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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第五章:鳥籠の夢-Awaken, wonder child-
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第八十七話


 平気なわけが無い、とアニィには判っていた。

心を持つ一人の少女が、冗談交じりの悪罵を聞かされて、苦しまないわけが無い。

ケイジェルは、フリーダの努力も才能も、一切認めようとしていない。

それがこの親子の間にあるいびつさの根源だと、アニィは気づく。


 これはアニィの推測だが、フリーダは『転移』の魔術のことで、深く傷ついているのではないか。

そして父の悪罵に対し、言い返すことのできなくなる何かが起こったのではないか。

顔を見合わせると、どうやらプリスも同じ考えだったらしく、うなずいた。


 「…泣きそうな顔だった、フリーダさん」

 《ええ…クラウ。彼女、何があったんです?》

 「ばうぅぅ…」


 だが、プリスが尋ねても、クラウは悲し気に首を振るだけだった。

どうやらフリーダからは何も聞かされていないようだ。


 《…そうですか…仕方ないですね。本人も話したがらないようですし、むやみに訊くわけにもいきませんし》

 「うん……」


 何とかできないかと、アニィは考える。

だが、余計な世話を焼けば、却ってフリーダの心の傷を抉ってしまうかもしれない。

辛さが判るだけに、その危惧がアニィをためらわせる。




 ほどなくして、パル達が戻ってきた。主にクロガネが荷物類を背負っている他、パッフは買い物を担いでいた。

アニィはパル達を出迎える。街のの話でも聞けるだろうかと、少しばかり期待した。

が、パルもヒナも、そしてパッフもクロガネも、何故か渋い顔をしていた。

特に何かを盗まれたり、暴力沙汰に遭った様子はない。


 「…パル、何かあったの?」

 「うん…」

 「クルゥ…」


 パルとパッフはちらちらとフリーダの方を見る。2人の表情には、僅かながら怒りの気配があった。

フリーダはそんなことを露知らず、湯気の出るポットを前に悄然と佇んでいた。

クラウに声をかけられ、フリーダはやっと我に帰り、鮮やかな朱色の茶を淹れ始める。

シーベイやアグリミノルで飲んだワイルドローズベリーティーとも違う、濃い果実の香りがする茶だった。


 「後で話す。荷物置いてくるね」

 「……アニィ殿、そちらも何かあったな?」


 パルに続いて客室に戻る前に、ヒナが立ち止まってアニィの方を向いた。

フリーダを心配するアニィの気配を、ヒナは感じ取ったらしい。


 「…うん、ちょっと。こっちも後で話す。まず、プリスの話を聞こう」

 「うむ」

 「ゴゥ…」

 《色々気になって話しづらいですねえ…やれやれ。どうもあの子を囲む環境、良くないようで》


 アニィはソファに座り直す。そこにフリーダが湯気を上げる陶器のカップを4つ、トレイに乗せてやってきた。

ソファの前のテーブルに置くと、先刻も嗅いだ果実の香りが室内に満ちる。


 「フリーダさん、このお茶は?」

 「カーミラフルーツティーです。大陸南西の島国で採れる、果物のお茶です」


 初めて聞く名前の果物だった。濃く、甘い香りがする。

フリーダの説明によれば、果汁と花びらから抽出されたエキスを水に混ぜ、10フブリスほど強火で煮立てた茶だという。

アニィは一口飲み、その豊潤な味わいに、おいしい、と一言つぶやいた。


 「学園の食堂で1回だけ出て、気に入ったので作ってみたんです」

 「え、1回飲んだだけで作り方を憶えたの!? すごい…」

 《もしかして料理もできます? あなた》


 興味深そうに問うプリス。だが、フリーダは苦笑いで答えるだけだった。


 「いえ、料理は下手で…これだけ、まぐれで上手く淹れられた程度です」

 「でもすごいよ、一発で味や材料が判ったんでしょう?」

 「いやぁ…別に…」


 アニィが褒めても、フリーダは先ほどのようなテンションには戻らなかった。

先刻の父の言葉が、やはり彼女にとって根深い心の傷を抉ったようだ。

恐らく、今は何を言っても、フリーダの機嫌をとりもどせはしないだろう。

アニィはもどかしい思いを抱く。


 少し経ってから、パル達が荷物を置いて戻ってきた。

パルとヒナがソファに座り、その背後にパッフとクロガネが控える。

全員が揃ったところで、プリスが先刻図書館から借りてきた本をめくろうとする。

ドラゴンの手には余りに小さく、苦労しつつめくるが、今度は眉間にしわを寄せてページに顔を近づける。


 《……ドラゴン用の眼鏡ありませんか? 字が小さくてさっぱり読めません》

 「ありますよ。どうぞ」

 「あるんだ!?」

 「クラウ殿も使われるだろうからな…」


 驚愕するパルをよそに、フリーダからドラゴン用の眼鏡を受け取り、プリスは爪の先端でページをめくった。


 《前回…まあフリーダは初めてですが、ドラゴンは星が生み出した超生物と言いましたね。

  正確にはちょいと違うと言ったのも。アニィ、憶えてます?》

 「うん…」

 《その、正確にちょいと違う部分。恐らくこの本に…あった。

  ……ぬぅ…字が小さくて読めません。アニィ、読んでください》


 プリスはページを開いたままの本をアニィに手渡した。ドラゴン用メガネを使っても読めないようだ。

描かれている図を見て、アニィは目を丸くする。

何事かとパル達も覗き込もうとしたところで、アニィは本をテーブルの上に置いた。

ヒナのような盲目の者に読ませることも考慮してか、字や挿絵が立体的になる特殊なインクで描かれていた。

ヒナもページに触れ、何が書かれているか読み解こうとする。


 そこに描かれていたのは、巨大な球体の中で、体を丸めて眠るドラゴン。

その周囲を回る月や星。そして球体の周りを飛ぶ、小さな飛行生物。

図の上に何行かの説明文があり、そのタイトルは。


 《『創星の竜』です》

 「創星の、竜…原初のドラゴン。星を生み、命を育み、その守りのため―――」


 アニィが説明文を読みつつ、目を丸くした。


 「…守りのため、ドラゴンを生み出し、人類とドラゴンの双方に魔力を授けた…?」

 《()()りし竜。星が生む超生物の、実質的な根源となる存在です。

  つまり、正確には『星が生み出す』というより、『ドラゴンが生まれる星を作った』といったところです》


 そこでフリーダが、先刻の自身の説明に思い至った。


 「じゃ、ボクらの持っている魔力が、人体構造に一切関係ないのも…」

 《そうです。自然発生した人類に、この『創星の竜』が魔力を授けている…

  あるいは、この星にそうするような魔法か何かを施したんでしょう。

  ただ、人間が許容できる魔力の量は、平均的には大きくなかった。

  ごくまれに、あなた達のように大容量の人間がいるだけです》


 プリスの説明に、全員が…先ほどまで落ち込んでいたフリーダも、大きくため息をついてうなずいた。

この星はドラゴンが生み出した。真偽のほどは不明だが、それでもアニィ達は、充分にあり得ることと思った。


 肉体的な性別の無い、つまり動物のような繁殖を行わない超生物が生まれる理由。

肉体の構造に無関係な非実体型エネルギーを、人類が先天的に体内に持っている理由。

よく考えれば、どちらも生物としてあり得ないことだ。

その不自然を自然の物とした存在がいる。それができるのは、超生物や更に格上の存在くらいだ。


 ドラゴン。人知を超えた超生物。

その中でも、星を生み出すほどに進化したドラゴンなら、不可能ではないかもしれない。

高い知能、膨大な魔力、その両方を進化させたのなら…


 「―――あっ!」

 「クルッ!」


 そこまでアニィが思い至った直後、今度はパルとパッフが突然立ち上がった。

2人は顔を見合わせてうなずき合い、パルが仲間達に問う。


 「今って、ドラゴニア=エイジ8225年…だよね?」

 「クルクル!」

 「う、うむ。それがどうかしたのか?」

 「8225ネブリスじゃないんだ」


 パルの言葉で、その意味に全員が気づいた。

アニィが誰に問うでもなく呟く。それは全員の総意であった。


 「―――8225()。……『(ネン)』って、何の単位…!?」


 年号以外で使った覚えが全く無い単位。アニィ達が日常的に使う、ドラゴンの体の部位や行動から制定された単位ではない。

アニィは手元の本のページをめくる。『年』という単位が出てきたのは、更に何ページも後だった。

ドラゴンが初めて人類と共同生活を始めた時期…という、具体性にやや欠ける記述だ。

しかしこれは、それまで共同で生活していなかった時代がある、という意味でもある。

その頃に使われていたのが、この『年』という単位だろう。


 「…となると、『年』は―――ドラゴニア=エイジ、つまり時間の単位か。

  最初にドラゴニア=エイジを制定してから、8224度、『年』が経過したと」

 「あっ、解説にあります。『年』はボク達が使う『ネブリス』と、ほぼ同等の時間を指すんですって」


 ヒナとフリーダが同じページを覗き込む。

挿絵には、金属か何かで作ったであろう台に立ち、たくさんの聴衆を前に演説する男性。

―――そして、その隣に座り、聴衆を見下ろすドラゴン。

挿絵の横に、『ドラゴニアエイジ元年』のタイトル、『人類史上初のドラゴンとの共生時代』…と古代文字の解説が書かれていた。

当時の書籍の絵を模写した物で、古代文字の解説もそのまま挿絵に描かれていたものと、注釈がある。


 《ドラゴニア=エイジが始まるまで、今とは異なる文明があった、ということですね》


 全員が呆然としていた。

書籍を読むに、『年』を用いていた文明は、そのままドラゴニア=エイジにシフトする形で終わったようだ。

その後8000ネブリス以上が経過し、過去の文明は存在そのものが風化。

言語形態こそある程度残っているが、建造物などは殆ど残っていない。

ただ一つ明確に残されていた『年』は、ドラゴニア=エイジにのみ使われる単位として残ったのである。



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