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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第五章:鳥籠の夢-Awaken, wonder child-
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第七十三話

年明けと同時の新章開始につき3が日連続投稿。

ヒマ正月のヒマつぶしにでも読んでもらえれば幸いです。


 アニィ達がアグリミノルを出た日の、昼下がりのヘクティ村。

即席の塀で学校と隔たれた精肉工場、その最奥…

道具入れの棚を外に出し、狭いスペースを古びたカーテンで仕切られている。

そこにはアニィの姉であるジャスタ・リムが一人陣取っていた。

年若い女として、プライバシーを侵害されないための最低限の防護だ。


 父のオンリ・リムは同じ工場内の物置を拠点にしている。

拠点とはいっても、両脚を断たれた彼は、最早出歩くこともできない。

ブツブツとつぶやきながら、妻アンティラ・リムがたまにきて置いていく食事を食らうだけだ。

愚痴をこぼすのはいつも下の娘…ジャスタにしてみれば名を呼ぶのも忌まわしい、アニィのことだった。


 そして現在、ジャスタの専用スペースには、共にゲイスがいた。

工場の横を偶然通りかかった時、ジャスタに話があると呼ばれたのであった。

両者の間にはわずかに距離があり、ゲイスはそれを詰めようとしなかった。


 恋人であるはずの彼女に対し、物理的にも、そして精神的にも、ゲイスは距離を取っていた。

邪星獣に襲われた日から、彼はジャスタを避け続けていた。

その理由は単純だった。布でくるまれたジャスタの顔の付近に蠅がたかっている。

彼女の顔面の傷が悪化している…襟元にはこぼれた膿が染みついている。


 彼女の顔面は、邪星獣に酸をかけられて以降、ろくに治療を施していない。

治癒の魔術を持つ者達が、体力が必要だからと真っ先に肉を食らい、そして倒れたのだ。

彼らが食べた肉は、既に腐りかけていた。管理があまりにもずさんで、保存の起源を何ディブリスも過ぎていたのだ。

これ以降、精肉工場に集まった村人たちは、棚の肉を食う際は注意して臭いを嗅いでいた。

大きな肉は分け合った。これは一人で保存して腐らせないためで、決して善意で分け合っていたのではない。


 ともあれ、ジャスタの顔は皮膚が剥けて鼻や唇が崩れ落ち、ほぼ全面的に化膿していた。

それをさらけ出せるほど、彼女は自身に無頓着ではなかった。

彼女は、村でも一番とすら言われる美しい顔立ちを自慢にしていた。

それがある日、突如破壊されたのだから、ショックは大きい。


 そこへ更に、常に見下している妹が、凄まじい魔術で怪物を皆殺しにし、挙句村を放り出して旅に出た。

いつもウジウジしていたアニィがゲイスを吹き飛ばし、一部を除く村人を魔術で痛めつけた末、逃げ出した…

父も母も、そして自身も、そのことを常にぐちぐちとこぼしている。

そんなことをしても何にもならないと、気づきもせずに。


 「……ねえ、ゲイス」


 そしてジャスタは今、向かいに座っているゲイスをねめつけていた。

喉が焼け、唇も崩れ落ちたことで、名を呼ぶ声はしわがれ、発音はふがふがと不明瞭になった。

向かいに座ったゲイスは、自身を呼ぶ声に答える代わり、目を逸らした。

布の間から睨みつけられ、すっかり憶えてしまっている。


 「……な、なんだよ…」

 「…アンタとやらなく(・・・・)なってから、魔術が弱くなってんのよ。

  どんだけ全力でやっても、ちょろっと息を吐くのと同じ程度しか、出ないのよ」


 ジャスタは風の魔術を扱う。風を半円の刃物の形で打ち出すのが得意だ。

怪物(モンスター)を狩る時、気に入らない奴を叩きのめす時など、いつも得意な「風の刃」を用いていた。

それが今、刃物型を成型するどころか、そもそもの風が吐息くらいの強さでしか出せないという。

かざした掌に、近くに落ちていたボロボロの紙片を乗せ、ジャスタは魔術を行使した。

ふわっ…と紙片がわずかに浮き、床に落ちた。それで終わりだ。


 「どういうことなのよ、ゲイス…ねえ。またアンタとやれば、元に戻るんじゃあないの?」

 「し、知らねえよ…」


 ジャスタが這いずり、ゲイスに近寄った。ゲイスは後退って逃げようとする。

距離を詰めたことで、より鮮明にジャスタの顔が見えた。覆い隠す布の奥、皮膚がずる剥けた顔。

ところどころがはれ上がり、ひび割れた皮膚の間から膿がこぼれ落ちる。

傷口には蛆が湧き、酸で焼けただれた両目は白濁していた。

バサバサと荒れ放題の髪の間、鼻は崩れ落ち、盾に細長い鼻腔が正面を向いている。

ただれた皮膚の間に、眼球、鼻腔、歯列が覗く―――


 「うっぐふ、うぶっ、ぅぇ…」

 「ねえ、ヤろうよゲイスぅ…アタシ、ずっと我慢してんだからさぁ…」


 煽情的に腰をくねらせ、ジャスタが迫る。

恋人を気取る腐肉のかたまりの姿に、ゲイスの嫌悪感と嘔吐感が頂点に達した。


 「わ、わるい、俺用事があるから! じゃな!!」


 ジャスタを蹴飛ばし、ゲイスは精肉工場から逃げ出した。

乱暴に扉を開け、荒れ果てた村を走り、無事であったアンティラと共に住む隠れ家…

邪星獣による破壊を免れた掘っ立て小屋に、どうにか辿り着く。

辿り着いた途端、とうとう我慢が出来なくなり、彼はうずくまって盛大に嘔吐した。


 「おろろろぉぉええええええ」


 先日何とか手に入れた新鮮な肉を食ったばかりなのに、すっかり戻してしまった。

くそったれめ、とゲイスは内心でジャスタを罵った。

彼女があの時襲われさえしなければ。バケモノをちゃんと殺していれば。

あんな醜い顔にはならなかったのに…と、自らが犯されかけたことを棚に上げて、内心で悪口を垂れ流す。


 ゲイス自身、当時折られた歯は欠けたままだ。

だが彼は、それを邪星獣との実力差のせいではなく、『葬星の竜』プリスが手に入らなかったせいだと考えている。

あのドラゴンさえいれば勝てたのだと。そしてそれ故、彼はアニィを憎悪していた。


 嘔吐し終えて立ち上がった所に、アンティラが駆け寄ってきた。

食料が不足しているにもかかわらず、彼女の腹は以前と変わらず、でっぷりと肥え太り、揺れていた。

彼女もまたアニィの怒りの魔術で痛めつけられ、今なお全身が引きつるように痛むらしい。


 「ゲイス君!」


 ふらつくゲイスに肩を貸し、アンティラは避難先の掘っ立て小屋へと導く。

入り口に二人そろって腰を下ろし、一息つくと、アンティラがゲイスにすり寄って尋ねた。

邪星獣襲来の時、家族を置いて一人逃げた臆病者の彼女は、生き延びるためにゲイスに縋りついていた。


 「どうだったんだい? 荷札はあったのかい?」

 「あ、ああ、あったぜ。今度のはヴァン=グァドだ…多分、北に向かってるんだ」


 アンティラに見せた荷札には、厄介事引受人協会ヴァン=グァド支部の住所が書かれていた。

子どもたちが畑仕事をしている間に学校に忍び込み、盗み出した物だ。

どこからかくすねてきた地図を広げ、照らし合わせてゲイスはアニィ達の旅のルートを推測する。

ただ、まだシーベイとヴァン=グァドの2か所しか判明していない。

せめて後2か所判れば、どの方角に向かっているか推測しやすくなるのだが。


 そしてアンティラは、偶然からゲイスが盗んだ荷札を発見し、尻馬に乗ることにしたのである。

アニィを虐待していた以外はごく普通の主婦であり、大した魔術も使えない彼女は、何もしていなかった。

情報を集めもせず、必要な物を盗みも提供もせず、ただゲイスの計画に乗っただけだ。


 当然、ゲイスは彼女を切り捨てるつもりであった。

ただ、村を出てからの算段が付いておらず、やみくもに動けば無駄足に終わるのは判っていた。

そして幸か不幸か、その内心はアンティラに伝わっていない。


 「…許せないねぇ、愚図のくせに『葬星の竜』様を連れて行くなんて……

  どうせ餌か何かで釣ったんだよ。あいつは毎晩残り物をあさってたからね」


 アンティラのぶよぶよに膨れた胸の内では、アニィへの逆恨みがくすぶり続けていた。

事あるごとにアニィとプリスへの恨み言を吐き出し、ゲイスに聴かせる。

それでいて自分は何もしない。手を出して返り討ちに遭うのが、恐ろしくてたまらないのだ。

アンティラはあくまで安全な場所にいて、アニィ達をただ罵るだけであった。

ゲイスは目を逸らしつつ、内心で吐き捨てた。


 (誰がてめぇみたいな、デブのババァなんぞ…)


 精肉工場に逃れた者達、そしてゲイスとアンティラ…

彼らは邪星獣に襲われ、アニィの怒りを気が狂うほどぶつけられたにもかかわらず、手を取り合おうとしなかった。

ドラゴンに乗っての狩りなど、かつて表面的には仲良くしていた彼らの、これが本性である。

ただ、一つだけ共通点があった…アニィへの逆恨みだ。


 ―――愚図が調子に乗りやがって。

 ―――どうせ何もできやしねえんだ。あんな奴。


 アニィが邪星獣を皆殺しにした事実を目の当たりにしながら、彼らはアニィの実力を受け入れなかった。

プリスを何かで騙し、無理やり従えて魔術を行使させたのだ、としか考えていない。


 ドラゴンは力ずくで従えるものであり、魔術を使えない者は永遠に無能で無価値。

そして、ドラゴンを従えた自分達は勝者なのだと…

アニィが魔術に開眼することなどありえず、今なおゴミに等しい存在だと。

既に覆され無価値となった因習を、彼らは今なお世界の道理だと信じ、陶酔すらしていた。

その結果が現在の惨状であることを、見てみぬふりをしながら。



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