第六十八話
「ドラゴン!? フータが!?」
思わず声を上げたパルは、口元を押さえて周囲を見回した。他の来客の視線が集中する。
モフミネリィとジャッキーチュンが、来客たちに気にしないようにと身振りで促す。
アニィ達はそれを見て、一度外に出てから話を続けた。
真っ先にプリスの推測に賛同したのは、今しがた驚いたパル自身であった。
「確かに…成長というか、老化がほとんど見られないし。人間と会話が成立できる知能がある」
《そうです。人類に通じる言語を持つ生物など、人類以外ではドラゴンしかいません》
「じゃあ、チャムも『ドラゴンラヴァー』なの…?」
仮にフータがドラゴンであるとすれば、その親友として選ばれたチャムは、『ドラゴンラヴァー』になった可能性がある。
アニィの疑問も尤もであった。だが、プリスは首を振る。
《わかりません。しかし仮にそうであれば、邪星皇に危険視されるでしょう。
村には邪星獣が出ていないようですし、『ドラゴンラヴァー』ではないと思います》
「そっか…」
安堵のため息がアニィの唇から漏れる。パルも同じく、安心しているようだ。
仮に『ドラゴンラヴァー』であるとしても、小さな子供を巻き込みたくないのは、全員同じだ。
プリスもまた、人間に興味はないが、だからと危険な旅に連れて行く気は無かった。
それにいかにドラゴンがいるとはいえ、チャムもフータも邪星獣への対抗手段など持っていないはずだ。
危険視されるようなら、むしろ『ドラゴンラヴァー』であってほしくはない…と、アニィ達は思っていた。
「まあ、邪星獣が出てるし、完全に大丈夫ってほどじゃないけど…
とりあえず子供達のことは大丈夫って、考えていい…のかな?」
《ま、大丈夫…でしょうね》
パルは若干苦々しい顔で、プリスに同意を求めた。プリスも同様の表情でうなずく。
とはいえ、どちらも安心しきった顔ではない。今の時点では大丈夫だろう、という程度の希望的観測だった。
ともあれ、手紙と荷物の発送手続きは終わり、後はバルベナ護送の報酬受け取りを待つだけだ。
宿はパルとヒナが既に宿泊の手続きを済ませていた。
ドラゴン3頭が横になれる大広間と、3人部屋を取っていた。
設備の快適さでは、ヴァン=グァドより優れている。
人間が横になるのは床上のマットレスで、こちらも厚手で弾力があり、寝心地が良い。
さらに各部屋には簡易キッチンがあり、街中で買った食材を使って、その場で料理ができるようになっている。
農業で栄えている町ならではの作りであった。
さらに、大広間と3人部屋は大きな窓でつながっていた。
いつでも相棒のドラゴンの顔を見られるようになっている。
「メグ殿の意向で、ドラゴンも快適に過ごせるように作ったそうだ」
「ゴオゥ…」
荷物を宿の部屋に運び込むと、大広間に6人で集まった。高い天井を見上げ、クロガネがいたく感心している。
ドラゴンに恋したメグは、ドラゴンを伴う旅人向けにこの宿を設計させたという。
ただ、これでもバルベナの厩舎よりは質素な作りなのだそうだ。
「…上空の奴の気配と魔力はまだ消えていないが、動き出す気配は無い。準備を整えるなら今の内だ」
「うん。武具の販売店は無いけど、鍛冶屋さんはあるし。食料もなくなったから、買わないとね」
「クル!」
パルとヒナは、町内の地図を見ながら買い物のメモを書いている。
パルが言う通り、この町に武具の店は無いものの、武器の整備や食料品を売る店が充実していた。
医療が発達しているということで、薬剤販売局…現代日本で言う、薬局の処方箋の受付に特化した店舗…もあるほどだ。
「アニィ、何か必要な物とか、欲しい物とかある? なるべく必要なの優先で」
「え? えっと、うーん…」
半分呆けていた所を尋ねられ、咄嗟にアニィはバッグの中を探った。
取り立てて必要な物はなく、便箋や色鉛筆、画板、左腕のブレスレット、魔術制御用の手袋…
現在必要な物は全て揃っているのを確認した。
「ん…特に無いよ」
「そっか、じゃあ行ってくる。アニィはプリスと一緒に留守番お願い」
パルとヒナ、パッフとクロガネが、財布を持って立ち上がる。
先ほどの凄まじい人ごみに、アニィはすっかり参ってしまい、買い物に行く気力を失くしていた。
「うん、いってらっしゃい」
「晩御飯の材料も買ってくるから、帰ってきたらみんなで作ろう」
「では行ってくる」
「クル!」
「ゴゥ~」
パル達が大広間を出ると、アニィはプリスの体に寄りかかった。
もたれかかる小さな頭を、プリスの爪の先端が優しく撫でる。
《お疲れ様です。明日まではおとなしくしてた方がいいですね》
「うん…」
《今はしっかり休みなさい。まだ治りきってないんですから》
プリスは穏やかに笑いながら言った。
アニィの心身の健康を第一とし、それでいて押しつけがましさを感じさせない言い方に、アニィの頬がゆるむ。
「ありがとう、プリス。……プリスは優しいね」
《まあね。一応あなたのことは気遣ってますし》
「うん……」
プリスの言葉に答え、アニィは少し複雑な気分になった。
プリスは優しい。だがそれは―――彼女の本心なのだろうか?
気になり、じっとプリスを見つめた。視線が合うと、プリスは首をかしげ、アニィに尋ねる。
《どうしました?》
「あ、うん………うぅん、ええとね…」
だが、途端にアニィは口ごもってしまった。
何かを言おうとしたようだが、代わりに口をついてでたのは、先刻のメグとバルベナのことだった。
「プリス…プリスは、あの2人のこと、どう思った? メグさんとバルベナさん」
アニィとプリスは同じ場で、公共の場で愛を告白し合ったかのごとき2人を見ていた。
プリスは両者の間の感情そのものに興味はなかった。だが、美しいとは思った。
同じ気持ち…愛が二人を結んだことは、人間に興味が無い彼女にも、素直に美しいと思えた。
「…プリス?」
《ああ、失礼。素敵だなとは思いましたね》
アニィの声で我に返ったプリスは、簡潔に感想だけを答えた。
《ドラゴンと人間が同じ気持ちになったんですからね。素敵なことだ、とは思います》
「…そっか。プリスもそう思うんだ」
《ええ。…アニィ、何か?》
答えたアニィは、うつむいてしばし黙り込む。どこか思いつめた表情だった。
何か気にでもなるのかとプリスが疑問に思っていると、アニィはゆっくり顔を上げ、小さく首を振った。
「………うぅん、何でも。わたしも素敵だって、思ったよ」
《そうですか》
それきり、また2人は黙り込んだ。
アニィへの愛を知ったばかりのプリスは、自身へのアニィの恋心も、自身がアニィへ抱くのがどんな愛かも知らない。
それ故、バルベナとメグの関係については、ただ素直に素敵だと思っただけだった。
アニィも同じ気持ちだろうと思っていた。だが―――アニィの表情には、それだけとは思えない何かがあった。
一方、アニィは、まだプリスの心に踏み込めるほどの勇気を持っていない。
その優しさが本当の優しさかなどと尋ね、『ドラゴンラヴァー』だから…などと答えられるのが、恐ろしかった。
『ドラゴンラヴァー』がアニィでなくとも構わなかった…誰であろうと優しくした、と言われるような気がしたのだ。
そして答えを不安に思うのが、自身がプリスに恋しているからだと、彼女もまた理解していなかった。
芽生えたばかりの愛と、自覚の無い恋心…2人気持ちは触れ合うにはほど遠く、沈黙がわずかに緊張をはらむ。
プリスはもう一度アニィを見た。目を合わさず、しかし決して嫌ではない、そんな時間が過ぎていく。
パル達が帰ってくるまで、プリスもアニィもずっと黙っていた。
その後、簡易キッチンでパル達と共に夕食を作りつつ、アニィは考え事でずっと茫洋としていた。
元々料理に慣れていないのもあり、何度も指を切ってはプリスに治療してもらった。
親友達と作った料理にもかかわらず、アニィはその日の夕食の味を憶えていない。
翌朝。朝食を済ませたアニィ達は、バルベナ護送依頼の報酬受け取りのため、『厄介事引受人協会』アグリミノル支部に来ていた。
プリス達にバルベナを加えたドラゴンが窓から覗き、受付テーブルでパルとメグ、そしてモフミネリィがが手続きを行う。
昨晩は考え事をしていたらしいアニィを、プリスは心配げに見つめていたが、今の時点ではその様子は見られない。
報酬の詳細についてもメグからしっかり聞き、明細表も注意深く読んでいる。
「では、一人頭ドライズ貨幣150枚の計算で。よろしゅうございますわね?」
「あたしはいいよ。アニィとヒナは?」
「私も異議は無い」
「うん、良い…と思う」
報酬額には全員が同意した。邪星獣討伐と比べるとだいぶ低額になるが、護送が平和裏かつ短時間で終わったためであった。
話がまとまったところで改めて各自の口座に報酬が振り込まれ、明細と金額を印刷する。
印刷した用紙をモフミネリィが通帳のページとしてまとめ、手続きの完了を告げた。
「はーい、これで今回の依頼は完了っと。皆さんお疲れさまだよォ」
「ちゅんちゅん!」
ジャッキーチュンが通帳を金庫にしまい込み、鍵を何重にもかけた。
協会各支部の金庫の扉はかなり重く、人間の腕力では簡単に開けられない物らしいが、器用なのか両翼の筋力が化け物じみているのか。
モフミネリィに訊くと、受付担当の姉妹たちは台車付きのテコで開けているらしい。
ジャッキーチュンの筋力については黙秘権を突如行使され、ついぞ聞くことはできなかった。
ちなみにその間、ジャッキーチュンはアニィの膝に座り、頭部や胸をモフモフ撫でまわされていた。アニィのことが気に入ったらしい。
《じゃ、そろそろ出ます?》
「そうだね。次は『図書館』だけど…」
アニィ達はもう一度地図を広げ、山脈北のアグリミノル町…新しい町のため、地図には未掲載…から更に北、図書館の門の場所を指す。
魔法学園が管理している図書館。学園と言う、初めて踏み入る空間。そして医師の不可思議な言葉。
「『空が見えた』だっけ。クリン先生が言うには」
「ええ。先生のお知り合いの方がおっしゃっていたようですけど…」
「現地を見てみねば判らんか。……それこそ、魔術工学博士が関わっているのではないか?」
ヒナが指摘すると、全員が受付にある鉱石の板、そしてその奥の質量転移魔術ゲートを見る。
ビッグワンハウス姉妹が言うに、設立時には大変世話になったという、魔術工学博士。
実際にアニィ達も様々な機材、それを用いる姉妹によって、旅の道中おおいに助かっている。
地上の門をくぐったら、空が見える図書館にいる…常人の理解の範疇外である。
となれば、常人の理解の範疇を越えた発想を持つであろう、工学博士の発明である可能性は、無視できない。
《図書館なら、邪星皇やドラゴンに関する本もあるかもしれませんね》
そこにもう一つ指摘したのがプリスである。
もし邪星皇に関する書籍があるのなら、討伐のヒントも掲載されているのでは…との推測だ。
とはいえ、邪星皇の名前が知られている時期の書物となると、遥か昔に発行されたものだろう。
版を重ねるごとに内容が改訂されていれば、正確性を欠いている可能性もある。
《ま、ここで推測ばかり垂れ流しても仕方ありませんし。行きましょう》
「そう…だね」
アニィは膝の上のジャッキーチュンをモフミネリィに返し、立ち上がった。
撃破数に伴う口座振り込み報酬(3章ラスト―4章中盤)
単位:ドライズ貨幣
アニィ
全開口座所持金額:30750
小(50×):0
中(170×):185=31450(飛行型×185)
大(300×):0
指揮官(450×):1=450
新種発見(250×):2=500(半魚類型・蟲型)
新種撃破(750×):×98=73500(半漁型指揮官×1、蟲型×97)
計:105900
ボーナス:なし
その他依頼:250(ヒナの連れ戻し)+150(バルベナの護送)
支出:-252(手袋代+服代)
計:106048
口座所持金額:136798
パル
前回口座所持金額:29565
小(50×):0
中(170×):113=19210(魚類型×49、飛行型×66)
大(300×):0
指揮官(450×):3=1350
新種発見(250×):2=500(半魚類型・蟲型)
新種撃破(750×):67=750(蟲型×67)
計:71310
ボーナス:指揮官担当の撃破数×3により上記金額を3倍
×3=213930
その他依頼:250(ヒナの連れ戻し)+150(バルベナの護送)
支出:-14(レンズ代+服代)
計:214266
口座所持金額:243881
ヒナ
入会からアニィ一行遭遇までの所持金額:32470
小(50×):0
中(170×):82=13940(飛行型×82)
大(300×):0
指揮官(450×):0
新種発見(250×):2=500(半魚類型・蟲型)
新種撃破(750×):59=44250
計:58690
ボーナス:独立型発見・撃破ボーナス(特例):50000※
その他依頼:150(バルベナの護送)
支出:-7(コテ・キャハン・覆面代+服代)
計:108840
口座所持金額:141310
※報酬・ボーナスの制定はヒナへの支払いの後のため、
ここでは制定前の報酬額を記載




