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一章 「異常」1



東京の夜は、いつもより深く、重く感じられた。


神田涼子は、突然鳴り響いた携帯電話の音で目を覚ました。寝ぼけ眼で時計を見ると、午前2時を指している。窓の外では、雨が静かに降り続けていた。涼子は身を起こし、携帯電話を手に取った。画面に表示された名前を見て、彼女は一瞬躊躇した。


警視庁特殊犯罪課の佐藤刑事からだった。


涼子は深呼吸をし、通話ボタンを押した。


「もしもし、神田です」


「神田さん、すまない。緊急の案件だ」


佐藤の声は普段よりも緊張が漂っている。


涼子は完全に目が覚めた。佐藤がこんな時間に連絡してくるのは珍しい。何か本当に重大な事件が起きたに違いない。


「渋谷で異常な死体が見つかった。君の...特殊な目が必要だ」


涼子は無意識のうちに、自分の能力のことを考えていた。死後49日以内の霊と交信できる特殊な能力。その能力のおかげで、これまで数々の難事件を解決に導いてきた。しかし、その能力は同時に彼女に大きな重圧をもたらしてもいた。


「わかりました。すぐに向かいます」

涼子は答えた。


電話を切ると、涼子はベッドから立ち上がり、窓際に歩み寄った。雨に濡れた街の明かりが、ぼんやりと揺らめいている。普段なら、こんな時間でも東京の街には霊たちの存在を感じ取ることができた。しかし今夜は違う。不自然なほどの静けさだけが漂っていた。


涼子は身支度を始めながら、胸の奥に湧き上がる不安を押し殺そうとした。なぜ今夜は霊の気配を感じないのか。それとも、自分の能力に何か異変が起きているのだろうか。


クローゼットから黒いスーツを取り出し、身に着ける。鏡の前で髪を整えながら、涼子は自分の顔をじっと見つめた。28歳。フリーランスの霊媒師にして、警察の非公式協力者。その二つの顔が、鏡の中で重なり合う。


最後に、祖母から譲り受けた銀のピアスを耳に付けた。このピアスには、彼女の能力を安定させる効果があるのだ。少なくとも、涼子はそう信じていた。


アパートを出る前に、涼子は玄関に置かれた仏壇に向かって軽く頭を下げた。そこには、幼い頃に亡くなった母の写真が飾られている。


「行ってきます」涼子は小さく呟いた。


アパートを出ると、雨は小降りになっていた。涼子は傘を差し、静かな夜の街へと足を踏み出した。タクシーを拾い、渋谷へと向かう。車窓から見える東京の夜景は、いつもと変わらない賑わいを見せていた。しかし、涼子の心の中では、何か大きな変化が起ころうとしていることへの予感が渦巻いていた。


30分後、涼子は渋谷のある雑居ビルの前に立っていた。ビルの周囲には既に警察の規制線が張られ、物々しい雰囲気が漂っている。涼子は警官に身分を告げ、現場へと向かった。


エレベーターで最上階まで上がると、そこには既に佐藤刑事と彼のチームが集まっていた。屋上には白い布で覆われた人影が横たわっている。雨は完全に上がっていたが、地面には水たまりが点々と残っていた。


「来てくれてありがとう」

佐藤が涼子に近づいてきた。彼の顔には疲労の色が濃い。


「正直、我々には手に負えそうもない」


涼子は静かに頷いた。佐藤の表情を見れば、この事件が通常の殺人事件ではないことは明らかだった。


「状況を教えてください」


涼子は冷静を装いながら尋ねた。


佐藤は深いため息をついた。


「発見されたのは2時間前。ビルの警備員が定期巡回中に遺体を見つけた。外見上の損傷は一切ない。しかし...」


佐藤は言葉を詰まらせた。涼子は彼の躊躇いを感じ取った。


「しかし?」


涼子が促す。


「しかし、検視官の話では...体内の臓器が全て消失しているという」


涼子は息を呑んだ。そんなことがあり得るのだろうか。彼女は死体に近づき、白い布の端を掴んだ。


「見せてもらいます」


涼子が布を取り除くと、そこに横たわっていたのは30代後半くらいの男性だった。佐藤の言う通り、外見上は何の損傷も見られない。まるで眠っているかのようだった。


しかし、涼子の直感は叫んでいた。これは眠りではない。そして、普通の死でもない。


涼子は深呼吸をし、自分の能力に意識を集中させた。普段なら、この距離で霊の存在を感じ取れるはずだった。しかし、今回は違う。涼子は眉をひそめた。


「何も...聞こえません」


涼子は佐藤に向かって言った。


「霊の気配が全くありません」


佐藤は困惑した表情を浮かべた。


「それは...異常なのか?」


「はい」


涼子は断言した。


「どんな場合でも、死後間もない人の霊なら、何かしらの反応があるはずです。これは...前代未聞です」


涼子が遺体に触れようとした瞬間、激しい頭痛が彼女を襲った。同時に、遠くから聞こえてくるような不気味な音が耳に入った。それは人の声のようでもあり、機械音のようでもあった。


「...消える...全てが...消える...」


涼子は思わず後ずさりした。佐藤が彼女を支えようと腕を伸ばす。


「神田さん!大丈夫か?」


涼子は震える声で答えた。


「佐藤さん...これは、ただの事件じゃありません。何か...とてつもなく恐ろしいことが起きようとしています」


佐藤の表情が硬くなる。彼もまた、この夜が何かの始まりであることを直感していた。東京の街に、未知の影が忍び寄ろうとしていた。


涼子は再び遺体に目を向けた。彼女の中で、霊媒師としての使命感と、一人の人間としての恐怖が交錯する。これから自分が直面することになる試練の大きさを、彼女はまだ知る由もなかった。


しかし、それでも前に進まなければならない。なぜなら、彼女にしかできないことがあるのだから。


涼子は静かに目を閉じ、再び能力を呼び覚ます準備を始めた。東京の夜は、新たな謎に包まれていくのだった。

処女作です。至らない部分があると思います

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