鯖缶とお泊りに動揺する、11月13日
ふはっ! ふひひひひ! くふふふふ!
込み上げる笑い声を心の中で押し殺す生田桃花であった! まる(。
いやぁ、市場調査ってしてみるもんですね! してみるもんですよ!
あ~、昨日は会社に行って良かったなぁ~。
先輩が既読無視するし、どうせ出勤してるんでしょ?と思ったし、忘れ物を取りにきたふりして会社行って、「あら先輩、ごきげんよう。」って声掛けたら面倒くさそうな顔されたし。
でもめげないあたしは「お仕事手伝いましょうか?」と申し上げたのに、「仕事は無ぇ」って、じゃあなんで先輩は出勤してるしっ!
でも~、でもでもでも~
聞いちゃいました! 盗み聞きとかじゃないですよ? 偶然ですよ?
市場調査ってほら、市井の言葉に耳を傾けることですから!
たまたま偶然、帰ろうかなぁと思って1階ホールを抜けようとしたら先輩の声が聞こえるじゃないですか。思わず立ち止まって、思わず息を殺して、思わず耳を澄まして、思わず聞いてしまったのですよ。
『肉が好きだ。……焼肉屋に行ったら肉しか食わねぇ。』
いやぁ~、先輩ってば肉食獣! 野獣! 焼肉じゅうじゅう!!
どうしよっかなぁ~、焼肉屋もいいなぁ~、ビアホールなんかもいいな~。わいわいがやがやな感じもいいな~。「ほら、焼けてるぞ。」とか「あ! それはあたしが育ててたやつですよ! も~~~!」とか。
でもな~、自宅でホットプレートとかもいいんだよな~。
でもな~、先輩んちはホットプレート無いしな~。
流石に買って持ってくのもな~。
え? うち?
え? ええええ?? も~~~先輩ったらッ!
とはいえ梅ちゃんにも会いたいしね~~~。
あ! 梅ちゃんはあたしの妹分、猫ちゃんの名前ね!
結局は先輩んちに行きたい生田桃花であった! まる(。
ピ~~~~~ン ポ~~~~~ン
「は~~~い、はいはいはい、は~~~い!」
妄想を打ち切り、包丁を置いて手を洗って、インターフォンの画面を見る。
おっと、約束の時間のジャスト3分前とは侮りがたし!
やるな! サラチャンさん! 時間厳守とは秘書能力が高いな!
「いらっしゃいませ~!」
「こ、こんにちは。」
インターフォンに出ずに、ダイレクトにドアを開けて迎える。
それが功を奏し、サラチャンさんがちょっと驚く。 ん? 戸惑う。
可愛いなぁサラチャンさん!
あぁ……、あたしもこういう細い感じの「守ってあげたい感」が欲しいなぁ。
「ようこそ、おいで下さいまし。ささ、上がってあがって!」
来客用スリッパを出し促した。
そう、今日はサラチャンさんをうちにお招きして、お料理勉強会を開催するのだ!
「サラチャンさん、なに買ってきたの?」
エコバッグから突き出ている長ネギ。それはわかる。
でもそれ以外にも結構な食材が入っているみたい……。
パンパンだな! なに買ってきた!
「カレーに使う材料とか、それ以外にも。
あとお土産に、たい焼きを買ってきました。美味しそうだったので。」
「お~~~! たい焼きいいですね!
やっぱり寒くなってくるとたい焼き食べたくなりますよね!
うんうん、サラチャンさんはわかってるな~!」
「あの……、生田さん?」
「はい?」
「その……、サラチャンさんって長くないですか?
噛みそうですし。」
「大丈夫す! あたし早口言葉得意なのですよ!」
「いや、同い年なんですし、普通にサラでいいですから。」
静かな微笑み! 涼しげな感じが大人!
「だってサラさん、あたしのこと苗字呼びじゃないですか。」
「わかりました、オウカさん。」
う~む、ここが落としどころかな? 流石にチャン付けは教授先生と被るし!
そんな一通りの挨拶を終え、あたしは手早く下ごしらえを切り上げてお茶を用意する。緑茶にしようか悩んだけど、ここはあえての紅茶! 二人分を用意してサラさんの元へと運んだ。
「さ~て! 料理にかかる前にたい焼きをご馳走になりますか!」
「そう、なのですか?」
「ん? だって温かいうちに食べたいじゃないですか!
レンチンしたらせっかくのパリッと感も無くなると思いますしね!
それに、今日は練習がメインなのでお昼ご飯は遅くなると思いますよ?
まずは腹ごしらえから、ですね!」
サラさんを促し、たい焼きを取り出す。
ついで、買ってきてくれた食材を並べ確認する。
うわぁ……
人参、じゃがいも、それとカレーの固形ルーまでは正解。
まず玉ねぎが無い。入れない派の方もいるかもしれない。でも玉ねぎの甘みはベーシックに必須だと思う。おろしたり形が無くなるまで炒めたりした本格なカレーだとね、うん、玉ねぎの存在がわからないかもだけど。食べるだけの人にとっては。
長ネギが玉ねぎの代わりだったのかな? うん、これは斬新。
いや違うかな? 肉類も無いしな……
代わりにあったもの。
とろけるスライスチーズ、プレーンヨーグルト。あぁ、これは定番のトッピング&隠し味系かな? うん、わからなくもないチョイス。
鯖缶……、味噌味!
まさかのアジアン系? アレンジ系??
炒り胡麻、佃煮、パプリカ、納豆……
なんでしょう? なんでしょうね? 方向性が全く分かりません。
おっと! ラストに肉が出てきた!
うん、でもこれは豚しゃぶ用のお肉だね! ちょっと高級な奴だね!
……、あたしは諦めたよね? まる(。
「サラさん、ここで重要な発表がございます。」
「はい。」
あたしはたい焼きをかじり、もぐもぐ。
飲み込みながら今日のプラン変更を申し上げる。サラさんが手にしていた紅茶を静かにテーブルに置く。少しかしこまった様子。
「まずは今日、カレーライスは作りません。」
「……。」
驚きと緊張の表情。うん、ごめんね? ちょっと材料的に厳しいからね?
「と、言いますのも。
先日行った市場調査によりますと、カレーライスは男の子が大好きな定番でありつつ、ハズレの少ない一品です。が、定番がガシッと! 彼のハートをガシッと掴むとは言い切れません。」
「……、はい。」
「むしろ料理そのものよりもッ! シチュエーション、ロケーション、状況設定!
言い換えるならば場の整え!!」
「はい?」
「か~~~ら~~~のっっ!
彼のハートを打ち抜く、スナイピングな料理!!」
ここで感涙! 生田桜花!(泣
たい焼きの最後、しっぽを食べる。
……、あたしは頭から派です!
「んまぁ、そういうわけでね? まずは基本的な包丁とか、炒め物とか、お味噌汁の練習からしましょうか、という。」
「あぁ、なるほど。」
あたしの拙い話だったけど伝わったらしい。
このなんていうかなぁ、隙が無い感じなのに隙だらけ。そして素直な感じ。
あたしが惚れるわ!!
「最終目標は、朝食を作ることっす。」
「ちょ、朝食ですか?」
そして大きな目を、また一段と大きくする表情……
「はい! 朝食を作って差し上げましょう!」
「その……、流石に早朝からお邪魔するのは……」
「泊りましょう!」
サラさんが顔を横に伏せる。
流れ落ちた髪の間から覗いた耳が赤く染まるのが見える。
「生田さん……、オウカさんはその……
泊まったりしてるんですか?」
「いや~~~! 残念ながらまだ1回、いや2回だけしか、
はい、1時間ほどしか訪問してません! それも日中です!」
だってだって! 無理じゃん!
そんなん、サラさんとはスタートから違いますからね??
「それにですねぇ……
あたしの場合は戦略の方向が違うんですよねぇ。」
「戦略の方向?」
「えぇ……、あたしの場合は肉方向なので、ね。
いや流石に朝からがっつり肉食系だと、うん、う…、うん。」
うわ~~~~~~~~~~~~! うわ! うわ! うわ~~~~~~~~っ!
変な方向に! 変な方向に想像が!!
「さ、さ~~て!
では早速、心頭滅却、調理開始! じゃんじゃか猪突猛進、医食同源!!
やりましょうか!」
あたしはすくっと立ち上がり、飲み終えた二人分のカップを持ってキッチンへと向かう。そうだ! 料理だ! 心を調えるのだ!
よし考えよう!
カレーライスの付け合わせに考えてたサラダは、冷しゃぶサラダに変更して……




