第七十話
《なに…!》
『見ツケタゾッ!』
『見ツケタゾ! 見ツケタゾッ! 見ツケタゾッ!!』
メグを護るため、バルベナは邪星獣と闘ったことがある…と、アニィ達は聞いていた。
彼女の傷跡はその時の物である。引き換えに、恐らくその時は邪星獣を退けたのだろう。
そしてもし今の言葉が事実であるのなら、ここに集まった3頭こそ、当時メグを襲った邪星獣というわけだ。
知能を身に着けながら、全く同じ言葉を吐くだけの彼らに、アニィは凄まじい嫌悪を覚えた。
《そうかよ…あの時の…テメェら、カッコを変えやがったんだな…!》
『GHAAAHAHAHA! 見ツケタゾッ! 見ツケタゾッ! 見ツケタゾッ!』
地中型3頭は、長大な尾の先端の針を掲げた。バルベナの胴体と見比べてもかなり長く、一撃で貫通するだろう。
当然、体の下にいるメグをも貫くだろう。3頭がかりで、2人をまとめて殺害する気だ。
アニィは再びプリスの背に乗り、バルベナ達を救うべく飛びだそうとするが、そこへ小型邪星獣の群れが飛来して襲い掛かる。
プリスが光の糸で捕らえ、結晶の矢でアニィが撃ち抜く。だが次々に飛来するため、いくら倒してもきりがない。
その間も、バルベナとメグが殺されようと―――2人の愛が引き裂かれようとしていた。
「メグさん…バルベナさん…!!」
その時。怒りに燃えるアニィの両目が、白銀の色…魔術の光と同じ白銀の色に輝いた。
桁外れの魔力はアニィの怒りを増進させ、増進した怒りが魔術の破壊力を爆発的に上昇させる。
《アニィ? ―――アニィ!!》
「―――その2人にっ! 触るなあああああ!!!」
自身に襲い掛かる邪星獣にかまわず、アニィは左右の掌に魔術の結晶を生み出した。
両手を突き出し、掌と掌の間で結晶が重なり合い、膨張して激しいスパークを起こす。
アニィを乗せたプリスの眼前に、すさまじい光を放つ、結晶の球体が出現した。
そしてアニィは凄まじい怒りの中にいながら、極めて冷静に、かつ冷酷にバルベナを襲った3頭に狙いを定めた。
魔力をコントロールし、膨張と爆発の方向性を正面に絞り込む。
「うおおおおおあああああああっ!!!」
プリスの目の前のプリズム球から、膨大な魔術の光を放った。
さらに、渦を巻いて突き進む閃光の間から、同時に周辺にもプリズムの線が飛びだす。
大地を揺らすほどの破壊力を持つ、魔術の大砲…結晶と化して渦巻く、光の大砲であった。
ヴァン=グァドで無数の邪星獣を屠った全方位へのプリズム線を、アニィの体ではなく、放った結晶の渦から拡散させる合わせ技だ。
バルベナを襲った3頭は、叫びをあげる間もなく閃光の中で消滅。
更に周囲の邪星獣は、放たれたプリズム線で貫かれ、こちらも次々に爆散した。
恐るべきことに、バルベナもメグも"結晶砲"に触れていながら、それによって負った傷は無い。
町のあらゆる民家、畑、共同の炊事場、あらゆる施設も同様に無傷であった。
町はしばしの静寂に包まれる。
バルベナとメグのみならず、パルとパッフ、ヒナとクロガネ…そしてプリスも、何も言えずにいた。
この一瞬、邪星獣は全て消滅していた―――その真っ只中にいたアニィは、未だ怒りに顔をゆがめていた。
アニィの顔を見た誰か…恐らく子どもの物であろう、幼い声が聞こえた。
「―――こわい…あのお姉さん……」
聞こえたらしく、アニィも自らの状態に気づき、愕然として自らの顔を手で覆い隠した。
尋常ではない怒りはそれでも収まらず、そして同時に自らの怒りへの恐怖に、アニィの息が震えた。
《…アニィ………》
呆然としたプリスが、背に乗ったアニィに視線だけで振り向く。
無秩序に並列する怒りと恐怖に顔を歪ませ、アニィはどちらも押さえられず、苦し気なうめき声を上げていた。
「まっ…まだ来る…! 指揮官、やってない…!」
《…仕方ない、今だけは怒ったままでいなさい。パル、ヒナ、追加の群れが来ます!》
パル達が上空を見上げた。大型の指揮官個体が3体滞空し、その周辺からは無数の小型が降下してくる。
指揮官個体がいるのは、かなり高い上空だ。体の一部は雲に隠れて見える。
同時に地上でも、周辺から小型と蟲型、さらに高速で這いずる地中型が集まってきた。
どうやら3体が集まってこの大群を指揮しているらしい。
他のドラゴンが肩を貸し、バルベナとメグはどうにか厩舎に逃げ込んだ。
その間、振り向いたメグとアニィの視線がぶつかった。
恐怖の視線―――メグは間違いなく、アニィが放った魔術に、そして怒りを爆裂させたアニィに恐怖していた。
(………ごめんなさい、メグさん)
アニィは内心で謝罪する。だが、すぐに気持ちを切り替えて、上空の指揮官個体へと意識を向けた。
《私とアニィは指揮官と上空のをやります。パル達は地上のザコ共をよろしく!》
「任せてっ!」
「心得た!」
パルとヒナの返答を訊くと、プリスは高速で飛び立ち、指揮官個体上空の群れに向けて閃光を連続で放った。
直撃した小型が次々と爆散する。だが小型ゆえに身が軽く、体も小さいため光線はやがて回避され始める。
プリスは光の糸で網を作り、指揮官個体を守る群れに向けて飛ばした。
何頭かは網に引っかかると同時に、糸によって体を粉微塵に切断された。
しかし網目をすり抜け、プリスとアニィに襲い掛かる者たちもいた。
「ぅぅああああっ!!!」
アニィは叫び、開いた右手を振るった。巨大な結晶の鉤爪が空中に出現し、小型邪星獣をまとめて引き裂く。
空中で散開して逃れた小型が、魔力の弾丸を連続で吐き出した。
一撃一撃は中型と比べても威力が低いが、立て続けに発射することでアニィ達の視界はたちまち埋め尽くされる。
アニィは3枚の盾を出現させ、魔力弾をまとめて跳ね返し、邪星獣を一気に殲滅した。
直後、消滅した群れの向こう側から、指揮官個体が降下してプリスに襲い掛かった。
強靭な顎での噛みつき攻撃はかわしたが、すれ違いざまに脇腹を蹴られ、真横に吹き飛ぶ。
吹き飛んだプリスは翼を大きく広げ、空中で体勢を立て直す。
だが襲い掛かってきたのは1体だけだ。残りはどこか、とアニィが探していると―――
『GVEEAAA!!』
醜悪な叫びと共に放たれた鉄の散弾が、背後からアニィに直撃した。
「ぐぁっ!!」
《アニィ―――ぬぅっ!!》
『BAAAHH!!』
背後に気を取られた間に、プリスの真下から最後の1体が光線を吐く。
プリスは回転しながらすれすれで回避した。アニィは翼の付け根にしがみつき、落下を防ぐ。
続けて真下の1体が一声吠えると、小型邪星獣数体が不自然に体を膨張させ、プリスめがけて襲い掛かってきた。
「プリス、落として!」
《お任せ!》
プリスが光線を吐き出し、膨張した邪星獣をまとめて撃ち抜くと、邪星獣は凄まじい爆発を起こした。
魔力を体にためこみ、自らを爆弾と化して特攻してきたのである。
更に、爆炎を貫いて飛んできた魔力弾がアニィ達を掠める。
アニィは左手ブレスに魔力を込めて結晶の盾を出現させ、魔力弾を全て跳ね返す。が、当たった手応えは無かった。
全て回避されたようだ。プリスは爆炎から離れ、アニィと共に体勢を立て直す。
爆炎を抜け、指揮官個体が3体揃って突っ込んできた。
身構えるアニィとプリスへと光線や魔力弾を放つ。アニィは結晶の盾で跳ね返すが、容易く回避された。
しかも1頭1頭が異なるタイミングで放つため、防御を解いて攻撃に移る隙が見いだせない。
小型邪星獣の群れを利用してアニィ達を撹乱し、散開して多方から攻撃する…
3体はただ群れているだけではなかった。チームを組み、確実にアニィ達を仕留めようとしている。
更に、小型の邪星獣も自爆という新しい手段を生み出している。
チームを組み、位の低い者を攻撃手段として使役するまでに、彼らは高い知能を身に着けているのだ。
だが、それがアニィの怒りを増幅させた。
邪星獣たちは、バルベナを不具にしたのみならず、メグとの愛情まで穢そうとした…
高い知能を持つ邪星獣の、明らかな悪意を持った行いだ。
幸福な2人の未来を引き裂こうとする邪星獣、そして邪星皇に、アニィは怒りをこらえられなかった。
あふれ出る魔力の白銀色の光が、両目から再び漏れ出す。
「許せない…許さないッ…!!」
《じゃあさっさと片づけましょう。奴らが来ます!》
「突っ込んで!」
《任せなさい!》
いつもと異なる攻撃的なアニィの指示に、プリスは敢えて従い、邪星獣の群れの真っただ中に飛び込んだ。




