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アカルビの唄  作者: ぱるこμ
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私達の赤ちゃん

読んでくださりありがとうございます

『アカルビの子 種の愛へ 膝元へゆく』


最初聞いたとき、さっぱりだった。


昔話

遥か昔、神は魔人と戦争していた。勝利をおさめた神は、味方をした動物を人間の姿になれるよう力を与えた。動物たちは半神動物として新たなる種になった。

それから何千年が経とうとする…。


私の名前はメアリ。あなたの母。そして象の半神動物。

現在妊娠六ヶ月。今あなたがお腹の中で育っているの。

この日記にできるだけ残そうと思う。


十六の時、人間に攫われた。

大規模出産場。多くの雌が囚われ、体調管理に位置情報を把握するため額にチップを埋め込まれる。私もそう。

強制的に雄と交尾させられ妊娠。性の捌け口として人間の男に強姦される。拷問もされた。身体が欠落した雌がここにはゴロゴロいる。


唯一マシな扱いをされるのが妊婦。

半神動物は人間と同じように十月十日が妊娠期間だ。それまでは暴力も振るわれず、ただ不味い飯を食わされ生かされる。


そして出産当日。彼女達は分娩台の代わりに拷問器具の上に乗せられる。

彼女達は陣痛すら忘れカタカタと歯を鳴らしすごむ。拷問分娩台に乗ることを拒否し、逃げ出す雌もいるけれど、そうなったら問答無用に腹を裂かれて赤ん坊を取り上げられる。もちろん麻酔なんて無い。痛みのショックで死ねたらラッキー。頑丈な私達は、腹を裂かれたところで虫の息が良い所だ。胎内を掻き混ぜられ、我が子を目の前で取り上げられ、用済みになった雌は死ぬのを待つ。絶命する前に清掃員が冷たい床に転がる雌を回収していたら、その雌は意識があるまま焼却炉か粉砕機に投げ捨てられるだろう。

話は戻して…


大人しく分娩台に乗ったとしても棘が体中に刺さり、出血する。ただでさえ分娩で激痛なのに、拷問器具のせいで息むにも息めない。さらに蓋をし、股の箇所しか開かない人形型の桶に入れられる。

息むことが難しいと判断されたら、股に手を入れられて赤ん坊の頭部を鷲掴みにして無理矢理引っ張り出す。その時にも悲鳴が上がる。


どうしてこんな惨い出産現場かって?

それは、苦しむ彼女達を見て楽しむ人達がいるから。

出産場はいつも悲鳴が劈く。赤ん坊と一緒に死ぬか、命を繋ぐか。

惨たらしい出産の末産まれた赤ん坊は雄か雌によって別けられる。


雌は出産用に生かされる。愛玩用に生かされる。

雄は闘技獣として生かされる。


両者とも、一定の年齢になったら拷問を開始される。そして雌は処女を奪われ男達に強姦され始める。人間と半神動物とでは妊娠が非常にしにくい。人間との子供が欲しいなら強力な排卵誘発剤を使用する必要がある。だから人間の男達は無責任に胎内に出す。仮に雌が妊娠したところで、彼等は責任を取らない。

雄は鍛え上げられ、闘技場で動物や人間、半神動物との殺し合いをさせられる。見込まれた強い雄は繁殖用として雌と交尾させられた後、殺処分される。


こんな酷い生活の中でも、一時の幸せが私達にはあった。あったと信じたい。

産まれる我が子のために、私とあの人の出会いを書こうと思う。いつか、父を知りたくなった時に知れるように。母である私が、いつ死んでもこの日記だけが残っている限り、あなたには届くように。


・・・


私は一年間妊娠できずにいた。どんな象の雄と交尾しても妊娠しなかった。

人間の男にも嬲られて。

胎内の体液を掻きだし、冷水しか出ないシャワーで洗い流す。これが功を奏したのか知らないが、今日まで受精することは無かった。


だが代わりに、酷い仕打ちを受ける。私の両足には小指が無い。背中には熱した油を撒かれ肌が爛れている。折られて変な方向に曲がったまま完治した手の指。

私は幸いなことにまだ四肢がある。残っている。


(次はどうなるんだろう…)


多分、次は無い。


二か月前、私より先に収容されたというチーターの雌がいた。だが、彼女はわざと流産を繰り返していた。そのたびに罰として拷問され、最期には両足は無かった。

そして連れてこられて一年経ったんだろう。

ある日、そのチーターの雌は部屋から出され、何処かへ連れて行かれた。もう帰ってくることは無かった。

噂だと、サディスティックな人間達の餌食になったとか。彼女の髪の毛が付いた頭部の一部が床に落ちていたとか。


妊娠を拒むモノ。出来ないモノは殺される。

だから、私も…


「1916913番。種付けの時間だ」


チェーンを首に巻かれる。重たい足枷が外され牢屋から廊下へ出る。

そして二本の注射を打たれる。


「強制排卵誘発剤と象にも効くように改良した発情剤だ。これで妊娠の確認が出来なかったら殺処分だからな」

「…」


打たれた所ですぐに影響が出る訳ではない。子宮がグルグルと回るような感覚、下腹部が重くなる。骨盤辺り…卵巣が痛くなる。

交尾室が近づくにつれ身体が熱くなり吐息が零れる。


「いい表情だなぁ…これから交尾が無きゃ犯してるところだぜ」


男がジュルリとわざと下品に涎を啜る。


「今日はお前の未来のために選りすぐりの雄を用意してやったぜ」


交尾室にぶち込まれると、一目見た瞬間、息を飲むほどその雄に心を奪われた。

彼も薬を打たれて発情している。

これが一目惚れだったのか。本能が働いたのか。解らない。

でも彼の子が欲しいと思った。孕みたいと思った。産むなら、彼の子がいいと願った。

彼は私目がけて力強く抱き付く。熱を持った下半身を私の股に押し付けてくる。


(あぁ…やっぱり、所詮私達は動物なんだ。動物が人間の姿を真似できるようになっただけで。一目惚れとか嘘で。結局は発情で誰でも彼でも孕ませ、孕むんだ)


人間みたいな恋をするなんて、ここにいるだけで叶う訳がない。明日生きているかも保証が無い。子孫を残すために必死になる。次も繁殖用に使ってもらえるように頑張る。

寂しさや虚しさで、押し倒されて天井をボーっと眺めていると、彼がそれを邪魔した。


「ハァ…ッ!ハァ、私の名はカンドゥラ。貴女と、番になりたい…!」


突然の出来事で一瞬処理が遅くなったが、私も咄嗟に返す。


「わ、わたしも!わたしはメアリ!」


カンドゥラが何を思い私に番を申し出てきたのかは、今となっては解らない。でも、このたった一度の交配がカンドゥラと会い、抱きしめ合った最初で最後だった。

愛してる。愛してる、カンドゥラ。

愛してる




「ご懐妊だ。おめでとう」


産婦人科の女医が興味無さそうに告げる。


「カンドゥラとの子…」


私は嬉しくて、そっとお腹を撫でた。


「そんな君にプレゼント。最期に18701225番からのお願いで制作したものだ。大事に使ってやれ」

「なんですか、これは…本?日記、帳…?」

「大きさ的なら図鑑ほどだな。厚みはそんなに無い。それは18701225番の皮膚で作った人皮装丁本だ。殺処分されたら体の一部のどこかをお前に渡してほしいと言われたから叶えた。大事にしな」

「18701225…彼の番号」


皮膚で表紙を作るなんて悪趣味でしかない。髪や、象牙でもよかったじゃない。だからここの人間は嫌いだ。私達半神動物の神経を逆なでするような行為を仕掛けてくる。


「これからの定期検診は私が担当だ。私が担当になることを喜ぶんだな。いいことも教えてやれるさ」


それから週に一回。安定期に入るまでずっと検診が続いた。

酷い仕打ちもされなくなった。

ほんのひと時の平和。この子が私のお腹の中にいるお蔭。そしてあなたが生まれる日、私は拷問に合いながら出産するだろう。顔を見ることなく、君と永遠の別れをするのだ。


「それをいうなら、カンドゥラはあなたが宿ったことすら知らずに死んだのね」


今日も悲鳴が絶えない。

地獄のような場所。


ある日だ。


「額に埋められているチップって、意外と解るもんなんだよ」


女医がペンをクルクルと指先で器用に回す。


「ミリ単位とかじゃない、一センチの正方形だ。厚さは〇・三くらいか?」

「そんなこと、教えていいの?」

「いいよ。教えたところでいままで脱走に成功した雌はいない。脱走すら諦めた雌も多い」

「それだけ恐怖を植え付けられていんだもの…洗脳よ」


私は恨みがましく言う。


「そうだろうね」


女医は相変わらず飄々としている。


「今月で六ヶ月。あと四ヶ月もすれば我が子と対面…とはいかないな。君は出産後処分される。決定事項だ」

「…ふぅん」

「そうだ。よかったらこのペン、要らないかい?買ってみたのはいいんだけど、なんか手にしっくりこなくてね。字は書ける?」

「書けるよ。ここに拉致される前は学校に通ってたし。普通の生活を送っていたの」

「そう。なら、これは君にプレゼント」


女医が艶のある黒の万年筆を渡してくる。


「これで。私がお前達人間を殺そうとするって発想は無かったの?」

「少なくとも私は殺しに賭けていないよ。君は正しい使い方をする。その子のためにも。だろう?メアリ」


この女が唆した。

誑かした、或いは騙した。違う、吹っ掛けた。

私が無事にこの出産場から脱出できるか知るために。

私は女医を突き飛ばすと窓を割り飛び出した。警報が鳴り響く。硝子の破片を握り、額を探る。


「あった」


額を十字に切り、抉り出すようにチップを取り出した。こんな痛み、拷問に比べれば痛くない。

私は象になり走った。銃で撃たれても平気。結構頑丈なの。トラックや車で追いかけてきた人間共を車ごとひっくり返してやった。転んだ人間の頭部を踏みつぶした。


私は暴走列車の如く暴れて、そして気が付いたら逃げ切っていた。疲れて、足が動かなくなりそうだったけど、根性なのか、ずっと歩き続けていた。

朝が何回来たか解らない。

私はついに底が尽きて畦道に倒れ込んだ。


――おい、人がいるぞ!

――酷い怪我、急いでトラックに乗せて!

――半神動物…か?それならあの町の医者に診せよう


目が覚めるとフカフカすぎて馴染まないベッドの上に居た。


「あ、起きました?」


優しい笑顔の医者が私の顔を覗き込む。


「一週間も寝ていましたよ。怪我の治療も無事に終わりましたし、赤ちゃんも無事に育っていますよ。でも、随分無茶をしたみたいですね…。どこかの家で酷い仕打ちでもされましたか?」


医者の表情が曇っていく。

私は出産場のことを伝えようとしたが、場所が解らなかった。どこにあるのかすら知らない。ただ解るのは、広大な土地の中にポツンと工場が建っているだけ。


「…ずっと、北の方から来たかも…。そこで、酷い仕打ちを受けていました。拷問だって、人間は平気でしてきました」

「わかりました。知人に連絡を入れます。そこの場所が判ればいいのですが」


医者と入れ替わりに看護師が入ってくる。


「ゆっくり治療をしていきましょうね」

こうして私は病院の厚い手当てと好意で無事に雄の赤ん坊を出産。栄養失調も治り、拷問で残った傷も手術で多少まともに見えるように治療してもらった。

私はこの町で働き口を貰い、アパートを借り、生活することになった。


「メアリ、これ」


入院中、私の担当看護師をしてくれた彼女とは交友関係が続いている。


「ヘアターバンとヘッドアクセサリー。おでこの傷、完全には治せなかったから…」

「気にしなくてもいいのに…ありがとう。大切にする」


おでこを隠すようにヘアターバンをし、その上にヘッドドレスを付ける。


「少しは、華やかになったかな?」

「うん。綺麗」


オギャーと赤ん坊が泣く。そろそろミルクの時間だ。


「ハンノ、イイ子ね。お腹が空いたの?」


ハンノ…私とカンドゥラの子。私の夫の子。

あの時の出会いが、運命とか、一目惚れだったら嬉しいと私は思う。


「愛おしいハンノ」


・・・


この日記にどれだけの時間を書き残せるだろうか。どれだけの思い出を残せるだろうか。私が無事天寿を全うした際は棺に日記帳を入れてもらおう。そして、神の膝元でカンドゥラと読むの。


そして、それが叶わなかった場合は…ハンノ、あなたがこれを持って、生き抜いてほしい。そして余ったページがあったなら、ハンノの思い出や気持ちを綴ってほしい。そしてハンノが私達の所へ来るとき、見せてほしい。


聞かせてほしい。

こんな悲惨な世界でも、幸せに生きれたよって。

私は、ハンノの幸せを願っている。


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