第七十九話
3人は部屋に戻ってもう一度歯磨きと洗顔を済ませ、マントを羽織り、武器も持って出かける準備を整えた。
プリス達が広間側から出て階段を降り、アニィはカウンターにいるロジィ氏に行先を告げる。
「では、中央魔法学園に行ってきます…
一回戻ってから街を出るつもりですけど、もしかしたら、連泊するかも知れないです」
「判った。行ってらっしゃい」
行ってきます、と言ってアニィ達は外に出た。
通学ラッシュのピークを過ぎつつ、日が昇ったこの時間、既にいくつもの店が開店していた。
そんな時間帯の道路を、旅の途中であるアニィ達が、ドラゴンの背に乗って魔法学園へと向かう。
旅人が珍しいのは、どうやら学生だけではないらしく、道行く人々や店の従業員らもアニィ達を見ていた。
町の中央には、石のような材質でできた巨大な建造物が建っている。
昨日最初に目にした、目的地の中央魔法学園だ。
屋上の校章のモニュメントは、朝日に照らされて誇らしげに輝いていた。
そして、そのさらに上空…こちらも昨日見た、浮遊する巨大な人工島。
ロジィ氏は一切言及しなかったが、中央魔法学園の上空に常に浮遊しているということは、学園に関連した建造物であろうか。
「朝に見ると、ゆうべより大きい気がする…」
一夜明けてなお、アニィは呆然と見上げた。
この日は晴れており、白い雲の上に浮く人工島がよく見えた。
明らかに学校より大きな建物が、良く晴れた空に浮く…という異様な光景。
それに街の住民は慣れているらしく、特に反応は示さない。
《何の施設なんですかねえ、本当に…》
「学校で訊いてみようか…」
よそ見をせぬよう、アニィ達は学校に着くまでは前方に注視して歩くように努めた。
ほどなくして巨大な校門に辿り着く。守衛も大型のドラゴンに乗っており、それが2組。
パルがパッフの背から降り、協会の会員証を見せ、学校に入る許可を取った。
守衛がドラゴンに開けさせた巨大な門を、アニィ達がくぐる。
門の内側には、広大な庭園が広がっていた。
何か所かに円形の花壇があり、中央の噴水が常に水を噴き上げている。
よく見ると噴水には魔術の術式らしき文字列が並んでいた。
魔法学園だけに、設備にも魔術が施されているのだろうか。
「微弱だが、魔力がこの庭園に満ちている…」
反響定位で周囲の状況を確かめたヒナが、周囲を見回してつぶやく。
魔法学園だけに、実習や試験などで、常に魔術…そして高度な操作を行った『魔法』をつかうためだろう。
パルは守衛から貰った校内マップを広げ、来客用入り口を探す。
しかし、余りに大きな敷地のためになかなか場所が見つからない…
朝の学業が始まっているのか、庭園を歩く学生は少ない。
入り口を尋ねようにも、その相手がいないのである。
そして通りがかったわずかな学生たちは、武器を持ったパルとヒナを見て足早に校舎に向かった。
危険人物とみなされたのだろうか。若干物悲しくなるパルであった。
その少ない学生の中から、紫色の大柄なドラゴンの背に乗った、少年二人少女一人の3人組が近付いてきた。
見知らぬ他人に急に近付かれ、アニィはにわかに不安になる。
昨日の食堂でのことを思い出したためだ。
「あの、うちの学校に何か御用でしょうか?」
3人の中の一人、物腰穏やかな少年に尋ねられた。アニィは緊張から身を引いてしまう。
反応に戸惑う少年の肩を少女が軽く叩き、アニィが恐怖しているらしいことを身振りで示す。
少年はすぐに気づき、申し訳なさそうな顔をする。昨夜の学生と違い、善良な人物のようだ。
緊張しているアニィに替わり、パルが答えた。
「この学校が管理してるっていう、図書館に用事があるんだけど…
ハイライズっていう人が司書してる図書館。知ってる?」
「ああ…あそこですね」
そう言って、彼らのリーダー格らしい眼鏡の少年が、真上を見上げた。
アニィ達も真上を見上げる。その視線の先にあるのは―――
「……あれが? あれが図書館?」
学園の真上に浮かぶ、巨大な人工島。それが図書館であると、彼らは言うのだ。
「そうです。僕達は『天空図書館』って呼んでます」
「この街どころか、書籍の多さは世界で一番なんですよ!」
少女が驚愕するアニィ達に答えた。どうやら彼らは日常的に利用しているらしい。
「外部の方が利用される場合、学園長先生に申請書を書く必要があります。
良かったら、園長室までご案内しましょう」
「あ……うん、お願い」
アニィ達は少年少女、そして紫のドラゴンについていった。
昇降口前で彼らはドラゴンから降り、巨大な扉をくぐって校内に入る。アニィ達もそれに倣う。
4頭のドラゴンが連れ立って歩く光景は、学生たちにとって壮観であるらしく、視線を集めた。
来客用の入り口に辿り着き、アニィ達は相方の背から降りた。
校内で弓を持ち歩くのも良くないと、パルはパッフの腰のベルトに弓を掛けた。
大量の矢筒と合わせ、パッフと揃って武装して殴り込みに来たようにも見える。
協会の会員証を提示し、入校許可証に名前を書いて、事務員に提出。
ちなみにヒナが達筆な文字で名前を書くと、事務員はヤマト式書道の講師にならないかと誘いかけた。
無論、今は旅の方が大事なので断った。
ロビーで先刻の少年たちと合流し、彼らの案内で園長室へと向かう。
見慣れぬ空間に対して自分の存在を場違いに感じ、アニィはついドラゴン達の間に隠れてしまう。
そんなアニィを気遣ってか、少女がアニィではなくパルの方に尋ねた。
「図書館には、何の御用で来たんですか? 調べもの?」
「いや、実はね…あたし達の友達、こっちの子が、魔力のことで悩んでて。
あの図書館のハイライズって人に相談してみろって、お医者さんに言われたの」
「そうだったんですか…」
パルが微妙に濁した言い方をしたのは、アニィのプライバシーを尊重したためである。
少女はそれに気づいたのか、何かを悟ったようにうなずく。
この学園の生徒が『魔法』を学んでいる…すなわち、他人の魔力に何かしら勘付く可能性はあった。
できれば周囲に言わないで欲しいとアニィは思っていたが、彼女は気遣ったのか、特に何も言わない。
だが、眼鏡の少年の表情が固まっていた。その後すぐに彼は口を引き結び、複雑な表情でつぶやく。
「―――ハイライズか…そうですね。あいつでなければ」
重々しい彼のつぶやきに、アニィ達は首をかしげる。
それを見て、眼鏡の少年の顔は和らいだ表情に戻る。この話はうやむやにされたようだ。
3人と紫ドラゴンの案内で、アニィ達は学園長室の前に辿り着いた。
アニィ達に別れを告げ、3人は立ち去ろうとする。
「じゃあ、僕らはこれで…」
「ゴリアテさん。こいつら、ハイライズに会いに行くらしいですよ!」
だがその時、また別の集団が現れた。
声を上げた学生の顔を見て、アニィは眉をひそめた。食堂で絡んできた人物だった。
彼の言葉を聞き、集団の中心にいる大柄な少年が、口の端を釣り上げて笑った。
攻撃的で、傲慢な笑みだ―――アニィは、村で自身を罵った者たちを思い出し、嫌悪に後退った。
ゴリアテなる学生は、アニィ達を案内した3人を見下ろして嘲笑する。
警戒して唸る紫ドラゴンを、眼鏡の少年が手で制する。
「っほォ、ハイライズねェ。あの底抜けアタマのハイライズか。
ザヴェストさんよォ、あんたの出番はないらしいなァ」
「そうだな」
ゴリアテの揶揄に対し、眼鏡の少年ザヴェストは努めて冷静に答えた。
だがその口調には、ゴリアテに対する苛立ちが見え隠れしている。
ゴリアテはそれに気づいてか否か、笑みを浮かべたままアニィ達に近付く。
ザヴェストの仲間の二人が間に入ろうとするが、まとめてゴリアテの太い腕で払いのけられた。
「なあお嬢さん、俺の友達の親切を断ったって?
哀しいなぁ…俺たち、アンタらと仲良くなりたいだけなんだよォ」
「え、あ、あの…」
ゴリアテはアニィに手を伸ばす。だが、その腕をパルが掴んだ。
女の腕力で…と嘗めて払おうとしたゴリアテは、しかし強靭な握力にたちまち悲鳴を上げた。
「なん―――いっ、いでええっ! あがああががっ、いっ、いぎぎぎぎっ!!」
「あたし達の友達に手を出すな」
パルは静かな怒りの声で脅迫した。念のためと、腰の短剣にも手をかけておく。
骨を砕かんばかりの激痛と合わせ、ゴリアテの顔がたちまち青ざめる。
その横では、ヒナが無言で刀の柄に手を置いていた。
見えぬ筈の目の強烈な視線に射貫かれ、子分たちは僅かでも動けば斬られると悟る。
更にプリス、パッフ、クロガネも身構えている。いつでも戦闘ができる態勢だった。
ザヴェスト達は、緊張しつつも止めなかった。否、迫力に手を出せずにいた。
と、ザヴェストがアニィ達の首に下がる会員証を見た。
ザヴェスト達3人は協会に入会しており、危険度の低い依頼をこなして生活費を稼いでいる。
広報もまめに読んで、邪星獣に関する情報を集めていた。
そして、3人は数ディブリス前の広報の記事を思い出した。
『結晶の剣の少女』を中心に、ドラゴンを連れた少女達が、ヴァン=グァドで邪星獣を大量に斃した…という記事だ。
「ザヴェスト。もしかして…」
「ああ、間違いない…彼女達だ」
「やっぱり!」
ザヴェストたちが小声で確認し合う。
武器こそ持たずとも異様な迫力を持つパルとヒナ、そしてドラゴンを連れた少女3人という特徴。
名前こそ掲載されていなかったが、3人はアニィ達が記事の少女達であることを確信した。
強大な魔術の剣を振るう少女が、治癒を求めて『図書館』を訪れようとしている。
間違いなく重い症状だろうと、3人は推測した。




