第8話:告白
ワース城三階・・・汚れた正装から止むを得ずいつもの貴族服に着替えた僕はここにある国賓用の会議室へ向かう。
既に部屋に来ていたウェールズ国王達と談笑を始めて互いの仲を深めていくようになる。
やがて暫くすると母上の淹れた紅茶を嗜みながらウェールズ国王夫妻と父上、母上、テル、バロワ。僕とディナのグループに分かれてたわいのない話に花を咲かせていった。
「そうだったのですね。それからお強くなられて将軍に?」
「うん。僕の剣の腕を磨くルーツは師匠オーディンにあるんだ。」
僕はディナに師匠の話をする。
「騎士ですか・・・。私は船であちこち回る者達ですので荒くれ者のイメージがありましたわ。」
「師匠達以外の騎士がどんなのか分からないけど僕は少なくとも騎士は良い人が居ると思ってるよ。」
「シエル様はお師匠様の事が本当にお好きなのですね。」
「うん、何せ命を救われたし色々教えて貰ったからね。」
「そうなのですね。」
師匠との話を聞いてディナは優しく微笑みを浮かべる。
いつか必ず僕は騎士となって師匠との"約束"を果たす。この事は皆に言えないけど自由にこの海を渡れたらいいな。
そう、思いを募らせて窓から見える快晴の空の下で青く輝く海を眺める。
あの海の向こうで師匠もきっと待っている。いつか必ず・・・
「さて、お話はこれくらいにしましょうか?」
するとディナが持っていた割賦をテーブルに置いて立ち上がる。
「ディナ?」
立ち上がった彼女を見て僕はキョトンとすると父上達もまたこちらへと視線を集めてくる。
「ディナ、そろそろ"あの件"を話すのか?」
「はい、私の方からお伝えします。」
「良いのよ?お父様が話しても。」
「いいえお母様。私から話すべきだと思いますので。」
「話しとは・・・なんだね?ガハムレト。」
そんな会話をするウェールズ一家に父上が不思議そうに眉を寄せる。
「その事だが今からディナに話させるよ。」
「ほう?」
ディナが話すと告げたウェールズ国王に父上は彼女に視線を戻す。
一体、何を話すのだろうか?
「国王様、女王様・・・その、私、単刀直入で恐れ入りますが・・・。」
ディナは頬を赤くして僕らを見つめるととんでもない事を告白する。
「どうか私、ディンドラン・ウェールズをシエル・ワース様の妃にして頂きたいのです。」
「えっ?えぇーっ!?」
頭を下げてそう告白してきた彼女に僕はこの中の誰よりも驚きの声を上げるのだった。
◇◇◇
「ぼ、僕が・・・ディナとけ、結婚!?」
驚いた僕は皆を見て空いた口が塞がらなくなる。突然ディナが言い出した結婚の話・・・それを急に言われて驚かない人が居るのだろうか?
「随分突然じゃな・・・ガハムレト。」
「はっはっはっ!驚かせてすまんな。」
戸惑う父上にウェールズ国王は立ち上がると僕に歩み寄って肩を叩く。
「シエル君、君の剣の腕はウェールズでも話題になっているのだよ。平和と縁のあるワース国王にとって君は正に"平和の象徴"。それは親交を深めた我が国も嬉しく思うのだ。」
ウェールズ国王はそう言って父上に視線を戻す。
「どうかね?オセオン。我々は家族ぐるみで親交が深い!両国の王子と王女の結婚は我々と更なる親交の証となる。そしてシエル君の剣の腕・・・彼の実力ならば両国を護る"剣"となるだろう。」
「ふむ・・・そうだな。」
父上はゼンマイの様な顎髭を撫でながら快く頷く。
「それであれば儂から言うことは無い。それで良いな?ルシェル。」
「はい、私も良いと思います。私もディナの事、気に入りましたもの。」
「私も賛成します。ディナ様が姉上になって頂けるのはとても嬉しい。」
「僭越ながら私、バロワも同意致します。ディナ様は見ての通り教養もあられる。そちらに疎いシエル様をきっと支えて頂けるでしょう。」
ワース側は僕を除いてほぼ万丈一致で賛成の声が上がる。
「さて、シエル君。君はどうかね?」
「あっ、ええっと・・・その。」
ウェールズ国王に見られながら僕はディナへ視線を向ける。
「・・・ッ!?」
すると彼女は色気のある目線でこちらを見て、断りずらい空気を作り出してきた。
・・・ここは一旦、承諾した方が良さそうだ。
「・・・わ、分かりました。ぼ、僕はそれで構いません。」
「そうか!それは良かった!!」
僕の返答にウェールズ国王は喜びの声を上げると更にとんでもない事を言い出す。
「ならばゆくゆくは私の王位は息子達ではなくシエル君、君に託そう。」
「ええっ!?」
「シエル君、よければディナと結婚した暁にはウェールズへ来ないか?勿論、ワースに留まりたければそれでも良い。ウェールズは君の様な逸材を欲している。いずれはウェールズとワースの為にその力を振るってほしいのだ。」
ウェールズの王位を自分へ譲ると言ってきたウェールズ国王に僕は戸惑う。
「どうかね?シエル君。」
「す、すみません・・・王位の話は考えさせて貰えませんか?直ぐには決められませんし国王様も私の様な者ではなくご子息達に王位は譲るべきだと思います。」
「そ、そうか・・・まあ、確かにそうではあるがもし気が向いたら言ってくれ。私は君の様な者に王位を譲りたい。その時はすぐにでも国を上げて歓迎するぞ!」
「はい・・・ありがとうございます。」
「さて!それならば二人の結婚を祝わねばならんな。式はいつにするか?それは食事でもしながら考えよう!」
「そうだな!はっはっはっ!」
父上は立ち上がるとウェールズ国王達を連れて会議室を出て行き始める。その後を僕は付いていきながら心の中で迷い始める。
師匠との約束が果たせなくなるのではないか?・・・と。
◇◇◇
「はぁ・・・。」
ウェールズ国王夫妻、ディナとの会合を終えた僕は夕闇の光に包まれた自室へ戻ると部屋の明かりを灯して書斎の椅子に深く腰掛ける。
あの後一緒に昼食を摂った際、トントン拍子に話が進んで結婚式は早くても三日後に前日には前夜祭を開催する事となった。既に両国の城下町では僕とディナの結婚の報が上がっている頃だろう。
「やっぱり・・・王族は騎士にはなれないのか?」
黄昏に染まった幻想的な海の景色を窓から眺めると力無く呟く。
僕が騎士として旅をしようにも出来ない理由・・・それは"王族"という身分にあるからだった。
無論、王族が嫌な訳ではない。今の身分なら苦労すること無く裕福に暮らし、ゆくゆくは王或いは国の要人として働く場所も保証されている。
でも僕は師匠と出会い、騎士という新たな道を見つけられた。師匠の様に自由に海を渡って冒険したい。まだ見ぬ景色を見てみたい。今の地位を捨てでもなりたい"夢"なのだ。
でも、それももう叶わないのか?王様同士の都合に振り回され一度は惚れたとはいえ、まだ会ってそんなに時間も立たない女性を伴侶に迎え入れて一生を過ごす。
そんなの・・・つまらないに決まってる。
それならどうしたらいい?今更騎士になりたいなど父上に言ってしまった時には猛烈に反対されてしまうだろう。
僕はどうしたら・・・
『シエル、人はいつだって"自由だ"。』
ふと幼い頃、師匠に言われた言葉が頭をよぎる。
『王族だろうか何だろうが人は平等に"自由"だと私は思っている。シエルも今の地位を捨てたいと思うのならその時が来たらそうすればいい。誰かに指図されて生きる必要なんてない。それが"自由"に生きる人の強さだ。』
「今の地位を捨てたいと思うならその時が来たらそうすればいい・・・そうでしたね。師匠。」
嘗て師匠に言われた言葉を思い返し、深く頷く。
そうだ・・・この際皆の前から居なくなってもいい。この人生は僕のものだ!どう生きるは自分が"自由"に決めたらいいんだ!
「どうせ言っても反対されるくらいなら・・・皆を裏切る形になってもいい。"自由"になるにはまずこの鳥かごから出なきゃいけない。」
拳を強く握りしめ、暗くなりかけた海の景色をじっと見つめる。
「師匠・・・ありがとうございます。僕は騎士になります!今の地位を捨てでも貴女との約束を果たしたいから!」
決意を胸に師匠へ届かぬ言葉を掛けると騎士になる覚悟を決める。
「前夜祭は二日後・・・そして結婚式はその次の日だ。・・・そうなると皆の気を引かずに城を出れる時間は・・・」
机の上にある前夜祭当日の兵達の配置が描かれた書類に目をむけると僕は部屋の隅に隠していたものを漁り始め、騎士として旅に出る計画を立て始める。
僕の冒険の始まりはもうすぐそこまで迫っているのだった。