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葉ノ香、狙われる


とある月曜日、葉ノ香がなんと制服を着て登校してきたのだ。


G組全員が驚いて葉ノ香にどうしたのか問い詰める。

あの葉ノ香が制服を着るなんて天変地異にも等しいことなのだ。

うん、学生は普通制服を着るものなのだが。



「「「「は、はぁーー!!??魔法を奪われたぁーーー!?!?!?」」」」



仰天して驚きの声を上げるクラスメイトに葉ノ香はいつも通りの素っ頓狂な表情で説明を始める。


「うん、昨日買い物してたら、いきなり知らない人に声をかけて、気がついたら魔法取られてた。」


焦った様子もなく説明する葉ノ香に真っ先に反応したのは当然龍牙だった。


「こんっっの大バカがっ!!!そういうことはもっと早く言え!!!」


龍牙は葉ノ香にブチギレるとすぐさま振り返った。


「圭!英理!」


圭と英理は龍牙の怒鳴り声にすぐさまハッとなった。


「今すぐ情報洗い出す!先生!私はどこまで学園のデータベースにアクセスできる!?」


龍牙の意図をすぐさま汲んだ英理は担任にそう問いかけた。

普段やる気なさげなG組の担任はそんな英理を何とも言えない目で見つめながら答えた。


「あー……たぶんおまえなら事後承諾でも問題ないだろう。まぁ、経費は高くつくだろうし、俺は責任取らないから、自己責任だけど。」


言ってることはいつも通りやる気なさそうで無責任なことなのに、表情はどこかいつもと違った。


「オッケー!出世払いだろうが、お咎めだろうが、今は構わないから!先生!鍵!」


「俺も行こう!斎藤さんの情報魔法に俺の解析魔法が加われば更に正確性が増す!」


2人とも今すぐにでも飛び出さんとする勢いである。


「俺!すぐに保健室で一眠りしてくる!」


晃彦もまたそれに続く。


そんなG組を見て担任は静かに口を開く。


「おまえら、わかってんだろうな。おまえらが今やろうとしてることは遊びじゃない。命の危険が伴うことだ。」


珍しく担任は真剣にG組の全員にそう告げる。


「相手はおそらく成り行きじゃなく確実に夢園を狙ってた。もしかしたら、個人じゃなくどこかの組織の犯行かもしれない。」


そう、今回の犯行は手際が良すぎるのだ。

休日のショッピングという状況で葉ノ香が油断していたのもなくはないだろうが、それでも、あの葉ノ香から最も簡単に魔法を奪った手際から考えて、それは計画的犯行に間違いない。


「それでも、やるのか?」


その問いかけの重さを理解できないほど彼らは子供ではない。

そんじょそこらの高校生とは違うのだ。

魔法学園の生徒である彼らは常日頃から命の重さも戦うことの真の恐ろしさも理解している。

だが、G組の誰一人としてその問いかけに揺らぐことはなかった。


「わかってんだよ、そんなこと。そんでも、俺らがやるんだよ。」


龍牙はそう言った。

やらなければいけないではなく、やるのだと。

他の誰でもない龍牙が、G組のメンバーが、葉ノ香の魔法を取り戻すのだと。葉ノ香のために命をかけるのだと。


「死ぬつもりはねー。」


だが、死ぬつもりもないと。


そんな龍牙の言葉に英理は笑みを浮かべる。


「先生、私たちがそうしたいんだよ。私たちなら、絶対できる。私たちは強いんだ。だって、私たちは葉ノ香ちゃんと同じG組なんだもん!」


英理は笑顔でそう言い切った。


「そうか。じゃあ、夢園、おまえはそれでいいのか。」


担任は次に葉ノ香にそう問いかけた。

クラスは確かに一丸となっている。だが、それは「葉ノ香以外は」という言葉がつく。


葉ノ香はG組のみんなを見渡した。

そして、自分の今着ている制服を見下ろした。


「……私は別に魔法のためにいろんな服を着てたわけじゃない……でも、何でか魔法が使えなくなったって知って、どの服も着る気がしなくて……」


葉ノ香はみんなと同じブレザーを見てポツリポツリと呟いた。


制服が嫌いなわけじゃない。みんなと同じ服が嫌なわけでもない。

だが、それでも葉ノ香の心はどこかぽっかりと穴が空いたような気分になってしまうのだ。


「別にどっちでもいいだろ。」


そんな葉ノ香に龍牙は静かにそう言う。


「おまえは服が好きだから、服魔法使ってんだろ。魔法のためかどうかなんてどうでもいいだろうが。」


そんな龍牙の言葉に葉ノ香は目を見開いた。

そして、その言葉を噛みしめるように葉ノ香は息を吸う。


「おまえは好きなことして好きなようにやればいいんだよ。今までだってそうしてきただろうが。」


葉ノ香を見て真っ直ぐそう言い切る龍牙に葉ノ香はわずかに目を見開く。


「……うん。」


そして、いつもとは違う堪らなさそうな笑みを浮かべて頷く。

それから、G組全員に向き直る。


「あのね、みんな大好き。」


そんな葉ノ香の言葉にG組は一瞬驚きに包まれたが、すぐにいつもの騒がしさを取り戻す。


「私も葉ノ香ちゃん大好きだよー!」


「まっかせといて!葉ノ香ちゃんの魔法は私たちが絶対取り戻すから!」


「うぉぉー!大好きいただきましたぁ!これは何が何でも魔法を取り戻さねば!」


「我らが葉ノ香ちゃんのために!」


葉ノ香は「お願い」も「ありがとう」も言わない。

感謝も負い目もないし、心配もしない。

ただ一言大好きとだけ言う。


そんな葉ノ香だからこそ彼らはついていくのだ。

何を考えているのかわからない、考えているのかもわからない、ただ自分の思うがままに生きて周りを顧みない。

それなのに、葉ノ香は当然のようにG組のみんなを信じて疑わない。疑う発想さえないのだろう。

葉ノ香はG組のみんなが自分のことをどう思っているかなんておそらく知らないし、知ろうともしていないのだろう。

だが、それでも、自分のために命をかけてくれることにもう彼女は驚きはしない。

心のどこかではきっともうわかっているのだ。


「葉ノ香、さっさと取り戻すぞ。」


「うん!」


こうしてG組は一丸となって葉ノ香の魔法奪還に総力を上げることになった。


「トップが不思議ちゃんなのに、何でこうも見事にまとまるかねー。まぁ、わからんでもないけど。こういうカリスマ性もあるもんなんだなぁ。」


G組の担任はそんな生徒たちを見てポツリポツリとそう呟いた。



それから、数時間後。


「私の情報魔法と圭くんの解析魔法でだいぶ割り出せたよ。」


英理は龍牙に紙を渡しながらそう言った。


「今回の犯行は先生の言う通り、とある犯罪組織の犯行だったよ。これ、軽く組織図とか人数、魔法なんかをまとめてみたから。」


龍牙は渡された紙に目を通していく。

そこには、ほとんど情報がない状態で、しかも、この短時間で調べたとは思えないほどの情報量が書き込まれていた。

その犯罪組織のアジトの見取り図まである。


「俺が解析したいくつかの最善だと思われる侵入経路なども書き込んでおいた。」


圭の解析した侵入経路や敵との戦力的相性などはおそらくプロ以上の正確性があるだろう。

圭と英里が手を組めば情報戦ではほぼ無敵だと言っても過言ではない。


「うーん、こことここと、ここかな?」


葉ノ香が龍牙の持っている資料を横から覗き込んでいくつかの侵入経路を指さした。


「……一応聞くが、大人しく待ってるつもりはないんだな?」


龍牙もどうせ葉ノ香なら着いてくるとは思っていた。

たとえ魔法の使えない戦力ゼロの足でまといという状況でも。


「うん、もちろん。」


葉ノ香は全く悪びれずにそう言い切る。


「あははは〜!まぁ、葉ノ香ちゃんだもん!」


英里は笑ってそう言った。

他の面々もそれぞれいろんな表情をしているが、驚く者も反対する者もいなかった。

全員葉ノ香がそうするとなんとなくわかっていたのだ。


葉ノ香はおそらく足でまといだとか着いていく意味とかそういうことは考えていない。

ただ行きたいから行くのだ。


「はぁ……葉ノ香の選んだ経路から侵入する。葉ノ香の魔法を奪った野郎がどこにいるかわからない以上、何手かに分かれて侵入して組織ごとぶっ潰した方が早え。」


龍牙はとんでもないことをサラッと言った。

犯罪組織をただの学生が殲滅すると言っているのだ。

しかも、G組の人数はそれほど多くない。


だが、全員驚きもせず、頷く。


「まずは太一の雷獣魔法で派手に敵集めれば良くね?そんで派手に暴れる太一と、俺の音速魔法で敵を引き寄せつつ無力化していくからさー、その内に龍牙と葉ノ香が奥まで行けばいいよ。」


普段はお調子者の音速魔法の使い手である岡田隼人が提案する作戦は結構理にかなっていた。


「じゃあ、私が別のところから絵画魔法で敵を引き寄せながら潜入するよ!私の魔法は目立つから!あー!今度は何描こうかなぁ!」


芸術肌で絵画魔法の使い手である北野佳代もまた楽しそうにそう提案する。


「なら、私は佳代っちと一緒に行くー!大暴れすればいいんでしょ!任せといて!」


双銃魔法の使い手である大久保弥生は今日も元気そうだ。


「あー……じゃあ、俺は江川たちの護衛をやるよ…」


自称陰キャの鉄壁魔法の使い手である大垣影臣は控えめに晃彦たちの護衛を申し出る。


「あー、私は足手まといになるから、太一くんたちのサポートをするよ。」


英理は冷静に判断してそう結論付ける。

G組は全員バラバラに好き勝手言っているようで、肝心なところはわかっている。


一番最深部に行くのは龍牙と葉ノ香と頭脳派1名と晃彦だ。


「俺はできる限り動き回って敵の位置を全部把握するよ。ネズミ一匹たりとも逃がしはしないってね。」


G組の非戦闘員の一人である藤原孝たかしが使う魔法はマップ魔法だ。

彼の魔法は一度行ったことのある場所や会ったことのある人間をそのマップに記憶して常に位置を把握できる。

また、実際に立体地図として展開することもできる。


「では、奪還部隊には俺が加わろう。」


圭はメガネを押し当ててそう言った。

そうして、葉ノ香の魔法を取り戻すメンバーは葉ノ香、龍牙、晃彦、圭、影臣に決まった。


他の面々も各自自分の行動を決めていく。

好き勝手言ってまとまりのないように見えるが、最終的には意外と上手く戦力が分散してそれなりに作戦として成り立つものになっていた。


龍牙がG組の連中が好き勝手言っている間一言も口を挟まなかった。


「終わったか。じゃあ、晃彦、これでいいな?」


龍牙は冷静に晃彦に問いかける。


「うん、大丈夫。」


晃彦もまた普段の慌てようが嘘みたいに冷静に頷く。


龍牙はG組の連中が人の言うことを聞くタイプじゃないことをよくわかっていた。

そして、決してバカではないし、その能力も実力も申し分ないことも。

だから、好き勝手にやらせる。


好き勝手にやらせても大丈夫だと確信しているから。


「決行日は圭と英理が決めろ。」


こんな時でも、龍牙もG組のみんなも晃彦に未来を聞いたりしない。

聞かなくても大丈夫だと信じているから、それでいて、晃彦自身も晃彦の魔法も信じているから。


「「決行は3日後だ(よ)」」


そして、英理と圭の決めた決行日に何の疑問も不安も抱かない。


英理と圭もまたG組全員とその能力を信じているからこそ迷いなく決行日をそこまで急な日取りに決められる。


「それじゃあ、派手に遊ぼっか!」


葉ノ香は楽しそうに満面の笑顔でそう言う。

明るくそう言う葉ノ香に龍牙以外のG組の面々は思わず笑みを浮かべる。


遊びなんかじゃ済まないのに、葉ノ香は楽しそうにそう言った。

きっと葉ノ香の中で疑うなんて言葉は存在しないのだ。


いつも斜め上を行くような葉ノ香なのに、それでも、葉ノ香は当たり前のように信じてくれる。その言葉はマイペースなのに、そこにあるものはわかりにくくもわかりやすい信頼なのだ。


だからこそ、そんな葉ノ香だからこそ、葉ノ香は正真正銘G組のトップなのだ。




そして、あっという間に3日が過ぎた。


1年G組の面々は全員学園の制服でこれから乗り込む場所から少し離れたところに待機していた。

焦りや不安といった表情を浮かべる者は誰もいない。


ああ、だが、葉ノ香だけは当然のように制服ではない。


「ちゃんと着てきたな。制服じゃ全く戦力にならないからな。」


龍牙は当然のように葉ノ香の力を取り戻して戦力にするつもりのようだ。


「今日のテーマは夜空だよ!星空のドレス!可愛いでしょー?」


葉ノ香は今日も今日全く緊張感がない様子で楽しそうにクルリと回って服の紹介をする。


今日の服は星のミニスカドレスだ。

星とは言っても5つのトンガリのアレではなく、夜空の色のドレスに散りばめられたそれは光にあたって輝く素材でできており、本物の星ようにとても美しい。


「……まぁ、悪くはないが……出し過ぎじゃねーか?」


「何が?」


全く噛み合わない2人の会話にクラスメイトたちは少し肩の力が抜ける。 

もちろん、出し過ぎというのは肩や足の肌の露出のことである。


「最近はもう龍牙、完全に保護者だよなぁ。」


晃彦は呆れた様子で言う。

そんなにひどい露出の服でもなく、肩が出ているのと、スカートが短いというだけでこの過保護なのだ。無理もない。


「というかさー、結局龍牙って葉ノ香のことどう思ってんのー?」


結晶魔法の野沢美波の疑問にみんなが賛同する。

龍牙と葉ノ香以外。


「さっさと行くぞ。」


しかし、龍牙はあっさりスルーして作戦を始めようとした。


「あは!じゃあ、服魔法探さないとね!服魔法がないと、学園の私服許可がなくなっちゃうし!」


葉ノ香は相変わらずズレた発言をしているが、今は誰もツッコまない。

全員もはや意識は一つの建物に集中している。


「じゃあ、てめーら、行くぞ。」


龍牙が前だけを見て開始の合図を静かに述べる。


「一応言っとくが……誰も死ぬんじゃねーぞ。」


そう、今日は颯爽と助けに来てくれる葉ノ香はいない。

むしろ、葉ノ香の魔法を取り戻しに行くのだ。

でも、だからこそ、今日のG組は強い。


守るものがあれば、人は強くなれる。

その言葉はとてもありきたりで使い古されたものだが、一概にバカにはできないのだ。

守るものがあるから、頼れるものがないから、強くなる時だってある。

ヒーローに助けられる少年やヒロインが強くなってはいけないなんて誰が決めた?強くなれないなんて誰が決めた?

いつも守られる側の人間が守りたいものがないなんて誰が言える?守ってあげたい時がないなんて誰が言える?


「大丈夫!みんなすごいんだから!」


葉ノ香は笑ってG組の面々を振り返った。


葉ノ香にそんなことを言われたら、G組全員無様を晒すわけにはいかなくなる。

というか、嬉しくて思わず顔がニヤけてしまう。



そこからは、大まかに三手に分かれて割と大雑把な作戦を実行に移す。


まずは2つの陽動兼殱滅部隊がそれぞれ敵陣に突っ込んで大暴れをする。


「あはははー!今日は殺さなきゃ何してもいいんだよねー!半殺しもオッケーだって!久々に大暴れできる!」


太一は子供みたいに無邪気に雷獣魔法で暴れまくっている。

見た目も中身も子供っぽいのに、雷を纏って獣の身体能力で敵を半殺しにしていく様子はかなり狂気じみている。


「やっべぇ、俺の音速魔法無敵じゃね?誰も俺について来れない、なーんてね?」


お調子者の隼人は今日も絶好調である。

まぁ、実際隼人の凄まじいスピードに反応できる人間など早々いない。


「にゃっはっはー!私の二丁銃かっこいいでしょー!あ!安心して、実弾じゃなくて麻酔針だから!」


双銃魔法の使い手の弥生も楽しそうに暴れている。

いつも元気溌剌な性格に似合わず、その銃の腕は天下一品である。

流石双銃魔法の使い手なだけあって、狙撃の腕はプロ顔負けな実力なのだ。

ちなみに、もちろん銃は魔法で出しているものなので、弾丸は無限に出せるし、弾の種類なども彼女の思うがままだ。


他の戦闘員も好き勝手暴れている。

連携は取れているのか取れていないのかわからないレベルだが、それでもバラバラな歯車はなぜか上手く噛み合う。

お互いがお互いの能力と強さを知っているし、信じているからだろう。


「はいはーい、その人は風魔法ね〜。あ、康平くんはそこの階段登って上行って〜!」


英理もその豊富すぎる情報力でG組のサポートをしている。

ちなみに、相手の攻撃が英理に向かうこともほとんどない。


英理の魔法は基本情報のみを取り扱うので、晃彦や圭の予知や解析ほど戦闘時における回避力は高くないが、情報と頭脳を駆使した危機回避力はそれなりに高い。


まぁ、万が一非戦闘員に攻撃が向かうものなら、他のメンバーがすぐさま対処する。

G組の生徒たちは全員経験もセンスもあるし、判断力も視野の広さもそれなりに備わっている。

1年生とは思えないほど、成長が早いのだ。

何せ“誰かさん”が当然のようなそれら全てを入学当初から持っていたのだ。

そして、クラスの全員がそれを目の当たりにしてきたのだから。


「ほいさ!だいたいの中の見取り図と敵の位置!外のメンバーはちゃんと俺の指示聞いといてね!中のメンバーは適当に敵倒して!てか、中には英理ちゃんいるから、地図いらないよね!」


孝は早々にアジトの大雑把見取り図と敵の位置を把握したようだ。

お腹のあたりの高さに立体マップを展開しており、敵の位置は赤い点、味方は青い点とゲームちっくな仕様である。

ネズミ一匹逃がさないという宣言通り、無線インカムで入り口付近のメンバーに指示を出していく。


「あー、たぶん一番上の南の部屋だと思う。上の階は直接行ってないから正確性が落ちるんだけど。」


そして、インカムで静かに龍牙たちに本命の所在を告げた。


「わかった。」


龍牙たちはというと……


「そこ階段が一番早い!ここの上はおそらく北野さんが敵を引き付けている!」


圭が状況把握と経路把握をしており、


「影臣!右!龍牙!葉ノ香ちゃんの左斜め前!」


戦闘サポートは晃彦が行っている。

その指示は完璧で、圭の解析魔法の割り込む余地はない。

今回もまた完璧に予知してきたようだ。

予知した内容は誰にも告げていないし、誰も聞いていないが、そのことを誰も気にしていない。

奪還作戦が失敗する可能性なんて誰も考えていないのだ。


戦闘は影臣が鉄壁魔法で防御に徹し、龍牙が炎魔法で敵を倒していく。


葉ノ香は魔法が使えないので、人並み以下の身体能力しか持ち合わせていなく、時折転びそうになって龍牙に抱えられてたりしている。


龍牙は葉ノ香を守りつつ、淡々と敵を倒して進む。


そうして、5人は最上階のお目当ての部屋まで駆け抜けた。

5人はそのまま勢いよくその部屋へと突入していく。

どうせ侵入しているのもバレているのだし、コソコソする意味がない。


「やぁ、やぁ、大魔法学園の生徒諸君、よく来たね。」


その部屋には、如何にもロクでもなさそうなインテリヤクザがいた。

間違いなく、葉ノ香の魔法を奪った犯罪組織の親玉だろう。


「おまえか。」


龍牙はただ静かにそいつを睨みつけた。

インテリヤクザもまたゲスな笑みを浮かべるだけである。

正に嵐の前の静けさ。


「……葉ノ香の服魔法は返してもらう。」


その言葉と共に正に戦火は切って落とされた。

龍牙の無数の炎攻撃がインテリヤクザを襲う。

部屋中に炎の残像と熱が飛び交う。


「あははは!!返す!?あり得ないなぁ!この力はもう私のものだ!!」


インテリヤクザは水魔法で応戦してくる。

魔法属性的に龍牙が圧倒的に不利だが、龍牙が不利属性とは思えないほど見事に炎魔法で水魔法を捌ききっていく。


「あぁ!もう!いくら俺の鉄壁魔法があるからってやりすぎ…!!」


いつも大人しい影臣が文句を言うほど、その広い部屋は炎と水に包まれていた。

特に龍牙の炎は威力抜群な上に容赦ない。

影臣はどちらかというと、水魔法よりも炎魔法から味方を守っている。


「……アレは夢園さんの服魔法だな。」


圭は少し嫌そうな顔をしてそう言った。


そうなのだ、インテリヤクザが使っている魔法はただの水魔法ではなく、葉ノ香の服魔法なのだ。


「あーあ、何あのダサい服。葉ノ香ちゃんのセンスの一欠片もないどころか、ダサすぎて引くレベルなんだけど。」


晃彦も珍しく毒舌でそう吐き捨てた。


まぁ、実際インテリヤクザ野郎の格好は実際かなり酷かった。

おそらく五大元素魔法を全て使えるようにしたかったんだろう。

五大元素魔法である炎、水、風、土、雷の全てが描かれた色とりどりのスーツを着ていた。

おそらく特注品だろう。

まぁ、半端なくダサい。ここまでダサい服が存在していいのかといいレベルにダサい。


「ふはははっ!愚かだな!!重要なのは強い魔法を使えるかどうかだ!見た目なんて関係ない!!」


そう叫ぶインテリヤクザは水魔法に加え、風魔法まで使ってきた。

だんだんと、龍牙が劣勢になっていく。

影臣もいつまで保つかわからない。


「見た目なんか、ねー。まぁ、私は別に魔法のために可愛い服着てたわけじゃないけど。」


葉ノ香は珍しくニーっと意味深に笑う。


「はっ!小娘が!!だいたい貴様は本当に愚か者だ!貴様のお仲間どももな!」


魔法が飛び交う中でインテリヤクザ野郎は吐き捨てるようにそう言った。

その言葉に珍しく葉ノ香の表情に静かな怒りがチラリと覗く。


「それはG組のみんなのことを言ってるの?」


その声はいつもより心持ち低く感じられる。

また、いつもより少し大人びたデザインのドレスが相まってより一層その表情は冷やかなものに見える。


インテリヤクザ野郎は風魔法と水魔法を操りながら、そんな葉ノ香に嘲笑う。


「当たり前だ。貴様は自身の魔法を服魔法だなんて思っているのだから、愚か者以外の何でもないだろう。」


今なお水と風と火と鉄壁による爆煙が部屋を包み込んでいる。



「貴様の魔法は服魔法などというチャチな魔法ではない。貴様の魔法は、ありとあらゆる魔法を行使できる、“万能魔法”だ。」



インテリヤクザは心底見下した様子でそう言い放った。

そんなことにも気づかない愚か者がと心の底から思っているのだろう。


だが………


「それがどうした。」


龍牙は無表情でそう言った。

晃彦、圭、影臣の表情にも驚きなんてものはない。



「そんなこと、うちのやつらは全員知ってる。」



龍牙は当たり前のようにそう言った。


それに僅かばかり目を見開いたのは他の誰でもなくインテリヤクザだった。


「は、は……はぁ!?貴様らは本物のバカなのか…!!万能魔法だぞ!!誰もが欲する人類の、世界の頂点だ!!羨まないはずがない!欲さないはずがない!そんな力を持つ小娘は化け物にも等しいんだ!!恐れないはずがない!!」


インテリヤクザは今までと違い、感情剥き出しの激昂状態でそう叫ぶ。


それに反応したのはもちろん葉ノ香以外の全員だ。

龍牙も晃彦も圭も影臣もその瞳が鈍く鋭く光る。そこにあるのは紛れもない怒りだ。


「俺たちの葉ノ香ちゃんを侮辱するな!!!あんたなんかに葉ノ香ちゃんの力は使いこなせない!!」


晃彦は普段絶対に見せないような表情と声で怒りを露わにする。


「こんっの!!クソガキどもがぁ!!!」


逆上したインテリヤクザは更に魔法攻撃の量と質を上げてくる。


「影臣!!左!!龍牙!上!!」


晃彦は相変わらず的確な指示でこの危機的状況に対処している。

部屋中が激しい炎と水と風魔法の攻撃の応酬で地獄絵図と化している。


「江川!流石に保たんぞ!」


圭の言う通り、晃彦の未来予知と龍牙が圧倒的センス、そして、影臣の防御力を持ってしても、流石にこれ以上は保たない。

敵はアホみたいな格好をしているが、五大元素魔法全てを使用できるのだ。


「だいたい貴様が服魔法だなんていう暗示にかかっていなければ、こんな格好をせずに、即座に特殊魔法で貴様らを殺せていたんだ!!」


そう、葉ノ香の魔法は本来万能魔法なのだ。

だが、葉ノ香には自分の魔法が服魔法であるという暗示がかけられていた。


「……本当は気がついてた。私の魔法が服魔法じゃないことは。」


葉ノ香はバカではない。

自分の魔法がおかしいことには気がついていた。

そもそも、葉ノ香の魔法は“服に対する葉ノ香自身のイメージ”が魔法として具現化する。

服があるから魔法が使えるのではなく、葉ノ香が服に対してその魔法が使えるという判断をするのだ。

それが服魔法なはずがないのだ。


「私の魔法は服魔法、お母さんがそう言ってた。」


葉ノ香たちの状況は刻一刻と悪化しつつあるのに、葉ノ香はお構いなしに話し続ける。


「私は服が好きだから、可愛い服を着るのが好きだから、それで良かった。」


だが、周りがそれを許さないだろう。

万能魔法なんて前代未聞だ。

この世界にある全ての魔法を使えるのに飽き足らず、自身が思いつくのならどんなカタチの魔法でも使える。

正に全知全能。


葉ノ香の母は葉ノ香がその強大すぎる魔法故に、周りから狙われ、利用されるのを恐れたのだろう。

だから、葉ノ香の母は死に際に葉ノ香の魔法は服魔法なのだと告げたのだ。

葉ノ香の母が病いの床で葉ノ香に言った最期の言葉はとても優しい嘘だった。そして、暗示だった。


葉ノ香は母の願い通りに自らの魔法は服魔法だと思い込んだ。

だが、葉ノ香はバカではないのだ。

気づかないはずがないのだ。

それでも、葉ノ香は見て見ぬフリをした。

葉ノ香にとって服魔法は大好きな可愛い服をいっぱい着れる魔法で、そして、母からの最期の優しい贈り物なのだ。


「でも、みんなも気がついてたんだ。うん、そうだよね。」


葉ノ香は笑う。

万能魔法の使い手、そんな葉ノ香の魔法の真実に気がつきつつも、誰も何も言わなかった。誰一人態度が変わらなかった。


「みんな、大好き。」


葉ノ香はこの戦場に全く似つかわしくない朗らかな笑みを浮かべる。

星空のドレスで微笑む葉ノ香はどこまでも朗らかな表情をしていた。


その言葉に周りの面々は僅かに表情を緩める。


「それは俺たちのセリフなんだよぁ。」


晃彦は指示を出しながらも小さく笑ってそう言った。


晃彦は今日に関するありとあらゆる出来事を予知していたので、葉ノ香のこのセリフもわかっていた。

だが、実際に聞くと、夢とは比べものにならないほど嬉しくて胸が温まる。


影臣は何も言わないが、その表情は葉ノ香の言葉を噛み締めるようにほんの少し柔らかくなった。


「あなたがいたから、俺たちは強くなれたのだ。俺たちは胸を張って生きていられるのだ。」


圭もまた珍しく笑みを浮かべている。

圭にとってもG組のみんなにとっても、葉ノ香は光なのだ。

いや、光という表現は適切ではないのかもしれない。

葉ノ香は葉ノ香であって、その自由さも、強さも、温かさも、言葉では表現し切れない。


ちなみに、圭は解説魔法なだけあって初対面で葉ノ香の魔法の本質を見抜いた。

葉ノ香の魔法の真実に真っ先に気がついたのは圭と英理、そして、龍牙だ。


「こいつはこいつだ。そんで、こいつの魔法は服魔法だ。いい加減返してもらう。」


龍牙が相変わらず平坦な声音でそう告げる。

戦況は圧倒的に不利なのに、全く動じていないようだ。


「ふっはっはっはっはー!!ピンチについに頭が完全にイカれたか!!この状況でよくそんな強気は発言ができるな!!」


そう、現状かろうじて保っているのは晃彦の予知夢魔法のおかげだ。

龍牙の炎魔法の応戦も、影臣の鉄壁魔法の守りももう保たない。


「……はっ、この程度がピンチなわけねーだろ。」


龍牙がそう吐き捨てると、インテリヤクザはすぐさま反論しようとしたが、それは叶わなかった。


龍牙が土魔法と風魔法でインテリヤクザの魔法を相殺したからだ。


あまりの出来事にインテリヤクザは一瞬反応が遅れる。

その隙に龍牙は雷魔法のいかづちでインテリヤクザを攻撃する。

なんとか正気に戻ったインテリヤクザは咄嗟に土魔法で壁を作って防ごうとするが、龍牙の雷はいとも簡単にその土の壁を破壊する。

インテリヤクザは風魔法で横に自身の体を吹き飛ばすしかなかった。


「な、な、なんだ、それはぁぁ!!!貴様の魔法は炎魔法ではないのか!!!なぜ他の五大元素を使える!?!?」


インテリヤクザはこの戦闘で初めて体勢を崩した状態で、ひどく混乱しながらそう叫んだ。

何せ自分が圧倒的優位に立っていると思っていたのに、龍牙もまた他の五大元素魔法を使い出したのだ。

しかも、なぜかその威力はインテリヤクザのそれよりも上なのだ。


「ああ、やっぱり他にも魔法を持っていたか。」


その状況で圭は冷静にそう言い放った。


「譲渡魔法というのだから、もう一つくらい持っているとは思っていたが、五大元素全てとはな。」


そうなのだ、龍牙の魔法は本来炎魔法ではなく、譲渡魔法なのだ。

炎魔法は父親から譲られたと言っていた。

それなら、母親の魔法も譲られていると考えるのが普通だ。


「いや、一つであってる。お袋の魔法は妖精魔法だ。」


そう、龍牙の母親は妖精魔法の使い手で、五大元素を司る全ての妖精の魔法が使用可能なのだ。


「妖精魔法だと!?バカな!!妖精の魔法だから、私の魔法より威力が高いとでも!?いや、そんなはずはない!!!私が使っているのは万能魔法だぞ!!!」


インテリヤクザ野郎はひどく混乱した様子で何とか龍牙が繰り出す五大元素の魔法に対応しているが、その全ての魔法の威力が龍牙の方が上なのだ。


「あはははー!その服じゃムリだよ〜!私の魔法は魔法に対するイメージが明確であればあるほど使いやすいの。」


そう、だから、小さいものだと魔法が長持ちしなかったり、威力が弱かったりするのだ。

まぁ、要は思い込みの力なのだ。


「だろうな。あのようなごちゃごちゃした服では大した威力にならん。」


圭は葉ノ香の服魔法の仕組みをほとんど理解していた。


「あんたは見た目なんか関係ないって言ったけど、残念ながらうちの葉ノ香ちゃんの魔法は関係多アリなんだよね。」


晃彦はそう言い捨てた。


「クソガキどもがぁぁぁぁー!!!」


インテリヤクザは激情して五大元素を全て使って攻撃してきた。

だが、龍牙は涼しい顔……というか、いつも通りの仏頂面でその全ての攻撃を相手以上の精度と威力で冷静に応戦していく。

そして、ついに相手に魔法を当てる。


「クソがぁぁぁーー!!」


インテリヤクザは叫びながら必死に魔法を放つが、全く龍牙の敵ではない。防御もままならない。

今までだって龍牙は攻撃を当てようと思えば当てられたのだ。


「てか、予知で知ってたけどさ、妖精魔法って龍牙も大概だよね…」


晃彦は五大元素魔法全てを使いこなし、インテリヤクザを軽くあしらっている龍牙を見て少し呆れたように笑った。


「なぜ今まで使用しなかったのだ?」


圭の質問に龍牙は黙り込む。

そして、母の言葉を思い出す。


「龍牙、いい?私の妖精魔法はいつか本当に大切な人ができたら、その人を守るために使いなさい。あなたの大切な人たちを。それまでは使っちゃダメよ。」と、龍牙の母親は幼い龍牙に言った。


龍牙は母親との約束はきちんと守っていたし、そもそも使う必要もなかった。

龍牙は父親の炎魔法だけでも十分すぎるほど強かったからだ。


「……別に。」


うん、まぁ、龍牙が素直じゃないのはいつものことだ。

母親との約束の話なんてするはずがない。


そんなこんなで龍牙はついにインテリヤクザを気絶させた。


「おおー。終わったねー。それで、圭、どうすればいいの?」


葉ノ香はいつも通りなマイペースさで圭に尋ねた。


「ああ、強奪魔法はおそらく返せと念じながら、その男に触れるのが返還の条件だ。そうすれば服魔法は戻ってくるはずだ。」


「はーい。」


圭がそういうと、葉ノ香はスタスタとインテリヤクザの元へ歩いていった。


「じゃあ、返してもらうね。」


葉ノ香はそう言ってインテリヤクザに触った。

おそらくこれで葉ノ香の服魔法は戻ったのだろう。

葉ノ香はわざわざ確認したりしない。

だって、圭がそうだと言ったのだから。



「終わったら、早く脱出しないと!この建物もう崩壊するから!」


晃彦がそう言って急かす。


まぁ、無理もない。

最上階では2人の五大元素魔法の使い手が縦横無尽に魔法を放ち、下の階ではG組のメンバーがそれぞれ好き勝手に暴れているのだ。

というか、すでに崩壊が始まっている。


「ちっ!葉ノ香すぐにこっちに来い!影臣!鉄壁魔法でしばらく保たせろ!!」


龍牙は即座にそう指示を出した。

葉ノ香はすぐに龍牙の元に戻る。


「はぁ…!?そんな無茶な……ああ!もう!やるよ!」


龍牙は相当無茶を言っているのだ。

すでに天井はおろか、床も所々崩れてきている。

影臣の鉄壁魔法ではどうにもならない。


とりあえず今はうまいこと鉄壁を出したり消したりして瓦礫から全員の安全確保を努めているが、床まで崩れたら本当にどうにもならない。

ここは最上階なのだから。

いっそ鉄壁でこの場の全員を覆う手もあるが、そんなことをすれば瓦礫に埋れて窒息死してしまう。


「あははは!影臣は相変わらず弱気だなぁ。」


葉ノ香はそう言って笑う。

こんな状況でも葉ノ香は当然のように影臣なら大丈夫だと笑うのだ。


影臣は鉄壁魔法を駆使しながら、考える。


影臣は所詮陰キャと言われる部類の人間だった。

別に人間嫌いなわけではない。

だが、人に話しかけられた時に咄嗟に言葉が出ないし、会話での気の利いた言葉も全くわからない。

その上、魔法も特殊魔法で、本人の性格を表すかのような鉄壁魔法なのだ。

まさに人と人を隔てる壁は心の壁でもあった。

もちろん他人とのコミュニケーションはうまくはずがない。


だが、学園に入学して葉ノ香に出会った、G組のみんなに出会った。


G組の面々は変わり者ばかりだった。

中でも葉ノ香は別格だった。

誰よりも自由で、人目なんて一切気にせず、自分の生きたいように生きてた。

影臣は生まれて初めて心の底から人をかっこいいと思った。


でも、生きている世界が違う気がした。

だって、G組のみんなは葉ノ香に影響されてか全員変わり者であることを恥じるどころか誇っているような態度で堂々と振る舞っている。

自分は葉ノ香ともG組のメンバーとも生きている世界が違うと本気で思った。

だけど、それでもよかったのだ。そんなみんなを見ているだけで胸が温かくなるような、胸躍るような気分を味わえたから。


しかし、G組は、葉ノ香は当たり前のように影臣に接してきた。

当たり前のように影臣をG組の一員だと思ってくれた。

当たり前のように影臣の力を信じてくれている。


コミュ障でも弱気でもそれがなんだと笑い飛ばす。

影臣自身を見てくれる。

影臣はいつだってうまく言葉が出ないのに、そんなの気にせずに接してくれる。


「ああ、俺は学園に来てG組に入れて本当に良かった」と心から思う。


そして、そんなG組のトップであり、リーダーである葉ノ香。

たぶん葉ノ香自身に自覚は全くないのだろうが、G組全員が葉ノ香に救われているのだ。

誰よりも自由で、誰よりも強くて、誰よりも俺たちを見てくれる、俺たちのかっこよくて可愛い葉ノ香。


君を守るためなら、どんな無茶苦茶な状況でも俺は戦おう。

君が、みんなが、俺を信じてくれているのだから。



ひとまず、影臣の鉄壁魔法で少しの間は保つだろう。


「葉ノ香、おまえの服魔法寄越せ。」


龍牙は影臣の鉄壁の守りの中で葉ノ香にそう告げた。

龍牙の唐突なその言葉に圭と影臣は思わず目を見開いた。

予知夢魔法で事前に知っていた晃彦は当然驚かないのだが、葉ノ香もまた驚いた様子もなく、笑顔で頷いた。


「うん、いいよ〜。」


そのあまりにあっさりした対応に龍牙の方が呆れるくらいだ。

もう少し疑うことをしろよと言いたくなるが、どうせ無駄だとわかっているから、龍牙はさっさと話を続ける。


「はぁ……じゃあ、もらうぞ。」


龍牙はそう言うと、すぐさま葉ノ香にキスした。

そう、キスした。

もちろん口にだ。


「「!?」」


龍牙の唐突な行動に圭と影臣は目を見開いた。

影臣は驚きすぎで鉄壁魔法の制御が崩れそうになったが、そこは流石G組のメンバーだけあってすぐ持ち直した。

晃彦はこうなるのを知っていたが、若干呆れ気味で2人を見ている。


龍牙が顔を離すと、葉ノ香は若干キョトンとしつつも、その顔に驚きや照れはない。

むしろ、そんな葉ノ香の反応に龍牙が複雑な心境で眉間に皺を寄せる。


「まぁ、いい。これで服魔法の俺への譲渡は完了した。」


龍牙はひとまず脱出を優先した。

圭は珍しく反応が遅れた様子で小さく呟く。


「……まさか、譲渡魔法の条件が口付けとはな。」


そんなことを言っているうちにも建物の崩壊もひどいことになっている。

もう天井はほぼ崩れ切って大穴が空いているし、床も崩壊して今5人が立っているのは影臣の鉄壁魔法の上なのだ。


「ちょ…!とりあえずそんなことより脱出…!!」


影臣は焦ったように言う。


実際持っているのが奇跡というか、相当な技術である。

影臣は晃彦の指示で全員を守りつつ、圭の解析を元に鉄壁魔法で足場や柱を補強し、最上階のフロアどころか建物全体の崩壊を後一歩のところで留まらせている。

それは相当に技術のいることな上に、かなり神経をすり減らしている。


「龍牙、制服だけど、どうやって私の魔法使うの?」


そう、龍牙が今着ているのは普通に学園の制服だ。


「いいから、行くぞ。」


龍牙は葉ノ香を抱える。

もちろんお姫様抱っこだ。

そして、すぐさま首から龍のペンダントを取り出した。


「なるほど。確か装飾品でも魔法が使えたな。」


圭は感心したように龍を見上げる。


「いいから、全員さっさと飛び乗れ。」


龍牙の一言で全員龍牙が服魔法で出した黒い龍に飛び乗った。

そうして、龍牙の服魔法で出した空駆ける黒龍で5人は崩壊する建物から脱出した。


G組の他の面々は当然のように敵を全員拘束して外で葉ノ香たちを待っていた。

彼らは空高く舞う黒龍を見て微笑む。

あんなの服魔法に決まっているのだ。

そして、あんな脱出の仕方をするのは葉ノ香たちに決まっている。

まぁ、でも、全員最初から心配なんてしていない。


こうして、葉ノ香の服魔法奪還作戦兼殲滅作戦は無事に終了した。


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