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第1話:浪人生、転生する

 19歳、大学受験に失敗し、浪人2年目に突入。


高校時代はそれなりに成績も良く、普通に勉強すればどこかの大学に入れると思っていた。


だが、現実は甘くなかった。第一志望の大学にはことごとく落ち、それでも諦められずに勉強を続けていたものの、時間が過ぎるたびに自分の将来が見えなくなっていく。


朝から晩まで予備校で勉強漬けの日々。焦燥感と重圧で押し潰されそうになりながらも、親の期待に応えるために必死だった。それでも、自分が本当に何をしたいのか、何を目指しているのか、その答えは日々の中で霞んでいた。


「また今日も終わったか……」


予備校での長い一日が終わり、俺は家路に着いた。夕方の空は赤く染まり、秋の冷たい風が頬を刺す。帰り道は毎日同じ道を辿るが、その日は妙に感傷的だった。いつも以上に疲れていたのか、それとも心のどこかで何かが変わる予感があったのか。


ふと、目の前が霞んだような感覚に襲われた。頭がぼんやりして、周りの音が遠く感じる。何だかおかしいと思った瞬間、突然目の前に迫る鋼鉄の巨体が視界に飛び込んできた。


「——え?」


次の瞬間、耳に届いたのは鋭いブレーキ音。目の前には急ブレーキをかけたトラックが迫っていた。身体が動かない。頭は理解しているのに、足がすくんで全く動けない。恐怖が全身を支配した。


「……マジかよ!」


俺は叫ぶ間もなく、激しい衝撃と共に視界が真っ暗になった。身体が宙に浮き、次に感じたのは重く鈍い痛み。意識が遠のいていく。これが、俺の終わりだということだけは理解していた。


——だが、次に目を覚ました時、俺は全く見知らぬ場所にいた。


「……ここ、どこだ?」


目を開けると、見渡す限りの荒野が広がっていた。乾いた空気と、見たこともない異様な光景。空には二つの太陽が輝き、足元には不思議な植物が生えている。地球では絶対に見られない景色だ。


「……俺、死んだのか?」


自分の身体を確認すると、どうやら無傷のようだ。さっきのトラックに轢かれた感覚が嘘のように、痛みもない。だが、確かに俺はあの瞬間、死んだはずだ。じゃあ、ここはどこなんだ? 天国か、それとも地獄か——?


混乱する俺の前に、突然黒いローブを纏った男が現れた。男は一見して怪しげな雰囲気を漂わせており、その顔はフードの影に隠れてよく見えない。


「お目覚めか? ようこそ、新たな世界へ。」


男は静かに、しかし力強く語りかけてきた。その声は低く、耳に響くような重みがある。


「……お前は誰だ? ここはどこなんだ?」


警戒しながら問いかけると、男は微笑んだ。だが、その笑みには冷たさが感じられた。


「私はクロウ・ガルシア。お前は異世界に転生したのだよ、黒木直也。」


「……異世界?」


思わず、俺はその言葉を繰り返した。異世界なんて聞いたことがあるのは、せいぜいライトノベルやゲームの中の話だ。だが、目の前の光景とこの男の雰囲気は、そういった「フィクション」の枠を超えてリアルだった。


「信じがたいかもしれんが、現実だ。お前は地球で死んだ。そして、ここで新たな人生を歩むことになる。」


クロウの冷徹な声が、俺の頭の中に響く。心の中ではまだ信じられない気持ちが強かったが、現実の感覚がそれを否定できなかった。


「……じゃあ、俺はこれから何をすればいいんだ?」


その問いに、クロウは静かに答えた。


「お前には、魔王軍にスパイとして潜入してもらう。人間界を救うためにな。」


「は……? 魔王軍? スパイ?」


予想もしなかった言葉に、俺は再び困惑した。この異世界で、俺は魔王軍に潜入し、人間界のためにスパイ活動をする——そんな馬鹿げた話があるか? だが、クロウは真剣だった。


「そうだ。お前は魔王軍の中で、彼らの内部情報を探り出し、それを我々に報告するのだ。お前の使命は、人間界を守るために魔王軍を内部から崩壊させることだ。」


クロウの言葉は重く、逃げられない運命を示しているかのようだった。


「なぜ、俺なんだ?」


そう問わずにはいられなかった。どうして普通の浪人生である俺が、こんな重要な使命を負わされることになったのか。


「それは——お前が選ばれたからだ。」


クロウはそれ以上は語らなかった。ただ、その言葉だけが深く心に突き刺さった。


俺の新しい人生が、ここから始まるのだ。それは、異世界で魔王軍に潜入するという、全く予想もしなかった形で。

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