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アカルビの唄  作者: ぱるこμ
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ナーサリーライム

読んでくださりありがとうございます

***


私ね、両親が人間に殺されたんだよね。半神動物狩りにあって、動物の姿になったところを殺されて。たぶん、毛皮は絨毯にされたんじゃないかな。残った肉は食用として売られたんじゃないかな。


なんで私だけ生き残ったのか解らないんだよね。気づいたらあの森の中で泣きながら歩いていた。そこでシスターに拾われて、孤児院での生活が始まって。


暫くしてから、私より小さい人間が捨てられていたのを覚えているわ。二才くらいってシスターは言っていた。名前も、親の手掛かりも無い子だった。その時の私は人間自体が大嫌いだった。その子供も大人になれば、半神動物…私達を殺す存在になるって、心の中で醜い生き物に成長するんだと、傍観していたんだよね。


でも。


でも、その子供はシスターじゃなくて、傍観していた私に向かって駆け寄ってきて、抱き付いてきたの。仰天ものだよね。「ねぇね!」て叫んで、私が離れると泣き喚くの。最初は困ったけど、不思議だよね。愛着っていうか、その年下がかわいく思えるようになったんだ。


「いい?あなたは今日から結乃って言うの。結乃よ。きっと、結乃なら…私達と人間達を結んでくれる存在になってくれるかな…」


結乃は西洋の顔付きだったけど、漢字で名前を上げた。

君がこの時を覚えているか解らない。君は嬉しそうにニコニコして繰り返すように「ゆの、ゆの!」と自分を呼んでいた。


「結乃、大好きだよ」


――結乃、大好きだよ


結乃は、私にべったりさんで育った。でも、結乃が元気に育って、生きてくれるならなんだってよかったんだ。


頭を撃ち抜かれた瞬間、最期に見たのはハンノが現状を理解出来ない顔だった。

ごめんね、結乃。

最期に結乃の顔、見れなかったや…


でも、見れなくてよかったかも。酷い顔をした結乃を最期に見るなんて、ちょっと嫌だもん。

結乃…ゆの…


愛してる、結乃


だから、結乃の好きに生きて


***


アスターが森へ戻ると、そこにハンノと結乃はいなかった。代わりに、花代の亡骸が木の空洞に安置されていた。少しの希望を持ち、花代の遺体を調べていく。―神様の御印―それがあれば、僅かな可能性はあったかもしれない。狸は死んだふりをする。だから、花代が息を吹き返すかもしれないという微かな期待があった。しかし、その希は消え失せた。


アスターの表情が陰った時、杠葉から無線が入る。


『アスター!ハンノと結乃さんが来ないッス!そっちに居ないッスか?!』

「今、もう一人一緒にいた半神動物の仔の遺体を見つけたの」

『え…』


「ねぇ、杠葉。もし杠葉にとって家族のように、恋人のように接していた人物が殺されたらどうるす?警官が逮捕してくれるのを待つ?復讐したい気持ちを、歯を食いしばって我慢できる?半神(私)動物(達)に不利な世界で。共存を夢見せて育てられて、半神動物と姉妹のように育った人間の女の子が、理性を保てると思う?半神動物の姉を殺された非力な人間の女の子が、行きつく答えって、なんだと思う?」


『どういう、ことッスか…』

「沐文が殺されたら、杠葉はどうする?」


その問いに、杠葉が黙り込む。もうその時点で答えを察したアスターは孤児院へ向かい歩いて行く。


「私が非力な雌だったら、きっとシルヴァやロゼを使って人間を殺させるよ。使えるものはなんでも利用する。でも、私は幸運なことに非力な仔じゃないの」

『アスター?待って、戻って来て!ハンノと結乃さんを見つけたら、絶対戻って来て!』

「それは約束できないかな」


杠葉が叫ぶ中、通信を切った。


不思議な感情だ。今まで、仲間以外と深く関わったことがなかったせいなのか。花代が殺された現実を上手に受け入れられない。あの仔の妹に対する想いに感化されたのか…。心の奥からザワザワと淀んだ、汚くて濁った真っ黒な泥が沸き上がる。いつもなら平気な顔が出来たのに。花代と結乃と関わって、少しでも情を移してしまったから。


自分らしくないと思うけれど。


どす黒い汚泥が体中を駆け巡る。苛立ちが神経を蝕んでいく。この感覚が気持ち悪い。早く、解消した

い。解消する方法は一つ、簡単なこと。


人間を狩る。それだけ。



教会が一棟。講堂兼学校としてなりたっている建物が一校。寄宿舎が五棟。これが広い敷地内に建てられている。

銃声が響く。人間が子供を殺している音。


「どうする、俺達三人じゃ足りないぞ」

「仕方ないが、こどもを優先に行く。寄宿舎から行く」

「了解」


沐文の指示で、シルヴァとロゼが左右に向かい駆け出す。沐文は真正面の寄宿舎へ向かった。



シルヴァは教会に乗り込む。中には逃げ遅れたのか、追い込まれたのか、仔供達が複数人かたまり死ぬ瞬間に怯えていた。しかも、教壇の前で。神の前で神の使いを殺そうとしている。


「大人の半神?!まだいたのか!」

「お前等さぁ…本当に神を信仰しているのか?それとも、無宗教か?どっちでもいいや。俺はお前等を殺すだけだかあらなぁ!」


討伐隊がライフル銃を向け、発砲しようと指を引き金にかける。

人間が引き金を引くより早く、シルヴァが姿を変える。


彼は兎の半神動物だが、本来の小動物と半神動物との違いは歴然である。長く発達した手足。歯は牙が生え、殺した人間の返り血の分だけ腐った臭いが漂う。醜悪な姿に兵隊達は叫びまわり逃げ惑う。

凶暴で、血の気も多く、巨体を軽快に動かし天敵を殺していく。脚力で跳び、圧し掛かる。蹴りを入れ内臓破裂へ。


神話ではひ弱だった兎が力になりたい一心で神に願い手に入れた姿らしい。肉食獣にヒエラルキーにも負けない力を。


だから、その姿は化物で本来の兎とはかけ離れていた。


血が口の周りにべったりと毛に着く。早く洗わないと毛にこびりついて面倒だ。

ヒトの姿に戻ると、しゃがみ込み仔供達の視線に合わせて話す。


「大丈夫か?裏山の方に逃げろ。いいな」

「わ、わかった…助けてくれて、ありがとう…」


半神動物の仔供も、人間の子供もぺこりと頭を下げると言われた通り裏山へ向かい逃げていく。

まだ銃声が聞こえる。まだ狩りは終わらない。殺しは終わらない。


懺悔室から何かが落ちる音がしたので慎重に覗く。すると、修道女の死体が狭い個室に不格好な姿で崩れ落ちていた。スカートは捲られており、衣服に乱れがあった。顔を中心に何発も銃弾を食らい絶命したようだ。


「…クソ。最悪だ」


慣れたら終わりだと思う。

半神動物の雌、或いは雄が犯され殺されるなんて日常茶飯事だ。もちろん。刑期なんて無いようなものだ。尊厳まで殺された死体をどう安置してやればいいのか、シルヴァは未だに解らなかった。

床に寝かせ、衣服を整えてやる。そして指を組ませ、瞼を閉じさせる。


「悪い、救えなくて」


惨めに思い、俯くと手帳が落ちていた。何故か、この手帳が重要な物だと思い拾うと、シルヴァは次の場所へ向かい走り出した。



一方寄宿舎では人間達が青ざめ銃を乱射していた。人狼の雌が目を光らせ、口から涎を垂らし、唸り、こちらを睨み、すばしっこさで銃弾を掻い潜り人間を躊躇いもなく、いとも簡単に殺していく。

…ロゼだ。


「ば、化物だ!」

「殺せ!殺せ!ガキどもは後回しだ!」


兵士達の罵声の中に、幼い声が混じる。


「助けて!」


その声は、ロゼを更に強くする。


脱兎の如く突進し、人間を引っ掻き肉を抉る。その威力は凄まじく、人間は簡単に宙から壁に叩きつけられ、息は残っていたがその大きな手で胸板を叩きつけると、心臓がショックを起こし止まった。兵士はハッハッと何度か苦しそうに呼吸を求め、口をパクパクとさせたが、時期に死んだ。


「怯むな、殺せ!半神を殺せば俺達は出世出来るんだ!」


その言葉に、ロゼの怒りは頂点に達し、爆発する。


「テメェ等なぁ…私達を何だと思ってんだよ!違う人種なら、殺して当然ってか?!出世の道具じゃねぇんだよ!娯楽の道具じゃねぇんだよ!私達は!生きてんだよ、同じように!」


毛が逆立ち、ロゼの猛攻が始まる。人狼から真の狼へ変貌した姿は神の使いそのものに見受け得られた。それに感化された仔供達も、姿を変え人間に立ち向かう。


「そうだ、僕たちだって生きてるんだ!」

「殺されるために生まれてきたわけじゃない!」


非力な仔供だと思っていた半神からの突然の攻撃に、狩人等は不意を突かれ返り討ちにあう。そして、結果はロゼ達の勝利でこの寄宿舎は幕を閉じた。


生きたいから戦う。その姿にロゼは仔供達を連れていくことに決めた。集団で動ける仔達のはずだ。

もし、仔供が狙われたら、自分が盾になればいい。


「アンタ達、覚悟があるならこのまま着いてきてほしい!まだ他の寄宿舎にいる人間を殺す!だが殺されそうになったら逃げろ、絶対にだ!生きることが絶対優先だ!」


そう激を飛ばすと、仔供達は遠吠えや威嚇の声を上げる。


「人間の子供達は裏山へ逃げなさい。そこで他の皆も待ってるから」

人間の子供達は半神の仔たちにすり寄り、一時の別れと無事に再開できるおまじないを唱えた。

「クラパッチス。また会えますように…一緒に戦えなくてごめんね」

「クラパッチス。大好きだよ。私達は守るために戦う」


子供達が無事に寄宿舎から出ると、ロゼ達は隣の寄宿舎を目指し走り出した。



校舎では、惨劇が起きていた。

死んだ兵士の頭部を、ハンノの足が踏み潰す。


「ここで僕たちが弱くないことを示すんだ。じゃないと、また攻撃される。人間を殺して、僕たちの存在を、脅威を示すんだ!仲間の仇を、家族の仇を取るんだ!」


ハンノの言葉に泣き崩れる少女、感動し賛同する少年…。ハンノの後ろに立っていた結乃が続ける。


「さっきね、花代お姉ちゃんが殺されたの、人間に…。許せないよね。皆もハンノが来てくれるまで、家族が殺されるのを見ていることしかできなかったもんね。悔しいよね、辛いよね、自分が惨めに思えてくるよね。でもね、もう大丈夫。ハンノが私達を導いてくれるから。戦おう、私達だって、戦える力を持っているんだから!」


極限状態から、ハンノが現れ一定の兵士を殺したことで、孤児の皆は急な安堵が生まれた。そこに結乃の言葉を聞いてしまえば、もう怖いものはなかった。無いと錯覚した。寧ろ、家族が殺された復讐をするべきだとさえ思った。ハンノの言う通り、ここで力を誇示しないと、永遠に迫害されて、差別され生きていくことになる。


「殺そう!悪い奴等を!」

「家族を、花代を殺した悪人を殺そう!」


無垢な正義感と純粋な殺意が生まれた瞬間だった。


「じゃあ、行こうか」


ハンノを先頭に、少年少女が歩き出す。仔は姿を変え、子は武器になるような物を持った。

校舎内は子供達と大人達が争うという異様な光景が広がっていく。ハンノは一人の兵士の首を折ると、倒れ動かなくなるが口は饒舌なままだった。


「クソ!首から下が動かねぇ!何しやがったテメェ!」


覇気迫る表情で怒鳴ったところで動けない人間は怖くない。ハンノは無言で見下ろしていると、目の前の窓ガラスがパリーンと割れ、ハゲワシ姿のアスターが現れた。


「アスター、加勢しに来てくれたの?」

「そんな感じかな。ハンノが心配だったんだけど、なんだか凛々しく見えるのはどうしてだろうね…」


どこか恍惚とし、眼光が妖しさを灯す。するとアスターは倒れている兵士の腹を突き啄み始めた。


「やめろ!痛い、痛い!痛い!」


腹の肉を食い、飲み込んでいく姿はただの動物だった。腹に穴が空くと、そこから腸を引きずり出し、摘まむ。


「あああああああああああああぁ!!!!!」


兵士が断末魔を上げる。絶望して、生きたまま食われる光景を見て気絶しないのがすごい精神力だと思う。


「や、やめてくれ…」


「それは嫌かな。だって、人間は私達のことを虐殺するじゃない。迫害するじゃない。なのにどうして人間の言うことを律儀に聞いてあげなきゃいけないの。ほら、私達は人間でも動物でも無いから。人間の考えが解らないの」


その言葉に同意を覚えたハンノは、兵士の左腕を踏み潰した。

ぎゃあ!と激痛に耐えられず悲鳴を上げる。


「ねぇ、杭と木槌を見つけたの。これで倒れている兵士たちの足を折れば、動けなくなるよ!」


杭と木槌を持ってきたのは人間の子供達だった。そして兵士の膝に杭を立てる。


「や、やめてくれ…お前たちは人間だろう…?なんで」

「なんでって、家族を殺されたら、誰でも怒るよね」


無表情のまま答えた子供は、木槌を振り下ろした。



沐文が校舎に入ると、血生臭さが充満していた。子供の死体、仔供の死体。そしてそれよりも多い大人の死体。


(一体誰が…まさか、ハンノとアスターが?)


胸の奥がざわついた。

こんなことは初めてだ。アスターは基本、人間殺しに加担しない。ハンノはついこの前やってきたばかりで人殺しなんか出来ない。いや…


殺せるかもしれない。


校舎の階段を駆け上がると、騒がしい階に辿り着いた。


「ハンノ、アスター!」


すると教室から兵士が吹っ飛ばされ、窓ガラスを割り外へ落下していく。教室からはハンノが返り血を浴びながらトボトボと出てくる。


「沐文…?沐文!よかった、来てくれた」


ハンノは駆け寄り、沐文の前で立ち止まった。まるで、親が迎えに来てくれて安心する仔供のような笑顔で、自分を見上げていた。


「…怪我はないか?」

「無いよ。でも、友達が死んじゃったんだ…ここの皆も、何十人も殺された」


憂いと悔恨が滲む。哀れみを含んだ瞳が悲しそうに揺れていた。

だけど人間を殺めたことに対しての懺悔や罪悪は欠片も、微塵も無かった。腸が煮えくり返り死んだ友人の敵討ちを続けたくてうずうずしているようにも見えた。


「そうか」


どうすればいい。

どうやってこの仔供を叱ってやればいい。

ハンノは、殺害に手を染めちゃいけない仔だと思っていた。仮にも預かっている仔だ。それなのに、加担させてしまった。ハンノの意思だったとしても。


「沐文、わかるよね」


アスターが口の周りを血塗れにし、手で口元を拭いながら教室から現れる。猛禽類の瞳孔になっていた。人でも食っていたのだろう。

溜息を吐くと、沐文はハンノの視線に合わせ屈んだ。


「よくやった。敵が殲滅するか、撤退するまで殺し続けるぞ」

「うん!」


褒められて喜ぶハンノを、陰から結乃が見つめていた。


「動物みたい。縄張り争い。お姉ちゃんが生きていたら、加わっていたのかな」


走り出すと、結乃はハンノの手を取った。


「行こう、ハンノ。駆除の続きをしよう」

「うん。花代を殺したこと、ここを襲撃したこと、後悔しても遅いって知らしめよう」


兵士達と対するアカルビと孤児等の殺し合いは、兵士側に陰りが見えてきた。半神動物の仔供等が何かに感化され刺激されたように力を増し兵士を殺していった。


離れた場所から指揮を執っていた隊長に無線が入る。


『隊長、もう無理です!こいつ等化物だ!あぁ!』


ここで無線が途切れた。


「どうします」

「…撤退だ。だが孤児院に住んでいた人間の子供は保護しろ。それを名目に、山中で発見された遺体と結び付けて話を作り上げる」

「了解しました」


兵士に撤退命令が下される。

孤児院は目を覆いたくなる惨状となっていた。特に、大人の死体。誰かも判別がつかないくらい滅茶苦茶にされていた。



裏山で生き残ったこども等が合流していた。

一人の少女が、一人の雄に声をかける。


「あとは私達に任せて。半神の皆は、新しい街に逃げて」

「…本当に大丈夫なのか」

「大丈夫だよ」


半神動物の仔供等は森の中へと逃げ、姿が見えなくなった。残った人間の子供等は、佇み保護しに来るはずの大人を待っていた。


そこにクッキーを持った結乃が来る。


「これ。シスターが言っていた最後のクッキー」

「ありがとう、結乃。…結乃、結乃はどこで食べるの?」

「叶うなら、お姉ちゃんの傍で食べたい」

「わかった。それじゃあ、クラパッチス」

「クラパッチス。また会おうね」


それだけ言うと、結乃は花代が眠る樹木へ歩いていく。

暫くすると、大人達がぞろぞろと現れた。


「ここにいる君たちは全員人間かな?」

「そうです。人間です」

「よかった。保護しに来たんだ。新しい孤児院が君たちを待っている。さ、一緒に来なさい」


その大人の言葉を無視するように、子供等がクッキーを食べ始める。無言で食べる様子は、なんだか異様だった。


「私達は、人間が犯した罪を死で償います」


少女がクッキーを食べると、一人、また一人と苦しみ、泡を吐き倒れていく。


「お、おい!急いで医者を呼べ!」

「集団自殺なんて狂ってる!」


シスター達は人間ではありません。半神動物です。人間の子供だけに教え込んでいたことがあります。


――もし人間が、半神動物を狩るようなことがあれば、あなた達人間は責任を取って罪を償わなければなりません。そのようなことが無いように、ここで密かに暮らしていきましょう。平和が永遠に続くように――



結乃は、花代の遺体の隣に座り、クッキーを食べ終えた。そして寝転がり、毒が回るのを待つ。


「お姉ちゃん、今逝くね。あっちでも、姉妹になってくれるかな」


冷たく、死後硬直した手を握る。


「クラパッチス、大好きよ」



ハンノ達は、兵士が撤退すると同時に身を引いた。

結乃が孤児院のルールがあると言われ、戻ったのだ。だが、それが間違いだったと酷く後悔した。


「孤児院で人間の子供が集団自殺…。半神の仔供完全討伐失敗。どういう号外ッスか、これ」


杠葉が持つ号外には、その惨劇の一部始終が書き出されていた。大半は助かった兵士からのインタビューなので真実はそこにはない。


あれからハンノは疲れたのか眠ってしまい、どんなに揺すっても起きやしない。


「どうして無関係の子供が死なないといけないのよ」


ロゼが顔を歪ませると、シルヴァが「おい」と声をかけてくる。


「これ見てみろよ。教会に落ちていた手帳に物騒なことが書いてあるぜ」


『また人間の子供の死体が玄関に置かれていた。今月で何体目だろうか』

『伝染病を患った子供が玄関前に放置されていた。看病したが死亡。山に捨てに行かなければ』

『人間は火葬や土葬とか、よくわからない。わからないから遺体を捨て放置するしかない』

『完全なる言い訳だ』

『子供達には教えてある。人間が私達半神動物を殺しに来たら、連帯責任としてあなた達が死をもって償うのだと。じゃないと、やってられない』

『私達半神動物が何をしたというのだ。ただ人間と半神、分け隔てなく愛しているのに。偏った教育をするのは、アイツのせいだ』


随分、聖職者とは懸け離れた内容の日記だった。


「あの山の白骨や死体は邪魔者扱いされた子供を親が捨てたのね」

「多分だが、人間はあの孤児院の場所を知っていたんだ。何年、下手したら何十年も前からな。そして襲撃を見計らっていたら、国王からの半神動物討伐令が下った。これみよがしに山中の死体を見つけたフリをして襲撃理由を作ったんだろう」


沐文が吐き捨てるように仮説を唱えた。


「最低ね」


アスターは未だ起きないハンノの頭を撫でた。

手帳を読んでいたロゼが、疑問の声を出す。


「ねぇ、たびたびアイツって出てくるんだけどさぁ。誰だろう」


シルヴァも引っかかっていたようで、話にすぐ乗る。


「俺もそれ気になった。多分人間じゃあないか?じゃないと、死をもって償えとか、教えないだろ…」

「アイツや人間に精神的ダメージを与えたってことになるのかな」

「俺にもダメージ与えたけどな」

「繊細ね。まぁ、ハンノの友達が死んだっていうから、私も少なくとも気分良くないよね」


だが一番気分を害しているのは杠葉だろう。この中で誰よりも優しい彼は、子供が死ぬことを嫌う。今だって腹の虫が治まらないのか黙ったまま、怒りに満ちていた。

そっとしておこう。そう沐文がキャンピングカーの窓から外を見ると、鳥が飛んでいた。


とても美しい鳥。輝きを放ち、光を撒いているように錯覚さえ起こす。


「ベルベットだわ」


アスターが興味無さそうに呟いた。

鳥…ケツァールの半神動物であり、エライアーシスターズの一人・ベルベット。彼女はヒトの姿になると、その綺麗な長い髪を手で掻き上げた。


「やっと見つけたわ。私が直々に来たんだから、手を貸しなさい」


その容姿や自信に満ち溢れた表情は、どこかお姫様を連想させるような出で立ちだ。


「残念だが、お前達が探していた孤児院はもう軍隊が閉鎖させた。俺達もここまで逃げてきたばかりだ。手を貸したくても予想外の事態が起きてな。すぐには無理だ」


沐文が断ると、ベルベットはブスくれる。しかしここで折れるほどか弱い雌ではない。


「場所が解ったかもしれないの。アンタ達が収容されていたかもしれない施設。そして、ハンノって坊ちゃんの母親が飼育されていた施設…。カーリー達が十年以上かけて、やっと見つけたの」


沐文と杠葉が言葉を詰まらせた。いや、失った。何も言葉に出来なかった。

過去のことを思い出していた。地獄のような日々…

そこに、ハンノの母親も収容されていた?


「ごめ、なさ…ちょっと」


杠葉は運転席から飛び出すと、地面に塞ぎこみ発作を起こす。


「杠葉!」


ロゼもキャンピングカーから降り、杠葉の背中を摩る。

その様子を見ていたベルベットは、沐文に視線を戻す。


「どうするの。こちらとしては協力してほしいわ。ううん、絶対に共闘しなさい。じゃないと、またアンタ達みたいな半神動物が永遠に消えない傷を負うのよ」


沐文は杠葉とハンノを見やると、シルヴァを見た。シルヴァは、静かに頷いた。どこへでも着いていくと。


「わかった、ドゥルガーに連絡をしてくれ。合流するまでの日数は?」

「話が早くてよかったわ。一週間はかかるかしら。途中、気になる村もあるの。そこの調査もさせて頂戴」

「承知した」



発作が落ち着き、外で簡易椅子を出しボーっとしていると隣に沐文が地べたに座り胡坐を掻いた。


「椅子くらい出したらどうッスか」

「すぐ発つから必要ない。もう大丈夫なのか」

「まぁ…」


杠葉は申し訳なさそうに俯いた。そして、重い口がゆっくりと動く。


「実は、ハンノくんにお母さんと似た匂いがするって言われたことがあったんすよ。最初は石鹸の匂いかと思ったんすけど…。意外と、取れないもんなんすね。血や、土の臭い」


ハンノの懐かしみを覚えた匂いが、自分達…母にとっても死んだ方がマシな施設で染みついた臭いだと解ったとき、杠葉は愕然とした。

あの施設から逃げ出せる半神なんて滅多にいない。


「沐文。もし施設の場所が判明して、解決出来たら…一旦アカルビから離れてゆっくりバカンスでもしませんか?」

「いいな。賛成だ」


沐文は立ち上がり、杠葉を抱き寄せる。そして、キャンピングカーへ戻っていった。

車内から、アスターからそろそろ出発すると声をかけられる。

杠葉は孤児院があった山の方面を見つめた。


「…さようなら。おやすみなさい、どうか安らかに」



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