第45話:落日の船工房(ファクトリー)
船工房・・・オラルドの経済を支える世界一の造船所にしてオラルドの象徴となっている施設。黒煙が上がる此処へ急いで向かった僕らがそこで見たのはそんな栄光が嘘のように思える惨劇の後だった。
「酷い・・・」
「おい。嘘だろ。」
目を覆いたくなるような光景にシルヴァとカイは絶句するとミネルバは目を静かに閉じながら言った。
「遅かったようですね。何故、船工房がこのようなことになったのか分かりませんがアヌビスの仕業で間違いないでしょう。」
「だとしたら・・・どうしてこんな事を!」
僕がミネルバに顔を向けてそう尋ねるも彼女は首を横に振る。アヌビスが何故、経済を支えている船工房を爆撃したのか?散々利用した挙句、施設そのものを破壊するなんて・・・許しちゃいけない!!益々アヌビスに対する怒りと以前訪れた景色との様変わりを滅茶苦茶にされてやり場のない怒りが沸き上がる。
「ねぇ!あそこ!!」
するとシルヴァが何かを見つけて指差すとそこには変わり果てた工房の瓦礫の上に立つエルデの姿があった。
「エルデ!」
僕らは彼に駆けよるも返事は無く震えながら船工房を見渡している。・・・表情は真顔だがその内心は明らかに焦っていると同時に誰かの無事を祈っている様子だ。
「嘘だ・・・こんなこと・・・工房長は・・・何処に!!・・・はっ!」
するとエルデは倒れている船大工を見つけると直ぐに傍へ駆け寄って揺さぶりながら声をかけた。
「おい!!しっかりしろ!大丈夫か!?」
「う・・・うぅ」
「息がある?すぐに手当てをしましょう!ルーチェ!手伝える?」
「えぇ」
怪我人を見るや否やミネルバはすぐにルーチェと手当ての準備を始める。そんな二人を気にすることなくエルデは怪我人の男に大きな声で尋ねた。
「おい!喋れるか?何があったんだ!?説明しろ!」
「う・・・ひ、昼過ぎのことだ。船工房に・・・国のお偉いさんが・・・やってきて・・・工房長と・・・会ったのを・・・見た。」
男はかすり声でエルデに船工房爆発までの状況を語る。国のお偉いさん・・・恐らくアヌビスだろう。
「それで?どうなったんだ!!工房長は?」
「分から・・・ない。その後に俺が・・・煙草を吸おうと・・・外に・・・出たら・・・工房が爆発・・・して・・・瓦礫が・・・ううっ・・・」
「おい!!おいっ!!!」
男はそこまで語るとエルデの腕の中で力尽きてしまい沈黙してしまった。
「くそっ・・・くそおおおおおッ!!」
彼は俯きながら男をその場に寝かせると悔しさを滲ませた叫びを放つ。
「なんで・・・なんでこうなるんだよ!!!」
「エルデ・・・」
嘆いているエルデに僕らは返す言葉を失い、ただ彼の背中を見届けるしかなかった。でも、一つ気になる事がある。
それは何故、エルデが船工房の話になった途端、こんな必死になったのか?工房長が危険に晒されたと聞いて僕らを置いてまで焦ったのか?彼と工房長はどんな関係だったのだろう?
「エルデ君。落ち着いたかしら?」
「・・・こんなんで落ち着いているように見えんのかよ?」
息絶えた船大工の半身をじっと見つめたエルデの肩に手を置いたルーチェに彼はキッと彼女を睨みつけると同時に悔しさを滲ませた表情を浮かべた。
「ごめんなさい。でも、工房長・・・カークス氏が危険に晒されたと聞いた途端、貴方は私達を置いてまでここに来た。それはカークス氏と切っても切れない縁が貴方にはある。だからこそ・・・」
「だったらなんなんだよ!助けようがどうしようが俺の勝手だろッ!」
エルデは立ち上がるとルーチェに胸ぐらを掴もうと手を挙げる。
「待ちなさい。それ以上の争いは私が許しませんよ。」
「チッ」
しかし、咄嗟にミネルバがエルデの手を掴むと彼は怒りを渋々抑えて手を降ろす。一度、聞くべきだ。エルデと船工房との関係を。意を決した僕は彼の前まで歩み寄って尋ねた。
「エルデ。君は僕にとって”仲間”だ。だから僕は君の事を知りたい。工房長と何があったのか?君と船工房にどんな関係があったのかを知りたい。尤も君が船大工になったのも船を造ることが好きになったきっかけが・・・工房長と出会ったからじゃないの?」
その問いにエルデは俯いたまま目から光るものを一つ地面に落とすと無言で頷くと暫くしてから口を開いて語り出した。
「そうだ。俺が船工房になったのも・・・船造りの魅力を伝えてくれたのも全部・・・工房長とここに居た皆のおかげなんだ。」
◇◇◇
今から約18年前・・・俺は獣人が多く住む村に生まれた。だが10歳の頃、村付近の国々が戦争を起こし、両親や村人は他界。唯一の家族だった妹も何者かに攫われ、俺は独り身となった。
当時から獣人による偏見と差別は激しく、ただ戦争に巻き込まれた存在でありながら俺は逃げた先の村や街で同情どころか巻き込まれて当然と言わんばかりの迫害を受けた。あまりもクソだった。なんでこんな目に合わねぇといけねぇんだ!ってな。
それから3年間。獣人ということを隠しながら俺は此処、オラルド王国のマルケイルに辿り着いた。だが既に体力は消耗しきっており、寧ろよくここまで持ったと思えた程、衰弱していた。
「・・・はぁ・・・うっ・・・」
そして遂に・・・冬の寒い路地裏の地面に倒れた俺は遠のく意識の中、自分の死の瞬間を覚悟した。俺もここで死ぬんだ・・・獣人という迫害を受け、誰からも助けられることなくここで惨めに・・・そう思っていた時だった。
「おい、小僧!大丈夫か!?一体どうした!?」
俺に声を掛けえくる奴がいた。強面で腕っぷしのいい男だった。それが俺の”恩人”・・・工房長ことカークスだったんだ。
「おいおい何日食ってねぇんだお前!!おい!この小僧、ウチまで運ぶぞ!!」
「運ぶったって・・・工房長!そのガキ見てくだせぇよ。明らかに獣人の子供でしょ?」
同行していた船大工が弱った俺を見てそう言った。当然だな。この人もどうせ助けてくれやしねぇだろう。だが、彼は違った。
「馬鹿野郎!!テメェをそんな曲がった奴に育てた覚えはねぇぞ!!」
「・・・ッ!?す、すんません!!」
「獣人だろうが何だろうがガキに変わりねぇ!助ける、助けないに理由なんざ要らねぇんだよ!!」
その言葉に俺は驚いた。同時に初めて獣人以外の人間に助けられた瞬間だった。獣人だろうが関係ない。そんなことを言ってくれる奴がこの世にいたなんて・・・。
「兎に角運ぶぞ!おめぇは近くの店で食いモン買ってこい!まずはメシと風呂だ!!」
「は、はい!!」
部下の船大工に大声で指示したカークスは俺を軽々抱きかかえて走り出す。その道中、彼は俺にこう言った。
「くたばんなよ!!俺が助けてやるからな!!辛かったよなぁ!寒かったよなぁ!もう、大丈夫だからな!!」
涙が止まらなった。獣人の俺の為にこんなにしてくれる奴がいるなんて・・・。それから俺は船工房に運ばれ、数年ぶりの温かい風呂とメシを食った後、気を失ったらしい。そこからの記憶はなく、目が覚めたのは三日後のことだった。
パチパチと鳴り響く暖炉の付いた温かい部屋で目を覚ました俺はふかふかのベッドから身体を起こして目を覚ます。
「俺、なんでベッドの上に居んだ?・・・あぁそうか・・・あのオッサンに助けてもらったんだっけか?」
意識を失う前の記憶を思い出すと今の自分の状況を確認する。
「何処だ・・・ここ。」
ベッドから出て、石造りの部屋を見渡すと大きな書斎が視界に入った。
「うん?」
書斎の上にある何かを見つけた俺はそこまで歩み寄る。
「なんだ・・・これ」
当時の俺には分からなかったが書斎の上には船の設計図があり、これを見た途端・・・胸が高鳴った。言葉には表せない設計図の細かな絵と使う材質、それをどれだけ使うのか?完成したら本当にこの図にある船になるのか?とワクワクが止まらなかった。
俺は設計図から目を離すと今度は近くに置いてある帆船の模型に目を向けて息を呑んだ。船は見たことがあったが今、改めてみるとこんなにもカッケーって思うなんてな。・・・これ、俺にも作れるのか?
「・・・造船に興味があるのか?」
不意に声を掛けられた俺は少し驚いた様子でいつの間にか目の前に立っていたカークスを見る。
「全く、三日三晩も目を覚まさないでヒヤッとしたがその様子だと問題ねぇな。」
「あ・・・ご、ごめんなさい勝手に見て・・・。」
呆れた表情をするカークスに俺は慌てて謝罪する。
「気にするな。それよりおめぇ、船に興味あるか?」
「・・・ちょっとは・・・でも俺には無理だよ・・・獣人だから」
「獣人だからなんだ?諦めるのか?」
「えっ?」
ムッとした表情をするカークスを見る。
「やりもしないのに勝手に無理と決めつけて諦める。多くの人間がそうだ。俺はそれが嫌いだ。だから二度とやりもしないのに”無理”と言うな。獣人だろうが何だろうが同じ”人”に変わりはねぇ。獣人でも人として胸を張って生きりゃいいのさ。それが当たり前だろう?」
その言葉に感銘を受けた俺はこくりと頷いた。獣人を差別せず、自分と同じ立場として扱ってくれるなんて・・・。
「小僧。メシも食って風呂も入って三日も寝た。そりゃいいが船に興味持ったんだ。ウチで雇ってやる。やるよな?船大工。」
「は・・・はい!」
俺は目を輝かせながら頷くと彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「よし!いい返事だ。俺はカークス。今日から俺の事は工房長と呼べ。んで小僧。テメェの名前を言え。」
「・・・エルデです!」
これが船造りを好きになった理由と恩人であるカークスとの出会いだ。こうして俺はこの日から一流の船大工になる為、船工房で雇われることとなるのだった。




