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アカルビの唄  作者: ぱるこμ
2/5

仔象のハンノ

読んでくださりありがとうございます

とってもちんけな田舎町。

井戸が一つ、一キロ先には麦畑。トラクターが行ったり来たり。

そんな田舎風景で、のびのび育った仔象のハンノはのんびり屋さん。半神動物、特別な仔。おっとりともいえるだろうか。

ハンノは絵本が好きだった。絵本を読んで悲しい最後はシクシクと。幸せに終わればニコニコと。絵本の世界が好きだった。



母メアリが仕事をしているので、幼い頃から自分のできるお手伝いはやってきた。自分で出来ることはやってきた。

母の過去もよく知らない。というか、教えてくれなかった。家族のことも、友達のことも。どこから来たのかさえも知らなかった。

特に周りの子供達からいじられたのは父親が不在であることだ。

父親はいない。産まれた時から母子家庭。どこの誰かも知らないし解らない。

まぁ、子供ながらに

『逃げられた』のかなぁと思った時期もあったけど。

母はいつも幸せそうに語るのだ。


「お母さんとお父さんは一目惚れだったの!運命の赤い糸で結ばれてたの。奇跡でハンノが産まれたのよ!ハンノは、私とあの人の宝物」


母が夢から覚めていないのか。はたまた事実なのか。

微妙なお年頃だったから、どう反応すればいいのか困ったけれど。ハンノは母が幸せでいてくれるならどんな過去や父に当たるヒトとの思い出を持っていても良いと思っていた。

母の身体は酷い傷痕が残っている。足の小指も無い。額にはケロイド。女の顔は命、なんて聞いたことがあるけれど。母も気にしていたのか、いつもヘアーターバンでおでこを隠していた。



ハンノは窓際から外を眺めてた。

同年代の子供達が楽しそうに駆けっこしながら遊んでる。

「僕も外で遊びたい」

そう呟くが、誰の返事もやってこない。当たり前だ。母親のメアリは仕事で家を留守にして。ハンノは一人でお留守番。



母がいないならこっそりと遊びに出かけてもいいと思うだろう。ハンノもそう思ったこともあった。

だが、ここ数ヶ月のうちに世界情勢は変った。

原因はこれ。


この国の先代の王様が死んだ。

そして息子が現国王になった。


しかし現国王は半神動物を下等生物として見ており、動物でも人間でもない種族として半神動物狩りを始めたのだった。


――「彼らはいずれ我々を奴隷しこの世界を征服するだろう」


理由を付けて。半神動物に怯えている人間、奴隷にしている人間、仕返しに怯える理由がある人間。彼等の恐怖を煽り、デマを流し、情報を自在に操った。

国王の言葉はどうやら信頼性が強いらしい。


そして始まったのが所謂、虐殺。


だから半神動物は家に身を顰め、外に出なくなった。この町にも半神動物は何人もいる。皆が今家に籠っている。虐殺が落ち着くのを、静かに待っている。終わるのを待っている。

家に籠っているから安心かと言えば安全ではない。ただ害はないとアピールするだけのパフォーマンスでしかない。

まぁ、殺される可能性が下がるだけいいのかもしれないけれど。


「また前みたいに遊びたい」


ハンノは頬杖を突き、外を見るのも飽きたので児童書を読むことにした。

こんな引きこもった生活でも、本を読めばどこにでも旅に行ける。最近はずっと同じ旅を繰り返しているけれど。

コンコン、とノックが鳴る。

覗き穴から覗くと、おばちゃんが立っていた。


「いらっしゃい、おばちゃん」

「こんにちは、ハンノ。メアリはお仕事?」


おばちゃんは母の親友で、看護師だ。人間だ。ハンノがまだお腹の中にいた頃から付き合いが始まったらしい。


「母さんは仕事。僕には危ないから外に出るなって言い付けるのに、自分は外出するんだ」

「しょうがないヒトね。食料や生活品なら心配ないって言っているのに」


おばちゃんは野菜やパン、米が入った籠を床に置く。


「あとこれ。ハンノへのお土産」

「新しい本だ!ありがとう!」

「こんな状況じゃ満足に学校も通えていないでしょう」

「仕方ないよ。僕も殺されたくないし」


ハンノは諦めたように児童書を読み始める。

そんな窮屈な思いをしている仔供を見たおばちゃんは、眉を下げ、辛そうな表情を覗かせていたのをハンノは知らない。


「そう言えばおばちゃん、今日は仕事休みなの?」

「そうだよ。夕飯作って帰るから、お母さんと食べてね」


おばちゃんがパッと笑顔になる。


「ありがとう」


おばちゃんが泥のついたジャガイモを水で洗おうと蛇口を捻った時だ。

なんだか外が騒がしい。

おばちゃんは嫌な予感が胸に過る。


「ハンノ、隠れてなさい」


背中を押されると、ハンノは素直にベッドの下に隠れた。

外が騒然とし、銃声が近づいて来る。

おばちゃんは焦る。

まさかこんな田舎にまで国王軍が半神動物狩りにやって来るなんて思ってもみなかったからだ。甘い考えだった。国王は本気で絶滅させようとしている。

このまま先にハンノを逃がすか?それともメアリを待つか。この判断で三通りの結果が生まれる。二人が助かるか、一人だけが残るか、二人とも死ぬか。

アパートの廊下がバタバタと騒がしい足音が近づいて来る。

覚悟を決め、ジャガイモを洗っているフリをして包丁を流し台に隠す。


「ハンノ!」


豪快に開いた扉の向こうには血相を掻いたメアリだった。走って帰って来たようだ。


「メアリ!」

「ジュナ聞いて、もう国王軍がすぐそばまで来てる。仲間どころか刃向かった人間も殺されてる!ハンノだけでも逃がすから手伝って」

「待ってよ、逃げるなら親子一緒じゃないと!ハンノはまだ十歳だよ?!」

「ハンノ、出ておいで!」


おばちゃんの制止も聞かず、メアリはショルダーバックを準備すると、ベッドの下から出てきたハンノに背負わせる。


「母さん…?」


メアリはハンノと同じ目線まで屈む。

腕に納まるほど小さかった赤ちゃんは、ここまで大きく育った。だけど、もうここまでしか成長を見守ることは出来ないだろう。


「いい?この鞄の中には遺品になるものが入っているから。お母さんと、お父さんの形見になるの。大切なことや、伝えたいことは日記に書いてあるから。急いでハンノ、こっちに来て」

「母さん!一緒に逃げようよ!」


有無を言わさず、つれて来られた場所はアパートの裏庭だった。コンクリート塀の一部が壊れ、穴が空いていた。子供が通れるくらいの大きさだ。


「ここを抜けると荒野に出るはずだから。この抜け穴を通れば見つからずに逃げられるはずよ」


懐中電灯を押し付けられる。


「ねぇ…僕の話を聞いてよ」

「ハンノ、生きなさい」


母は最後にハンノを強く抱きしめた。

銃声はすぐそこまで来ていた。


「早く!」


ハンノは顔を歪め、反発したかったが言う事を聞くことにした。

抜け穴を通りながら、ハンノは童謡を歌った。怖さや悲しさを誤魔化すように。泣きたくなるけど。


酸素も薄くなった。途中休憩しながら暗い中、懐中電灯だけを頼りに出口の解らない狭い通路を匍匐前進で進む。

この通路が何の目的で作られたのか解らない。避難用なのか、それとも下水道の名残なのか。

もう何十分、もしかしたら何時間も地面を這っているかもしれない。

疲労が溜まり朦朧としてきたとき、懐中電灯の光ではない自然の明かりが僅かに隙間から漏れていた。


ハンノは力を振り振り絞りその蓋を開けた。

外はもう夕方になっていた。紫とオレンジの空がハンノを包む。星が疎らに光り照らす。

どこかも解らない荒野に、仔象のハンノは放たれた。逃がされた。


「ハァ…ハ…」


助かった安心感と、もう故郷に帰れない絶望感。そして母の安否。

何もかもがハンノから気力を奪っていた。


「母さん」消えるような声で呟いた。


独り生き残ったところで、何もできない。生きようと思えない。どうすればいいかも解らない。知りたくも無い。

打ちひしがれ、やっとベソを掻いた時だった。

地面を静かに、そして疾走の足音に気づき身を顰める。


「…!」


ハンノの上を、大きな黒豹が跳び通過していく。

一目見れば解る。彼も半神動物だ。

ハンノは鼓動が早くなり、言葉が出てこない。

黒豹は目が合ったハンノをじっと見つめると、声を上げた。


「半神の仔供だ!」


そこにオンボロのレトロカーに乗った男女が排気ガスをバフバフ鳴らしながら合流する。


「ホントだ!あの田舎町の生き残りの仔かな?」


ハンドルを握る、眼鏡をかけた女が無邪気に言う。


「とりあえず急ごう。邪魔が入ってただでさえ大敗決まってんだ。沐文(ムーウェン)、この仔は杠葉達に頼んで俺達は先に行くぞ」


男が言うと、黒豹は頷いた。


「解った」

「ま、待って。その田舎町って、僕の故郷のこと…?連れてって!母さんがまだいるんだ!」


乗車している男女が明らかに迷惑そうに、そして困った表情をする。


「いや、危険だろ。危ないからここにいろよ」


男がぶっきら棒に言う。


「連れて行ってやればいいだろう。現状を見れば納得する」


沐文と呼ばれた黒豹が助け舟を出す。

男は頭をガシガシと掻くと、渋々と承諾した。


「…酷だなぁ。許可が下りたぜ。乗りな、坊ちゃん」


男が荷台を指さす。


「ありがとうございます」


このオンボロクラシックカー、見た目に反しかなり早く走る。爆走も良い所だ。警察がいたら絶対に捕まっている。

そして、このスピード違反に並走してくる黒豹の体力も底知れない。


(母さん、おばちゃん…)


ハンノはただ、母とおばちゃんの無事を願い町へ戻っていく。




戻った時には、町の場所が判るくらい空が煌々と輝いていた。いや、燃えていた。濃紺の夜空に以上な赤が広がる。

業火の明かりが空にまで映っていたのだ。

それを見たハンノは絶望した。

外に避難しているのは人間のみ。ハンノは見知った顔のおじさんを見つけ、慌てて駆け付けた。


「おじさん!母さんは?!おばちゃんは?!」

「ハンノ、無事だったか」


無気力ながらも、ハンノの無事を知りおじさんは胸を撫で下ろした。

半神動物の男女と黒豹は燃え盛る町へと躊躇いもなく突進していく。



「ハンノ、よく聞くんだ。いいね。お前のお母さんと、ジュナおばさんは…殺された」



・・・

ハンノを逃がした後、メアリはジュナと合流した。

「ジュナはこのまま逃げて。人間なら殺されないから」

「メアリはどうするの?」

「…あいつ等、ヒトや人間を人形みたいに平気で殺していったの。子供も、赤ん坊にも容赦なく殺してた。…いつかこんな日が来るって覚悟してた。少しでもハンノや、仲間が逃げられるように時間稼ぎをする」


泣くでもなく、怯える訳でもなく、淡々と語るメアリに、ジュナは静かに悟った。ここで命を捧げるつもりなのだと。


「…神様のところに逝くのね」

「うん」


ジュナは最期の別れを惜しむようにメアリを抱きしめた。


「私も逝くわ。一人なんかにしない」

「ありがとう」


二人は、ハンノの未来に祝福があるよう祈ったあと、銃口が鳴り響く外へ踏み出した。

ジュナが勤めている病院は医師や看護師に半神動物が勤めていることもあり襲撃を受けていた。

悲鳴があちこちから響き渡る。

メアリは身体を大きくし、象の姿になれば、国王軍の兵士達が存在に気づき銃口を向けた。


「いたぞ!」

「殺せ!」



だけどメアリは強かった。銃弾にも負けないで、跳ね除け兵隊さんを殺してく。

長いお鼻や、分厚い足で殺してく。仲間のために。息子のために。

愛する人の仇のために。

だけどメアリは捕まった。そしてメアリは殺された。



暴走の限りメアリは破壊しつくした。兵隊を殺した。

町の人々も、メアリが足止めをしている隙に逃げる者、一緒に戦おうと武器を取る者。皆が自分の信じるもののために立ち上がった。


「隊長、あの半神の象、いくら銃弾を浴びせても死にません!」

「象は厄介だからな。クレーン車を二台持ってこい。それで絞首刑にする。加担する人間も首を吊って晒せ」


面倒臭そうに、そして早く仕事を終わらせたい隊長の命令で家を壊しながら走行する大型クレーン車が二台到着した。


「目標を定めろ!」


メアリは逃げようとしたが、それよりも早く発射されたワイヤーが胴体と首に巻き付く。

ここで人間に戻ればバラバラになる。ギュウギュウと締め付けられゆっくりと死ぬか、ブチンとあっさりと死ぬか。


(ハンノ、ジュナ…)

「メアリ!」


抗っていたジュナが兵隊に捕まり、首に輪をかけられる。簡易的に作られた絞首台に立たされて、落とされ、もがいた後、しばらくしてブラブラと揺れるだけになった。

メアリもクレーンの力で引きずり上げられ、ブラブラと宙に浮く。苦しくなり、白目を向き、泡を吐き始める。


(かみさま、どうか、ハンノを――)


メアリは祈った。願った。そして意識が遠のいていき、静かに息を引き取った。



・・・




黒豹は人間の姿になり、町の中に立っていた。


沐文(ムーウェン)!」


女…ロゼが黒豹の沐文に声をかける。


「酷い有様…胸糞悪いわ」


燃える町の中はただでさえ熱くて、肌が焼けるようだった。長時間ここにいたら、灰を吸い呼吸まで可笑しくなりそうだ。

男…シルヴァは吊るされた人々の遺体を丁寧に下ろしていた。


「オラ二人とも、突っ立ってねぇで手伝えよ。俺一人だと遺体が全部燃えちまうぞ」

「今行く」

「久しぶりにこんな大敗して気分悪いわ。最悪…」


三人は遺体を下ろす。


「なぁ、あの象の半神、早く下ろしてやろうぜ」

「そうだな」


シルヴァが差したのはメアリのことだった。炎の揺らめきが影で揺れ不気味さを醸し出していた。

ロゼが操縦席に乗り、遺体を下ろそうとしたときだった。


「母さん…」


ハンノだ。ハンノがおじさんの制止を振り切り町の中に駆け込んできたのだ。そして、母の無残な死体を目の当たりにし、ただ茫然と見つめていた。


「…今下ろす」


沐文の言葉が届いたかは解らない。

メアリが下ろされ地面に横たわる。もう力の入らない、魂の入っていない死体。

ハンノは何を言う訳でもなく、駆け寄り母に抱き付いた。

頬を、おでこをすり寄せ愛情を求めるが、反応は無い。


「おい」


声をかけられ、何とか気力を持ち顔を上げる。


「…これ、お前の母親の私物か?」


シルヴァが拾い上げたのは、メアリが付けていたターバンとヘッドアクセサリーだった。いつ落ちたのか解らないが、燃えずに残っていたのは幸いだった。


「母のです…」


受け取ると、胸の中にギュッと抱きしめる。


「…もうここにいるのは限界だな」


火の手はもう町全てを覆い尽くし、逃げ道も潰す寸前だった。


「そうだね。亡くなった人たちには申し訳ないけど、ここで…」


沐文とロゼの会話。


「坊ちゃん、お前の母親の遺体を持っていこうと思えば持っていけるぜ」

「持ってくって言ったって…またクレーン車で吊るしてだけどね」


その言葉を聞いたハンノは、おばちゃんが絞首されている姿も視界に捉えると、瞼を閉じた。


「………いいえ。母も、おばちゃんも、仲間達もこのままで大丈夫です。ここから、神様の下へ向かいます」

「そうか」


沐文はそっとハンノの背中を押し、一緒に町から出ていった。




町から出ると、改造された大型のキャンピングカーが停まっていた。

運転席には丸メガネをした中性的な男、助っ席にはハンノより少し年上の少女が座っていた。


「沐文!ロゼ、シルヴァ!」


男が運転席から慌てて飛び出してきた。


「無事でよかったっス…この仔は?」

「母親を殺された仔象だ。君、名前は?」


沐文に訊かれる。


「ハンノです…」

「ハンノくん、お父さんは…?これから頼れる大人はいますか?」


男が心配そうに目線を合わせしゃがむ。

最期、母がしてくれた行動を思い出して、プッチンと何かが切れた。


「い、いません」


そう答えるのが精一杯だった。

ハンノはポロポロと涙が零れると、涙腺が結界して大声を上げて泣きだした。


「あぁあ!泣かないで、大丈夫っスよ。ちゃんと安全な場所まで連れて行きますから」


男は慌ててハンノを抱きしめ、頭を撫でた。


「ねぇ杠葉、なんだったらその仔も一緒に旅に道連れにすればいいじゃない」


今まで静観していた、助っ席に座っていた少女が車から降り、淡々と言う。


「アスター!お前な、そう簡単に言うけど!」

「シルヴァは心配性ね。大丈夫よ、私の勘が言っている」

「お前の勘は嫌なんだよ…」


シルヴァは頭を抱えた。

アスターという少女はシルヴァをあしらうと、沐文に近付いた。


「リーダーは沐文よ。決めて、沐文。ハンノをどうするの?」


沐文は口を少しヘの字にし、困った風な表情をして杠葉を見た。杠葉も困り、無言で見返した。そして決めたように溜息を吐いた。


「一緒に連れて行こう。ただ、ハンノが居たいと思う町が見つかったら、そこでお別れだ」




こうしてハンノは新しい居場所を見つけた。

ここに乗車する皆は全員半神動物。

兎のシルヴァ。

狼のロゼ。

狐の杠葉。

鳥のアスター。

そして黒豹の沐文(ムーウェン)


ハンノは鞄から遺品と言われた物を取り出し、床に並べていた。


「何しているの?」アスターだ。


アスターは屈み、ハンノの隣に座る。なんだか距離感が近い仔だ。


「遺品を…」

「へぇ。随分おおきな手帳ね。あら、これ、人の皮で造られた物じゃない」

「え…」

「今は知らないけれど、私達が産まれる前はブームだったみたいよ。人皮装丁本」


妖しく微笑むアスターに、ハンノはちょっと引く。

母が言っていた日記帳はとんでもない代物かもしれない。ハンノはおどろおどろしい日記帳を開く。

そこには母の半生と、父との出会い。ハンノの幼児期のこと、そしてこの日記の皮膚が父のものであることが。

残酷だけど、生々しいけど。母と父が生きた証が記されていた。


「残ったページはハンノが書いて。そしていつか私達に聞かせてね…。…母さん」

「最期が来るまで、生きなくちゃね」

「うん…」


ハンノは日記帳と、母の形見となったヘアーターバンとヘッドアクセサリー、そしておばちゃんが最期にくれた児童書を鞄に入れた。


「拾ってくれてありがとう。僕、頑張るよ。何をすればいいのか知らないけど」

「大丈夫。実地ですぐ慣れるわ」


その言葉に不安を覚えた。

まだ、母やおばちゃんの死を整理できたわけではない。あの地獄が頭から消えたわけじゃない。だけど。

動かないとあのまま母の後を追いそうで嫌だった。

だから。


見つけてくれた沐文達には、感謝している。


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