第七十一話
アニィは先刻の大砲を撃った時、怒りながらも的確に魔力をコントロールしていた。
見境を失っていそうで、実はかなり冷静に、冷徹に、冷酷に邪星獣を殺そうとしているのだ。
真っ只中に飛び込んできたアニィとプリスを避け、群れが大きく散開する。
だがアニィはこの時、既に魔術を発動していた。
回避した小型邪星獣たちが、突然真っ二つになった。
空中の広い範囲にプリズム線を広げ、トラップにしていたのである。
仕掛けられたと知った指揮官個体3頭が、怒りのうなり声を上げて魔力の光線を連射した。
『GVUUUGH!!』
だがプリスは、光の糸を高密度で網んで盾を作った。弾かれた光線はあらぬ方向へと消える。
連射が止むと、今度は自らの光の糸と光線を合わせ、巨大な回転円錐状にして発射した。
閃光が指揮官個体のうち1体の胴体を貫通し、風穴を空けた。
絶命まではしなかったものの、激痛に悲鳴が上がった。他の2頭はそれに気を取られ、動きを止めた。
『ABVAAAAA!!』
《今です、アニィ!》
そう叫んで回転し、尾を振るプリス。その瞬間、邪星獣たちはプリスの姿の違和感に気付いた。
背中にアニィが乗っていない。
合図を送ったということは、アニィは死んではいないということである。3頭は、周囲を見回してアニィを探した。
直後、同に風穴を開けられた指揮官個体の全身が、突如バラバラのみじん切りにされた。
はるか上空から降り注いだプリズム線が、鋭利な刃となって切り刻んだのだ。
直撃を受けた指揮官個体はそのまま消滅し、空中に消えた。
『VSHHHEEEE!!! …―――』
同時に、地上の群れのうち小型と蟲型の群れが消え去った。
パル達が地上で驚愕したのが、超高高度の空からプリスにも見えた。
残る2体の指揮官個体は驚愕し、周囲を見回す。そして、発見した―――
アニィはその身一つで、雲の中に投げ出されていた。
指揮官個体の上空。遥か高くから落下してくる。
群れの中に突っ込んだ時、邪星獣たちは急速な挙動についていけず、アニィとプリスを見失った。
アニィがプリスの背から跳んだのは、まさにその瞬間だ。
プリスが光の糸で自らの尾とアニィの体をつなぎ、尾を振る動きで大きくスイングされ、遥か高高度へと跳んだのである。
そして空中に居ながらにして、遥か上空からの奇襲に成功したのである。
『ドラゴンラヴァー』が超人とはいえ、人間が生身で空中に跳びだすという戦法は、邪星獣にとっても前代未聞であったようだ。
残る2頭は驚愕に固まり、アニィが落下してくるのを待つのみであった。
アニィの頭上には、既に巨大な結晶の剣が出現していた。その長さは13ドラゼン(195メートル)。
山脈を抜ける直前の時から、さらに長さも幅も増した、超巨大な結晶の剣だ。
落下の勢いを乗せ、アニィは必殺の結晶剣を振り下ろす。
「でぇえあああああっ!!」
閃光が走り、指揮官個体1体が、頭頂部から尾の先端まで左右真っ二つに割れた。
全身に魔術防御膜を張ったものの、すさまじい殺傷力の結晶剣には無意味であった。
しかもその一撃を追随し、同じ軌道を描く刃が無数に発生。指揮官の全身を幾度も断ち割っていく。
シーベイの海上でも見せた、残像追随型の剣だ。
切り捨てられた指揮官個体が爆発し、空中に塵と消え去る。合わせて空中の小型邪星獣の群れが消滅した。
途端に空中は見晴らしがよくなる。それによって、残る1頭が逃げ出そうとしているのが見えた。
《アニィ!》
「うん!」
プリスが再び尾を振ると、空中でアニィが軌道を変え、逃げる最後の1体めがけて真っ直ぐに飛んでいった。
空を一直線に飛び、アニィは最後の指揮官個体に追いすがった。
「逃がすかぁああああ!!」
追いつき、アニィは剣を袈裟懸けに振り抜いた。再び銀光が空中に走る。
『VGOOOAAAHH!! …―――』
斜めに真っ二つにされ、絶叫を残し、指揮官個体の最後の1頭が消滅した。
同時に、地上の残る群れ…蟲型と地中型の群れも全て滅びた。アグリミノル町に平和が戻ったのだ。
アニィは遥か高高度の空中から、それを見下ろしていた。
(…バルベナさん……)
平和は戻った―――だが、バルベナは残された片方の翼を奪われ、メグは命の危機にさらされた。
アニィが結晶砲で邪星獣を皆殺しにするまで、地中型によって畑は荒らされ、家屋も破壊されていた。
クリン医師を始め何人かの町民が走り回り、他の町民の無事を確かめている。
そしておそらく、血まみれに怒りの表情で邪星獣を皆殺しにした自分は、大なり小なり人々を恐怖させた…
表面的な平和こそ戻ったが、彼らの懸命な生活を乱してしまった。アニィの胸の内に後悔が満ちる。
考え事をしていると、虚空に投げ出されたアニィを、プリスが背中で受け止めた。
視線だけで振り向き、プリスはアニィを優しく労い、翼の輝きで傷をいやした。
《お疲れさまでした。…バルベナの事が気がかりです。一度降りましょう》
「………うん…」
姿勢を直して、アニィはプリスの背に座り直した。
その表情は浮かない…無理も無いと、プリスはアニィの心情を慮った。
ゆっくり降下し、プリスは町の中心部に着地した。
パル達はアニィとプリスを出迎えたが、町民達はアニィを恐れて近づかない。
その様子を見てパルは憤慨した。
「助けてもらっといて、何なのあれは…!」
怒りに燃えたアニィの顔は、特に子供達を恐怖させたようだ。
遠巻きに見つめる町民の視線は、いずれも異物を見る時のそれだった。
穏やかで内気な客人が、町長とドラゴンを護るためとはいえ、暴力の限りを尽くして敵を皆殺しにした…
例え助けられたとしても、恐怖するのはやむを得ない光景であろう。アニィは怒るパルを宥めた。
「…パル。いいよ」
「でも、アニィ……!」
「いいよ…仕方ないよ…」
アニィは疲れた笑みを浮かべ、その場を離れて広場の隅のベンチに座った。
プリスは一度アニィの方を振り向くと、バルベナがいるであろう厩舎へと向かう。
装飾された入り口扉や外壁は無残に破壊され、半壊した屋根の下にバルベナがうずくまり、隣にメグが座っている。
愛する者が無残な姿にさせられたことで、メグはバルベナに縋りついて泣きじゃくっていた。
「……プリス様」
《テメェか…》
《バルベナ、生きてます?》
2人はプリスに気付き、顔を上げた。苦痛に耐えるバルベナの表情、涙にぬれたメグの顔が痛々しい。
《全身くっそ痛ェけどな。テメェらはどうだよ? 無事か?》
《何とかね。…バルベナ、傷だけでも治しましょう》
プリスは広げた翼の光でバルベナを照らした。治癒の魔術が全身にかかり、傷が塞がっていく。
だが、もがれた翼は生えず、潰された目も再び開くことは無かった。
愛する者の翼と瞳が失われたことを改めて知らされ、メグが声にならぬ声を上げてうずくまる。
静かで悲痛な泣き声が、半壊した厩舎の中でうつろに響いた。
やがて傷が塞がり、バルベナは顔を上げると、メグに頬を寄せた。
泣き続けるメグの耳元で、バルベナは優しくささやく。
《なあ、お嬢。オレは大丈夫だよ。大丈夫だから。お願いだから、泣くなよ…》
「でもっ……でも…翼が、目が…!」
メグの唇に爪の先端を優しく当て、バルベナは悲し気な顔で笑った。
《じゃあ作れよ。オレの脚と―――翼。お前が作ってくれよ》
「バルベナ…」
《いつかまた、走って飛べるように。作ってくれよ》
バルベナの願いに、メグは何度もうなずいた。
その身を盾に自身を守ってくれたバルべナの願いを、彼女は絶対反故にせぬと決意していた。
「作りますわ…絶対、わたくしが作ります…だから、待っていて…」
《うん。待ってるぜ》
それだけ言って、バルベナはメグを抱き寄せ、髪を優しく撫でた。




