第六十五話
プリスの背に乗って炊事場に辿り着くと、モフルドッグ柄のエプロンを着けたパルが、煮立つ鍋を前に立っていた。
周りでは子供達が皿を持って待っている。年齢の高い子供達の手足もまた、金属の棒や紐でできていた。
何度かパルが棒で鍋の中をかき回し、出来上がったシチューを子供達が持つ器にくばってやっていた。
隣ではパッフが子供達を整列させてやりつつ、待ち時間で遊んでやっていた。
一方、ヒナとクロガネは別の一団と話していた。
遠目に見た所、胸に下げたプレートからするに、どうやら協会の荒くれ者…
要するにシーベイのバンダル達みたいな集団らしい。
会話の内容からすると、ヒナの気配を察知する術のレクチャーのようだ。
時折後ろのクロガネの方を向いている。彼が教えてくれたのだと説明しているのだろう。
「おーい、アニィ、プリス!」
炊事場からパルが呼ぶ。子供達も振り返り、プリスの姿を見て歓声を上げた。
炊事場へ向かうと、鬱陶しそうにするプリスにかまわず、子供達は群がって鱗や尾に触れた。
外部からのドラゴンの来訪は珍しいようだ。しかも今日だけで4頭も来たので、子供達ははしゃいでいる。
「パル、これはその…炊き出し?」
「うん。人手が足りないから手伝ってくれって」
周囲を見回すと、確かに沢山の町民たちが集まっている。調理を請け負う者達も忙しそうだ。
この町では日常的に炊き出しが行われ、町民が互いに収穫を料理として出し、分け合うようにしているという。
アニィが降りると、パルがトレイの上に器とパンを乗せ、器にはシチューを満たして手渡した。
「はい、お昼ご飯。そろそろお腹空いた頃でしょ」
「うん…ありがとう、パル。いただくね」
「ヒナが隣の席取っててくれてるから、そこで食べな」
トレイを受け取ると、アニィはプリスをちらちらと見た。自分が昼食の間どうするのか、行動を尋ねたいようだ。
プリスはバルベナがいる厩舎の方を見て、そちらに行くことに決めた。
《私はバルベナの方を見てきます。あとでまた》
「う、うん…後でね」
一旦分かれを告げる2人。ヒナがいるテーブルにとことこ歩いていくアニィを見送り、プリスは厩舎に向かった。
先ほどメグに見せられた厩舎は、やはり見間違いなどではなく、むやみやたらに豪奢な花の彫刻で飾られていた。
ひょこっと窓から覗くと、予想通りバルベナは不機嫌な顔で横になっていた。
彼女の前でメグとクリン医師、そして数人の住民が手伝って、義肢を組み立てている。
何と、メグは素手で金属の棒を曲げていた。すさまじい腕力だ。
バルベナの周囲には子供達が集まり、物珍し気に話しかけていた。
「ドラゴンさん、ケガしたの?」
「いたい?」
「ポックリバナ食べる?」
《誰が食うかこのすっとこどっこいが! ドラゴンはモノ食わねえし、そりゃ即死性の毒花じゃねーか!》
バルベナが怒り出すと、途端に子供達が離れていった。怖がっているかと思えば、キャッキャッと笑って楽しそうだ。
近隣で即死性の毒花が採れる危険地帯であることが判明したが、プリスには関係ないので放置しておいた。
プリスと目が合うと、バルベナは気まずそうに眼を逸らした。
《おやぁ、楽しそうじゃないですか。遊んでもらえてよかったですね》
《誰がおもしれーかよ。ったくよぉ、ガキの遊びやらクソお嬢の暇つぶしやらに付き合わされてよ…》
そんな文句を言いながら、バルベナは特に子供達に暴力を振るったりもせず、メグを追い払うことも無い。
詰まらなさそうな顔こそしているが、バルベナは怒ってなどいなかった。
むしろ、人間との触れ合いには心地よさすら感じているようにも見える。
人間に興味はなくとも、嫌いではないのだろう。
その一方で、メグ達の義足組み立てをじっと見ている子供もいる。傍目にはとても和やかな光景だ。
《義足、あなたのためですってね。世界で一番大事なあなたの》
《物好きな奴だなあ。ドラゴンに合う義足なんざ、人間なんぞに作れんのかね?》
《今作ってるんでしょうよ。よほどあなたに使って欲しいらしい》
フン、と鼻で笑うバルベナ。だがその顔は楽しそうだ。
それは歩けることの楽しみか、それともメグの心遣いへの感謝か。
子どもたちに囲まれて義足を組み立てるメグを見ていたバルベナが、不意にプリスの顔を見上げた。
《テメェはどうなんだよ?》
《どう、とは?》
プリスの返答に、バルベナは一瞬だまりこんだ。どうも予想外の反応だったようだ。
バルベナは目を泳がせ、周囲を見回すと、顔を上げてプリスに再度尋ねた。
《だから、テメェが乗せてる人間だよ。あれとはどうなんだよ》
《………何を言ってるんです、あなた? パルにも似たようなこと訊かれましたけど》
だが2度目の質問にも、プリスは首をかしげるばかりだった。
愕然としたバルベナは、すっかり呆れかえった表情で、再び顔を下ろすと深いため息をついた。
うそだろォ…とつぶやき、残った片手で頭を抱えている。
一方のプリスは何を訊かれたのかさっぱりわからず、ただただ首をかしげるのみであった。
バルベナはプリスが本当に意味を分かっていないことを知り、もう一つため息をついた。
《いや、もう何も言わねェ…》
《何なんですかあなた…》
《忘れてくれ》
なんの事やらと全く理解できないプリスを前に、すっかり参ったバルベナであった。
自分がメグに対して強い愛情を持っている…という自覚は、バルベナ自身は認めようとしないが、ある。
だからこそ同じ感情がありそうなプリスに尋ねてみたのだが、結果はこうだ。まるで自覚していない…
つい、視線は救いを求めてメグに向けられてしまった。
そのメグもまた、バルベナと目が合えば楽しそうに笑う。ほのかに染まった頬が愛らしい。
「楽しみにしててくださいましね、バルベナ。もうすぐ出来上がりますわ!」
《悩みを相談する隙が無ェ》
金属製のネジを締めると、断面との接合部を手で押し、人間の腕力程度では動かないことを確認するメグ。
少なくとも形はバルベナの残る左前脚の肘から先とほぼ同じで、見た目は申し分ない。
メグとクリン医師が、ガシャンと派手な音を立てて義足を立てた。
「できましたわ! バルベナの義足、試験型第1号!」
「うわあ、すごい!」
「ヒメ町長、かっこいい!」
子供達が歓声を上げて拍手すると、メグがそれに軽く手を挙げて答えた。
義足1号は武骨で簡素な、金属の棒と鉄の縄の組み合わせでできていた。
だが実際はガス圧を利用した衝撃吸収シリンダ、頑丈な足首関節。
太い金属棒を少数用いた、簡素且つ堅牢な構造。
見た目の美しさよりも頑強さを優先した義足だ。
《1号? てことはオレ、これから改良に付き合わされるの?》
「そりゃそうですわよ。あなたのための義足ですもの」
《ドラゴンの悩みに付けこむこの行動力ゥ! 何て強引なお嬢だ…》
またしても頭を抱えるバルベナ。だが、その口元は楽しそうに笑っていた。
「プリス様、良かったら手伝ってくださいまし。バルベナの体を持ち上げてくださる?」
《いいですよ。どれ、お邪魔します》
厩舎入り口をくぐると、床面は磨き上げた石を敷き詰められ、バルベナは草と獣の革でできた柔らかな布に横たわっている。
囲いがあるのはバルベナの周りだけで、他にドラゴンが休む場所は無い。
どうやら、ここは本当にバルベナ専用の厩舎のようだ。
プリスはバルベナの横に回り込み、横たわった真紅の体躯を持ち上げてやった。
《どうぞ、お嬢さま》
「かたじけのうございます。ぁどっこいしょっと」
《ぶふー》
今度はメグのどっこいしょにバルベナが噴き出した。ご丁寧に思念の通話で。
《やめてくれ、力が抜ける…》
「ラクにしていただいた方が良いですわ。その方が装用させやすいですもの」
そんなことを言いつつ、子供達が見ている前で、メグはてきぱきとバルベナの右上腕から肩にハーネスを装着する。
脇から肘の内側までを支える支柱を取り付け、装用が終わり、プリスとメグが離れた。
バルベナは右の前脚に体重をかけ、義足の頑丈さを確かめる。
続いて少し速めの速度で、意図的に右前脚に体重をかけて歩いた。
床面を踏みしめるたび、義足はがしゃん、がしゃんと音を立てながらシリンダを伸縮させる。
ドラゴンの体重をもってしても義足に破損の気配は無い。
《おお……歩ける!》
「やった! やりましたわ、バルベナ!!」
文句を言っていたバルベナも、この時は流石に感心し、歓喜のあまり抱き着くメグを放っておいた。
クリン医師や子供達も祝福し、手を叩いて喜んでいた。
クリン医師は、涙をぬぐいつつメグの頭を撫でまわした。
「やったな。よく頑張ったな、姫町長!」
「先生のおかげですわ! 先生がずっと、ずっとわたくしに、義肢の事を教えてくださったからですわ!」
「いやいや、成し遂げたのは君自身の努力の賜物だよ!」
喜び合うメグと医師、そしてこっそり照れくさそうにしているバルベナ。
メグはドラゴンラヴァーではないにもかかわらず、バルベナと大層仲が良いのは、短い時間の護送でも良く判った。
ここでフとプリスが思ったのは、それこそバルベナが彼女を選んだ…
つまり、自身とアニィのそれに似た関係、つまり『ドラゴンラヴァー』ではないか、ということだ。
バルベナのプライバシーのこともあるので、訊く前にできることなら人払いを頼みたいところではあるが…
と、その時クリン医師と目が合った。どうやら彼はプリスの様子に気付いたらしく、子供達を促して外に連れていった。
「もうお昼ごはんの時間だな。今日はお客のお姉さんも手伝ってくれてるらしいぞ。皆行こう」
「「「「「はーい!」」」」」
子供達とクリン医師が去ると、厩舎にはプリスとバルベナ、そしてメグが残された。
外を見て戻ってくる気配が無いことを悟り、プリスはメグに尋ねる。
《お嬢さま、あなた『ドラゴンラヴァー』ではありません?》
メグは目をしばたたき、聞いたことの無い単語に首をかしげる。
「『ドラゴンラヴァー』? 何ですの、それは?」
《平たく言えば、ドラゴンが選ぶ一生涯の相棒みたいなものです。
あなたはずいぶんバルベナと仲が良いようなので》
プリスの言葉を聞き、メグとバルベナが目を合わせた。
バルベナは先にパルとヒナから『ドラゴンラヴァー』のことを軽く聞いていたが、それでも彼女もピンと来ていないようだった。
「心当たりはありませんわねえ。バルベナは?」
《オレも無ェな、あんたを選んだなんてことは…》
《じゃあ、さっき材料を曲げていたのは何です?》
「魔術の応用ですわよ。ほら」
メグは余った鉄パイプを両手でつかみ、曲げた。
高熱で真っ赤になったパイプは、常人の腕力でも確かに容易く曲げられる。
炎の魔術の応用で、金属に熱を伝えているのだ。
メグは魔術を使える…魔力の出口をドラゴンと『共有』していない。
即ち、『ドラゴンラヴァー』ではないのだ。
《ハタから見たらシルバーコング並みの腕力で曲げてるみてェだな》
「だぁれがコング女ですってェ!?」
《やめろアゴ掴むなゆするなあぉあぉあぉぅ》
怒るメグに顎を掴まれゆすられて、バルベナの頭と共に声も揺れた。
プリスは呆れながらそれを見つつ、穏やかに笑う。
《さいですか…まあいいです、お二人の仲がよろしいのなら》
《だだだ誰がよろしいかコノヤロウ!》
今更ながらのバルベナの怒りであった。
明らかな照れから出たそれに苦笑し、その直後、メグはプリスの背中の上や背後に視線を送る。
誰かを探しているらしいと判り、プリスは探し人が誰か訊こうとしたが、先にメグの方から尋ねた。
「プリス様。アニィさんはいらっしゃらないの?」
《え? ああ、お昼ごはんです。その間暇なので、私はこちらに》
「そう。ご一緒ではないのね…」
どうやら探し人はアニィのようだが、いったい何の用事があるのか?
プリスがそう尋ねると、どうやら用事があるわけではなかったようだ。
「あっいえ、用事ではなく、意外だったというだけですわ。
お二人、とても仲が良さそうでしたから。いつも一緒にいらっしゃるものかと…」
《意外? 一緒にとは? まあ相方ですし、だいたい一緒にいますが…》
首をかしげたプリスに答えようとして、メグは慌てて自分の口を押えた。
バルベナの方をちらちらと見て、内緒にするようにとくぎを刺す。
バルベナも判っている…というより、事情を知って既に呆れかえっているようで、げんなりした顔でうなずいている。
先ほどの問答から変わらぬ表情であった。プリスは二人の意図を全く理解できず、またも首をかしげた。
《先ほどバルベナにも言われましたが、私とアニィがどうだと言うんです?》
「…プリス様、本当に自覚をお持ちではないの? だって―――」
「愛していらっしゃるんでしょ? アニィさんのことを」




