第六十九話
既に全員が荷物をまとめてある。また、装備も若干ながら追加・改良してあった。
アニィは手袋と服の袖をつなぐ、クリップ付きの紐を購入した。紐は千切れにくく、伸縮する材質でできている。紛失の防止の他、いざという時にすぐ手袋を嵌めるための用意だ。
パルは格闘術の破壊力強化のため、輝ける鋼製の手甲と脛当てを購入した。
特に脛当ては正面に刃が取り付けられており、容易く邪星獣の肉体を破壊する素手の打撃が、これで威力を増すという。
ヒナは刀の柄に護拳、柄尻に小さな刃を追加する改造を金属加工工場で施した。
義肢の材料の金属の余りで作った物だ。柄尻の長さ1ドラクロー程の刃は、取り外して投擲武器にもなる。
この他、音響で周囲の状況を把握するため、美しい音の鳴る鈴も一つ買い、腰に下げた。
全員が外に出て、アニィ達は相棒のドラゴンの背に乗った。予備の服や携帯食などを詰めたバッグは、クロガネが背負っている。
メグとモフミネリィ、ジャッキーチュンにバルベナがそれを見送る。
「じゃあ、メグさん…お世話になりました」
アニィが代表して一礼すると、メグもそれに答える。
「短い間でしたけれど、皆さまと過ごせて楽しかったですわ。こちらこそありがとう」
《暇になったらまた来な。そん時ゃここで老後すごさせてやる》
《有難い申し出ですが、余計なお世話です》
憎まれ口のような別れの挨拶を交わす、プリスとバルベナ。その後、お互いに笑い合った。
いつの間にやら仲良くなっていたらしい。その様子にメグも楽しそうに笑う。
「んじゃあま、次の行先の協会にも話しとくかんね。しっかり世話になっとくれ」
「あ、はい…ありがとうございます」
モフミネリィのアドバイスに、アニィはためらいがちに礼を言う。
アドバイスと言って良いのか判らないが、彼女もまた姉妹と同じくアニィ達を支援してくれるらしい。
姉妹と同じく、彼女もまた善意の人のようだ。
町を眺めていると、農家の家族とドラゴンが、そこかしこで畑仕事が始めていた。農家の朝は早い。
仕事の邪魔にならぬよう、アニィ達は出発しようとした…が、ちょうどその時だった。
全く同時に、ヒナが何かに勘付き、ジャッキーチュンが切羽詰まった様子で鳴き出したのである。
「来る……!」
「ちゅんちゅん! ちゅんちゅんちゅん!」
町民達もその声に気付き、農具を捨ててドラゴンと共に厩舎に避難を始めていた。
アニィ達、そしてバルベナも気づく。邪星獣が発する、いつもの邪悪な気配であった。
「邪星獣…!」
《こんな早朝に来ましたか…》
全員が空を見上げる。だが上空には一つの影も無い。周囲を見回しても足音らしい足音も聞こえない。
「ヒナ、この間からの奴!? あの雨の!」
「違う。そいつとは別の気配だ、だがどこから…!」
アニィ達が邪星獣の姿を探す間、メグとモフミネリィが町民達の避難を促していた。
協会支部の地下避難所入り口への扉が開き、人々が列をなして階段を下りていく。
その間にヒナがクロガネの背から降り、刀を抜いて地面を叩いた。
山脈でも使った、音響と震動で地下の邪星獣を探す技だ。
甲高い音の直後、ヒナの顔が青ざめる。
「皆さま、ご家族を起こして避難なさって!」
「協会の地下は充分空いてっからねー。焦らずに…」
「待て!」
ヒナの声にメグとモフミネリィが振り向き、町民達が足を止める。
ヒナの様子からアニィ達は気づいた。邪星獣が近付いてきているのは―――
アニィは息を吸い、全員に聞こえるように叫んだ。
「地面の下にいます! 協会の中に逃げて!」
アニィの叫びに、町民達は一斉に地下から出て、協会の建物内に逃げ込んだ。
頑丈な建築物である協会の中なら、ある程度は邪星獣の攻撃も防げるはずである。
入りきらぬ者たちは、クリン医師の病院に誘導された。
そして各家庭のドラゴン達も、それぞれの建物周辺に集まった。
荒くれ者たちも建物周辺に陣取り、守りを固める。
ドラゴンを含む町民全員がそれぞれ避難を完了した、まさにそのタイミングで、地面が大きく揺れた。
倒れ掛かるメグをバルベナが支え、モフミネリィはジャッキーチュンを下敷きにして転倒する。
「ちゅん~!」
「ゴメンヨ。姫町長、ウチらも逃げんべ」
「ええ。バルベナ、走れる?」
《何とかな。急ぐぞ!》
モフミネリィとジャッキーチュンは協会に逃げ込んだ。
一方のバルベナは、義肢が試作品のために早く走れず、翼を片方失ったために飛行もできない。
不器用に足を動かし、専用の厩舎に逃げ込もうとするバルベナとメグ。
だが、ヒナの鋭敏な聴力が地下の動きを捕らえた。
地下を掘り進む邪星獣の行く先。そこにいるのは、バルベナとメグ。
「―――二人とも逃げろ!!」
ヒナが叫んだ直後、バルベナ達の目の前の地面が突如盛り上がり、爆発した土中から邪星獣が飛びだした。
四肢と指はが太く短く退化し、翼は長い腕に変化。
長く伸びた胴を持ち、前足で地面を彫りながら進み、翼が変化した腕で土を掻き出す…
地底を掘り進むのに適した体型へと変化した、地中型と呼ぶべき新種である。
『GBOHAAA!!』
『ZGEEYEAAA!!』
『VHHAOOOO!!』
更に、2人を助けようとしたアニィ達の眼前、協会や病院の周辺の土中からも、小さな地中型が無数に飛びだした。
アニィ達はすぐさま魔術や体術で邪星獣の群れを屠る。
ヒナとクロガネは協会、パルとパッフが病院側の防衛を担当し、手分けして殲滅を始めた。
だがその間にも、バルベナとメグの周囲に大き目な3頭、それに続いてより小さな地中型が無数に飛びだした。
アニィ達が止める間もなく、邪星獣の群れが2人に襲い掛かり、メグをかばうバルベナに噛みつき、爪を立てる。
『EYEEAAAGH!』
『KSHEEEEE!』
《お嬢、伏せろっ…ぐぁあああっ!!》
特に大きな一体が、バルベナの残る翼に噛みつき、今にも食いちぎらんとしていた。
更にその小型の地中型が義肢に群がり、鋭い爪で引っ掻き、尾の先端のな針を体中に突き刺す。助けに向かうアニィ。
だがそこへ、さらに通常の小型種が上空から飛来し、魔力の弾丸をアニィに向けて斉射した。
《アニィ、こいつらを片づけて、早くバルベナ達を!》
「うんっ!!」
アニィは魔力の盾を2枚出現させ、プリスがそれを糸でつなぎ、高速で振り回した。
弾丸は跳ね返り、空中の小型、地上の地中型を次々に爆散させる。
だがその間にも、バルベナとメグの悲痛な叫びが響いた。
「バルベナ! バルベナ!!」
《うぎぁあああああっ!!》
バキバキと音を立て、バルベナの翼が噛みちぎられた。
更に片方の眼球を貫かれ、義肢も折られて巨体がガクリと傾く。
血まみれのバルベナの下で、メグが泣き叫んでいた。
《くそっ…くそがっ…!!》
「いや、バルベナ!! いやあああ!!」
《大丈夫だ、お嬢…すぐ、逃がしてやっから…!》
「―――バルベナさんっ!!」
アニィが群がる邪星獣を結晶の巨大な円盤で切り裂くと、プリスはメグ達の元に駆け寄ろうとする。
だがその耳が、すぐ真横で鳴った音を捕らえた。
細かい針金が重なりたわむ音。蟲型が吐き出した、金属繊維の発射音だ。
金属繊維のかたまりが、バルベナに気を取られたアニィの脇腹を直撃し、吹き飛ばした。
「げふぁっ!!」
《アニィ!》
吹き飛ばされたアニィは地面に転がり、仰向けに倒れる。抉られた脇腹から大量の血が流れ出た。
そこへ小型と蟲型が群がり、起き上がるアニィの右肩と首筋に噛みついた。
「っがぁあああっ!!」
「アニィ!」
「アニィ殿っ!」
噴き出した新たな血が、服や地面を穢し、乱杭歯が肉や骨を貫く。
パル達もそれに気づいたが、邪星獣の群れへの対処で動くこともできない。
邪星獣の穢れた乱杭歯が、アニィを今にも引き裂かんとする。
その瞬間、プリスが飛び蹴りで群がる小型と蟲型をまとめて吹き飛ばした。
《アニィ、大丈夫ですか!?》
「プリスっ…! わたしは、大丈夫、それよりバルベナさん達っ…が…!」
アニィが身を起こし、プリスの背に再び乗ろうとして、激痛に膝を突いた時。
倒れ伏したバルベナを見下ろし、大きな地中型3頭が笑った。
そして、彼らの口から洩れたのは、またしても人間と同種の言語であった。
『―――見ツケタゾッ!』




