑みかけてくる。その言葉に、俺は黙って頷いた。


「お前、意外とこの世界に適応してるな。」


後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはリーナが立っていた。彼女の目は相変わらず冷たく、それでもどこか俺に対する興味が感じられた。


「お前がこの世界でどう生き残るか……少し興味が出てきたよ。」


リーナの言葉には、わずかに含みがあった。それが何を意味するのかはまだ分からない。だが、彼女との距離がほんの少しだけ近づいた気がした。


こうして、俺の魔王軍での生活は少しずつ形を成していった。仲間たちとの絆が深まり、リーナとの関係も変化し始めている。しかし、スパイとしての任務を忘れるわけにはいかない。この異世界で、俺は生き延び、そして人間界を救うために何をすべきか——その答えを探し続けている。


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