第八話
「僕は…僕は教師でありながら、彼女の魔力に気付いていながら、何もしてやらなかった。
これは僕から、お詫びの印でもあります。許してくれなくても構わないから、せめて役立てて欲しい」
「…わかった。アニィに渡しとくよ」
パルは新たな短剣を鞘に納め、マントを一枚羽織ると、腕輪ともう一枚のマントはバッグにしまい込む。そしてセンティと子供達の顔を見回した。
「皆は地下室に避難してて。あいつらはあたし達がやっつける」
「アニィちゃんは!?」
立ち去ろうとしたパルの手を、チャムが握って止めた。
「アニィちゃんは、大丈夫なの…?」
「うん。先に行けって、言っておいたよ」
「…そっか」
到底納得していない表情で、チャムは手を放した。
かがみこんで目を合わせ、パルは諭すようにチャムに言う。
「だから、あたしたちも追いつこう。すぐやっつけてやるから、あんな化物」
「うん…」
フータを抱きしめ、チャムは涙をこらえながらうなずいた。
パルがその頭を優しく撫でると、壊れた壁からパッフが顔を出した。
「クルル!」
「行ってくる。絶対迎えに来るからね、チャム!」
それだけ言って、パルは学校から出た…が、その足元に這いつくばる姿を見て、足を止める。
両脚の膝から下を断たれ、手には砕けた斧を持った、アニィの父オンリだった。
戦闘能力を奪われて逃げてきたか。嫌いな人物だが、匿った方が良かろうとパルは思ったが―――
『GXHEEEE……!!』
彼の背後に迫る怪物を見て考えが変わった。子供達が恐怖に叫び出す。
追われているのも構わず、オンリは子供達の前に逃げ、怪物を連れてきたのである。
オンリは両腕だけで這って校舎の中に転がり込んだ。
「このクソ親父! よりによって子供らの所に…!」
「やかましい! こんなガキどもより俺を助けろ!」
両目は血走り顔は恐怖の汗にまみれ、なおも生に執着して彼は叫んだ。
その姿に同年代のセンティ、そして子供達が愕然とした。
彼は村の若いドラゴン乗り達を導く立場にある…いわば英雄と言って差し支えない人間だ。
そんな人物のこの発言は、彼を称えていた子供達を少なからず落胆させたようだ。
「俺はこの村の英雄だ! 助けるのが道理だろうが!! どけ! 俺は死ぬわけにはいかな」
だが、オンリのわめく声は途中で消えた。パルが蹴飛ばしたのである。
瓦礫が砕け、倒れ込んだ彼の体に覆いかぶさった。怪物の眼からは逃れられるだろう。
パルは周囲にある物を集め、学校の壁の前に積み重ねた。無いよりはまし、という程度の防壁だ。
「皆ちゃんと隠れてなよ。じゃあ行ってくる!」
それだけ言い置くと、パルは振り向いて走り出し、跳び蹴りで怪物の首を切断した。
その間にセンティに背を押され、子供達は床板を持ち上げ、地下室への階段を下りていった。
センティは子供達全員が下りたのを確認すると、自身も階段入り口に降り、床板を下ろして魔術で壁のろうそくに火をともした。
怪物たちの邪悪な叫び、ドラゴン達の勇ましい咆哮、パルの力強い声が遠くなる。
最下段まで降りた子供達が数人がかりで重い扉を開け、二十人は籠れそうな部屋に入った。
地下室とパルは言ったが、シェルターと言った方が適切である。
ろうそく数本の乏しい明かりの中、センティは子供達を座らせた。子供たちの何人かはぐすぐすとすすり泣いている。
センティは子供たちの頭を優しく撫でてやった。両手で子供達を抱き寄せて安心させたいが、左腕が傷つき、今は叶わない。
「みんないますね。ケガはありませんか?」
子供達は泣きながらもうなずいた。全員の無事を確認し、センティ自身も座り込んだ。
「せんせい、だいじょぶなの…?」
「フニ~」
チャムとフータが彼の左腕を心配そうに見つめる。センティは笑って答えた。
「なに、気にすることはありませんよ。若い頃にヘヴィージャガーに食いちぎられかけた時と比べれば、こんなもの」
それだけ言うと、センティはチャムとフータを交互に撫でる。
「それより、君たちがケガをしなくて本当に良かった」
「…」
「しばらくはここで待ちましょう。パル君やドラゴン達が、あの怪物どもをやっつけてくれるはずですから」
希望的観測ではある。正体不明の怪物を全て倒せるなどと、子供達ですら安易に口にすることはできなかった。
だが、大人である自身こそ子供達を絶望させるわけにいかないと、センティは敢えて希望的観測を口にした。
子供達は縋るように彼を見つめる。センティは一人ひとりにうなずき、大丈夫だと語り掛けた。
「だいじょうぶ…だよね。ねーちゃん達、あいつらをやっつけてくれるよね」
「フニ~」
ぎゅっとフータを抱きしめ、チャムは自身に言い聞かせる。
姉とその相棒、そしてドラゴン達が怪物を蹴散らし、アニィと共に旅に出られるはずだと。
(アニィちゃん―――)
チャムはアニィの事を思い浮かべながら、どうか助かるようにと祈った。
抱きしめられたフータが、丸っこい手でチャムに縋りつき頬ずりをする。
チャムにとって、自身の死よりも恐ろしい事。それはアニィを失うことだった。
アニィはこの村にずっと苦しめられていた。どれだけ助けようと、この村にいる間、彼女の顔はずっと曇っていた。
けれど村の外に出れば、きっとステキな笑顔で笑ってくれるだろう。
アニィの笑顔が見たい。それが何よりのチャムの望みである。
(アタイ、アニィちゃんの笑顔が見たい―――)
「それまではアタイは死ねない…アニィちゃんが笑ってくれるまでは…」
「フニ~」
額がフータの小さな額と触れ合った。
勇気付けてくれる友に感謝しながら、恐怖に負けてはならぬとチャムは思い直す。
そして改めて祈った。アニィを笑顔にするため、皆で村を出たいと。
その時だった。
「フニ~」
フータの鳴き声と共に、胸の中で何かが砕ける感触をチャムは憶えた。
同時に脳裏に閃いた予感に、顔を上げた。どうかしたのかと全員がチャムに注目する。
「くるよ」
我知らず、チャムはつぶやいた。突如生まれたその予感には、不思議な程に違和感がなく―――
否。予感と言うより、それは目の前で起こる事実とすら、チャムには思えた。
センティ、そして他の子供達が、発言の真意をチャムに問う。
「チャム君、来るとは?」
「だれがくるの?」
「―――アニィちゃん」
脳裏に浮かぶのは、大好きなアニィの姿。そのアニィが、今まで見たことも無い勇ましさを湛えている。
両手から純白の光を放つ彼女が駆るのは、見たことも無いドラゴンだった。
それが明確なヴィジョンとして、チャムの脳裏に突如閃いたのである。
「くる。アニィちゃんが、ドラゴンに―――
白いドラゴンに乗って、くるよ!」
センティから受け取った短剣を振るい、パルはパッフやドラゴン達とともに怪物を倒していた。
発動中の身体強化魔術が、腕が延長されたかの如く短剣にも伝わるのが判る。魔力を通す金属でできているようだ。
そして短剣の切れ味はと言えば、加減した一振りで怪物の頭部を水平に両断するほどであった。
「すごい! 先生に感謝しなくちゃ!」
「クルル!」
そしてそれを見たパッフも、吐き出す水の弾丸の形を鋭い刃に変えた。
さらに湾曲させたことで、水の刃はブーメランのように弧を描いて飛び、一つの刃で複数の怪物の頭部を真っ二つにしていく。
強力な武器とパッフの発想により、幾分か闘うのは楽になった。だが…
(この怪物、どっから出てくんのよ…!?)
怪物たちは、パルとドラゴン達がいくら倒しても、いつの間にか新手が現れる。結果として数は殆ど減っていない。
一方でドラゴン達は、実力は怪物と拮抗するものの、徒手空拳でのみ闘っている。
魔術を発動しているのはパルとパッフのみ、しかも矢を射尽くしたパルは飛び道具を使えない。
当然、ドラゴン達にも疲労がたまっている。中には疲労から殆ど動けず、怪物に倒されたドラゴンもいた。
まだ命を奪われてこそいないが、戦力は着実に減っていた。
「このままじゃ皆殺しにされる…!」
アニィとチャムには必ず怪物を倒す、アニィに追いつくと約束した。無論、それを諦める気はなかった。友としての矜持だ。
だが、果たして本当に全て倒せるのだろうか。ほんの一瞬、不安がパルの胸に翳りを生む。その一瞬が隙となった。
『GDRAAAHH!!』
怪物に頭から激突され、パルは地上に落下した。細身の体が地面でバウンドし、気づいた小型の怪物たちが群がる。
「いってぇ…あぁ、もう!!」
「グルァアアア!!」
パルはすぐに起き上がり、襲い掛かる小型怪物の群れに飛び込むと、短剣で頭部を切り裂き、蹴りで砕いた。
さらに上空からパッフが水の散弾で援護する。散弾の一粒一粒が鉱石のように鋭く尖り、怪物の頭部を正確に射貫いていった。
だが、そのパッフが真横から飛び掛かってきた怪物に蹴り飛ばされ、地面に叩き落された。
倒れ伏したパッフの脇腹に、怪物の鋭く尖った爪が突き刺さり、血が飛び散る。
「ガァアアア!」
「パッフ!!」
聞いたことも無い友の痛みの叫びに、パルの胸が痛む。だが立ち止まったパルを、今度は小型の怪物の尾が激しく打った。
「ぐぇっ!」
吹き飛ばされ、群れの真っただ中に倒れ込むパルに、怪物たちは容赦なく襲い掛かる。
パルは身体強化魔術で肉体の硬度を上げた。噛みついた牙の方が砕け、撃ち付ける尾や手足の方がへし折れる。
奇妙な手ごたえだった。内部の骨格を感じさせず、腱や筋肉だけでできているかのような、弾力と硬度だけがある肉体。
この怪物は果たして生き物なのか。ドラゴンと同じく、普通の生物とは異なる存在ではないのか。
しかし、その疑問の答えを探す暇はない。パルは無理やり怪物たちをはねのけて起き上がり、短剣で切り払う。
「パッフ、立って! おねがい!」
組み伏せられ爪で顔や腹を引き裂かれ、パッフは血まみれになっていた。
だがパルの声を聴くと、振り下ろされた前脚を掴み、力任せに引きちぎった。
「グルゥォオオオ!!」
『GGHAA!!』
さらにパッフは怪物の胴体に爪を突き刺して貫き、頭部を掴んで握りつぶす。恐るべき力技だ。
しかし痛みと疲労から、パッフはついに地に伏せてしまった。
傷つき倒れた相棒のドラゴンに駆け寄り、パルは傷の具合を見ようとする。
「パッフ…!」
「クルルル…グルゥ…!」
威嚇の唸り声を上げ、パッフは尚も立ち上がろうとする。他のドラゴンがそれを護ろうとするが、その数は闘いの開始から明らかに減っていた。
どのドラゴンも命を奪われてはいない。殺すのが目的ではないとパルは思ったが、怪物どもの視線の先を見て、直感的にその理由を理解した。
怪物どもが見ているのは学校であった。学校に何かがあり、それを奪う姿をドラゴン達に見せつけ、気力をへし折ろうとしている。
パッフの相棒であるパルには、ドラゴンの表情がある程度読める―――それゆえに怪物どもの意志も察した。
何があるのかは判らない。だが、子供達がいる学校を襲わせるわけにはいかない。
「くそっ…!」
だがパル自身も、今では万全ではなかった。怪物相手のキリ無い闘いは、確実に彼女の心身から力を奪っていた。
足元がふらつき、地面に膝を突く。怪物との闘いの間、ずっと身体強化魔術を維持し続けた末の魔力切れであった。
このまま戦えば確実に怪物に殺される。チャムらが殺され、アニィにも会えなくなる。ぞわり、と絶望が脳裏を支配する。
だがその暇をも許さず、パルとパッフに無数の怪物が襲い掛かってきた。
「アニィ……!」
この場にいない友の名を、パルは呼んだ。その両目に怪物の爪が突き刺さらんとした、まさにその瞬間。
目の前の怪物の肉体が、突如頭から尾まで真っ二つに裂け、砕け散った。
「―――パル!!」
己の名を呼ぶ声に、パルは空を見上げた。
陽光に照らされ、七色の光を放つ白いドラゴンの背に、アニィがいる。
ずっと待ち続けた、アニィがドラゴンに乗った姿を、自らの眼で彼女は見ていた。
「アニィ」
「パル、良かった! 生きてるよね! パッフも!!」
「アニィ―――アニィ!!」
「クルルゥッ!」
ふたりの声に答えるかの如く、アニィは白い光に包まれた両腕を左右に広げた。その指先が怪物を指す。




