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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第五章:鳥籠の夢-Awaken, wonder child-
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第八十五話


 泣き止んだアニィに、施術に入ることを確認し、客室に連れて行く。

仲間達が注目する中、アニィはマントを外してブーツを脱ぎ、ベッドに横たわった。


 「では、始めます。痛みなどは無い筈ですけど、嫌な感じがしたら、すぐに言ってくださいね」

 「ん……」


 うなずいたところで、フリーダは両手をアニィの上にかざした。

アニィを囲み、青く輝く魔法陣が出現した。

直径はアニィの身長より少し大きい程度。父ケイジェルのそれより遥かに大きい。

そして、アニィは自身の内側で、魔力の動きが沈静化するのを確かに感じた。

奇妙な話だが、濁流が広い川へと変じるような感覚が、確かに体の中に生まれたのである。


 「…フリーダさん、この感じ」

 「ね。本来ならそうならなくてはいけなかったんです。

  ボクは、これを『魔力整流』って呼んでます」


 笑ってうなずくフリーダ。パル達は興味深げに覗き込み、目の見えぬヒナは魔力の動きに関心を示している。

アニィは目を閉じ、フリーダの魔法に身をゆだねる。

これはアニィの魔力をフリーダの魔力で直接包み込む魔法である。

魔力で防壁を作る魔法を加工し、他者の魔力を密閉する法則を与えたものだ。

リラックスした状態のアニィの魔力をこれで密封し、矯正するわけである。

父ケイジェルも同じことをしようとしたのだが、余りにアニィの魔力が巨大で、全く効果を及ぼさなかったのだ。


 《これを繰り返せば、アニィの精神疾患発症は避けられるんですか?》


 プリスが問う。それは質問と言うより、希望的観測に縋るような言い方だ。

だがそれに対し、フリーダは無情にも首を横に振った。


 「根治は不可能です」

 《……どういうことです!?》


 職務放棄する気かと噛みつかんばかりのプリスに対し、フリーダは困ったように言う。


 「正確に言うと、ボクの魔法だけでは不可能っていうことです。

  アニィさん自身が立ち直らないと。あくまでボクのは、それまでの応急処置です」

 「そっか…アニィが村での事を完璧に振り切らない限り、いつでも暴走し得るわけか」

 「はい。それにアニィさんの魔力は強大です。

  処置を繰り返しても、破られてしまう可能性があります」


 パルのつぶやきにフリーダがそう答えたところで、アニィを囲んでいた魔法陣が消えた。

自身の体に触れ、魔力の流れが『整った』のを、アニィは感じた。


 「具合、どうですか?」

 「……何だか、頭がすっきりした感じ…」

 「それは良かった! これを1ディブリスに1度、あと何回かかければ、しばらく落ち着くはずです」


 起き上がったアニィに、フリーダは先刻調合した丸薬を1粒手渡した。

よく似た匂いの丸薬を作ったヒナに一度手渡すと、ヒナは自分が作った丸薬を一粒取り出し、フリーダの物と匂いを比べる。


 「あとは、1ディブリスで1粒…朝かお昼のごはんの後に、これを飲んでください。メディスリ草で作った丸薬です」

 「この薬…これならこの間、マウハイランドで作ったな。

  だが栽培でもしていない限り、メディスリ草は簡単に手に入るものでは無いし…」


 ヒナが、言うと、フリーダは机の上から紙袋を一つ手に取り、ヒナに手渡した。


 「一袋あるので、お譲りします。ちょっと父さんが買いすぎちゃって」


 協会に置いてある物と同型の押印台で、小さな紙に材料表を印字し、こちらはパルに手渡す。

特に調合は難しくなさそうで、説明を受ければヒナ以外でも作れそうだった。


 「助かる。材料は多い方がいいしな」

 《まあそれは有難いんですが…我々は、一応旅の途中です。いずれ発たなければならない。

  そうしたら今しがたの魔法、どうするんです?》

 「それは…」


 旅に連れて行くのでもない限り、定期的にアニィに先刻の魔法を施すのは不可能だ。

プリスの問に、フリーダは答えあぐね、しばし考え込む仕草を見せた。

どうやら考えていなかったらしいと、とくにプリスは呆れた。

だが、ヒナだけはどこか違う反応を見せた。フリーダの言葉に、明らかに何かを考え込む様子だ。

フリーダはそれに気づいたのかどうか、苦笑して答えた。


 「すみません、何も考えてませんでした…てへ」

 《ヤレヤレ。まあいいです、今は中断してここにいるわけですからね。

  アニィが完治するまではいますから、今の質問は無視してください》


 そう言いつつ、プリスはヒナの方を見る。視線を感じ、ヒナは小さくうなずいた。

プリスもまた、フリーダの声のトーンから何かを感じたらしい。ヒナへの確認であった。

プリスはそこで話を変える。


 《―――ところで、図書室の本を借りても?》

 「いいですよ。ただ、ボクか父さんの同伴が必要ですけど…」


 プリスは数ブリスの間思案する。

フリーダの顔を覗き込み、しばし目を合わせて観察。その後すぐに顔を離し、司書室の方向に目を向ける。

その後数回、フリーダの顔と司書室の方向、交互に目を向けて思案した。

フリーダとケイジェルのどちらを同伴させるか、考えているのである。


 彼女が一行のメンバーに説明しようとしていることに対し、どちらに聴かせるのが適切か…

プリスはまだ、フリーダのことを信頼しきったわけではない。

とはいえ、診察時のアニィに対する対応の真摯さ、そしてアニィ達へのあこがれという点から、すでに結論は出ていた。


 《フリーダ、あなたが同伴しなさい。あなたの方が信用できます》

 「……信用」


 プリスが言った途端、フリーダの頬が紅潮した。

憧れの人に信頼していると言われたのなら、そうなってしまうのも仕方ない。


 《アニィも来なさい。私の体格じゃ、本を取るだけで棚を倒しかねませんからね。

  パル達は荷物をお願いします。フリーダ、昇降部屋に案内を。図書室はその後で》

 「…はいっ! じゃあパルさん達、ついてきてください!」

 「うん。―――アニィ、プリス、行ってくるね」

 「しっかり休んでいろよ、アニィ殿」


 フリーダとクラウに連れられたパル達を見送り、残ったアニィはプリスによりかかった。

申し訳なさそうな、それでいてどこか憑き物が落ちたような顔だ。

プリスは爪の先端でアニィの髪を優しく撫でる。

心地よさに身を任せ、アニィは目を閉じた。


 「…つらいって思ったら、つらいって、ちゃんと言っていいんだね」

 《ええ、むやみに我慢しないでください…心は何が原因でどれだけ傷ついているか、わかりにくいんです。

  心の痛みは自覚したうちに何とかしないと。消えない憎悪は、あらぬ方向に向いてしまいます》

 

 アニィは小さくうなずく。

学園で向けられた悪意は、邪星獣のそれと比べ、極めて小さなものだった。

それに対し、アニィ自身は困惑しただけだった筈だが、一瞬にして怒りが爆発、殺意にまで達した。

しかもその直後、それが無かったかの如く消失し、恐怖さえしていた。

怒りの感情だけが、心から乖離したかのように。


 思い返せば、初めてプリスに会った日から、闘うことにただの一度も躊躇したことは無かった。

あの時、既に怒りの感情の暴走は始まっていたのだろう。

初めてプリスと会った時、既に心が自覚なく壊れかけていた…

それほど追い詰められているのを、アニィはここで初めて自覚した。


 「プリスが気づいてくれなかったら、自分でも判らなかったと思う…

  ありがとうプリス、ちゃんと見ててくれて」

 《どういたしまして。…これからもちゃんと見ておきますからね》


 ここ最近よく聞く、プリスの優しい声であった。

愛おし気に撫でる爪と穏やかな声に、アニィは自分の胸の内が温まるのを感じる。

仲間達、特にプリスは自分を見ていてくれる。願いを聞き入れ、共にいてくれる。その安心感だ。

虐待が常態化した自分が受け入れるには、あまりに大きく温かな、安らぎ。

自分に向けられる、絶対の肯定。


 同時に、先日の疑問が再び頭をもたげた。

プリスがあまりに優しすぎる。それが本当にプリスの意思なのか、アニィがドラゴンラヴァーだからなのか。

マウハイランド山間の集落では確かな答えを聞けなかったが、今なら聞けるのではないか…

根拠のない推測が、アニィの決意を推し進める。

自分のことを見てくれていると言った今なら、きっとその答えが聞ける。

内心で自らに言い聞かせ、アニィはプリスを見上げた。


 「プリス……プリス、は…」

 《ん?》

 「…この前も訊いたけど…プリス、最近優しすぎる…怖いくらい。

  それは、本当にプリスの意思なの…?

  わたしがプリスの『ドラゴンラヴァー』だから、優しくしてやってるとか、ではないの…?」


 プリスとの出会いから、時間にして10ディブリスも経過していない。

そんな短期間でこうまで優しくするのは、何か理由や考えあってのことではないか…という、僅かな疑い。

ましてアニィは、自身が優しくされるのにふさわしい人物だと思っていない。

どうしてもプリスの行いに、理解できない部分があった。


 尋ねた直後、アニィは再びうつむいてしまった。

プリスを不快にさせてしまったかと、後悔するアニィ。

だがプリスは笑った。嘲笑でもなく失笑でもなく、穏やかにほほ笑んだ。


 《そうですね、あなたが気にするのも当然です。きちんと説明が必要でしょう》

 「…教えてくれる……?」

 《ええ、答えが判りましたから。なかなか実感できないんですけどね。

  ―――私はね、アニィ》



 《私は、あなたを愛している―――らしいんです》



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