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祖先の建国伝説(ホラ話)を読んで本気にした主人公がクソ努力して強くなったら……「流石、エド様!」裏で(こいつ絶対おかしい!!)と指さされてますが元気です

作者: ケイティBr

 ――暖炉の火がゆらりと揺らぎ、その柔和な光が古びた書斎を温かく照らしていた。


 壁に沿って並ぶ書棚には、長い年月を経た書物がずらりと並び、中でも特に装丁の古い一冊が今夜の物語を約束していた。


 屋敷の夫人、エレナ・アルヴェリアンは静かに一冊の本を手に取り、幼い息子エドモンドの横に優しく腰掛けた。


「今夜は特別な物語よ、エドモンド」母の声がやわらかく響き、暖炉のパチパチという音と調和してエドモンドの耳に届いた。


 好奇心で輝くエドモンドの青い瞳が、ふわふわの布団に顎を乗せながら、「どんな物語?」と母に小声で尋ねた。


「私たちの家族の起源にまつわる物語よ、『バルダモア・ザ・マグニフィセントの伝説』」エレナが優しく語り始めた。


 彼女の手にある古い本は、時間の経過で黄ばんでおり歴史の息吹が感じられた。


 指先がそれぞれのページに触れる度、過去の囁きが耳元で響き渡るようだった。


 ――物語は、バルダモアが若き日に盗賊による襲撃で家族を失ったことから始まります。


 深い悲しみと復讐の誓いを胸に魔術師への道を歩み始めたバルダモアは魔術の力を使って日々の糧を得て青年へと成長をしました。

 

 若く雄々しく育った彼は、その魔術による圧倒的な武力を持って盗賊達を故郷から一掃しました。


 すると人々が彼の元に集まってきて、バルダモアはその力によって理想の国を築き上げました。


 しかし、その栄光は永遠には続かなかった。力が衰えたバルダモアは、かつて友と思っていた者たちに裏切られ、理想の国を失う悲劇に見舞われました。


「なぜバルダモアは人々から裏切られたの?」エドモンド少年の声には疑問と悲嘆がこもっていた。


「彼の過ちは、すべてを自分の力で解決しようとしたこと。やがて、彼の周りには自分の利益しか考えない奸臣たちだけが残ったのよ」


 息を呑むエドモンドに対してエレナは、それにと付け加えた。


「これは我が家だけに伝わる秘密なの。他の人には話しては駄目よ。あなたのお父様にも秘密なの」

「うん、僕、他の人に話さないよ! 誰に聞かれても絶対に答えないっ!!」


 その言葉にエレナは愛しい我が子の金髪を優しく掬い、目を細めた。


「実はバルダモアが使っていた力は、魔術ではなくて精霊魔法と言われる物なの。それはとても強大な力だけれど、それを使うたびに運命力を使失ってしまったの。バルダモアはそれを使い果たし、最後には人々との絆を失ってしまったのよ」


 エレナは息子の手を優しく握りながら説明した。


 エドモンドはしばらく考え込んでいたが、やがて――


「でも、僕はバルダモアみたいになりたい。強くて、間違えず、みんなを守れる人に!」と小さな宣言をした。


エレナは微笑みながら息子の額に軽いキスをした。


「偉いわ、エドモンド! でも、大切なのは力だけじゃない。心も同じくらい大事よ」


 そう息子の耳元で優しく説いた。


「うん! 分かったよ!」

「ふふ、良い子ね。今日はもう寝なさい。またお話をしてあげるから……」


 エドモンドはその言葉を胸に、ゆっくりと目を閉じた。


 母親が出ていった部屋には静寂が訪れ、唯一、暖炉の火が時間の流れを刻んでいく。


 この夜、エドモンドの心には、遠い祖先の伝説が新たな夢として宿ったのだった。


☆☆☆


 時は流れ、あの夜から10年が経過した。


 少年だったエドモンドは、今や立派な青年へと成長していた。


 かつての誓いは心の奥深くに秘められていたが、魔術の才能は依然として開花せず、精霊魔法の謎も解けていなかった。


 両親の期待を一身に受けながらも、彼はしばしば『無能のエドモンド』と陰で呼ばれることに心を痛めていた。


☆☆☆


 私はリリアナ・アルヴェリアン、古びた家名を背負う貴族の娘。


 かつての栄光は今や影もなく、ただ歴史の書物の中だけの存在。私自身は、その事をかび臭く感じていた。


 代々国家の要職を務め、国の礎ともされた我が家だが、最近の世代は魔力の衰え、かつては国を動かした力は今や伝説の中。


 魔力は、私たち貴族社会においては単なる力ではない。それは名誉と地位を象徴し、家族の未来を形作る。


 貴族としての我々の役割は、この力を使い、国と民を守ることにある。魔力の衰えは、直接的に我々の社会的な立場と影響力の低下を意味する。


 国の要所である都市には周辺国から侵攻を防ぐ結界が張られており、その結界に魔力を注ぎ込むのが、貴族の役割とされていた。


 そんな情勢の中、『祝福の子』としての私の誕生は、母の命を代償にしたものでした。


 その事実は私の心に重い鎖となり、周囲の称賛とは裏腹に深い罪悪感を感じさせる。


 『祝福の子』が家族に希望をもたらす一方で、それは私の心を重たく、陰鬱なものにしていました。


 しかし、父ガレスは5歳の私にマナコアが宿りその魔力を測りその量が規格外である『祝福の子』だと言う事が分かると、領民をあげて毎年の誕生日にお祝いをしていた。


 父ガレスは私を『自慢の娘』と呼ぶ。だがその言葉の裏には、母を失った悲しみと、家を守るための絶望的な希望が隠れている。


 魔術書に没頭することで、私は母の失われた笑顔と、自分の存在の矛盾を忘れようとした。魔術は私の逃避でもあり、唯一無二の存在でもあった。


 やがて全て読み終えてその力をすべて再現する事に成功すると――


「天才だ……リリアナ、君は本物の天才だよ!」

「まぁ、お父様ったら、こんなの誰でも出来ますわ」

「そんな事は無いっ! 普通の魔術師と言う物は魔術書を持ち歩いてそれを元に再現するものなのだよ!」


 魔術とは、ルーン文字を正確に描きその文字を読みながら魔力を流す事で発動する物です。


 このイメージには、大変な正確さが必要で長い修練をする必要があります。


 自然と同じイメージが出来るまで、体に覚え込ませる。それが魔術の基本です。


 そして私には特別な才能がある。一度目にした魔術の式や呪文を完璧に記憶することができるのです。


 この珍しい能力のおかげで、私は膨大な魔術の知識を瞬時に吸収し、それを実践に移すことができる。


「お父様、私もっと魔術書が読みたいですわ。家の書物はもう読み終えてしまいましたの」

「おぉ、そうだね! 分かった。可愛いリリアナの為だ。私の実家を頼ろう」

「早くお願い致しますわ。私、暇ですの」

「もちろんだ! では、私自ら実家にお願いをしにいこう!」

「まぁ、それはありがとう存じます」


 この時、まだ10歳で魔術学院へ通う12歳以上なっていない私は、暇を持て余していました。


 社交界でのマナーや歴史の講義、ダンスでさえ、もはや書物で知り覚えた事の繰り返し。

 

 最初、講師は「なんて教えがいのある子だ!」と喜んでいました。


 そんなある時、私は時講師に対してこう言いました。


「そちらのマナーは時代遅れですわ。今は、流行はこちらですの」

「は……いえ、そんなはずは有りません。私が社交界に居た時は――」

「私、王都の新聞を取っていますの。そちらで書かれておりましたわ」

「か、確認させてもらいます……」


 うつむく講師を尻目に私は、自身の想像を超えた何か、私だけのものを見つけたいという渇望があった。


 それからは講師の方が私を見る目が変わり、敢えて間違った事を教えようとしたり、独自の理論を押し付けようとしたり、と私は講師と険悪の仲になりました。なので私は――


「あなたから学ぶ事は無いので、明日からは来なくて良いです。契約金は全額払う様に父様に伝えます。今までご苦労さまでした」


 その言葉に面を喰らっていた講師ですが、頭を下げて部屋を辞する時に「ッ、頭でっかちの小娘が」と小声で言っていましたが、私は聴覚を強化する魔術を常に発動しているので聞き逃してはいません。


「私、この家の中の会話は全て聞こえてますの。だから誰かの悪口は言わない方がいいですわよ」


 そう告げると、講師は青ざめてすぐに家を出ていきました。


☆☆☆


 私はため息をつきながら、外を見やるとそこにはエドモンド兄様がいらっしゃいました。


 兄様の側には東方からやってきた剣士が側にいました。


 ……本人が言うには武士だそうですがその方は、耳長のエルフでイワンと名乗っていました。


 イワンは、長い旅の中で戦争を経験して武術や生きるすべを学んだと言います。


 そんな彼には、この大陸の端を見に行くと言う目的があり、今は路銀を稼ぐ為に剣術指南役としてエド兄様を指導していました。イワンが当家に来てからもう5年が経っていました。


 普段、兄様は幾度も幾度も同じ剣の型を練習しているだけで、師匠であるイワンと打ち合うような稽古はしていませんでした。


 なんでもイワンが使う『一刀流』を極めれば、全ての物を両断出来るので打ち合いは無意味との事でした。


 私は一度だけ、イワンの『一刀流』を真似て剣戟を放ったのですが、彼からは『一刀流』の才能が無いと言われました。


「そんな筈はありません! 完璧に真似ている筈ですわ。もう一度ご覧くださいませ!」


 そう言い放って、もう一度剣を振るいましたがイワンは首を振るばかりでした。


 全く訳がわからないと、私は剣を投げ出してしまいましたが兄様はその間もずっと剣を振り続けていました。


 そんな日から時が経ち――


 捻くれた私にも、エド兄様の優しさは変わらない。


 彼と過ごす時間は私の心の灯台のようで、彼の言葉はいつも私の心の奥をくすぐる。


 兄としてだけでなく、私の最も信頼し、敬愛する彼の存在は、私の人生において不可欠なものになっていました。


「どこへいくのかしら?」見ると彼らは準備をしており何処かへ向かおうとしていました。


 エドモンド兄様は雄々しく屈強な肉体となっており、胸筋ははち切れんばかりで、腕も太くたくましいですが、その顔には素朴さがありとても柔和でした。


「エドモンド兄様、イワン、どちらへ参りますの?」


 そう私が問いかけると、兄様は温和な顔をさらに綻ばせて私へ手を振りました。私は、それに小さく手を振り返します。


「リリアナ! これから森に探索へ行くんだ。良かったら君も来るかい? 良いよね、師匠?」

「えぇ、拙者とエドが居れば問題ないでしょう。いざという時、妹君はエドが守りなさい」

「はい! もちろんです、師匠!」


 彼らはこの5年でとても仲良くなりました。最近は本当の親子なのでは? と思う程です。


 父様はマナコアの無かった兄様をまるで居ないものとして扱っていました。


 母様が亡くなって、悲嘆にくれて部屋に閉じこもっていたエド兄様に父様は最初叱咤をしていたそうです。


 しかし兄様は10歳に成ってもマナコアが無く、魔術の適正が無い『無能』だと分かると兄様を廃嫡とし。


 私が、アルヴェリアン家の次期当主となりました。


 今回、父様は実家に戻って魔導書を持参すると共に私の婚約者候補を連れてくるそうです。


 まだ見ぬ『未来の夫』となるかも知れない男性と会う事を考えると憂鬱でした。

 

「丁度、外へ出たいと思ってましたの。準備しますわ」

「あぁ、待ってるよリリアナ!」


 快活に笑う兄様に微笑み返し、私は近くの森へ行く事になりました。


☆☆☆


 やって来た森には様々な、動植物がおり家に閉じこもっていた私には新鮮でした。


 私は汚れも良い服と歩きやすい靴で森に入りましたが、頭で考えるのと実際の森の歩き方は別物でした。


「流石リリアナ姫は、覚えが早いですね」

「そ、そうでも有りませんわ。これでも思ったよろ苦戦していますの」

「そうか、それは重畳」


 隊列の後ろで全体を見ているイワンは、何処か皮肉った感じで笑いました。


 エドモンド兄様は、前の方で藪を分けてくれており、時折、足元に気をつける様にと注意をしてくれます。


「リリアナ、疲れたら言うんだぞ」

「はい。お兄様」


 そう言いましたが、私の足は疲労によって膝が笑っていました。


 危うく転びそうになった時に兄様が手を差し伸べてくれて、腕を掴まれました。


「大丈夫かい? 少し休憩しようか」

「えぇ……そうしましょう」


 そのまま私は兄様を間近で見つめてしまいました。その曇のない青い瞳はまるで空に浮かぶお星さまの様でした。


 そのまま見つめ合っていると、兄は少し首を傾げましたがその瞳は私を射抜き続けています。


「ヒヒっ、そういうのは舞踏会でやるもだぜ。お二人さん」


 そうイワンが冷やかしたので、私達は離れました。


☆☆☆


 時が経ち――静かな夕暮れ時、イワンは私たちに別れを告げました。


 指南役の役割を終えたので、大陸の端を目指すそうです。その言葉にエド兄様は、イワンとの別れに大粒の涙を流していました。


 二人は肩を叩き合い、どちらからともなく拳を突き出して打ち合うとお互いに再会を誓ってました。


 夕焼けが私の心に刻まれて、夜空に星が輝き始める時、震える私の唇は「イワン、いつかまた会いましょう」と紡がれました。


☆☆☆


  廃嫡され今は平民のエドモンドである俺は、家では騎士見習いと言う扱いだった。


 俺たちは師匠と別れた後、新たな出会いがやってきた。


 それは家庭教師セオドール・ミランドという髪を撫でつけた眼光の鋭い男性だった。


 セオドールは父と共にやってくると威厳に満ちた態度で部屋に入り、俺を一瞥し軽んじるような微笑みを浮かべた。


 次に彼はリリアナに対しては異なる顔を見せた。彼は紳士的にふるまい、礼儀正しい言葉で接した。


「ご紹介に預かりました、セオドール・ミランドと申します。先日まで宮廷にて王族の魔術の指南役を務めておりました」

「彼は魔術学院を首席で卒業した秀才でね。彼なら宮廷作法も知っているし、リリアナの講師にピッタリだと思ったんだ」


 父ガレスはセオドールがいかに優れているか、良い出自か、と言うのをリリアナに語って聞かせていた。


 その話に妹は相槌を打っており、時に質問をし。話に花を咲かせていた。


 俺は、その会話に入らず部屋の隅で立っていたが、わざとらしく今気づいたかのようにセオドールが話しかけてきた。


「ところでリリアナ嬢には兄上がいるのだとか、いや『無能』なため廃嫡されたとは聞いたのですが、妹君の婚約者候補としては挨拶をしておかないと考えてるんですよ」


 その言葉に、リリアナから寒気を感じるようなオーラが漏れ出したが、一瞬でそれをしまい込んだ。


「エドモンドお兄様ならそちらにおりますわ。今は騎士見習いとして、家におりますの」

「息子は、魔力こそ無かったが努力家でしてね。善き剣の師に出会えて、先日免許皆伝を頂いたそうです」

「ほぉほぉ、それは……剣術の免許皆伝と言えば、”平民”の中では将来安泰ですな」


 妙なアクセントをつけながら、セオドールはニヤついた笑みを浮かべていた。


「師からは身に余る評価を頂きました。これからも精進する所存に御座います」

「そうか、身の程を弁えているようで何よりだ。まぁ騎士なんて物の出番があるとは思えませんがね。"万一"の時は、"平民"は”貴族”の役立ってもらいましょう」

「はい。その時は尽力致します。私の役割はリリアナを守る事ですから」


 やけに煽ってくる男だ。リリアナがお前の態度に爆発寸前なのに気づかないのか?


 ここ最近は、森へ散策に行く事でストレスを発散していたが、この様子ではまた教師をやり込めて追い返してしまいそうだ。


 俺は、そう思いながらも表に出さぬよう応対した。


☆☆☆


 それから、3ヶ月が経ちリリアナはセオドールから魔術の指導を受けていた。


 彼は思っていた以上に優秀な魔術教師で、妹は未だ新しい教師を追い返していなかった。


 廃嫡された後、母屋に住む事を許されていなかった俺が住んでいる離れに忍び込んで来ては、持ってきたお菓子を片手に愚痴を言っていた。


「早くアイツを追い出してやるんだから! 近頃は父様もセオドールの事を褒めてばかりでもうウンザリよ!!」


 そう言いながら、足を揺すってイライラした様子のリリアナ。


 俺は、そんな妹にお茶をいれて差し出した。


「っ、これとても美味しいわっ。エド兄様、いつお茶の勉強をされていたの?」

「師匠に教えてもらっていたんだ。東方では、剣士も茶を嗜む物らしくて主から茶器を賜るのが最上の褒美だそうだよ」

「へぇ、そんな文化があるのね……東方かぁ、言ってみたいなぁ」


 リリアナは遠くを見つめながらそう呟いた。彼女は『祝福の子』として国防に関わる結界の維持に携わるだろう。


 魔術学院に入学前だがその実力は、元宮廷魔術師のセオドールをして『星のリリアナ』と言う渾名を授ける程の数を習得していた。


 しかし、妹は自身を貴族の役目から解き放つような魔術の先、魔法と呼べるは無かった。


「セオドールは、そろそろクビにするわ。最近は、小手先の話ばかりで新しい事を教えてくれないもの」

「お疲れ様、リリアナ」

「それで最終試験は森に入って実際に狩りをする事ですって、本当は兄様にも来て欲しいけど。セオドールには拒否されたわ」

「そっか……何か有ったら駆けつけるよ。俺はその為に鍛えてるんだから」


 その言葉にリリアナは微笑んで俺の手を取った。


「ありがとう。兄様、何かあった時の為のお呪いをしておくわ」


 それから俺には聞き取る事が出来ない呪文を唱えて俺の右手の甲が暖かくなると、そこに模様が刻まれた。


 描かれたそれはルーン文字で、複雑に描かれており仄かに鳴動していた。


「私が助けを求めた時にその文字が光るの。擦ったら消えてしまうから、私が帰ってくるまでは消さないでね」

「分かった。これをリリアナだと思って大事にする」


 俺がリリアナに向かってそう誓うと、妹の白く透き通った頬に朱が刺していた。


 その姿を見てセオドールの野郎にリリアナをやるわけにはいかない。けれど誰なら良いんだろな。と心の中で苦笑した。


☆☆☆


 数日が経ち、リリアナの実地試験当日になった。


 俺は、日課である剣術の稽古をしていたが、肌がひりつくような感覚があり師匠からの教えを体現出来ずにいた。


(一刀流の極意は観察と理解……心の迷いはそのまま剣の曇となる)


 いついかなる時も心を平静に保ち、相手の急所を知る事が大事だと師匠は言っていた。


 それは、人体の急所だけに留まらず、全ての物に通ずる。


 その瞬間――俺は、腰の剣を抜きざまに空を切った。


 その剣先は空間を置き去りにし、風を切った。


「ふぅ……」


 剣から描いたその曲線、そこに降ってきた木の葉が触れると、葉は真っ二つとなった。


 俺はその光景を確認し、額から流れた汗を拭き取り成功を噛み締めた。


(でも一度だけじゃ駄目だ。連続で、1000回でも2000回でも連続で成功させないと)


 師匠からは免許皆伝だと言われたが、実はまだ一刀流の真髄の最初の段階だと言われた。


 一振りでこんなに時間を掛けていたら駄目だ。実践ではとてもじゃないが使えない。


 それにご先祖様は、空を裂き、海を割ったと伝承にある。


 俺はこの一刀流の先にその力が有るのではないかと考えそれを目指していた。


 いつか師匠を追って、さらなる真髄を求める旅に出よう。


「師匠はエルフだからな……『爺になっていても剣を見てやる』と言っていたしな」


 手に持った剣を見ながら、師匠に教えてもらった鍛錬を続けていると、日が落ち空が薄紅色に染められていた。


 一区切りさせて母屋の方へ足を向けると右手の模様が輝きだした。


「!? リリアナっ!」


 使い方は模様を水平にし、外側にある矢印が光った方角へ進むと術者の元へと辿り着くそうだ。


 俺は、直ぐさま森へと向かって駆け出した。


☆☆☆


 セオドールは、リリアナと共に森へ狩りに出かけていた。


 今回の実地試験では、魔術を使って森の道を切り開き、獣を狩る事だ。


 箱入りのお嬢様で本の虫と聞いていたリリアナに経験は無いかと思っていたが、森に入ると特に危なげなく足を進めていた。


 それは魔術だけに頼らず、ナイフも携帯しており、必要に応じて使い分けている様子からも見て取れた。


(くそっ、この手の事は苦手かと思っていたのに……まぁ、合格を判断するのは試験管である私の裁量だから。根を上げるのを待てばいいだろう)


 本当は3ヶ月の間にリリアナを落とすつもりだったが、どうもこの娘は人を馬鹿にした所がある。


 魔術学院では神童と言われていた私だが、この娘の才能は私を超えている。


 ――だからこそ、ここでモノにしなければ――


「森を歩いた経験はお有りなのですか?」

「えぇ、それなりに……」


 休憩中のリリアナ嬢は、チラチラと自らの右手を見ては心此処にあらずと言う様子だった。


 しかし、周囲に獣が近づくと即座に反応をし警戒態勢に入っていた。


(まぁいいでしょう……あの場所へ行きさえすれば……)


 リリアナを先頭にして、森を奥へ奥へと進んで行きやがて日が暮れようとし始めていた頃――


「セオドール様、そろそろ陽がくれてしまいます。屋敷に戻りませんと皆が心配しますわ」

「いや、まだだ。野営の腕も見ておきたいからね。それにこの先には泉がある。とても綺麗なんだ」

「……そこへ行ったことがあるのですか?」

「あぁ、試験管として下見をしたからね」


 やや怪訝そうな表情をしたリリアナだが、反論の言葉は思いつかないようだ。


「わかりました。では、屋敷への連絡は――」

「いや、それは私が行う。試験内容は手紙にしてあるんだ。それには地図も書いてあるからね。魔術で伝える言葉よりも確実だ」

「まぁ……それは準備がよろしいのですね」


 ――あぁ。この為の仕込みをしているからね。


 思わず口角が上がってしまったのを誤魔化しつつ私達は、目的の泉へ向かった。


 着くとそこには――金色に輝くホタルが舞っていた。


「……とても綺麗」

「そうだよ。もっと近くで見てご覧」


 リリアナが池に舞う幻想的な光のショーを楽しんでいる間に私は、この地に仕込んでいたルーン文字で描いた魔法陣に高い魔石を焚べて発動させた。


 この魔石は、私が1年掛けてじっくりと馴染ませた物だ。結界を超えて、さぞ強力な魔物を呼び出すだろう。


 結界に干渉する魔術は、国防上禁忌とされているが、知ったことか、どうせ此処には目撃者なんていやしない。


「!? セオドール、これは一体!?」

「最後の試練で御座いますよ。リリアナ嬢様! さぁこの魔物を……この魔物を……」


 私が、呼び出したのは赤い鱗をした巨大なドラゴンだった。

 その瞳には、種を超えて魂に訴えかけるような怒りがあり、煌々と光っていた。


「へ?」


 そして私は、ドラゴンの前足で薙ぎ払われた。


☆☆☆


 眼の前で、セオドールがボールの様に転がっていった。


 私、リリアナは突然現れたドラゴンから発せされる圧力に足が震えていた。


 それは生理的な物だけでは無くて、魔術的な物だと感じた。


 いつもは、すぐに想起されるルーン文字が締め付ける様な恐怖によって形をなさず、その桜色の口から紡がれる呪文が震えていた。


 古のドラゴンは、その鱗、その筋肉、その血液、全てが魔術的な回路として機能し。魔術を放ち、空を飛ぶと言う。


 あの雄々しく広げられた羽は、マナを効率的に吸収する為にあり、鳥の様に羽ばたく為の物では無いのだと言う。


 震えてすくむ私に対して、ドラゴンは口を歪めた。


 すると、無遠慮に呼ばれた怒りを雄叫びに変えると周囲に風刃を巻き起こした。


 その刃によって、私の体はズダズダに切り刻まれ揺蕩っていたホタル達は吹き飛ばされて、月明かりだけがこの場を照らした。


「Galalallallal」


 ドラゴンの雄叫びが木霊し、空間を震わせたかと思うと、口の中に灼熱の炎を作った。その炎は赤色から青色へと変わりやがて真っ白になって――それを吐き出した。


「た、助けて兄様……」


 そう呟くしか出来なかった私。兄には、救難信号を送っているが、すぐに助けに来るとは思えない。


 死を覚悟し瞳を閉じて祈りを捧げた瞬間――迫っていたドラゴンのブレスは、何かによって両断されて掻き消された。


「リリアナ、ごめん待たせた」


 そこには兄様と瓜二つの後ろ姿が有った。もう私は天国に居るのかもしれません。


「アイツを倒すから、ちょっと待っていてくれ」


 彼はそう言うと、剣を鞘に戻し構えた。その姿は、勇ましく、かと思うと自然体にも思えて不要な力が入ってない様に見えた。


ドラゴンは、兄様の登場に当初面食らっていたが、再びブレスを集中させてそれを放とうとすると――


「それはもう見た」


 その言葉と共に剣が解き放たれ、一筋の光となってドラゴンを一線した。


 ブレスの灯火が消え去り、首がゆっくりと落ちていき。


 人よりも大きな頭部が落ちる質量が、衝撃として足から伝わってきました。


「ドラゴンスレイヤー……それも一人で『無能』の平民が……ありえないっ!」


 気づくと満身創痍と言った様子だが、駆け寄ってきたセオドールがそう言った。


「師匠なら最初の一刀でドラゴンなんて殺していたぞ? 二刃目を振るった俺なんてまだまだだ」


(いや、絶対おかしいっ! その師匠って奴も!!)


 どうやらエドモンド兄様は、人外の強さを手に入れたようです。それこそホラ吹き伝説として名高いバルダモアの様に。


おわり


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― 新着の感想 ―
[良い点] 先祖の伝説がでたらめなものであったとしても、それを信じて自分自身もそうなりたいと願うエドモンドが素敵な人柄ということは確かだと確信できる彼の男前っぷりに痺れました。 無能と呼ばれ平民にされ…
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