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Chevalier『シュバリエ』〜約束の騎士達の物語〜  作者: JACK・OH・WANTAN
第六章:疾風の獣
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第49話:烈風の獣

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


獣へ姿を変えたエルデは咆哮を上げると黄昏の空の下で眼を赤く光らせる。


「お前ッ!エルデに何をした!」


僕は彼を獣にした張本人アヌビスをギロッと睨む。


「ククククッ、何をしたのかですって?魔石の力を使ってあの獣人を無理矢理獣にしただけですよ。」

「な・・・に?」

「貴様・・・ッ!」


アヌビスの言葉に怒りを覚えたのは僕だけでなく工房長もその一人だった。


「クソッタレなことをしやがって!!!エルデは・・・エルデは自ら獣になることを拒んでいたんだぞ!それを貴様は!!」

「ッ!?」


工房長の怒りの言葉を聞いて僕は眼を見開き、更に怒りが湧き上がった。


「ククククククククッ!だからこそですよ!獣になることを恐れた獣人、だとしても獣は獣!獣は大人しく獣として生きればいいのです!二度と人の姿を見せないで欲しいんですよ!だからこそ・・・」

「うおおおああああああああッ!!」


堪忍袋の緒が切れた僕は遂にアヌビスに戯言を言わせまいと奴へ斬りかかる。


しかし、目の前にエルデが現れると凄まじい力でなぎ倒されてしまった。


「うわぁぁぁああああっ!」


僕は地面に叩きつけられながら転がるも直ぐに立ち上がって口元に付いた血を拭う。


「エルデ・・・やめろ!」

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


声が全く聞こえていないエルデは咆哮を上げると躊躇することなく僕の方へ突進してくる。


「小僧!避けろ!ソイツは力が強ぇ!テメェの命が無くなんぞ!!」


処刑台から工房長が懸命にそう声をかけ、僕に避けるよう訴えてくる。


しかし、僕は避けることなく迫ってくる獣としっかり向き合った。


「小僧!死にてぇのか!アイツもテメェを殺すことを望んじゃいねぇ!だから・・・だから!」

「避けろって・・・言うんですか?」

「は?」


涙を流しながら訴える工房長に僕は獣に視線を向けたままそう返す。


「そんなことしたら余計にエルデは悲しんでしまう!独りになることを望んでしまう!!」

「ッ!?」

「だから・・・僕は"約束"したんです!!もし、彼が獣になったら僕が止めるって!!」


そう言うと僕は敢えてエクスカリバーを鞘に収め、武器を持たない状態で両腕を広げた。


「よ、よせ!!!」

「ククククククククッ、突き飛ばされることを選んだか。」

「突き飛ばされる?それはないよ!」


僕の言葉にアヌビスは眉を寄せる。


「僕が・・・受け止めるだけだッ!!」


直後、獣化したエルデが僕へ突っ込んでくると同時にこれまで感じたことのない衝撃と痛みが僕を襲った。


「があっ!ぐぁぁぁあああっ!!」


しかし、僕は決して倒れることも臆することもなくエルデの顔面を身体で受け止めると彼の首をがっちり抑えて動きを封じようとする。


「グウウウウ!!グオオオオオオオオッ!!」

「目を覚ませ!エルデ!!本当はこんな事・・・したくないだろッ!!!」

「グオオオオオオオオオッ!!!!」


抑えられても尚、暴れようとするエルデを僕は抑え続けそう訴えかける。その様子を滑稽な表情で見つめるアヌビスが高らかに笑い声を上げた。


「はっはっはっはっは!!!無駄だ!魔石の力によって自我を失った獣なんぞに貴様の声など届きやしない!!」

「黙れッ!お前なんかに貸す耳なんか・・・無いんだよ!!!」


アヌビスにそう言い返し、エルデを抑え続ける。


とは言え、彼の力は想像以上に凄まじく僕も次第に疲れが見え始めた。このままだと・・・アイツの・・・帝国も思惑通りになってしまう!!それだけは絶対に防がないといけない!!


「エルデ!!!お前はエール・ブランシュを修繕するんだろ?だったら尚更、こんな事したらダメだろ!!!」

「グルルルルッ」

「エルデ・・・」


苦しむエルデを見て、工房長は不甲斐ない表情を浮かべる。


「工房長を助けてエール・ブランシュを修繕するんだろ・・・!”夢”を”約束”を!破ったらいけない!!だから!!!」

「グオオオオオオオオッ」


遂にエルデに突き飛ばされた僕はそのまま地面に腰を付けると彼の鋭利な爪が振り落とされる。


「グオオオオオオオオオッ!!!」

「エルデ!!よせ!!!」


工房長の叫びも虚しく落とされる爪を見て、アヌビスは勝ち誇った笑みを浮かべる。


ここまでなのか?


僕は次に来る痛みと衝撃・・・あるいは死を覚悟した・・・その時だった。


突然、首相官邸から緑色の風の柱が建物を突き破って黄昏の空まで聳え立つ。


「ッ!?」


その様を僕らは見つめて各々動きを止める。


「な、なんだ!?」


風の柱を見たアヌビスは後ずさりして驚きの表情を浮かべた。


まさか・・・あれって!!


僕は立ち上がるとやがてこちらへ迫ってくる風を見て、確信する。


あれは・・・精霊だ!と


案の定、緑色の風は僕の目の前に佇むと辺りに風を吹き荒らすと自我を失っていたエルデを包み込み、魔石の力を浄化していった。


「ぐうううっ・・・うぅっ・・・俺は・・・一体・・・」

「エルデ!目が覚めたのか!?」

「シエル・・・そうか俺はまた・・・」


獣の姿になった自分を見て、エルデは顔を顰める。


『そんな顔してんじゃないわよ。ホラッ!シャキッとなさい!!』

「えっ?」


そんな声が風から聞こえてくると風は露出度の高い服を着た小さな女性の姿へと変わった。


「なんだ!?そいつは!!」

『そいつなんて失礼ねアンタ。こう見えてアタシは風の精霊・・・シルフ様よ?』


風の精霊シルフと名乗った小さな女性はアヌビスを睨むと僕らへ顔を向けた。


・・・風の精霊!まさかマルケイルにいたなんて。


三体目の精霊との思わぬ邂逅に僕の胸は高鳴る。


「風の精霊・・・そんなもの御伽噺の話じゃ・・・」

「僕も最初はそう思っていたよ。でも彼女は正真正銘・・・精霊だ。」

『ご名答!!流石は聖剣に選ばれたカワイコちゃんね!アタシ、貴方が来るまで退屈だったのよ~?』


シルフは陽気な表情で僕にそう言った。


「精霊・・・まさか、そんなものが存在していたなんてな・・・」


シルフの姿を見て工房長も唖然とする。


「それで?風の精霊は俺達の味方ってここでいいんだな?」

『あら、貴方。折角訳分かんないモノ取り除いてあげたのにドライじゃない?まぁでもアタシはこの子の味方だから貴方もそうなら仲間ってことにしていいわよ?』

「精霊か・・・面白い!!」


するとアヌビスが笑みを浮かべてシルフへ声を掛けた。


「マルケイルの古い文献に風の精霊が居ると記述があったが・・・まさか本当に存在していたとは!歴史的価値は無くとも帝国が管理する価値がある!貴様はこの私が・・・」


アヌビスがそう言った途端、奴の周りに暴風が発生し、そのまま官邸の壁まで吹き飛んでしまった。


「ぐわあああああああああああああっ!!!」

『あら、ごめんなさい。つい手が滑ったわ。悪いけど・・・好き嫌いするような人とのお誘いは断ってるの。』


シルフはアヌビスを一蹴すると僕らに再び向き合って笑みを浮かべる。


『さあ!アタシをそれに入れちゃいなよ!』

「うん!ありがとうシルフ。それじゃあ・・・!!」


僕は深く頷き、エクスカリバーを鞘から抜くとそれをシルフ前に掲げた。彼女は僕らにピースサインを送りながら緑色の光に包まれていくとエクスカリバーに吸収され、僕に風の力が沸き上がってくる。


「よし!エルデ!!行くよ!」

「よく分からねぇが準備は出来ている!!」


エルデは獣の姿のままそう答えると僕はエクスカリバーの刃に吹き荒れる風を纏うとその一端を彼に付与する。


「これは・・・フフッ、悪くねぇ。力が漲ってくるぞ!」

「よし!」


僕は勢いよく飛び上がるとそのままエルデの背中に跨ると彼もまた風の力を纏ったまま勢いよくアヌビス目掛けて走り出した。


「おのれっ!!!」


風の精霊に一蹴されたアヌビスは何とか立ち上がると剣を取り出して僕らへ斬りかかる。


「そんなマヤカシの力なんぞに私は負けるか!獣人、騎士如きにな!!」

「アヌビス!お前はそうやってエルデや・・・ヒューマン以外の人を傷つけた!!どんな姿でも皆等しく”人”だ!!それを否定するお前に国の長として立つ資格は・・・無いッ!」


僕はそう言うとエルデの背中の上に立ち上がり、エクスカリバーの柄を両手で握り締めると風を纏った刃を勢いよく横殴りに振り落とした。


「喰らえ!烈風ヴォン斬撃スラッシュ!!」


荒れ狂う風の斬撃はそのままアヌビスの剣を粉々に砕くと目を見開く奴をエルデがそのまま跳ね飛ばした。


「馬鹿な!この私が・・・ぎゃああああああああっ!!」


そして、首相官邸の壁を何枚も体に打ち付けて悲痛な悲鳴を上げたアヌビスは遂に首相官邸の奥の部屋の壁に背中を強打した後、ぴくぴくと痙攣しながら白目を向いて力尽きてしまうのだった。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」


気絶したアヌビスを見たエルデは獣の姿から元の姿に戻ると僕へ顔を向けた。


「・・・シエル。・・・ありがとな。」


そう礼を言う彼に僕は優しく微笑みを見せる。


「うん、これで君は”夢”を叶えることができるよ。」

「あぁ」


エルデは清々しい気持ちになりながら暗くなりかけた空を静かに見上げ、僕らの工房長とマルケイルを救う戦いは幕を閉じるのだった。


◇◇◇


 アヌビスら帝国軍が鎮圧してから暫く経った後、奴の思惑によってデン・バアーグや各国へ派遣されていた政府関係者達と王国軍が続々と帰還し、統制を失った帝国軍を捕縛していった。


翌日、オラルド政府は首相官邸の騒動とアヌビスの悪行と正体がマルケイル市民へ伝えられ、アヌビスは失脚し、国家反逆罪で確保された後、ミネルバの提案でその身柄は彼女率いる白梟騎士団に渡された。


工房長と船工房の幹部達もまた、解放させるとアヌビスによって着せられた罪は無くなり、無事、誰一人として怪我もなく船工房へ帰還した。


エルデもまた、工房長や船工房らと対面すると過去の因縁、すれ違いを互いに詫びて和解した。


しかし、彼はそれでも船工房に戻る選択はしなかった。


「エルデ、本当に良かったのか?」


旧ドックへ戻った僕らは船工房に戻らなかったエルデを見る。


「あぁ、俺はコイツを直す夢があるからな。それが終わっても・・・俺は戻ることはねぇかもな。」

「やっぱり、工房長を傷つけた事を悔やんでいるのね。」


ルーチェの言葉にエルデは深く頷く。


「さて、お前達にも迷惑かけたな。修繕の続き・・・やんねぇとな。」

「エルデ・・・」


何処か悲しそうな顔をしながら作業の準備をするエルデをシルヴァは心配そうな目で見る。それは彼女だけでなく僕も同じだった。


「今は独りにしてやったほうがいいだろ。戻らなかった選択をしたのもアイツだ。オレ達が口出しすることじゃねぇよ。」

「そうだけどさ・・・」


身体中に包帯を巻いたカイにシルヴァは反論しようとするも返す言葉を無くし、再びエルデに目を向ける。


今の彼に何もしてやれない・・・僕らがそう思っていた時だった。


「水くせぇなぁ。そうやって独りで抱え込むなよ。」


そんな声が聞こえ、僕らがドック入り口に顔を向けるとそこには工房長と船工房の大工達が続々とエルデの前まで歩み寄ってきた。


「こ・・・工房長!?皆・・・なんで・・・」

「なんでって・・・なぁ?お前ら。」


驚くエルデに船大工達は笑みを浮かべる。


「エルデ、俺がもう一つ嫌いなことを教えてやる。それは”独りで悩みを抱えて相談もしねぇやつ”だ。」


工房長は厳格ながらもどこか優しさのある表情でエルデの肩を叩く。


「それと、俺達に抜け駆けでコイツを直してんのも気に食わねぇ。設計図を見せろ。どこまで終わってる?」

「あ・・・はい!こ、ここまでっす・・・」


エルデは恐る恐る工房長に設計図を見せると彼はそれをまじまじと見て笑みを浮かべる。


「フッ、船の内装の修繕と塗装がまだか・・・相変わらず仕事が早ぇな。これだけの仕事なら今の人数で一晩ありゃ終わるな。おい!テメェら!」

「「はい!分かってます!」」


船大工達はウキウキした様子でエール・ブランシュ号へ乗り込むと早速作業を始める。


「皆・・・なんでそこまで!!」

「船工房は暫く復旧作業で動かねぇんだ。手持無沙汰だからよ!」

「こんないい船、独りで直してんのずりぃぞ!俺達にもやらせろ!」

「エルデ、皆おめぇを心配していた。だからこそ力になりてぇと思っていたのさ。」

「・・・くっ、くぅぅぅ・・・・」


船工房達の言葉にエルデは涙を流すと笑みを浮かべて皆に言った。


「ありがとうございます!!俺もやるんで皆で完成させるぞ!!」

「「おおーーーーっ!!」」


ドック内に活気が沸き上がり、船大工達の笑い声が響き渡る。


僕らはそれを見てようやくエルデが心から笑えるようになったと感じるのだった。

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