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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第四章:想い知り初めて-Dragon's Euphoria-
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第六十三話


 まだ幼い頃、それこそ物心つく前は、決して自分と家族との仲は悪くなかったのでは…と、アニィは思っている。

だがドラゴンに乗れず魔術も使えないと発覚するまで、自分が家族にどう扱われていたのか。

アニィはふと先刻の夢を思い出し、プリスに尋ねた。


 「ねえプリス。プリスって、村を出る前にわたしと会ったこと、ある?」

 《いえ、ありませんけど。どうしました?》


 アニィは先ほどの夢の事を説明した。何者かが赤子の少女に抱き着かれ、共に在ることを誓った夢。

その中で、アニィは「何者か」の視点で夢を見ていた。


 《へえ。妙な夢ですねえ》

 「うん…それに何だか、その姉妹の顔に見憶えがある気がして…」


 窓辺に寄りかかり、アニィは夢の中の姉妹の顔を思い出そうとする。

だが夢の中の出来事であり、記憶からはすぐさま消えてしまう。今では姉妹であったという印象しか残っていない。

アニィは思い出すのを諦めて、この話題は結局うやむやの内に終わってしまった。

 と、窓辺の前を2人連れで誰かが通りかかった。

一人はクリン医師だが、もう一人は見覚えの無い女性だ。作業着を着て、防塵用の布で顔を覆っている。

初対面の筈の彼女が、アニィに親し気に声をかけた。


 「あらアニィさん、お目覚めですのね。お具合はいかが?」

 「え…あの……?」

 「どうかなさいまして?」


 いきなり見知らぬ相手に名を呼ばれ、アニィは思わず身構える。

一方、相手の女性はその様子に首をかしげるだけであった。

だがすぐにその理由に気付き、女性は防塵の布を顔から外した。

布の下から現れたのは、見覚えのある顔であった。


 「メグさん…!?」

 《いやいやいや。あなた町長なんでしょう、何で労働階級みたいな格好を?》

 「そりゃ、わたくしが労働してるからですわよ」


 そう答えた彼女の手には、半ドラームほどの長さの金属製の棒やリング、針金らしきものが握られている。

これを見た時、アニィは町を訪れた時の違和感…クリン医師を含む住民たちの腕や脚に感じた、妙な違和感を思い出した。

アグリミノル町は、農業で生計を立てる土地ではなく…


 「ここは傷病者の町なんだ。ほら、私もこの通り。姫町長が作ってくれた、新しい腕だ」


 メグの隣にいるクリン医師が、自らの左腕を見せた。

軽金属のパイプ、細い針金をまとめた鉄の紐(ワイヤー)が複雑に組み合わされた義手だった。

指は曲げた金属の板でできており、親指と人差し指に相当する指は独立している。

動作自体は掴むか開く程度しかできないようだが、先ほどナイフで固形食を切った姿を思い返すに、不自由はないようだ。

また一般住民たち、商店街の商売人なども、片手か片足が金属製の義肢になっている者が多く居た。


 「もともと、西の方にある工業都市直営の大病院だったんだ。

  都市が怪物に…今で言う邪星獣に襲われて、傷病者が逃げてきたが、病院では狭すぎて。

  解体して町にしてしまい、今ではこの通りだ」

 《へえ》

 「そうだったんですか…」


 無関心なプリス、いたく感心するアニィ。その反応を見て、医師は自慢げに話しを続けた。


 「姫町長はそこの首長の娘でね。前から義肢作りを勉強していて、町を作り設計・開発・配布したんだ。

  だから『姫』で『町長』なのだよ」

 《へえ》

 「そうだったんですか!?」

 「先ほどの移動式の診察台も、義肢の応用で彼女のお手製さ。

  で、今度はドラゴン用の義足も作り始めたんだ」

 「ちょ、ちょっと先生…!」


 驚くアニィの視線に照れて、慌てて義肢のパーツを背に隠すメグ。

その反応でプリスは気づいた…住民の義肢が既に町内で一般流通したということは、義肢の技術が完成したということでもある。

ではその先に何をするか。改良、製品仕様の変更など様々にあるだろう。だが、メグが行おうとしているのは―――


 《バルベナですね》


 指摘され、メグがビクリと肩を震わせた。

どういうことかとアニィが視線でメグに回答を求めるが、当のメグは顔を真っ赤にしてうつむくのみであった。

クリン医師は隣で苦笑するのみ。どうやら彼には事情が分かっているようだ。


 「バルベナさんの…それは、義足なんですね」


 姫町長ことメグが持つ義足のパーツは、改めて見ると人間の身長よりも大きい。

金属パイプ一本の太さも、人の頭ほどもある。人間が使う物ではなかった。


 「…そうですのよ。今のわたくしの技術では、まだ歩ける程度のものしかできませんけれど。

  でもバルベナがせめて自分の意志で歩けるように、くらいは…してあげたいんですの…

  きっとわたくしの押し付けでしょうけれど。けれど…その……」


 恥ずかしそうにうつむくメグ。つぶやく声に申し訳なさが混ざる。


 「…素敵です」


 だが、アニィは素直に彼女の好意を賞賛した。うつむいていたメグが顔を上げる。

他人のことでありながら、アニィは自分のことのように幸せそうに笑っている。


 「メグさんは、バルベナさんのことが、とても…この世界で一番…大事なんですね」

 「せ、せかい………   ……ええ。ええ、大事ですわ」


 つられたメグも、うつむき気味ではあるが、花が咲いたように幸せな微笑みを浮かべた。

アニィが一瞬、悲し気に目を伏せたのは、家族に愛されなかった過去を思い出したからか、それとも愛し合う2人への羨望か。


 そして二人を見ながら、プリスはパルとの会話を思い出していた。

自分はアニィのことが好きだ。少なくとも、種族や『ドラゴンラヴァー』としての関係抜きに、心配するくらいには。

ボルビアス島でヒナを交えた夕食の時、アニィの幸せそうな顔に、ふと自身も気持ちが暖かくなるのを感じていた。

心配するくらいには、という程度の好感ではない。感じたことの無い温かな感情。


 《……何なんですかねえ》

 「プリス…?」


 プリスの小さなつぶやきに、アニィは振り向いて何事かと問う。

しかし自らも回答を持ち合わせていないプリスは、曖昧に笑ってごまかし、話題を変えてはぐらかした。


 《時にお嬢さま、バルベナはどうしてます?》

 「あちらの厩舎にお迎えしましたわ。これから体のサイズを計って義足を組み立てるのですけど、お会いになります?」


 メグが差した「厩舎」とやらの方を見た。

明らかに他のドラゴンの厩舎、あるいは先ほどの集落の厩舎よりもだいぶ大きい。

確かにバルベナは、この町のどのドラゴンよりも大柄な体格ではある。

彼女を休ませるには、相応の大きさが必要なのであろう。

遠目に見た限り、彼女が暴れ出しても崩壊しないよう、金属を多用してかなり頑丈に作られている。


 …それはいいが、何の意味があるのか、信じられないほど華美な装飾も施されていた。

外壁や屋根も美しい花の彫刻で飾られ、いったいどこの王国の離宮かと思わされる豪奢さであった。

バルベナはまさにその中に放り込まれたわけで、居心地が悪くないか、そして町民の反応はどうなのかと、プリスは気になって仕方ない。


 《………町の人から苦情来ませんでした? こんなもんに俺達の血税使ってんじゃねえウスラボケって》

 「た、多少…いえ、全て私財から出しましたもの。それは大丈夫でしたわ」

 《ならまあ、良いんですけど。アニィ、どうします? バルベナに会います?》

 「ん…先に協会に行ってからかな」


 そういえば、とプリスは思い出した。山脈で邪星獣を斃した分の報酬を、まだ受け取っていない。

そちらの事務手続きを済ませてからでも良いだろう。プリスはアニィについていくことにした。


 「では、後でいらして。バルベナもきっと楽しみにしてますわ」

 《…楽しみにねェ…じゃ、あとで行ってみましょうか、アニィ》

 「うん」


 アニィは診察台から降り、マントを羽織ってブーツを履き、画板などが入ったバッグを肩にかけ、外に出た。

プリスの背に乗り、姫町長ことメグとクリン医師に見送られて協会へと赴く。

すれ違うたび、道行く人々が好奇の目でプリスを眺めては通り過ぎていく。


 プリスは、あらためて町を見渡した。

人間の農業をドラゴンが手伝い、大きな農具を引いて畑を耕している。

シーベイやヴァン=グァドでも似たような物だった…と、思う。

畑の持ち主とは仲が悪くないようだが、通りすがりに挨拶をしていく人間には何も返さない。

これがドラゴンの通常の姿である。共に生活した人間とは農業の手伝いをする程には仲が良いが、それ以外は無関心。

人間が羽虫の生涯に思いを馳せることなど無いのと同じだ。パッフやクロガネ、そしてバルベナが例外なのだ。


 そしてこうまで考えている自分自身は、やはりアニィに対して強い関心を持っているのだと、改めて実感した。

その関心はとても暖かく、心地よい―――ドラゴンとして生を受け、初めての感情だった。

ふと軽くアニィの方を振り向く。何事かと小首をかしげるアニィ。


 「どうかした?」

 《何でもありません》


 ただアニィの顔を見てみたかっただけと、自身でも理解できない衝動だった。

それゆえに返事は冷たくならず、アニィも何も言わずほほ笑んだ。



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