第37話:仲間と己と・・・
「ん・・・んん・・・」
長い闇の中に意識を落としていた僕はようやく固い瞼をゆっくり開けて意識を取り戻す。
確か・・・ノアールと戦って皆倒れた後、蒼白い光が辺りに広がって・・・
「シエル!シエル!あぁ!目を覚ましたよ!」
記憶を辿っているとはっきしてきた視界から僕を覗きこむシルヴァ、カイ、ルーチェの姿が映った。
「っ!?皆!無事だった・・・いてっ!」
「おい!急に起き上がんな!傷が広がるだろうが!」
身体の傷の存在を忘れて起き上がった僕にカイが怒鳴るようにそう言った。気が付くと三人の頭や体には包帯が巻かれており、誰かが治療した形跡があった。
「ご、ごめん・・・皆が無事で嬉しくて。」
「バカか。オレ達があんなんで簡単に死ぬかよ。」
「ウフフッそうね。」
カイの言葉にルーチェはクスクス笑うとシルヴァも笑みを浮かべる。
「そういえば・・・ここは何処?」
ふと、僕はベッドの上に寝ていたことに気付き辺りを見渡す。そこにはここ以外にもベッドが置かれており、それを仕切っているかのように白いカーテンが設置されていた。更に僕の傍には包帯や薬といった医療器具が置かれておりまるで病院の様な光景が広がっていた。
「ここは隔たり無き医師団の船”クスリヤ”の船内よ。」
ルーチェは辺りを見渡す僕に此処が何処なのかを教える。
「隔たり無き医師団って・・・オーガイの?」
「あぁ話を聞いたがお前が倒れた直後、アイツが意識を取り戻したそうでな。船に残っていた団員を呼んで俺達を治療したそうだ。」
「そう・・・だったんだ。」
カイから自分が倒れた後の話を聞いて壁にもたれ掛かると今度はシルヴァから驚くべきことを聞かされた。
「あとアタシ達は治療した後に意識を取り戻したんだけどシエルは三日ぐらい目を覚まさなかったから・・・正直、心配したんだよ?」
「三日も!?僕、そんなに気を失ってたの!?」
「そうよ。」
「そう・・・だったんだ。」
微かに眼をうるっとさせるシルヴァと静かに目を閉じたルーチェに動揺する。
・・・そんなに意識を取り戻さなかったなんて。
すると部屋のドアが開き、この船の主であるオーガイが頭に包帯を巻きながら現れた。
「オーガイ!」
「やっと目を覚ましたか。」
オーガイは静かにそう言うと傍らにある椅子に座って持っていたカルテを見る。
「えー、”胸から腹部に斜めの斬り傷”っと・・・それから顔にも多少の擦り傷か。特に斬り傷はかなり深かったからな。少なくともあと一日は安静だ。他に痛むところはないか?」
「え、う、ううん。無いよ。」
「そうか。なら今日の診断は終わりだ。」
オーガイは神妙な口調で診断を終えると椅子から立ち上がって部屋から退出しようとする。
「待ってよ。オーガイ!」
「なんだ?」
「ありがとう・・・僕らを治療してくれて。」
僕は慌てて彼に頭を下げ、治療してくれた礼を言った。
「フッ、水くせぇな。いいんだよ例なんて。」
「えっ?」
「俺は騎士である以前に医者だ。お前らを治すか治さねぇかは俺の気まぐれだ。」
「オーガイ・・・」
「分かったらさっさと寝ろ。じゃあな」
オーガイはそう言うとぶっきらぼうに手を挙げながら部屋を去っていった。
「何よアイツ。カッコつけて。」
「オーガイはああいう奴だ。気にするな。」
「そうね。事実、彼が居なかったら私達は今頃死んでいただろうし。」
「死んでいた・・・か。」
ルーチェの言葉を聞いてシーツを強く握り締めるとその拳を静かに震わせる。
黒曜騎士団・・・アイツらの強さは正直、尋常じゃなかった。特にノアールの持つ”魔剣アロンダイト”・・・あれからは恐ろしい程強い力が備わっていた。精霊の力さえも消してしまう位に。
アイルで出会った十二神騎アレスとロワ帝国。そして黒曜騎士団・・・どうやったらあんな奴らに勝てるんだ?これから先、何処まで仲間を守れるだろうか?仲間を失うことも自分の体が無事な状態で師匠との約束を果たせるのだろうか?
「シエル」
そんな時、カイの落ち着いた声が聞こえてくる。
「テメェ、その顔はいつまでオレ達を守れるか?とか思ってんだろ?」
「えっ?」
「そんな心配しなくてもオレ達は自分の身は守れんぞ。ナメめんなよクソが。」
「カイ・・・」
「アンタ、こういう時だけ真っ当なこと言えるのね。でもそうだよね。アタシ、シエルの力になりたいしあんな奴らにもう負けたくない。だから・・・これから冒険しながら強くなればいいんだよ。」
「シルヴァ・・・」
「シルヴァちゃんの言うとおりね。私達は大丈夫。だからシエル君、貴方にも付いていけるわ。」
「ルーチェ・・・」
ここまで付いてきてくれている仲間達の顔を見て僕は泣きそうになるもそれを堪えて笑みを浮かべた。
そうだ!迷う必要なんてないんだ。僕はどんな困難でも乗り越えていける!こんなにも頼れる仲間達が居るから!
「皆・・・ありがとう。」
礼を言う僕に三人は嬉しそうな笑みを浮かべこれまで抱えていた不安が一気に消え去った。
「・・・話は纏まったみたいだな。アンタ達」
「ウィルダーさん!」
するといつの間にか体中に包帯を巻いたウィルダーが部屋に入ってきており、僕らにそう声を掛けた。
「俺もこの通り傷が癒えていないが一足先にアルステルを後にする。お前達に良い未来が待っていることを期待する。その為に・・・俺から一つ助言しよう。」
「助言?」
僕は眉を寄せるとウィルダーはタロットカードを一枚手にして表にすると海を航海する船の絵が描かれたものを見せた。
「これは・・・船?」
「そうだ。オラルドは船と縁のある国・・・騎士団を結成したいのならここから東にあるもう一つのオラルドの首都”マルケイル”にある”船工房”へ行け。」
「船工房って・・・船を造ってるあの?」
「そうだ。そこへ行くはアンタ次第だ。だが、本気で騎士団を立ち上げたいのならここへ迎え。黒曜騎士団とやらが出てきた以上、騎士団に入るか作るかは最早必須だろう。アンタ達の旅に幸あらんことを祈る。それじゃ達者でな。」
ウィルダーはそれだけ言い残すと颯爽とした足取りで部屋を去っていった。
「船工房・・・多くの騎士団の船を造ってきた所ね。」
「ウィルダーの言う通り、行って損はねぇだろ。」
「シエル・・・どうするの?」
三人は僕に顔を向けて判断を仰ぐ。
船工房・・・正直、一度行ってみたいと思っていた場所だ。上手くいけば船が手に入るかもしれない。そうすれば行動の幅も広がるし何より黒曜騎士団があんなことを考えているなら一刻も早くこちらも精霊を集めるべきだろう。・・・よし!
「行こう・・・船工房に!もしかしたら船も手に入るかもだし・・・それに一刻も早く精霊の力を集めた方がいい気がする。」
「そうだな。移動手段がありゃ楽になる。悪い考えではないな。」
「決まりね。それじゃ行こうよ!船工房に。」
「えぇ」
こうして僕らは満場一致で次の目的地を船工房へ定める。
新天地で出会った世界の脅威と呼ぶべき黒曜騎士団との邂逅・・・それらに対抗するため僕は精霊探しに本腰を入れ始めるのだった。
◇◇◇
翌日、オーガイから退院の判断を受けた僕らは彼の船を降りて別れを告げると短くも長く過ごしたアルステルを出発した。
「このまま東に進めば船工房のあるマルケイルに辿り着くみたいだ。」
「船工房の街かぁ・・・どんな所だろ?」
「それは言ってみれば分かるわシルヴァちゃん。」
まだ見ぬマルケイルを想像するシルヴァにルーチェがそう声を掛ける。
「シエル、傷は大丈夫か?」
「うん、オーガイに無理言って治療して貰ったけどまだ痛むよ。この傷・・・一生残りそうだ。」
カイに傷の事を聞かれると僕は自身の胸元を触ってノアールから受けた傷跡を撫でる。
「そうか・・・なら足は引っ張るなよ。」
「勿論!」
「そう答えられるなら大丈夫そうね。」
「うんうん!」
「よし!それじゃあ!」
僕は前に出ると皆に振り返って笑みを浮かべる。
「・・・進もう!新しい場所へ!」
快晴の空が広がる旅日和・・・僕は元気よく声を上げ、次なる目的地、船工房を目指す。胸に刻まれた傷跡を敗北の戒めとして残し、前に進む。
これから更に立ちはだかるであろう脅威に立ち向かう為・・・




