特殊魔法のG組と最優秀のA組
G組での葉ノ香の毎日コロコロ変わる服装はもはや風物詩のようなものになりつつあった。
葉ノ香の服装は一体どこからそんなバリエーションの服が出てくるのだと言いたくなるほど、毎日コロコロ変わる。
もちろん、同じ服は二度と着ないというわけではなさそうだが、それにしてもバリエーションも量も尋常ではない。
そんなある日。
キーンコーンカーンコーン
「ギリギリセーフ!」
チャイムと同時にいきなり教室に現れた葉ノ香にG組の面々はギョッとした。
何もそれは教室のど真ん中にいきなり現れたからだけではない。
「っこんの大バカがぁ!!!」
龍牙はすぐさま葉ノ香を怒鳴りつける。
いつも以上の怒鳴り声に全く心当たりのない葉ノ香は僅かに驚いた顔をした。
「なんつー格好してんだ!バカ!」
そうなのだ。
龍牙が怒鳴るのもムリもない。
今日の葉ノ香の格好はへそ出しミニスカのSFチックなかなり露出度の高い服装であった。
「え、だって、空間魔法使うのにはこの格好が一番……」
龍牙はすぐさま葉ノ香に自分のブレザーのジャケットを着せる。
「今日1日それ着とけ!」
「…………これじゃ魔法使えない。」
葉ノ香はぽかんとした様子でそう呟いたが、龍牙はお構いなしだ。
周りはそんな2人のやり取りを見て笑っていた。
「あははは!龍牙くん過保護ー!」
「おま、葉ノ香ちゃんの保護者かよ……!まじウケる……!」
そんなこんなで、もうG組全員が葉ノ香という異彩を放つ存在に完全に慣れていた。
そんなある日。
この魔法学園でも全校集会というものはあった。
「うわぁ、あいつ今日もとんでもない格好してるぜ。」
「やめてほしいよね、私たちまで変人に思われるじゃん。」
「服魔法かなんか知らないけど、ただコスプレしたいだけじゃないの?」
葉ノ香を見てそんなことを言うのは1年A組の面々だった。
だが、葉ノ香はどこ吹く風と気にも留めていない。
今日の服装は雪の結晶が施されたロリータチックなワンピースだ。
「ねぇ、それはうちの葉ノ香ちゃんに言ってるんじゃないよね?」
英理は真顔でそう問いかける。
その声が氷のように冷たいことも、その瞳が深淵のように暗いこともA組の連中は気がつかない。
そして、G組全体から漂う異常なほどドス黒いオーラにも。
「はっ!他に誰がいると思う!」
「何―?成績底辺のG組は頭まで悪いのー?」
相変わらず話題の中心の葉ノ香はA組なんて眼中にない。
だが、普段のG組からは想像できないほどの怒気にほんの少しだけ目を見開く。
「へぇ、じゃあ、最優秀のA組様は底辺のG組なんて足元にも及ばないんだよねぇー?」
晃彦も普段からは想像できないほど挑発的な物言いをしている。
「あははは!!何当たり前なこと言ってんの?ついに頭おかしくなったわけ?」
「つーか、おまえ予知夢魔法なんて魔法なんだろ?寝ないと予知できねーとか!」
「何それ使えないじゃん!」
「あははは!俺だって予知夢くらい見れるぜ!」
A組のバカにするような笑い声が響き渡る。
「……ならば、全面戦争…いや、G組とA組の模擬戦を行うこととしよう。最優秀たるA組がまさか底辺のG組の申し出を断ったりはしないだろう。」
圭の静かな声が響き渡った。
G組の面々は全員が無表情のままただただA組に凍てつくような冷たい視線を送るだけである。
「いいぜ!身の程ってもんを教えてやるよ!」
「あははは!そんなん瞬殺しちゃうじゃん!」
A組は全員ひたすらG組を見下すように笑うだけであった。
G組の全員が教室に戻った。
道中はひたすら無言で誰1人として口を開こうとはしなかった。
「……よく耐えたな。」
教室に着くや否や圭は龍牙に視線を向けてそう言った。
龍牙はものすごい形相をしていた。
「龍牙くんは見た目からして不良だからねー。龍牙くんがキレてたら、こうもうまくいかなかったよ。さっすが、ナイス判断。」
英理も笑って龍牙を褒めるが、その目は未だに笑っていない。
そう、A組の言動に真っ先に反応し、最も怒っていたのは龍牙だった。
その抑えきれない怒気は辺り一面を破壊し尽くしそうなほど燃え上がっていた。
しかし、龍牙は一言たりとも言葉を発しなかった。
見た目からして素行の悪そうな龍牙があの場で何を言おうと無駄ということがわかっていたからだ。
そして、龍牙にはG組の他のやつらもまたA組にブチギレていることもわかっていた。
だから、怒りも言葉も飲み込んで、黙って成り行きを見ていた。
「……わかってんな、てめーら。」
その声は血を這うように低く、今にも辺り一帯を焼き尽くしそうなほどの怒りを含んでいた。
龍牙はただ一言そう言っただけだ。
それに対して龍牙と葉ノ香以外のG組全員が据わった目で頷く。
もはやこの場に言葉は必要ない。全員やるべきことはわかっている。
「……ねぇ。」
そこに1人だけ怒りの欠片も抱いていない存在がいた。
言わずもがな葉ノ香だ。
「みんな怒ってるの?」
葉ノ香は小さく首を傾げてそう尋ねる。
いつもなら、そんな葉ノ香に真っ先に怒鳴りつける龍牙だが、今日はそうしない。
「何で怒ってんのかわからねーとは言わせねぇぞ。」
葉ノ香を横目で見ながら、龍牙はそう言った。
その顔は子供が見たら即座に泣き出し、大人でも後ずさるレベルだ。
他のG組の面々も表情はそれぞれ違うが、全員確かに並々ならぬ怒りがあることが読み取れた。
「そっか。」
葉ノ香は小さな声でそう言うと、ほんの少し笑った。
一方、その頃A組では。
「そうですか。G組との全面戦争ですか。」
A組の担任である西野紗香はA組の生徒たちからことのあらましを聞いた。
「先生〜、全面戦争なんて意地の悪い言い方しちゃ可哀想だよー。G組となんてイジメみたいになっちゃうじゃんー。」
「あははは!あいつら非戦闘員なんているんだぜ!攻撃魔法も使えねーとか!」
「一番クズなのは予知夢魔法とかいうやつだよな!予知夢って…!あー、ダメだ笑う!」
A組は楽しそうにワイワイと明日の模擬戦でどうG組を弄ぶか話している。
そんなざわめきの中、担任である紗香の呟きは誰の耳にも届くことはなかった。
「あーあ、やっちゃったなぁ。」
そして、翌日。
A組とG組の全面戦争の舞台は学園所有の巨大なドーム状の運動場だ。
その広さはこの世界で最も広いドームだと言われており、観覧席は脅威の10万人を収容できる世界最多の席数を持っている。
そして、そんなドームの中心にはG組とA組の面々が勢揃いしており、観覧席には学園の生徒たちが座っている。
「あーあ、昨日の今日だっていうのに、随分観客が集まっちゃいましたねー。G組の皆さん、恥をかく前にやめた方がいいかもしれないですねー。」
A組は今日も余裕な態度だ。
「ていうかー、1年生はともかく上級生は皆さん呆れてますよー。結果なんて見え透いてるんですから、ムリもないですけどねー。」
A組はクスクスと笑う。
事実、観覧席の1年生の他のクラスは楽しそうにしているが、上級生はだいたい呆れた顔をしているか渋い顔をしている。
しかし、G組の面々はA組の挑発も観客の様子もどうでもいいようで、葉ノ香の今日の服装を見ていた。
葉ノ香の今日の服装は、和風のワンピースだ。
全身にとても凝った和柄の模様が施されており、それは洗練された美しさと可愛らしさを兼ね備えていた。
そして、その繊細な刺繍によって施されている模様の中心は……
「あははは!そうくるんだ!」
英里は葉ノ香を見て楽しそうに笑う。
クラス中がどこか嬉しそうな楽しそうな雰囲気に包まれていた。
葉ノ香は飛びっきりの笑顔で答える。
「みんなが怒ってくれてるんだから、私もちゃんと応えないとね!」
その意味がわからないバカはG組にはいない。
皆昨日の怒りを忘れたわけではないが、だが、葉ノ香の服と一言に楽しそうに笑う。
昨日あれほど怒り狂っていた龍牙でさえ一瞬呆れた顔をした。
そして、開始の合図が流れる。
A組の面々は余裕の表情で魔法を放つ準備をしようとした。
しかし、そこに凛とした声が響き渡る。
「炎龍魔法!水龍魔法!」
葉ノ香のそのかけ声で巨大なドームを覆い尽くしそうなほど巨大な炎の龍と水の龍が現れた。
その荘厳な頭部と何十メートルもあるだろう巨体に誰もが上空を見上げて固まる。
ただG組だけが楽しそうに葉ノ香の双龍を見上げていた。
そう、葉ノ香の今日の和風ワンピースのメインの柄は炎と水の龍である。
「んじゃ、盛大に暴れるとしますか!」
葉ノ香は楽しそうに水龍の方に乗る。
「落ちんなよ。」
「はーい。」
龍牙が葉ノ香に視線を向けることなく、そう言った。
葉ノ香はそのまま水龍と炎龍と共に上空に上がっていく。
ここでようやくA組の面々は正気に戻った。
「は、はぁぁぁぁぁぁ!!?!?!?あんなのアリかよ!?!?」
「嘘でしょ!!!」
「ムリムリムリムリ!!死ぬ!!!」
「あんなのどうしろと!?」
もはやパニック状態だ。
先ほどまでの余裕な態度は見る影もない。
「さーて、俺たちも行くか。」
G組はそれぞれが既に臨戦態勢を取っている。
龍牙に至っては既に炎がその周りを埋めつくしている。
無言で怒りを燃やしている龍牙の代わりに、晃彦が口を開く。
「うちのトップをバカにしたこと死ぬほど後悔しろ。」
晃彦は普段からは想像できないほど冷えきった瞳でそう吐き捨てた。
「はぁ!?トップ!?」
それに驚いたのはもちろんA組の面々である。
そんなA組に英里は呆れ返った顔をする。
「あったり前じゃん、葉ノ香ちゃんの服魔法は毎回魔法が変わる。つまり、どんな魔法でも使いこなして絶対に負けない葉ノ香ちゃんが最強に決まってんじゃん。」
そう、G組のトップは名実ともに葉ノ香だと言葉にせずとも誰もが理解している。
だが、葉ノ香がクラスの中心なのは、トップなのは、クラスの全員が彼女を特別視するのはその魔法や力ゆえだけではない。
確かに葉ノ香は強い。
しかし、葉ノ香はどこまでも自由なのだ。
誰にも何にも縛られない。ただ自分の思うがままに生きている。
それでも、いや、それなのに、葉ノ香は当然のように誰にでも手を差し伸べる。守ろうとする。救おうとする。
しかし、葉ノ香に正義感なんてものはない。もちろん義務感なんてものもない。
そう、つまり、誰よりも自由な葉ノ香は己の意思だけでそうしているのだ。
そこにあるのが優しさなのか何なのかそれ自体は些末な問題なのだ。
そんな葉ノ香だからこそ、変わり者だらけのG組の心を掴んだのだ。
G組の全員が多かれ少なかれ、その魔法故に、その特異さ故に、その奔放さ故に、変わり者とされ、世間から奇異な目で見られていた。
そんな彼らにとって、誰よりも強く、誰よりも自由で、いつだって楽しそうに自分のやりたいことをやっている葉ノ香はとても眩しく、特別な存在なのだ。
「私たちの大切な葉ノ香ちゃんをバカにしてただで済むとは思わないで。」
G組の誰もが思っていることだ。
G組は本気で怒っているのだ。A組はよりによってG組で一番特別視されている人間を貶したのだ。
戦況はわかりやすくG組優勢だ。
だが、意外なことに、葉ノ香は空中で二頭の龍と暴れまくっているが、実は派手なだけであまり戦力にはなっていない。
まぁ、当然のことなのだが、あんなのに本気で攻撃されたら、死人が出るからだ。
だが、牽制としては十分すぎるほどだ。
「何なんだよ……!!」
A組はもはや作戦も陣形も何もない。
「ああ、そういえば、」
G組の雷を纏った男子生徒がA組の生徒を攻撃しながら、ふと思い出したように呟いた。
ちなみに、彼の魔法は五大元素魔法の雷ではなく、雷獣魔法だ。
「予知夢魔法は使えないんだっけ?」
ニヤリと笑いながら、彼はそう言う。
「橋本、そのまま右斜め後ろから水魔法がが来るよ。そんで、左に避けると次は土魔法が来るから、上に飛んで!」
晃彦は正確すぎるほどの指示を周りに飛ばしながら、見事にA組の全ての攻撃を避け切っている。
雷獣魔法の使い手である橋本太一は晃彦の指示通りに上に飛ぶ。
流石雷獣魔法の使い手なだけあってその身のこなしは凄まじいほど見事なものだ。
少し離れたところで鎖魔法で戦っているG組の女子生徒はA組の何人かを鎖で宙吊りにしながら、口を開く。
「本当A組って実はかなりバカでしょ?非戦闘員だから、すごくない?逆に決まってるでしょ。非戦闘員なのに、学園に入れるほどの実力の持ち主なのよ。」
そう、実際、戦い自体はG組の戦闘員たちが大暴れして目立っているが、それを支えているのはG組の非戦闘員の面々だ。
晃彦の予知夢魔法、圭の解析魔法、英理の情報魔法などが中心に戦況が動いている。
「前田さん、3歩後ろに後退しろ。」
鎖魔法の前田朔乃は圭の指示通りに3歩下がると、真正面から飛んできた炎魔法が目の前で消える。
「その生徒の魔法の威力ではそこまでは届かない。」
圭は戦場全体を把握しながら、淡々と周りに的確な指示を出していく。
彼はほんの少しの情報で戦況も相手の魔法も解析してしまう。
それは戦場においても、日常生活や商売、政治、研究などあらゆる分野で活躍する魔法だ。
「はいはーい、先週B組の〇〇さんに振られた山田くーんの攻撃が来るよー。」
英理もまた別の場所で楽しそうに指示を飛ばしている。
「な、何でそんなこと知ってんだー!?」
英理の情報魔法はどんな情報でもかき集め、決して忘れない。
相手の弱みを握るのもお手の物だ。
戦場で役に立たないはずがない。
「あ、影臣くーん、そろそろ私を黙らせるために攻撃が来るよー。守りよろしくー。」
英理は予知や解析ができるわけではないが、その豊富すぎる情報量と出来の悪くない頭脳で行う予測はそれなりに正確なのだ。
そんな英理の指示で黙々と鋼鉄の壁を地面から出したり消したりしているのは鉄壁魔法の使い手である大垣影臣である。
戦闘力でもG組の面々はずば抜けている。
変わった魔法が多い分戦闘のバリエーションも多いし、何より全員が自分の魔法を見事に使いこなしている。
また、非戦闘員の面々によって戦術的有利も完全にその手中に収められている。
そして、この戦場において最も巨大な戦力は……
「あははは!暑いんだけど!私溶けそう!」
英理は笑っているが、実際ドーム内の熱気は相当なものだ。
もちろんその熱気は葉ノ香の炎龍のものだけではない。
「次はどいつだ。」
龍牙は容赦なくその凄まじい炎魔法であたりを燃やし続け、A組の連中をその炎で戦闘不能に追い込んでいる。
「な、なんで…!ただの炎魔法なのに…!」
「あはは!また同じ似たようなセリフになるけど、ただの炎魔法で学園に入れるほどの実力の持ち主なんだよー!島崎龍牙ってやつはな!」
本来は譲渡魔法という魔法ではあるが、龍牙は炎魔法しか使えないと自分で言い切っている。
それでもその圧倒的力と戦闘センス、そして判断力でG組でもトップクラスの戦闘力を誇っている。
G組とA組の全面戦争は開始からそれほど時間が経っていないのにもかかわらずもうほとんど決着がついていた。
いや、むしろ、G組がその決着を引き伸ばしていた節さえある。
何せG組はバカにされたことを怒っているのだ。一瞬で蹴りをつけるなんてことはしない。
「あーあ、今年の1年A組はバカね。G組に喧嘩売って勝てるわけないのにね。」
観戦席の上級生たちはこうなることがわかり切っていた。
彼らはG組と全面戦争なんてやらかすA組に呆れつつ、今年のG組の魔法や戦闘を見に来ていた。
そう、この学園では常識なのだ。表面上の成績が最優秀のA組なんかより特殊魔法の使い手のみで構成されたG組の方が総合力では勝ることは。
「それにしても、今年は特にすごいねー。」
「ああ、あの水龍と炎龍に乗って会場を凱旋している服魔法の使い手はもちろん、雷獣魔法、鎖魔法、他の魔法も戦闘力がかなり高いし、応用も効いている。」
「しかも、非戦闘員も今年はやばいねー。聞くところによると、予知夢魔法、情報魔法、解析魔法…他にもいろいろあるみたい。」
「いや、というか、1人炎魔法で黙々と敵を殲滅してないか?何あれコワ……恐怖の大魔王かよ。」
「あー、譲渡魔法らしいよー。」
「は?じゃあ、炎魔法以外も使えるのかよ。本当今年のG組はやばいな。」
そんなこんなで、G組とA組の全面戦争はG組の圧勝で幕を閉じる。
「あー!ちょっとはスッキリしたー!」
G組の女子生徒が教室に着くなりそう叫んだ。
G組は皆教室に戻っていた。
「葉ノ香も大暴れしてたよねー。」
「うん、楽しかった。」
葉ノ香は楽しそうにニコニコしている。
基本的に水龍に乗って炎龍と共に戦場で勝手気ままに徘徊してA組を怖がらせていただけであるが、本人は思いっきり魔法で暴れられて楽しかったようだ。
「つーか、島崎が一番やべーだろ。エゲツないことになってたし!」
晃彦は楽しそうそう言って笑った。
「というかさー、龍牙くんだいぶキレてたけどー、葉ノ香ちゃんに絆されてきたんじゃなーい?」
ニヤニヤとそう龍牙に言っているのはクラスの中でも割とお姉さんタイプの山下美和だ。使う魔法は幻術魔法。
戦闘では幻術で相手を翻弄しながら戦う。
そんな美和に龍牙は動揺することもなく、素っ気なく返す。
「おまえら人のこと言えんのかよ。」
龍牙のその言葉にクラス中がほんのり笑みを浮かべる。
「まぁ、仕方ないよねー。葉ノ香ちゃんバカにされたらコテンパンにしないと気が済まないというかー。」
晃彦は笑ってそう言った。
「今回晃彦もめちゃくちゃ張り切ってたよなぁ。もうアレその場で予知してんじゃないかと思ったわ!」
そう、今回は珍しく全力で魔法を使っていた。
晃彦の予知夢魔法は基本的に見ようとしなければ見れない。
まぁ、魔法なのだから、当然と言えば当然なのだが。
つまり、今回は意図的に戦争の全てを予知したのだ。
「ちゃんと戦争の一部始終を予知夢魔法で予知してしっかり覚えてきたからね!俺ってばやればできる子なのだ!」
「なにをー!晃彦のくせにー!」
晃彦はクラスの男子生徒たちとじゃれあいながら、思う。
晃彦は基本的に戦闘力皆無だし、英理の情報魔法や圭の解析魔法のように、即座に使えて応用の効くものでもない。
本当に寝ないと使えないし、晃彦は基本的にあまり使わないのだ。
だって、未来の全てを見通す力は、多用すれば便利ではあるが、とてもつまらない魔法なのだ。
未来が全てわかっているなんてそれはとてもつまらないことなのだ。
だから、晃彦は学園に入学してからもほとんどその魔法を使ってこなかった。
それなのに、だ。
それなのに、先ほどの戦争でG組のみんなは晃彦の言葉を疑いもせず信じて行動していた。
誰も晃彦の力を疑っていなかった。
みんな信じ切っていた。
ああ、ほんと何なんだろうな、このクラスは。
晃彦はこの感情に名前などつけられなかった。
そして、葉ノ香への感情もまたそうであった。
葉ノ香はいつだって当然のように俺たちを守ろうとしていた。
そして、一度も俺に魔法を使ったかどうか聞かなかった。
いや、それ自体は別にそこまで気にすることじゃない。
「何で予知しなかったんだよ。」なんてことは学園に入る前は散々言われてきた。
だが、G組のやつらはそんなこと言わなかった。
ふざけて「晃彦のくせに」とか「流石予知夢魔法使い!」とかそんなことを言って晃彦をイジることはあっても、本気で晃彦が予知夢魔法を使わないことを咎める人間は誰一人いなかった。
それどころか、全く使ったところを見たこともない晃彦の力を、晃彦自身を信頼してくれていた。
だが、晃彦はふと疑問に思ったのだ。
非戦闘員である晃彦はG組最強である葉ノ香とチームを組むことがそこそこ多い。
他の非戦闘員はそれぞれの魔法で一応いろいろとサポートしているようだし、何もしないのは晃彦だけだろう。
だから、そんな晃彦を“あの”葉ノ香はなんて思っているのだろうと。
なので、本人に聞いてみたことがある。「何で俺が予知したかどうか聞かないのか」と。
「?別にどっちでもいいもん。予知が何であれ私は私のやりたいようにするだけだし。それに、もし私が危なくなる未来を予知してたら聞かなくても教えてくれるでしょ?」
最初は不思議そうに、そして、後半はとびきりの笑顔で葉ノ香はそう言った。
俺は思わず言葉が出なくなった。
嬉しいとの、かっこいいのと、照れ臭いので。
かっこよすぎかよ。
未来は自分で切り開くってか。いや、そんなかっこつけたセリフよりよっぽどかっこいいわ。
しかも、何その俺に対する信頼。
何で一度も魔法使ったことない人間をそこまで信頼できるわけ?
何でそんな俺の魔法も俺自身も信じて疑ってないって堂々と示せるわけ?
あー、もうまじ……葉ノ香ちゃんは最高だわ。
きっと、G組の全員がさ、それぞれ葉ノ香ちゃんに影響されて、葉ノ香ちゃんが好きで、葉ノ香ちゃんに憧れというか尊敬というかそんな感情を抱いてる。
俺たちの葉ノ香ちゃんは誰よりも強いのに、誰よりも自由で、勝手気ままに生きてるのに、誰よりもかっこいい。そんで、可愛い。
俺のこれは決して恋愛感情にはなり得ないけど、俺にとって、G組にとって葉ノ香ちゃは確かに特別で、唯一無二な存在なのだ。
まぁ、約1名は恋愛感情になり得るけどね。
さーて、島崎くんはいつまで我らが葉ノ香ちゃんを軽くあしらい続けられるかねー。
その日、G組からはずっと楽しそうな雰囲気が漂っていた。
皆余韻に浸っているのだ。
勝利の余韻にではない。
初めてG組全員が一致団結して同じ目的のために何かをなした。全員が1人のために戦った。そして、その1人もまたその思いに応えてくれた。そんな余韻に浸る。
一方、A組の面々はというと……
A組の教室で全員誰一人言葉を発することなく席に座っていた。
戦略も魔法も知力も武力もA組は何一つG組に勝てない。
その事実をありありと見せつけられたのだ。
見下していた相手に手も足も出せずに完膚なきまでに敗北した。
その事実はそれぞれの胸にあらゆる感情をもたらした。
敗北感、自信喪失、驚き、後悔、惨めさ……様々な思いが蠢いているが、そこに怒りは存在しない。
怒りや悔しさを覚えられるほどの力の差ではなかったのだ。
そんな中A組の担任の西野紗香は……
「あーあ、本当にバカなことをしましたね。G組に適うはずないじゃないですか。」
傷口に塩を塗る勢いでハッキリとそう言い切った。
その一言で教室の雰囲気は更に沈む。
しかし、教壇に立つ紗香はお構いなしに続ける。
「普通に考えて特殊魔法の使い手のみを集められたG組が武力も知力も最優秀に決まってます。」
彼女は淡々と続ける。
「確かに個々人の戦闘力ならあなたたちが勝る点もなくもないでしょう。でも、総力戦でA組がG組に適うはずないでしょう。だいたい普段の成績だってG組はあなたたちが受けている試験なんかでその力を図ることができないから、その実力もほとんどが発揮できていないわけですし。それに、他のクラスとG組は違って実践訓練が中心で、経験値もあなたたちと比べようもありません。」
そうなのだ。
学園は五大元素魔法である炎、水、風、土、雷のそれぞれに適したカリキュラムと試験をきちんと用意している。
だが、G組は特殊魔法という性質上、学園の魔法試験ではその実力を測れない。
そのため、G組は実践訓練の成績で評価されている。
「例年卒業後に最も活躍するのはG組の生徒ですよ?まぁ、当然です。特殊魔法は貴重ですし、学園でその実力に更に磨きがかかっていますからね。」
戦闘力の高い生徒はもちろん非戦闘員である生徒たちの魔法もこの世界ではとても珍しいものばかりでその有用性は言わずもがなである。
そのため、学園のG組の生徒は世界中の国や組織から引っ張りだこなのだ。
「しかも、今年のG組は特に優秀なんですよ。それこそ歴代最高とまで言えるほど。」
その紗香の言葉で何人かの生徒が目を見開いた。
「何せ今年は特に厳選に厳選を重ねたみたいですし、しかも、なんと学園の上層部直々にスカウトした生徒も何人かいるとか。」
そう、今年のG組は特に優秀で、その実力は今なお伸び続けている。
「あー、あと、あなたたちがバカにしていた予知夢魔法の彼ですけどね。彼の魔法は貴重すぎる上にあまりにすごい力ですからね、それこそ世界のあらゆる国や組織がほしがるものでしてね。しかも、彼は自らの意思であらゆる予知が可能なようですしねー。」
G組最弱と言われがちな晃彦のそんな話を聞かされたA組の面々は全員驚いた顔をしていた。
「だから、そんじょそこらの組織や一般企業はもはや手が出せないんですよ。国もまたとある事情で彼への手出しは厳禁なんですよね。まぁ、政治も経済もどんなことでも予知できるなんてすごすぎて世界を揺るがす能力ですからね。」
晃彦の予知夢魔法はどんなことでも予知できる。
どんなに小さなことでも世界単位に大きなことでも。明日のことでも、何年後のことでも。
そんな晃彦の能力は世界中が喉から手が出るほどほしいものだろう。
だからこそ、学園は晃彦の保護のためにも学園への入学を勧めたのだ。
「しかも、あなたたちよりによってあの夢園葉ノ香ちゃんに喧嘩を売ったんでしょ?」
紗香は本当に呆れきった顔をしていた。
「本当にバカですねぇ。葉ノ香ちゃんはあのG組でもトップなんですよ?あらゆる魔法が使えて、どんな魔法でも柔軟に対応し、そのずば抜けた戦闘センスと判断力はプロでさえ感嘆するほど。そんなトップをバカにされてG組が黙ってるはずないでしょう。」
A組は完全にやらかしたのだ。
A組全体が後悔の念に沈んでいる。
そんな彼らを見ながら紗香は心の中で「まぁ、本当はもっと決定的なことをやらかしているんですけどね。」とそっと呟いた。