第19話:赤服の兵士達
夕暮れ時・・・商店街の通りから離れた埠頭までやってくるとそこにあるベンチへ腰を掛け、休憩する。
「んーっ!楽しかったぁ〜!アタシの見たことがない物いっぱいあったわ!」
隣でうんと背伸びをしながらシルヴァは満足気な表情を浮かべる中、僕はどこまでも広がる果てしない地平線を眺めていた。
今になって思う。僕が得物として扱っている聖剣エクスカリバー・・・師匠は恐らくこれが精霊の力を扱える物だと分かって僕に渡した筈だ。
何故、師匠は僕にエクスカリバーを託したのか?剣に詳しい師匠の事だしエクスカリバーの事を知らない筈が無い。だとしたら何か理由があって僕にこれを渡した・・・というなの事だろうか?
だとしたら・・・どうしてこれを?
『この剣は私からの餞別だ。いつか必ず騎士となってその剣を手に挑みに来い!これは"約束"だぞ?』
あの時のこの言葉の真意は何なのだろう?
「シエル!シエルってば!」
ふと、こちらの顔を覗きながら声を掛けてくるシルヴァを見て僕は我に返った。
「何よさっきからボーッとして」
「ご、ごめん!何でもないよ!」
「そう・・・ならいいけど」
ジトっとした目を向けながら彼女は僕から視線を剥がし、目の前に広がる黄昏の地平線へ目を向ける。
「にしても・・・いい景色ね。」
「そうだね。」
「アタシ、外の世界の出るのワクワクもあったけどちょっと不安もあったの。でも今は旅を始めて良かったなって思うわ。」
「それは良かったよ。僕もシルヴァを仲間に出来て良かった。」
「何、急に?ちょっと照れるじゃない。」
素直な気持ちを答えた僕にシルヴァは頬を少し赤くする。
「さて、今日はもう遅いし宿を探しに行こうか?」
「そうね、色々散策して疲れたわ・・・でも。」
ベンチから立ち上がったシルヴァはふと首に掛けていたものを襟首から出す。それはあのアクセサリー店で購入した雫型のネックレスだった。
「今日はとても楽しかったしね。」
ネックレスを見て笑う彼女に僕も微笑みを零す。
「じゃあ行こうか?宿は街の方にあるから大通りに戻って・・・」
街の方を指さし、宿を探すため歩き出そうとした・・・その時だった。
突然、目の前に建っている木造の倉庫が一瞬にして倒壊するとその中から青みががった黒髪の少年が赤い軍服を着た兵士と鍔迫り合いになりながら飛び出してくる。
「キャッ!何よ!急に!」
「シルヴァ、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
咄嗟にシルヴァの前に出て爆発の衝撃で吹き飛んだ瓦礫から彼女を庇うと現れた少年と兵士へ視線を向ける。
「はぁ・・・はぁ・・・何だこのガキ!つ、強い!」
「ケッ、所詮”帝国兵”もこの程度なのかよ!歯ごたえねぇな!」
兵士と再び相対した少年は口元に付いた血を拭って笑みを浮かべると得物である薙刀を片手で振り回しながら身構える。
「な、何?何なのこれ?」
「分からない。けど軍服を見るからにあの兵士はアイル共和国の兵じゃないのは確かだ。」
「うん?なんだ貴様らは?」
すると兵士が僕らに気付いてこちらにフルフェイスの顔を向けてくる。
「あぁ?なんだテメェら?」
少年もまた鳶色の瞳をした眼光を向けてくる。
「テメェらもコイツらの仲間なのか?」
「い、いや違うけど・・・。」
「じゃあ、とっとと失せろカス」
「何よその言い方」
少年の荒い言動にシルヴァは眉を寄せる。
「あぁ?正論言って何がいけねぇんだよ」
「はぁ?何よその言い方!アンタにアタシ達の何が分かるのよ?」
「シルヴァやめろ!」
今にも一触即発になりそうなシルヴァを慌てて宥める。
「フン、この状況で仲間割れか?好都合だな!」
「誰が仲間だカス!お前らはオレ一人で十分だ!」
「そうか・・・なら俺達の仲間が来ても問題無いな。」
兵士はそう言うと路地裏や建物の裏から次々と彼と同じ格好をした兵士達が現れ、僕らを取り囲んでいく。
「わわわ!!シエルどうしよう!囲まれちゃった!」
「くっ・・・この状況まずいな!どうする。」
包囲してくる兵士達を見て僕は顔を顰める。
考えろ!考えるんだ!ワース王国に居た時も一個師団に対する戦法は研究してきた。でも相手の戦力は未知数だ。迂闊に動くと返り討ちに遭う。
どうしたら・・・どうしたら・・・全力で思考を巡らせていた時だった。
「おい」
突然、少年が僕らに近づいて声を掛けてくる。
「お前、何か考えがあんのか?」
「えっ?」
「こいつらをお前は蹴散らせんのか?」
彼はそう言うと鳶色の瞳で僕を見てくる。
「お前・・・なかなか骨がありそうだな。少し俺に協力しろ」
「協力・・・?」
「そうだ。このザコ共を蹴散らせればそれでいい。一気に片付けなくてもいい。やれんだろ?お前」
その言葉を聞いて僕は真剣な表情を浮かべると無言で兵士達の前に立つ。
「シエル?」
シルヴァは心配そうな目でこちらを見つめるもそれに構うことなく腰にある白亜の剣・・・エクスカリバーを手に持った。
そして気持ちを集中させ、剣の刃に渦巻く炎を纏い始める。
火の精霊サラマンダーの力だ。
「何っ!?剣に火を纏っただと!?」
「なんだあれは!!魔法か?」
「これで・・・どうだッ!」
怯んだ兵士達目掛けて力強く剣を横殴りに振ると、刃から巨大な炎の斬撃を放つ。
"業火の斬撃"
「「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
横長に広がった炎の斬撃は残った兵士達に直撃すると彼らを吹き飛ばしてあっという間に戦闘不能へ陥った。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「な、なんて威力だ!!」
「ば、化け物だ!」
精霊の炎の斬撃を放った僕を見て残った兵士達は後ずさりして怖気づくと背後で見ていた少年が満足げな笑みを浮かべる。
「く、くそっ!撤退だ!」
「准将に報告しよう!流石に被害がデカすぎる!」
顔を見合わせながらそう言った兵士達は僕らに勝てないと判断したのか倒れた仲間を見捨てて一目散に逃げ出してしまった。
「ふぅ・・・」
撤退していく兵士達の背中を見届けた僕は一息吐くとエクスカリバーを鞘に納める。
何とか退けたし逃げていく兵士達は今の所、深追いするのはやめておこう。
「シエル!大丈夫?」
「うん・・・大丈夫。」
シルヴァにこくりと頷くと僕は少年に顔を向ける。
「やはりな、てめぇは骨のある奴だ。そこの女と違ってな。」
「ちょっと!そんな言い方はないでしょ?」
「シルヴァ」
再び少年と一触即発になりそうなシルヴァを制止する。
「さっきは声を掛けてくれてありがとう。おかげで迷わず行動できたよ。」
「勘違いするな。オレはアイツらをとっとと蹴散らしたかっただけだ。それにテメェを利用したに過ぎねぇ。」
少年はそう言うと薙刀を担いで背を向ける。
「後はオレがヤツらを片付ける。アイツらの思うようにはさせねぇ。」
「アンタ、一人であの兵士達を倒そうと思ってるの?」
「それがどうした?なんでザコのテメェらの力を借りんだよ?」
「アンタねぇ!!人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!」
「シルヴァ」
彼の挑発に怒り出すシルヴァを僕は制止する。
「確かに君が言うように僕らは弱いかもしれない。でもあの兵士達は明らかにアイル共和国の兵達では無かった。奴らが何か企んでいるなら僕らも放っておけない。」
僕の言葉に少年は静かにこちらを見つめる。
「だから僕達も協力する。それが嫌ならせめて奴らが何者なのかだけでも教えて貰うと助かるよ。」
彼は暫く僕を無言で睨んだかと思うとゆっくり口元を上にあげて笑みを浮かべた。
「・・・やっぱりさっきの攻撃もテメェの力って事か。お前は中々使えそうだな。いいだろうアイツらが誰なのか教えてやる・・・付いてこい。」
少年はそう言うと背を向けて路地裏の方へ歩き出すと僕とシルヴァもまた彼の後に続いて歩き出すのだった。




