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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第五章:鳥籠の夢-Awaken, wonder child-
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第八十九話


 窓辺のハンガーにかけた愛用のマントを纏い、そっとバルコニーに出た。

雲の上に浮いているため、遮るものなく星と月の明かりが照らし、夜目にも明るい。

雲も無い夜の空ということで、凍えるほどの寒さを心配していたが、意外にも気温は高めだった。

魔力の防壁が浮遊島全体を包み込み、気温も高めに維持しているらしい。

と、その背後からプリスが続いた。どうやら彼女も眠れなかったようだ。


 「プリス…」

 《眠れないんですね。色々気になってるんでしょ》


 こくりとうなずき、隣に寄り添うプリスにアニィはもたれかかる。


 「今日だけで、いろんなことがあった…」

 《ええ。おかげで頭の中が疲れたくせに活発になって、目が冴えちゃうんです》

 「プリスも?」

 《人間の話に興味が湧いてきましたからね》


 やや冗談めかした答え方で、プリスは優しく笑った。

プリスの全身は純白で、真夜中の月と星の明かりの中にあると、うっすら輝いて見えた。

夜空の下に淡く光るプリスの姿を、ただただ美しいと、アニィは思う。


 ―――プリスと2人きりで過ごす時間だけは、心の中が暖かく、静かになる。

アニィは気づいた。この時だけは、過去の苦しみも邪星皇の恐怖も忘れ、プリスだけを見ていられる。

シーベイでの月夜の飛行…否、プリスと初めて出会った瞬間からだ。


 生まれて初めての、胸の内を満たす幸福感。アニィはまだ、その正体を知らない。

プリスが愛という感情を知った今も。

この幸福感が続けば、きっと憎悪や怒りからも解放されるのに…

正体不明の感情に、アニィはもどかしさを感じる。


 ふとプリスが顔を上げ、バルコニーの反対側の端を見た。

つられてアニィも同じ方角を見る。小さな明かり、それに照らされる人影とドラゴンの姿があった。

バルコニー端のベンチに座る人物は、遠目にもすぐフリーダだと判った。隣にいるのはクラウだ。

フリーダは手元で何かをしている。魔力の流れをアニィは感知した。


 アニィとプリスはフリーダのそばに歩み寄る。

欄干に掛けたランタンの光の中、2人の視線に気づき、フリーダは手に持った物を隠した。

が、アニィはその直前にフリーダの手元をしっかり見ていた。

小石が右手の中から消え、左手の中に突如現れたのだ。


 「フリーダさん、起きてたんだ…」

 「…はい。マウハイランドの木の異常の、調査結果をまとめてて」

 「あ…それ、わたし達も見た。あれって何だったの?」


 科学者であるハイライズ親子に対し、魔法学園の延長から依頼があったようだ。


 「重力異常です。土地や樹木に異常は無くて…

  今は微弱ですが、上空に重力が発生しました」

 「上空…」

 「雲どころの高さじゃなく、星の中に生まれたようなんです。

  この図書館よりも高い空の上に、重力の発生源が」


 アニィは上空を見上げた。地点は『星を呼ぶ丘』の上空。

フリーダの解説によれば、つまり上の方に引っ張る力が生まれた、ということだ。

木々はそれに引かれ、少しずつ傾いていったという。

地上の生物が感じられるほど、強力なものでは無いらしい。


 「―――つまり、別の星が少しずつ近づいているようなんです。

  それで明日、父さんが公開するという資料を、まとめてました」

 「そっか…遅くまで大変だね」

 「……ええ、まあ」


 曖昧に笑うフリーダ。ここで、一旦重力異常の話は終わった。

そしてアニィは、先刻から気になっていたフリーダの手の中を見つめた。

指先より少し大きい程度の小石が握られている。


 「さっきのが、転移の魔術?」

 「…見ちゃいました?」


 苦笑するフリーダ。隣で見下ろすクラウの目は悲しげだった。


 「これがボクの、本来の(・・・)魔術です」

 「本来の?」

 「クラウと出会って、初めて使えるようになった魔術です。

  小さなときに魔法学園に入学してから、ずっと研究してる魔術……」


 そう言うとフリーダは黙り込む。罪悪感で曇る瞳が、自らの手元をじっと見ていた。

プリスが言っていた、転移した先に、他の物質があってはならないという条件。

アニィが見た所、フリーダが持つ小石には、特に何の異常も無い。


 ―――『あの時何があったか、ハイライズに聞いてきて欲しいのです』


 園長室で、ザヴェスト達は真摯にフリーダのことを案じていた。

明るく出迎えてくれたはずの彼女が、急にふさぎ込むのは、恐らく深い理由があるはずだ。

アニィは意を決し、フリーダに尋ねた。


 「…隣、座って良いかな」

 「……アニィさん?」


 意外そうな顔で見上げたフリーダに、アニィは穏やかに笑って答えた。


 「良かったらだけど…学園で何があったか、聞かせて。プリス、いいよね?」

 《いいですよ、別に》


 アニィとプリスを見比べ、フリーダはしばし逡巡する。

誰かに聞いて欲しいという欲求。聞いても誰も答えてはくれないという諦観。

フリーダの表情は、その二つの感情の間で苦し気にゆがむ。

小石を持つ手を握りしめると、彼女は無言で横にずれて、アニィが座る分のスペースを空けた。

礼を言い、アニィはベンチに座る。


 アニィは、フリーダの手の中の小石を見た。

危険が常に伴うというわりに、やはり何の異常も無いようには見える。

視線に気づいたフリーダが、小石を差し出した。


 「少しだけ強く、握ってみてください」


 受け取り、アニィは僅かに力を入れて石を握った。

途端、石は手の中で砕けた。

一握りの砂と化し、手の中から落ちる小さな粒を、アニィは呆然と眺めていた。

『ドラゴンラヴァー』の握力でも、ここまで破壊することは出来ない。

石に何かが起きたのだ。そう思ったところで、フリーダが説明を始めた。


 「これが、転移の魔術の危険性です。

  転移した先に別の物があると、出現時にどちらかの再構成ができなくなるんです。

  そして別の物質とかち合うのは、絶対に避けられないんです」


 だが、先ほどのフリーダの掌の中には、何も無かったはずだ。

アニィとプリスがそう考えたことに、フリーダはすぐ気づいたらしい。

この魔術の研究中、常に誰かに尋ねられたことなのであろう。


 「空気中には、大気を構成する物質、目に見えない粉塵、細菌、微生物、それらが常にあります。

  大気は極めて流動性が高くて、あらゆる物質を空間から除去しても、今言った物質がすぐに流れ込んできます」

 《じゃあ質量転移魔術ゲートは?》

 「特定空間だけ、全く物質の無い状態を維持する魔法を作りました。

  それ以外で転移に成功した例は無いです」


 パルの矢を協会支部間で移送しているゲートは、つまり奇跡的な成功の産物なのだ。

フリーダは余程苦労し、そしてそれ以外に使えぬことに相当幻滅したのだろう。

思い返すその顔は、どこか疲れていた。


 「…ボクは他の魔術が使えなかった。だから魔法学園に入学して、たくさん勉強しました。

  幸い、資料はたくさんあったから、魔力の扱い方から学べました。

  一般的な魔術だって、転移ゲートの作り方だって、魔力の流れの感知だって。

  倒れたり病気になったりはしたけど、魔術や魔法を使えるようになるのは、楽しかった…」

 「それで、『魔力整流』の魔法が出来たんだ…フリーダさんは、努力家なんだね」


 アニィの賞賛にも、フリーダは疲れた笑みを見せるだけだった。

そして答える代わりに尋ねる。


 「…ボクが邪星獣討伐演習でやったこと、聞きましたか?」


 ザヴェスト達、そしてパル達が聞いた話のことだ。

アニィはためらいつつ、うなずいた。


 「…うん。チームの人たちの魔力を消してしまった、っていうのはパルから。

  ザヴェストさん達が心配してたよ。何があったのか、聞いてきて欲しい…って」

 「そっか…ザヴェスト君達、元気でした?」

 「うん」


 そっか、とフリーダは小さくため息を吐く。学友たちが無事であったことに、少しは安堵したようだ。

そして息を吸い、フリーダはアニィの質問、そしてザヴェスト達の気がかりに答え始めた。


 「…あの時、ボクは転移の魔術を、魔力に対して使う研究をしていました」

 「魔力に…魔力を、自分から他の人に移す、っていうこと?

  あ…ザヴェストさん達が言ってた、『魔法合成魔法』って、それの事なんだ…?」

 「はい。物体に使えないなら、魔術に使おうと。そして、自分の魔法を他の人の魔術に合成しようと。

  それまでに学んだ一般的魔術、転移、魔力操作、魔力の構造。色々混ぜて、他の人の魔法を補助しようって。

  成功すれば、稲妻の速度で炎を発射する、なんてことが出来ます」


 着眼点からして常人には真似できない、まさに天才の発想だった。

そしてそれが成功しなかったことは、苦しげなフリーダの顔ですぐに分かった。

苦痛に満ちた過去と向き合うのは、とても辛いことだ…ヒナの言葉が、今はアニィ自身の身に染みる。

それでも、吐き出さなければ心は晴れないのだ。だからこそ、フリーダは向き合おうとしている。


 「当時、ザヴェスト君達と園長先生はボクの研究を理解してくれた。おかげで理論は完成直前でした。

  演習のチーム加入を要請されたのは、まさにその時でした…」

 「…そのチームで『魔法合成魔法』を使ったの?」

 「いえ。使えないって説明したんです。何回も、ちゃんと研究資料も見せて。

  ボクの魔力は巨大すぎるから、彼らになんの道具(ツール)も無しに使えば、魔力が消滅すると」


 何度も、何度も…と、フリーダはつぶやく。

フリーダの言葉を理解したのなら、魔力の消滅などは起こらないはずだと、アニィにも判った。

チームメンバーとやらは、フリーダの警告を無視したのだ。

そしておそらく、無視しただけでは済まなかった…アニィとプリスの推測は当たっていた。


 「警告を無視しただけじゃない。あいつらは、ボク達の研究をバカにした…!

  天才サマの底抜け頭で考えた、絵空事だって…ボクの、ボク達の努力をバカにした…!」



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