第16話:火の精霊
翌日、イノクマ率いる山賊団を討伐する事を決めた僕はウッド村長とシルヴァの証言から彼らが村から少し離れた洞窟を根城にしていると情報を得る。
「シルヴァ・・・本当にお前も付いていくのか?」
「うん」
村長宅の玄関前で僕らを見送るウッド村長にシルヴァが頷く。
「アタシ、もう村の人達が搾取される所はもう見たくない。ママがアイツらに殺されたのも許せない。でも、アイツらを倒さないともう村の人達が安心して暮らせないって思ったの。」
「・・・そうか、お前にも苦労を掛けたな。すまない。私が・・・村長の私が何もしてやれなくて。父親としても村長としても失格だな。」
「そんな事ないよ。パパ」
娘に頭を下げるウッド村長に彼女は優しく声を掛けた。
「パパが居てくれたからアタシは前を向けた。だから・・・パパも前を向いて欲しい。必ず生きて帰ってくるから!」
「シルヴァ・・・」
その言葉にウッド村長は涙を流すと首を横に振って僕へ顔を向ける。
「シエル殿、娘が足を引っ張るかもしれんが必ずやイノクマを倒して貰いたい。」
「任せて下さい!」
頭を下げるウッド村長に僕は深く頷く。
「それじゃあ、行ってきます。」
「行ってくるね。パパ」
「二人共・・・健闘を祈るぞ!」
こうしてウッド村長に見守られながら僕とシルヴァはまだ誰も外へ出ていないサラマ村から出発するのだった。
◇◇◇
火精の森奥地・・・サラマ村から出た僕とシルヴァは山賊達が薙ぎ倒したであろう草木が無い開けた道を進んでいく。
「この辺り、開拓されているな・・・近くにイノクマ達が居るって事かな?」
「多分そうだと思う。アイツらはこの辺にアジトを作ってアタシ達の所へ来ていたから。」
「成程ね・・・」
シルヴァの言葉に納得しながら辺りを警戒して進む。やがて人が手を加えた場所が多くなり始め、いつ彼の部下達と遭遇してもおかしくない状況になった。
「この辺り、大分開拓されている。シルヴァ、気をつけて!」
「分かってるわ。」
僕の言葉にシルヴァも気を引き締め、得物の弓を握り締めた。
そして・・・
「あっ!」
森の最奥部と思われる開けた場所まで辿り着くとそこにある一つの洞窟が視界に入り、足を止める。
「シルヴァ」
「ええ、間違いないわ。あれが・・・多分イノクマのアジトよ。」
洞窟を見たシルヴァはこくりと頷き、ここがイノクマのアジトであると確信する。
「問題は・・・どうやってあそこへ攻めるかだよね?」
そう眉を寄せ、アジトへどう突入しようか画策した時だった。
「グハハハハ!!まさかお前達から先に来るとはな!!」
「ッ!?」
背後から聞こえてきた声に僕とシルヴァは慌てて振り返り、後退する。
すると茂みの中から大勢の山賊達が現れると僕らがやって来た道から彼らのボス・・・イノクマが姿を現した。
「イノクマ!!」
「グハハハハ!近くを彷徨いていたらお前達を見かけてな。後を付けたって所だ。」
「だとしたら好都合ね。アタシ達、アンタに用があったから。」
シルヴァは眉を寄せてイノクマを睨みつける。
「俺に用か?なんだ?遂に謝りに来たか?え?それとも自ら奴隷になりに来たのかよ?」
「そんなのなるわけないじゃない。」
「あぁ?」
「アタシは・・・アンタ達を倒しに来たのよ!」
シルヴァは震えながらも強い言葉でイノクマにそう言い放つ。
「・・・ぶっ!」
「「ハーッハッハッハッ!!」」
刹那、吹き出したイノクマに続いて山賊達がゲラゲラと笑い出した。
「何よ!アタシ達は本気よ!」
「ガハハハハ!全く滑稽だぜ!ザコのテメェが俺達を倒しに来ただと?笑わせてくれるな!言ったはずだ!お前は何も守れやしないってよ!」
「くっ・・・」
イノクマの言葉にシルヴァは顔を顰める。
「面白ぇ・・・たった二人でここまで来た度胸は認めてやる。・・・おい、やれ!」
彼はニヤリと笑みを浮かべると僕らに部下をけしかけてくる。
「コイツらに逃げ場はねぇ、徹底的に痛みつけな!特にあのガキの剣士は気をつけろ。本当ならとっ捕まえて奴隷として売りつけたい所だがな!」
各々得物を構える山賊達に僕は彼らを見ながら白亜の剣に手をかける。
数が多い・・・でも、シルヴァと二人ならやれる!
「シルヴァ!」
「分かってるわ!絶対にアイツらは倒す!」
隣に立ったシルヴァも腹を括って弓に矢を汲み、戦闘態勢を執り始めた。
「やっちまえ!!」
「「うおおーっ!」」
イノクマの一声でサーベルを手にした山賊達が一気に攻めてくる。
しかし、僕は白亜の剣をゆっくり鞘から抜くと蒼白い光と稲妻を刃に纏い、虚空を斬り裂き、キーンという剣音が辺りに響き渡ると先発の山賊達は一斉に吹き飛ばされてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「なんだ!?あのガキ!強いぞ!」
「狼狽えるな!これでも喰らいやがれ!」
すると山賊の一人がライフル銃を手にして僕へ発砲する。
しかし、それは風のように飛んできた一本の矢によって相殺されてしまう。
「なっ!?」
「これでどう?」
矢を飛ばしたシルヴァは慣れた手つきで幾つか矢を放つと後方で銃や弓を構えていた山賊達を次々戦闘不能にしていった。
「ぐわっ!」
「ぐっ!?」
「なんだ・・・あのガキどもは・・・ぐっ」
「チッ、使えねぇなお前ら。」
全く僕らに太刀打ち出来ない部下を見てイノクマは次第に苛立ちを覚え始める。
気が付くと先程まで大勢いた山賊達は僕とシルヴァの反撃によって立っている物は一人も居なくなっていた。
「さて・・・後はお前だけだぞ。イノクマ!」
「そうよ。諦めて観念したらどう?」
僕らは一人残されて佇むイノクマを見る。
「ククククッガハハハハ!!!」
「ッ!?何がおかしいのよ?」
「あぁ!実に滑稽だぜ!」
高笑いしたイノクマはシルヴァを睨むと不敵な笑みを浮かべる。
・・・なんだ?コイツ、何をしようとしている?
「テメェが強いのはよく分かった。だが、俺も簡単に負ける程馬鹿じゃねぇ!それも火の精霊を追っていた位だからな!」
イノクマはそう言うと懐から禍々しい紺色をした石を取り出す。
「な、何よあれ・・・」
「何だあれは?まるで見ているだけで凄く不気味な感覚がするあの石は・・・」
彼の取り出した石を見て僕とシルヴァは不気味な感覚に捕らわれ、鳥肌が立つ。
「これは魔石と呼ばれるものだ。『闇の魔術』で造られた特殊な石で俺に力を与えてくれる代物よ!」
「ま、魔石?」
「グハハハハ!グハハハハ!!」
高笑いをしたイノクマは魔石と呼ばれたその石を高らかに掲げる。
するとイノクマの身体を禍々しい濃紺のオーラが纏い始め、徐々に彼を包んでいく。
「この魔石は使用者に強大な力を齎す!!サラマンダーに不老不死の願いを叶えて貰った後に使うつもりだったがまあいい!俺は不老不死の力をも得て!この世界に君臨する魔王となるのだ!!ガハハハハ!ガハハハハ!!」
遂に己の野望を吐いたイノクマはそのまま鳴り響く轟音と共にオーラに包まれると辺りに衝撃波が起こり、僕とシルヴァは瞬く間に吹き飛ばされてしまう。
「うわっ!」
「きゃっ!」
何とか持ち堪えて後ろまで下がった僕らは紺色の光から異形の姿に変貌したイノクマを見る。
その姿はまるで己の名を関する熊のように巨大な身体と猪に似た顔付きに口から生えた牙、巨大な大剣を手にした正しく化け物のそれであった。
「グハハハ・・・!素晴らしいぜ!この力ァ!!」
目を見開き、笑みを浮かべたイノクマは手始めに僕へ狙いを定める。
「グハハハ・・・!この力さえあればお前にも俺一人で勝てる!まずは・・・お前からだ!死ね!!」
イノクマはそう言うとその姿からは信じられない程素早い動きで剣を振り落とし、僕を森の奥にある崖の方まで吹き飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「シエル!」
シルヴァが絶望に満ちた表情でこちらを見つめてくる。イノクマの放った衝撃は凄まじく僕は崖まで一気に転がると漆黒が広がる谷底まで身体を落としてしまい、何とか右腕で岸壁を掴んで持ちこたえた。
「ッ!なんて力だ!」
「グハハハハ!しぶといなァ!」
するとイノクマの大きな影が目上まで歩み寄り、勝ち誇った表情をする。
「シエル!ダメ!」
「あぁ?何回も言わせるなよ!」
その背後で懸命に叫ぶシルヴァを奴はギロリと睨みつける。
「お前は誰一人守れやしねぇんだよ!テメェのお袋もこのガキの剣士も村長も村も何もかもテメェもコイツも何一つ守れやしねぇんだ!!」
「そ、そんな・・・」
シルヴァは目からハイライトが消し、遂に力無く崩れ落ちてしまう。奴の言葉に僕は拳を握り締め、怒りと悔しさを顕にする。
「さあて!終わりだァ!!」
座り込んだシルヴァに興味を無くしたイノクマは僕へ顔を向けると遂に大剣を高々と振り上げた。
奴の振り上げた剣の刃が黄昏の空によって赤く染まり、正に絶望の二文字を向けてくる。
「くそっ!なんとかならないのか!?」
それでも諦めること無く懸命に這い上がろうとするが目の前にイノクマがおり、どうすることも出来なくなっていた。
ここで終わるのか?僕は・・・
見え始めた敗北の文字に焦りが生まれ、奴の背後でシルヴァが俯いて涙を流し出す。
・・・ごめん、シルヴァ。僕はサラマ村を守れなかった。せめて・・・君だけは。君だけは・・・
「もう嫌!!アタシだって誰かを守りたい!だから力を貸してよ!!」
そうシルヴァが自身の本心を大声に出した・・・その時だった。
何処からともなく現れた業火が高速でイノクマに放たれると奴は真紅の炎によって身体を焼かれてしまう。
「ギャァァァァァ!な、なんだ!これは熱ぃ!熱ぃ!!」
「な・・・に?」
何が起こったか分からず僕はなんとか崖から這い上がると地面に倒れて悶絶するイノクマを見る。
「シエル!大丈夫?」
「あ、うん・・・大丈夫。でも、今の炎は何?シルヴァがやったのか?」
「アタシにも分からない。今のなんなのよ?」
シルヴァもまた突然放たれた炎を見て呆然となる。
『それは我が聖なる炎によるものだ。』
刹那、僕らの耳に透き通った初老の男らしき声が児玉する。
「誰なんだ?」
するとまた一つ炎が何処からか現れるとそれは僕とシルヴァの前で轟々と燃える火柱となって空高く聳え立つ。
やがて炎は小さな龍へ姿を変え、緋色の瞳をした目をゆっくり開いた。
なんだ?この生物は・・・?魔物でも動物でもない。それにこんなにも身体が小さいのにとてつもない力を感じる!!
『降臨、満を持して、良き眠りであったぞ。』
炎の生物は僕を見ると満足気に笑みを浮かべると自身の名を明かす。
『我の名はサラマンダー。神の使いである『精霊』の一人にして炎を司る使徒である。』




