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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第四章:想い知り初めて-Dragon's Euphoria-
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第六十一話


 《はっはっ、ハァァ!?》


 思念を伝える魔術故、その慌てっぷりは音声として明確に外部に伝わった。

その叫びを聞いたパル、そしてパッフまでが思わず吹き出す。

バルベナが向けた怒りの視線は、しかし照れているだけとすぐに分かり、全く恐ろしくはなかった。


 《アホかテメェら、誰があんなクソお嬢と友達か!》

 「でも、少なくともメグをメグだと(・・・・)認識してるね? ドラゴンなのにさ」

 《ぐぬっ…》


 ―――ドラゴンは、通常は人類を個体名や個体ごとの属性では認識しない。

『ドラゴンラヴァー』の選定か、パルとパッフのように幼いころからともにいるかしなければ、まずありえないことだ。

ドラゴンにとって、人類が『人類である』以上の認識は、生育環境で覆されないかぎり、まず無いのである。

しかしどちらとも異なる関係でありながら、バルベナは明確にメグのことを「お嬢」と呼んでいる。


 「ドラゴンが人間をその人自身だと認識するってのは、その人がよっぽど嫌いか…

  それとも、よっぽど好きかって時だけらしいよ」


 反論しあぐねたバルベナは、今度こそぷいとそっぽを向いてしまった。

敵意ではなく、明らかにこれは照れ…好意の裏返しであった。

その気配にヒナは嬉しそうに微笑んだ。


 「なるほど、アニィ殿の言うとおりだ。お二人の関係は素敵だな」

 《ほっとけ!》

 「いいじゃない。あたしそう言うの好き」

 「クルクル♪」

 「ゴゥ~♪」

 《ほっとけっつってんだろテメェらコノヤロかじるぞ》


 パッフとクロガネまでが楽しそうに笑う。バルベナは怒りと照れくささに、パル達を背後から尻尾でぺしぺし叩いた。

彼女の表情が人類と同じなら、首から上が真っ赤になっていたことだろう。バルベナは、間違いなくメグを愛している。

邪星獣に襲われたとしても、彼女は今の全身全霊でメグを守るはずだ。


 そして―――メグもバルベナを愛している。両者の間には、間違いなく愛がある。

お互いに向けあう瞳の深い優しさ、慈しみ。何物も間に入れぬ愛情が、間違いなく存在していた。

 その優しい目が、相手をいつくしむ目が、いつしかプリスからアニィに向けられていたことに…

メグ達を見たパルは、この時初めて思い至ったのである。




 ヒナの危惧とは裏腹に、一行は無事アグリミノル町に辿り着いた。

到着した頃には雨が止んでおり、代わりに風がだいぶ冷たくなっていた。

程よいタイミングで目が覚めたアニィは、門を抜けた向こうの景色に目を丸くした。

町の中心の商店街には石畳が敷かれ、建築物は木の骨組みと塗り固めた土でできている。

商店街の露店には新鮮な肉や野菜が並び、それ以外にも様々な武具や生活用品の店が並んでいる。

ほぼ孤立した山間にありながら、シーベイやヴァン=グァドほどではないにしろ、ここもまた文明的な土地だ。


 「みなさま~、ただいま戻りましたわ~」


 メグは町民たちに向かって手を振った。途端、町民たちが歓声を上げて手を振り返した。


 「お帰りで、姫町長!」

 「そちらの皆さんは? ここにお引越しで?」


 集まってきた町民たちの好奇の視線は、アニィ達、そして後列で2頭のドラゴンの背に横たわるバルベナに向けられる。

獣車から降り、メグはアニィ達を順々に紹介した。

バルベナの紹介だけ、少しだけ長くなってしまったのはご愛敬だ。

客車の中からアニィはその様子を見ていた。


 「旅の方たちと、わたくしの命の恩人のドラゴンですわ。

  それで、おひとり具合の悪い方がいらっしゃるの。病院は開いてまして?」


 メグに問われて出てきたのが、白く清潔な服を着た初老の男だった。

ふと、その男の姿に違和感を覚える。何かが他の人間と違う…


 (何だろう…腕…腕が変なのかな…?)


 それは白服の男だけでは無かった。集まった町民、全員がどこか立ち姿に違和感がある。

だが体調不良で眩暈のするアニィには、それどころではなかった。


 「開いておりますよ、姫町長。すぐ運んでください、だいぶ具合が悪そうだ」

 「判りましたわ。アニィさん、少しだけお待ちくださいましね!」


 そう言うとメグは再びひらりと御者台に乗り、手綱を引いて町の片隅の建物の前で停めた。

当然プリスも、そしてパルとヒナ、パッフとクロガネも横についてくる。

パッフらの背に乗せられたバルベナも同様だ。

看板には「ドクトル・クリンの魔力診療所」と書いてあった。

プリスと同じく横についてきたのは、先刻の白服の男だ。どうやら彼がドクトル・クリンらしい。


 「この方はニクラス・クリン先生ですわ。アニィさん、もう大丈夫ですからね」

 「ん…はい……」

 

 パルとヒナが客車からアニィを下ろし、診察室まで運んでいる間、メグはクリン医師を紹介すると、てきぱきと診察の準備を始めた。

自ら獣車でバルベナを迎えに行ったことと言い、姫町長という呼び名に反し、彼女はなかなか活動的らしい。

パルとヒナがアニィの靴を脱がせ、マントも外して診察台に寝かせる。

プリス達ドラゴンが、窓の外から診察室を覗き込む。

幾分か具合が良くなっていたとはいえ、まだアニィの顔色は悪い。

アニィの額の上に手をかざし、クリン医師は診察を始めた。


 「む……!」


 途端、医師は手を放した。驚愕に両目を見開き、彼はもう一度アニィの額に手をかざした。


 《どうしたんです、ドクトル?》

 「うぅむ…これはもしかすると、私の手には負えんぞ」

 《いきなり職務放棄ですか》

 「いや―――アニィさんと言ったか。最近好戦的になったり怒りっぽくなったり、そんなことは無いかね?」

 「え…えっと、判らない…です…」


 真顔で医師に尋ねられてアニィは首をかしげたが、心当たりがありすぎるその問いに、代わりにプリスが答えた。


 《好戦的なのかは判りませんが、邪星獣との戦闘に入る時、やたら簡単に気持ちが切り替わるんです。

  何のためらいもなく闘い始めるというか…》

 「む…なるほど」


 プリスの答えを聞き、続けて医師はもう一つ問う。


 「では、心身の疲れはひどい?」

 「はい…でも、この手袋をはめてからは、体の疲れは大丈夫なんですけど…」

 「今の具合は? 正直に」

 「ええと………少しだるい、くらいです…」

 《…何が少しですか、全身泥のカタマリみたいになってるくせに》


 アニィとプリスの返答に、クリン医師は診察台から離れ、書架の横に詰まれた本の中から、1冊を取り出した。

凄まじい速さでめくり、あるページで止まった。


 「やはりそうだ…何度か症例は見たが、私のような凡才ではどうにもならん」

 《どういうことです?》

 「恐らくこの症状だ。御覧なさい」


 ドラゴンが会話している事実も淡々と受け流し、クリン医師がプリス達にページを見せた。


そこに書かれていたのは、魔力の干渉で起こる精神の変調症状であった。

あまりに強大な魔力を持った場合、それが脳に影響して、時に過剰に攻撃的になったり、逆に虚脱状態になる時がある…という症状だ。

また、慢性的かつ過度な心身の疲労は、この症状に起因していることが多いらしい。

詳しい原因や治療法は判明しておらず、医学的な治療は困難ないし不可能とされている。


 「つまり、今のアニィは心の病気ってこと…?」

 「少し違うが、変調がひどい場合は病気と考えた方が良い。

  応急処置としては、とりあえず眠らせて、心を落ち着かせるくらいだね」

 「クル~……」


 不安そうにアニィを覗き込むパルとパッフに、クリン医師は苦い顔で答える。


 「では先生、入院病棟に運びましょう。パルさん達はアニィさんの荷物をお運びになって。

  アニィさん、ちょっとだけ揺れますわよ」

 「え? はい…」


 担ぎ上げられて運ばれるのかとアニィは思ったが、メグが頭側、クリン医師が足側に回り、診察台の端のレバーを押し下げた。

ガチャリと軽金属の音が鳴ると、アニィ自身が横たわるマットレスが、1ドラクローほど持ち上がった。

突然のことに驚く間もなく、ガラガラと音を立てて診察台はメグに押されていく。

台を支える脚には車輪が備え付けてあった。

それこそワゴンの如くメグはアニィを乗せた診察台を乗せ、入院病棟の小さな部屋に入ると、部屋の隅で医師と共にレバーを押し上げた。

再び金属音が鳴り、診察台が低くなる。車輪が診察台の脚の内側に折りたたまれたらしい。

初めて見る設備にアニィは驚き、思わずメグに尋ねた。


 「メグさん、これって…?」

 「移動式の診察台ですわ。患者さんを運ぶのに便利なんですのよ」


 現代社会で言う所のストレッチャー、つまり移動式の診察台である。

ヴァン=グァドですら見たことの無い設備に、アニィ達は感心するばかりであった。

アニィに毛布と枕を手渡しつつ、医師が尋ねる。


 「ところで、現時点で何か薬は飲んだのかね?」

 「私が今朝差し上げたものを。マウハイランドで摘んだ、メディスリ草で作った丸薬だ。

  解熱と軽い睡眠導入、それから滋養強壮の効果がある」

 「ほお、あの山脈でメディスリを見つけたのか! それならしばらく大丈夫だな。

  では固形栄養食と、何か飲み物くらいでいいか」


 ヒナが作ったという丸薬に、クリン医師はいたく感心した。

医師は棚の引き出しから木の箱を取り出すと、蓋を開き中味に木のナイフを入れ、いくつかに切り分けた。

ケーキか何かを焼く途中のような芳香が漂った。

火の魔術を応用し、加熱しながら切っているようだが、一体何を切っているのか…

クリン医師がその中から一片をアニィに手渡す。手のひらと比べてもだいぶ小さい一片だ。

どう見ても焼き菓子であるそれは、医師によれば栄養食であるという。

パルの手伝いで体を起こしたアニィは、栄養食を受け取ると上から下から眺めまわした。


 「これを食べて、お茶を飲んだらしばらく寝ていなさい。

  ただ、あくまで応急処置であることを忘れずにね」

 「はい…」


 小さな栄養食を一口で食べ、予想外の味わいに、アニィは小さく目を見開いた。


 「おいしい…」

 「だろう。小麦農家や菓子職人と一緒に作った物だ」


 栄養食であって薬ではないらしく、ヒナの丸薬のような苦みは全く無かった。

火の魔術でカットしながら側面を焼いたためか、焼き菓子特有の香ばしさが強く舌に残る。

クリン医師が言う通り、まさに菓子の触感と味だ。子供でも食べやすいだろう。

本格的な薬品ほどの効力は無いのだろうが、口の中に苦みが残ったまま眠れないよりはだいぶ良い。



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