第六十四話
そうこうしているうちに、厄介事引受人協会アグリミノル支部に到着した。
そこそこに大きな建物だが、さすがにドラゴンが入れるほどの広さは無い。
アニィはプリスの背から降りて、ドアを開け協会に入った。プリスは外から回り込み、窓に顔を突っ込む。
受付で一際目を引く小さな姿があった。
「ちゅんちゅん!」
鳥類だ。頭が白く、首から下はダークブラウン。
真冬に木の枝にとまっている白い小鳥を大きくしたような、卵型の体形。モフモフの羽毛。
その横では、眼鏡をかけた女性がだらけ、苦そうな黒い茶を飲んでいた。
彼女は鳥の声で来訪者に気付き、顔を上げてアニィを見た。
「へいらっしゃい」
その顔には、またしても見覚えがあった。アニィも、入り口で待つプリスも、目を見開いて彼女の顔を凝視する。
ヴァン=グァド、そしてシーベイの協会受付担当、ビッグワンハウス姉妹とよく似ていた。
「……あの、ビッグワンハウスさん…ですか?」
「おやぁ。よっくわかったねぇ」
女性はだるそうに答え、机の上の鳥に陶器のカップを手渡す。
鳥はカップを少し離れた位置に置き直した。器用な生き物だ。
「あたしゃモフミネリィ・ビッグワンハウスってのよ。
で、こいつはモフルイーグルのジャッキーチュンね。
姉貴と妹から聞いてるよぉ、あんた達のこと。アニィちゃんにパルちゃんヒナちゃん」
「は、はい…アニィ・リムです、よろしく…おねがいします」
「ちゅんちゅん」
アニィがためらいがちに答えると、ジャッキーチュンが机の引き出しから鉱石の板を取り出した。
モフミノーラがアニィに見せ、姉のモフミーヌと通話した時の板と同じ物だ。
ジャッキーチュンは鉱石の板の隅に触れた。
途端、モフミーヌとモフミノーラの顔が、板の半分ずつに映し出された。
それぞれの助手のチャウネンとポコマツも顔を見せる。
『アニィ様! お具合を悪くされたと聞きました! 大丈夫ですか!?』
「あ、は…はい。何とか。ヒナさんと、町のお医者様のおかげで」
『っはぁ~~、良かったでゴザル…
何しろヴァン=グァドを出てすぐと聞き申したでゴザルから、気が気でなかったでゴザルよ』
心底安心したらしく、二人とも大きなため息をついていた。
横で見ているモフミネリィはといえば、それを聞いても気怠そうにしているだけだった。
『ではモフミネリィ、アニィ様達がこの町にいらっしゃる間は、よっくお世話するのよ!』
『わふっ』
『ですぞ、姉上。何かあったら拙者が必殺のハラキリでその首すっぱり落としに』
『ポンポコポンポコ』
さすがにバイオレンス極まる脅しはまずいと、ポコマツがモフミノーラを止めにかかる。
はいはいと受け流し、モフミネリィは鉱石の板に触れて映像を打ち切った。
どうやらモフミネリィはモフミノーラの姉、モフミーヌの妹らしい。ビッグワンハウス5姉妹の半分以上と面会したわけだ。
「そいでー、何のご用事? 報酬受け取りだっけ? お友達から聞いてっけどぉ」
「あ、はい…」
「ちゅんちゅん」
返答を聞いたジャッキーチュンが、モフミネリィに替わって印刷用紙と押印用の台を置く。
ヴァン=グァドで報酬を受け取った時と同様に手続きを済ませ、印刷用紙に焼き付けられた金額を見た。
シーベイでの受け取り後、ヴァン=グァドからここまででの報酬金額の合計、ドライズ貨幣106048枚分。
恐るべき金額にくらりと眩暈を感じ、アニィは思わず受付テーブルにしがみついた。
現代日本の金額に換算すると、ドライズ貨幣が1枚で1万円相当のため、ヴァン=グァドとマウハイランドの戦闘で10億円を稼いだことになる。
明細を見ると、中型を185頭、新型を発見即撃破で98頭斃したことが、かなり響いている。
なお、バルベナ護送の報酬は今も計算中とのこと。
抜けかかった腰を無理やり押し戻し、アニィはどうにか立ち上がった。
「す、すごい…ですね……」
明細をモフミネリィに手渡し、前の受け取り分と合わせて通帳にページを足してもらう。
「お友達はもっとすごかったねぇー。20万越えてたっけ、パルちゃん。
指揮官の奴を3頭もやっつけたもんねぇ」
「にじゅ…」
「本人も腰抜けかかってた」
そう言われて思い出したのは、パルが海上で指揮官を2頭、山脈で1頭撃破したことだ。
つまり、邪星獣各個撃破分の報酬を3倍する計算になる。親友の凄まじい活躍に、アニィは目を回しそうになった。
その一方、気になったのはヒナの仇敵ガ=ヴェイジのことだ。
サイズこそ大型と同等だが、高い知能と独立した自我を持ち、独自に行動する種類。
新しくカテゴライズするに充分な、新たな脅威である。
そのことを尋ねると、モフミネリィはアニィの会員証を差した。
「んー、たぶんね、何かお知らせ来てると思うんよぉ」
「お知らせですか? …あ、そういえば」
裏返すと、依頼証明の方の押印が光っていた。定期依頼の内容改訂の告知が来ている。
もう一度押印台の上に乗せると、プレートから音声が流れ始めた。
《厄介事引受人協会より、お知らせいたします。
定期依頼『ドラゴン擬態種討伐』は、本日より依頼内容を『邪星獣の討伐』へと変更いたします》
これが1つ目。ヴァン=グァドに着いた直後の日付だ。
協会本部との精査の末、正式に『ドラゴン擬態種』から『邪星獣』へと、協会の例規が改訂されたという告知だった。
そしてもう1つの音声が流れる。
《厄介事引受人協会より、お知らせいたします。
定期依頼『邪星獣討伐』において、新カテゴリ及び報酬を制定いたしました。
新カテゴリは群れから独立して行動する『独立型』、討伐報酬は1体につきドライズ貨幣3000枚。
ボーナスで、指揮官と同様に倍率で増額いたします。
指揮官個体と独立型を両方討伐した場合、倍率は両者を合わせた数となります》
つまり指揮官1体・独立型2体なら、各個撃破分の合計が3倍になるわけである。
モフミネリィは依頼内容の改訂分をアニィに見せ、読み上げつつ説明した。
「独立型を見つけた子、ヒナちゃんね。新種発見したってことで、特例ボーナスをもらえたわけよ」
「確かに…頭のいい敵ですから、このくらいの報酬でないと釣り合わないですね…」
討伐報酬はドライズ貨幣3000枚、独立型発見の特例ボーナスが50000枚。
単体の討伐報酬の額は、先日のマルシェ夫人の依頼よりも高額だった。
単純に脅威というだけでなく、邪星獣への対策の立て方を大きく変える存在だ。
このくらいでなければ…あるいはこのくらいでも、果たして釣り合う金額かどうか。
「すっごいねぇ。あんなおっそろしいバケモノ相手に、あんたみたいな子たちが闘ってるんだねえ」
「ちゅんちゅん!」
関心が無さそうだったモフミネリィが、ここで初めて感慨深そうに言った。
ジャッキーチュンもアニィに向かって羽で拍手をする。
自分達のことを賞賛されているのはわかるが、アニィは称えられることにまだ慣れず、ついプリスの方を振り向いた。
プリスは敢えて視線を逸らし、アニィ自身が返答するよう無言で促した。
「え…えっと……あ、ありがとう、ございます………… …で、いいんでしょうか…」
「いえいえどういたしまして。じゃ、これで報酬の受け取り手続きは完了ね。
それ以外で、何か質問とかある? お姉さんなんでも答えちゃうぞ」
「ちゅんちゅん?」
何でもと突然言われ、アニィは返答に窮した。
モフミネリィの口調は半分ふざけたもので、本気かどうかが判りづらい。
村にいた頃、こんな口調で馬鹿にされたこともあり、あまりいい印象は抱けなかった。
なので無難な質問をチョイスした。
「それじゃあ…その…パル達、どこにいるか知りませんか…?」
「プライベートなことは聞いてくれんのやね」
「?」
「いやいや何でも。多分、炊事場にいるんじゃないかな? ここ公共の炊事場があるから、お昼時だし」
先ほど病院の窓から見た時は、炊事場とやらは見えなかった。
壁に掛けられた町内マップによると、商店街のさらに向こうらしい。
一度外を見ると、なるほど商店街の向こうに人が集まり、煙が立っているのが見えた。
騒ぎになっていないことから、火事などではないと判る。
「ありがとうございます。いってみます…」
ぺこりと一礼し、アニィは外に出て、プリスを伴って炊事場へ向かった。
それを見送ったモフミネリィは、椅子に寄りかかって再び黒い茶をすする。
「うーん…チョー好みのタイプなんだけどなあ。脈なさそう」
「ちゅん」
つぶやきに対するジャッキーチュンの返答は、そっけない一言のみであった。




