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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第五章:鳥籠の夢-Awaken, wonder child-
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第九十二話


 初めて聞く娘の決意、初めて見る娘の強い瞳に、ケイジェルはたじろぐ。

だがすぐに我に帰り、フリーダの手を掴もうと再び歩み寄った。


 「フリーダ……? どうしたんだ、急に…」

 「ボクはっ…ボクは、アニィさん達と一緒に行くんだ。行くって決めた!」


 突然の決別の宣言に、ケイジェルは困惑する。

しかしすぐに落ち着きを取り戻し、フリーダの手首を再び掴んだ。


 「こんな時に我儘をいうんじゃない! アニィ君達が困っているだろう!」

 「わがままじゃない! ボクはもう決めたって言ったじゃないか!!」

 「―――フリーダさん…!」


 抵抗するフリーダの意外に強い力に苦戦しつつ、ケイジェルはフリーダを説き伏せようとする。

アニィとパルが間に入り、2人を引き離して一時つかみ合いを止めさせた。

フリーダの腕力で下手に振り回せば、掴んだケイジェルの腕の方が千切れかねない。

距離を取った二人は、しかし視線を合わせることは無かった。

うつむきながら必死に声を絞り出すフリーダに対し、ケイジェルの視線にはどこか軽蔑が混ざっている。


 「大体、お前に何ができるんだ…一般魔術だって人並程度、転移の魔術は危険だ。

  アニィ君達を死なせてしまったら、それこそおしまいだ」

 「ボクにはこれ(・・)があるし、クラウだっている…アニィさん達の力になれる…!」


 フリーダは、ポケットからペンダントを取り出して父に見せた。

輝ける鋼(グローリーメタル)のペンダントトップの中央に、顕現石(ルミナスクォーツ)の球が埋まっている。

周囲にびっしりと彫り込まれているのは、魔法陣であった。

つまり魔法を用いた道具…これが、フリーダが言っていた道具(ツール)だと、アニィには直感的に判った。

それはケイジェルも同じだったらしい。だが彼は、それを見せられて尚、呆れた顔でフリーダを問い詰める。


 「それだって、安全に使えると実証できたわけではないだろう。

  ぶっつけ本番で使って、ちゃんと使えるという保障があるのか?」

 「っぐっ……」


 ケイジェルの詰問は、理屈としては全くの正論でもあった。

余りに強大な彼女の魔力では、魔法合成魔法を掛けられた相手の魔力が消滅してしまう…

アニィ達相手に成功するかどうかも判らない。

つまり、フリーダの魔法理論を実証する手段は、事実上存在しない。

それを知っているからこそ、ケイジェルはフリーダを止めようとしている。


 「…フリーダ、私達にできることはないんだ。彼女達に任せるしか無いんだよ」


 黙り込んだフリーダの手を掴み、ケイジェルは連れて行こうとする。

ここでフリーダを諦めさせるわけにはいかないと、アニィは止めようとしたが、フリーダの意思を確認できないために、手を放しかける。


 「いくぞ、フリーダ。ここが破壊されるのも、時間の問題…」 

 「うるさぁああああい!!」


 しかし自らを連れて行こうとした父を、フリーダは力いっぱい突き飛ばした。

床に倒れ込んだケイジェルが再び立ち上がるのに対し、フリーダはついに泣きだし、その場に座り込んだ。

どれだけの間、彼女は父への怒りと屈辱をこらえていたのか…とめどなく溢れる涙が、拭う自らの手を濡らした。


 「もうやだ、やだよ! ―――もう、父さんと一緒にいるのはいやだ!

  父さんなんかと、一緒にいたら、ボクは、やりたいことをっ、一生できないっ…!」


 対するケイジェルは、フリーダが何故泣いているのか、どうやら本当に理解していないらしく、激しく困惑していた。


 「何を言ってるんだ…本当にどうしたんだ、フリーダ!?」

 「ボクはボクだけの魔法を使いたいんだ…それでいっぱい、素敵なことをしたい…

  それがボクの夢なんだ。だからずっと、研究を続けてる…」


 涙にぬれた怒りの瞳が、混乱する父を睨みつける…

だが相対する親子の感情は、こんな時にまで全くかみ合っていなかった。

全身全霊を籠めて怒りを叩き付けるフリーダに対し、普段から彼女を軽く見ているケイジェルは、戸惑っている。

そんな事などお構いなしとばかり、フリーダは叫び続けた。


 「今まではずっとできなかった。諦めてた…でも、アニィさん達となら、きっとできる!」

 「だがお前、実証はできないと今言ったじゃないか。

  それにアニィ君達は旅の途中なんだぞ。試しにやらせてもらって失敗したら」

 「ここで逃げて、父さんとまた暮らしたりなんかしたら、そんな機会さえ2度と来ない―――

  今しかないんだ! ボクにはもう、今しかないんだ!」


 それはフリーダの、まさに血を吐くような叫びであった。

夢をかなえる手段をことごとく奪われ、最早諦めようとしていた彼女が、最後に手にした機会。

縋りついたそれは、昨日出会ったばかりのアニィ達だった。

 息を荒げるフリーダの様相に、ケイジェルもさすがに何か思うところがあるのか、悲し気な顔をする。

彼は立ち上がり、フリーダに歩み寄った。


 「……わかった」

 「父さん…」


 フリーダは期待した。ケイジェルが自身の言葉を理解してくれるのではないかと。

アニィ達は、あくまでケイジェルがフリーダの意思を理解してくれればと思い、口を出さぬようにしていた。

そしてケイジェルの顔は、冗談で娘の努力も才覚も見下していた時と異なる、真剣な表情ではあった。

果たして、彼はフリーダの言葉に答えたのだが。


 「後でちゃんと話し合おう。父さんが悪いなら謝る。

  だからほら、後はアニィ君達に全部任せて。私達は逃げよう。な?」


 ケイジェルは、優しく(・・・)笑いながらそう言った。

ケイジェルの笑顔は、いつもと同じ。

フリーダを軽んじ、蔑ろにして、悪意無く心を踏みにじる、いつもの父の顔だった。

彼は、娘の全てを懸けた訴えすら、笑って聞き流したのだ。

―――フリーダの期待は砕かれた。事ここに至り、ついにフリーダは父に失望した。

失望はアニィ達にも伝わった。最早、娘と父の断絶は決定的になったのである。


 (フリーダさん… ―――ああ……もう、駄目だ…)


 アニィの目から、一筋の涙がこぼれた。

自分のような事態は避けて欲しいというアニィの祈りもまた、砕かれたのであった。

その頭をプリスが優しく撫でる。見上げると、プリスの瞳が無言で語った。

後はもう、フリーダを父から…そしてここから連れ出すしか無いと。


 アニィは涙をぬぐい、パルとヒナ、パッフとクロガネ、そしてクラウに目配せをした。

意思は全員同じだ。フリーダを父のそばにいさせては、絶対にいけない。

アニィ達にしてみれば、初めて訪れた施設の、同い年の係員くらいの関係でしかない。

だが彼女は、アニィ達…とりわけアニィのために、父に隠し続けていた魔法を施してくれた。

現状を変えようとする彼女の勇気が、アニィ達の心を動かした。


 外からは爆発音がいくつも聞こえた。既に邪星獣の大群が攻撃を始めている。

図書館に激突するだけではなく、恐らく地上へも向かっているだろう。

早く外に出て迎撃しなければ、街が壊滅してしまう。

だが、フリーダを放っておくことなど、アニィ達にはできなかった。

訥々と語るフリーダを、クラウが抱き寄せ、優しく撫でている。

視線で感謝を示すフリーダ。最早怒りを吐き出す気力さえ失せ、うつろに笑っていた。


 「……いつもそうだ。父さんは優しい顔で、いつもボクのやることなすことバカにする。

  そういう人だったね、父さんは。…母さんもか。二人そろってさ。

  今だって、今朝だって、ボクは真面目に話してるのに。

  父さんは子供のわがままとしか思ってくれない…!」


 すっかりフリーダを連れ出す気でいたケイジェルは、訝し気に娘を見下ろした。

娘が失望した瞬間を目にしてまで、彼はまだフリーダが自分の言葉を聞くと信じているのだ。

だが差し出した手は握られず、空を切る。彼は眉を顰め、ため息をついた。


 「フリーダ、父さんは聞き分けの無い子は嫌いだ。いい加減にしたらどうだ」

 「……ボクの心を最初に滅茶苦茶にしたのは、父さんです」


 そして、既にフリーダは父の言葉に耳を傾けてはいなかった。

彼女が語り聞かせているのは、むしろ周囲のアニィ達であった。


 「よく憶えてる。クラウに出会って、初めて転移の魔術を使った時。

  この世に2つと無いボクだけの魔術を見て、父さんは―――

 『そんなことをしてる暇があったら、普通の魔術を勉強しなさい』って、言った」


 これが彼女の、負の原点であった。

娘の魔術の特異性を支えられるはずの父親の、最初のアドバイス(・・・・・)

彼自身も優れた魔法の才覚を持っており、アニィには通じこそしなかったが、一般人の治療ならできる程だ。

そんな人間に、新たな魔術の発見を蔑ろにされ、当時のフリーダがどれだけ落胆したか。

尊敬していた筈の父への恨み言が、堰を切ったかの如くフリーダの口からあふれた。


 「倒れる程勉強して、指輪の補助で使えるようになったら『早く指輪なしで使えるといいな』

  血を吐くほど勉強して、道具無しに使えても『やればできるんじゃないか』

  魔法合成魔法の研究を始めたって言ったら『何でそんなものを研究するのやら』

  討伐演習チームの魔力を消したら『しかたない、お前が悪いんだ』」

 「フリーダ」

 「…そしてここに連れてきた、ボクが事情を話す前に。

  父さんは何一つ、ボクの意思も努力も才能も言い訳さえも、認めようとしなかった。

  厳しかったんじゃない。ただボクを見下して、ここに閉じ込めようとしただけだ」


 乾ききった声と虚ろな視線が、フリーダの心を示していた。


 「そうだったのか…お前にはずっと、そう聞えてしまっていたんだな…

  すまない、父さんが悪かった」


 ケイジェルはしゃがみこみ、フリーダの肩に手を置いて語り掛ける。

しかしフリーダ…そしてアニィ達にとって、最早心にもない、上っ面だけの空虚な言葉であった。


 「父さんはな、お前に普通に(・・・)暮らしていて欲しかったんだ。

  お前を愛しているからこそだよ、フリーダ…お前が傷ついてしまわないように」


 それが望まぬ願いであることは、フリーダが何の反応も示さない事で、ケイジェルにも判る筈だった。

だが彼は説得を続けようとする。届かぬ言葉での、あまりにむなしい説得。

子供にはごく常識的に、健やかに育ってほしいだけ…ささやかな幸せを願う、親としてごく普通の、自らの子への愛情が籠った願いだ。実際、彼の瞳には愛情が満ちている。

だからこそ、常識に当てはまらない魔術を行使するフリーダを、彼は無理やり矯正しようとしたのだが。


 「お前の魔術を笑う奴はたくさんいる。聞いてしまったら、お前は傷つくだろう。

  ならいっそ、諦めさせてしまった方がいいんだ」

 「………」

 「普通の魔術が使えればいいじゃないか、フリーダ。何が不満なんだ?

  それに転移の魔術の危険さは、母さんの話を聞いてよく憶えているだろう」

 「憶えてる。たくさんの人の目の前で、母さんはばらばらの肉片になったんだ。―――見ていたよ」


 その時、フリーダの口元に乾いた笑みが浮かんだのを、アニィ達は見た。

何か言おうとしていたケイジェルの口元が引きつった。


 「2人でボクの研究ノートを丸写ししたんだよね。しかも実験段階ですらなかった頃のを。

  学者の筈の母さんも、魔法の天才の筈の父さんも、そんな事すらわからずに」



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