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11月31日に咲く花〜リズム【本編version】  作者: pai-poi
嶋エレナは、ライオンであるために【上弦】
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煙草と肉を求める、11月5日

 社の喫煙所で一人、煙草を吸っていると男が入ってきた。


「チッ」


 ウチの露骨な舌打ちに男は顔をしかめる。

いや、ウチの舌打ちに、露骨に男は顔をしかめる。


 喫煙者には肩身の狭い世界になった。これは女性の社会的地位、管理職へ登用比率の上昇と、非喫煙地域の拡大、煙草そのものの値上がり比率とが同じなのではないか。

発展途上国に対し、先進国が「それは自然破壊になるから」という大義名分をひっさげ、抑圧している図式に似ている気がする。



「お前ぇの舌打ちは耳に残んだよな。」


「なんであんたがここに来んのよ。」


 社内の喫煙者は2~3割程度か。そしてその内、ここを使うのはさらにその半分以下。「煙草を吸いに行く=サボる」という解釈は今や常識。そして土曜ともなれば、さらにここに来る者はいない。

上層のオヤジどもの喫煙比率が高いから、ここもしばらくは大義名分上、無くなりはしないだろう。だが、いつかなくなるかもしれない。唯一、ウチが一人になれる場所なのに。


「チェックし終わってねぇ書類があったから来ただけだ。」


 どうせ暇だから出勤してきただけじゃん。


「煙草、やめたんじゃなかったっけ?」


「やめてねぇ。休んでただけだ。」


 変な言い訳に、ウチは煙を吐く。

カチカチと着かないライターに視線を落とす、その横顔に火を差し出す。

何も言わず、当たり前のようにその火で煙草を付け、深く煙草を吸い込む男。

元上司で、今は違う課の西崎雷太。


 しばらく、煙草を吸い、そして吐き出す音だけが支配する空間。



「お昼は?」


「……、まだだ。

 これ吸ったらどっかで適当に食って帰る。」


「ふ~ん。

 わたしはこれからなんだけど。」


「どこだよ。」


「あそこのラーメン屋。」



 雷太が深く煙草を吸い込み目をつむる。上を向き、ゆっくりと煙を吐く。


「なに? 黙祷?」


「違ぇよバカ。

 ……んじゃまた後でな。」


 ウチに視線を合わせることなく、ガシガシと灰皿に煙草を押し付け、背中越しに片手をあげて去って行く。喫煙所のドアがカシャンと音を残して閉まる。



『肉食獣は肉食獣を喰わない』



 ふと、そんな言葉が頭をよぎる。

雷太が一課を去った。だからウチは一課長になった。それは事実。

もちろん、おこぼれでなったつもりはない。経緯はどうあれ自身で掴み取ったという自負はある。だけれど時折「アイツならこういう場合どうしたか」なんてことを考える時もある。当然、雷太にそんなことを聞くつもりはない。どうせ「俺の正解が必ずしも正解じゃねぇ。んで、お前はどう考えてるのよ?」と逆に聞いてくるのが予想できる。


 一課を去った肉食獣は草食動物、捕食対象になったか。

全くない。ただウチと進む方向が変わっただけ。人間はシフトする生き物だ。

狩場が変わったライバルってだけだ。




 外出する支度を調え、社を出る。迎える秋風が頬を切る。

その冷たさに抗うように、ウチは背筋を伸ばし前を向く。




「っらしゃっせぇ~い!」

「まっせ~~い!」


 引き戸を開け、社と駅の中間地点にあるラーメン屋に入った。

見た目は「潰れ掛けのラーメン屋」のようであるが、元気だけは未だ健在。

ラーメン屋の親父と看板娘の低音と高音がウチを迎える。


 その奥のテーブル席には雷太がすでに座っていた。昼食時を外したせいか、他の客はいない。すぐに社を出たはずなのに、なんでこいつは早い。なんだか負けた気分になる。


「チッ」


「んだよ、俺も今座ったところだっつうの。」


「あんたのしかめっ面は、脳裏に残るんですけど?」


「うっせ。」


「ここ最近、トレードマークみたいだった無精ひげが無いのは好印象かもね?」


 向かいの席に腰を下ろす。


「注文は?」


「……、まだだ。」


 席に着いたところで、見計らったかのように駆け寄ってきた看板娘がウチの前に水を置き、ペンとメモを取りだす。注文を聞かれる前に応える。


「辛味噌、半チャー、特叉焼別盛りで。」

「タンメン、野菜増し。」

「ライス無料ですが……」


 雷太が手を挙げて、その続きを制す。


「以上でよろしかったでしょ~かぁ~?」


 返答を待たずに、いや察した店員が続けて声高にオーダーを通す。


「辛味噌、半チャー、叉焼別盛り。

 タンメン野菜まし、頂きました~~~!」

「あいよ~~!!

 辛味噌、半チャー、叉焼別盛り、タンメン野菜まし~~!」


 このテンポがウチは好きだ。



「……、なんだ。勝負飯か。

 この後、大口か。」


 オーダー復唱の余韻が落ちたところで、静かに雷太がつぶやく。


「そうでもない。

 前ほど大口ってのは釣れないわよ。今時は一本釣りなんて稀。

 でも多分、これを釣ればその後は広げられるはず。」


 女性であること、男性であること。可愛い、格好いい。なんでもいい。

自分にある武器はなんなのか。才能とは何なのか。

愛想、真面目、小奇麗、貫禄。負けず嫌い、優しい、慈愛、若さ。

マニアックな知識、ニッチな能力、思想、良心。なんだっていい。


 自分の利点を客観的に見つけ、伸ばし、最大限に生かして戦う。

欠点を補うことは美徳かもしれない。でもその努力よりも自分の武器に磨きをかけるべきだ。短所を伸ばすことよりも長所を伸ばす方が上昇率は100倍を超える、というのは立証された事実。

そもそも肉食獣は本能に従い、自分の長所、武器で戦うほかないのだ。


 平穏は嫌いだ。

世の中が変動するから、そこに牙を、爪を立てられるのだから。

虎視眈々と、そのチャンスを逃さない。じゃなきゃ飢え死にするだけなのだから。



「野菜増しとか、ちょーウケるんですけど。」


「うっせぇなぁ。

 こういうところで野菜取っとかないとアレなんだつぅーの。」


「ハイハイ、寂しい中年ですね。」


「クソが。」


 雷太が置かれた水を一気に飲み干す。

それを見るとなく見届けて切り出す。


「来期だけどさ、あんたんとこの生田ちゃん。うちに欲しいんだけど。」


「……、人事希望の提出は年末までだろ。」


「年末まであっという間。」


 雷太が目をつむる。


「あいつ……、一課で務まるか?」


「一本釣りというか、あの子の不思議ちゃんパワーでウチらの取れないところをコロッとやっちゃったりするんじゃない? そういう所に大口が潜んでることもあったりするしね。今後、その確実性が伸びる可能性、彼女が成長してその営業スタイル獲得するとは思う。アクセス方法は多様性があった方がいいし。

 でもま、それは建前。ウチらは今すぐ目の前に数字を示さないといけない。

 人の成長を待ってなんていらんない。結果を今、示さないと妄言でしかない。」


「……、んで?」


「彼女の情報解析、処理能力が欲しい。手元に置きたい。使いたい。」



 雷太が深く息を吸い込み、聞こえるように鼻から出して吐く。


「……、本人に聞かなきゃわからん。判別は俺がするわけじゃねぇ。

 本人の意思が伴わないと、やる気が伴わないとポテンシャルは発揮できねぇ。」


「なに? ウチが不満なの?」


 それは遠回しに「人を扱えない」と言ってるのと同義なのでは?


「そうは言ってねぇだろうが。」


「じゃあなに? もうツバを付けてるってこと?」


「……、バカ言ってんじゃねぇ。」


「ふ~ん。」



「お待たせいたしました~。

 辛味噌、半チャー、叉焼盛り。タンメン野菜まし。

 お熱いのでお気を付けくださ~~い!」


 ウチの前に辛味噌ラーメン、そして大きなチャーシュー3枚で覆われ、姿の見えないチャーハンが置かれた。ウチはいつも通りにラーメンとそのチャーシューに、備え付けの一味を赤く染まるほどに振りかけ、そしてラー油を回し入れる。


「いただきます……。」


 チャーシューが乗っかったチャーハンを尻目に、ウチは麺をすする。伸びた麺は嫌いだ。だから先に麺を全部食べる。いつも通り、固めの麺の歯ごたえが嬉しい。


「……胃、壊すなよ。」


「あんたと違って胃は丈夫だし。健康診断オールAだし。」


「あっそ。」


 雷太が野菜処理にかかっているのを見て、なんとも言えない気分と共に、なんだか苛立ちのようなものを覚える。でもその感情を言葉にはしない。うまく言える気がしない。そんな時は無言に限る。ただ食べることに集中するに限る。




 チャーハンに手を伸ばしたところで雷太がおもむろに声をかけてきた。


「……二課の八洲、知ってるか?」


「バンビ君?」


「なんだそれ?」


「あの細い子でしょ?

 ウチの仕事の引継ぎ、あの子が多いから知ってるけど?」


「どうなのよ?」


「は? どうとは?」


「こないだ電話でちょっと喋ったんだが。

 あの若さで珍しく堅苦しい感はあるが、芯はあるし一課に居ないタイプだよな。」


「……、ふ~ん。」


 なんだよ、当て馬を出してきたか。

こうやって能力ありそうな子を目ざとく見つけるよねぇ。

それより、生田ちゃんをそんなに手放したくないか、雷太!



「……、生田には聞いておく。」


 全て飲み干した丼ぶりをカタンと静かに置き雷太が立ち上がる。


「ご馳走さん、会計は頼んだ。

 ……。頑張れよ、午後。

 勝ち取ってくること祈る。」


 伝票に1000円札を置く手を一瞥する。


「言われなくても勝ち取るし。」


 ウチは、食べかけ最後のチャーシューを口に放り込む。

気合十分、やる気満タン。負ける気がしない。狩れない気がしない。




『バンビ君かぁ……、バンビ君ねぇ。』


 最後のスープを飲み干す。そんなウチの脳を掠めるように、ふと、雷太の残した言葉が流れた。

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