第六十七話
見つめ合う二人を見て、町民たち、そしてアニィ達もまた、その光景に口を閉ざしてしまった。
ドラゴンと人間が愛し合う姿の美しさが、彼らからあらゆる思考を奪ったのである。
囃し立てる者の一人として無く、誰もが陶然として2人を見つめていた。大人だけでなく、子供達までもが。
憧れの眼差しで、アニィは2人を見つめる。
自分もこうなれたら、こう在れたらという、2人はアニィにとって、そんな理想の姿であるようだ…
プリスはアニィの視線をそう読み取った。アニィの恋が自分に向けられていると、彼女はまだ知らない。
しばしの沈黙が過ぎると、バルベナがわざわざ思念で咳払いをした。
《お、お、うぉっほん。絵は描き終わったし、手紙送るんだよな? プリス》
《え? ああ、そう。そうですはい。他にも色々買うので、後で郵送してもらいたいのですが》
バルベナと2人の世界に浸っていたメグが、プリスに言われてハタと気づき、顔を上げた。
「そうでしたのね。ではモフミネリィさん、郵送手続きの準備を」
「うぃっすマム」
「ちゅんちゅん!」
モフミネリィとジャッキーチュンが協会に戻る。アニィ達はその場で手紙を書き、封筒に入れて封をする。
更に村に送る荷物を買うため、アニィ達は露店を周ることにした。したのだが…
「小さな子供達が使うなら―――」
「あーぃいらっしゃいいらっしゃい、今日はマッスルサーモンの燻製が安いよぉ!」
「…このくらいの大きさと切れ味が良かろうな」
「本日はボールキャベツのセールを実施しておりまーす!」
金物の露店でヒナがためらいなく刃物類を購入する際中、他の店の声が会話を阻む。
昼食の時間を過ぎ、もう何ジブリスか過ぎれば夕食の時間だ。
献立を考えつつ買い物をする客、それを呼び込む店員たちで、露店は混雑している。
「すごい、シーベイよりも元気…。ヒナさん、うるさくない?」
「大丈夫だ。聞きたい声だけを聴けるよう、クロガネと訓練もしたから」
「サムライすごいな!」
鋭敏なヒナの聴覚神経をアニィが気遣うが、ヒナ自身が既に対策済みであった。パルもその技能に驚く。
3人は集まって行動し、プリス達ドラゴンは町民を押しつぶさぬよう、商店街の3人の帰りを待っていた。
帰ってくる頃にはパルとヒナが大量の荷物を持ち、アニィは荷物を持ちつつすっかり疲れた顔になっていた。
「は~~…すごい人ごみ…」
《お疲れ様です。じゃあ、協会に行きましょ》
保存用に乾燥させた肉や野菜、マッスルサーモンの干物など…
買い物を持ち込み、協会で大きな箱に詰め、郵送の手続きをする。
ここにも質量転移魔術ゲートが存在し、そこから最もヘクティ村に近いシーベイの支部に送れるという。
新鮮な食料が送れないことにアニィ達は若干申し訳なく思いつつ、手紙と共に荷物を協会に預けた。
アニィの署名と魔力押印、そして支部のサインと押印をアニィの会員証に施し、手続きは終了。
そこで「あ、そうだ」と唐突にモフミネリィが手紙を出した。
「ヘクティ村? からお手紙が来てたんよ。アニィちゃん達充てだね」
「あっ、ありがとうございます!」
手紙を受け取り、フロアの隅のテーブルに集まって、アニィ達は手紙を開封した。
プリス達ドラゴン3頭は、窓から顔を突っ込んで手紙を覗き込んでいる。
代表して書いたであろう、チャムの丸っこい文字が並んでいる。
《アニィちゃん、ねーちゃん、プリスちゃんにパッフ、お手紙ありがとうございます。
みんな元気でくらしてます。荷物もいっぱいありがとう。大事に使わせてもらいます》
「あたしの妹のくせに、アニィの方が先かよ!」
《ちゃんって何ですかちゃんって。人間の分際で馴れ馴れしい》
「クルクル」
「まぁまぁパル殿、プリス殿も落ち着かれよ…アニィ殿、先を読んでくれ」
ヒナとパッフが、怒り狂う二人をどうにかなだめる。
ちなみにヴァン=グァドから出した手紙が届く前の日付の手紙のため、ヒナとクロガネのことは書かれていない。
「う、うん…」
《邪星じゅうは、今の所ここには来ていません。ドラゴンさんたちも見ててくれているので、今は安全だと思います。
シーベイのことはセンセーにもちょっとだけ聞きました。いい街だなって思いました。
アニィちゃん達が帰ってきたら、ぜひいっしょにシーベイに行ってみたいです。
おくってくれたご飯はおいしいし、おふろもみんなで入って気持ち良かったです》
これを読みつつ、ヒナがグスッとすすり上げた。恐らく里での生活を思い出したのだろう。
アニィは続きを読んだ―――特に気になっていたフータのことが、書かれてはいたのだが。
《フータのことですが、聞いてみてもわかりませんでした。
色々お話はしたけど、『おおきくなるまで待ってて』としかわかりませんでした。答えになってなくてごめんなさい。
まだフータのことは判らないことでいっぱいなので、もう少し見ていたいと思います》
「フータ。確か、パル殿の妹君の…」
「うん、友達のモフルタイガー。……チャムとは話ができるみたいなんだよねえ」
不思議そうに首をかしげるパルとヒナ。アニィはそんな二人を横目に、手紙の続きを読んだ。
《最後に、まだ邪星じゅうは色々なところに出てるって、行商のおじさんも言ってました。
アニィちゃん達も気を付けてください。早く邪星おうをやっつけて、ちゃんと帰ってきてね。
では、またね。チャム・ネイヴァ、学校の子供達より》
最後に、子供達とセンティ、そしてフータの拙い似顔絵が描かれていた。
一生懸命描いたであろう絵に、アニィとパルの心が温まる。
手紙をたたみ、画板を入れたバッグの中に大切にしまい込むアニィ。
届いた荷物が役に立ったことで嬉しい反面、結局フータの言う『準備』が何かはわからなかった。
それでも判ったことはいくつかあった。アニィは手紙に書いてあった内容から、一つの疑問を口にする。
「フータからチャムに、言語でメッセージを伝えたっていうこと…だよね。
それと、大きくなるっていうこと…成長なのか、サイズが大きくなるのかは判らないけど」
「それだけどさ、フータって何か、こう…成長してる感じが無いんだよねぇ…いや…
年を取ってないっていうのかな。あたし達が小さい頃から、ずっとあのまま」
アニィとパル、そしてプリスは、手紙に書かれていたことを思い出す。
詳細不明のメッセージの内容…そして言語を用いていながら、チャムにはその一部しか理解できなかったという事実だ。
《色々話されたということでしたが、恐らく人間の言語ではないと思います。
村を出る時と同じ、思念による通信ですかね。それも独自の言語の。
ただ、人間の…あのちびっ子が受け取るには、複雑かつ膨大な情報だったんでしょう》
チャムが理解できた言語を、ごく一部のメッセージにのみ用いていた。
それ以外は人類、少なくとも子供では解読できない言語である…
ということは、彼は極めて高い知能の持ち主だということでもある。
「フータがそういう、子供の頭ではわからない何かを、いつも考えてるっていう事…?
それだけフータは頭がいいっていうことか…」
「…本当、何者なのかなフータは…」
考え込むアニィとパル。その横で、プリスが顔を上げた。
《…心当たりが一つあります》
プリスの言葉に全員の視線が集中する。あくまで推測であることを告げた上で、プリスはその視線に答えた。
《恐らく―――あくまで推測ですが、あの毛玉はドラゴンです》




