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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第四章:想い知り初めて-Dragon's Euphoria-
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第五十八話


 程よく涼しい空気の中、アニィは目を覚ました。

木製の高い天井が真っ先に目に入り、次いで背中や後頭部に当たる藁の柔らかさに気付く。

体に掛けられた3人分のマントが暖かく、心地よい。

昨日のことは虚ろに憶えており、どうやら自分達がどこかの厩舎にいるらしいことはすぐ理解した。

横を向くと、プリスの穏やかな寝顔が見えた。途端、プリスがいることに心が安らぐ。


 「……あ」


 ふと自らの手を見ると、無意識のままにプリスの爪を握っていた。

昨夜眠る直前に握ってから、眠っている間ずっと放さずにいたらしい。

改めて思い出し、気恥ずかしさに顔を赤くして、そっと手を放した。


 《…おや、アニィ。おはようございます》


 その気配でプリスが目を覚ました。目が合うと、プリスは穏やかに笑った。


 「おはよう、プリス」

 《具合はどうです? 遠慮なしに答えなさいよ。

  邪星獣相手に体調不良を我慢してたら、余計に体を壊しますからね》


 プリスに言われ、アニィは自分の額に手を当てた。

呼吸の苦しさは無いが、まだ少し体が熱く、起きようとすると眩暈がした。頭痛もある。

すぐに闘うどころか、歩くにも苦労するかもしれない。


 「あんまり良くはない…かな……動けないほどじゃないけど…頭もまだ痛い…」


 邪星獣との戦闘の事を考慮して、あくまでも冷静に、自分が感じている事実だけをアニィは答えた。


 《じゃ、今日はどこかの村か街で休ませてもらいましょうか。邪星獣が来ないことを祈りつつ》

 「……いいの? 今日はアイゴール近くの街に行くんでしょう」

 《具合が悪いままのあなたを放ってまで、先を急ぎやしませんよ》


 プリスの言葉には、効率や事務的な雰囲気を一切感じさせない、誠意だけがあった。

余りにも意外なその言葉に、アニィは一時呆然として、何度か瞬きする。


 「……プリス。それは、プリスの意思なの?」

 《そりゃもちろん。何です、もしかして疑ってます? 私の事》

 「あっ…ち、違うの…あの……」


 怒らせてしまったかと、アニィは慌てて謝罪した。

その後すぐ、目を合わせないようにとうつむいてしまう。プリスは首をかしげて答えを待った。

アニィは頬を赤くして、ちらちらとプリスを見ながら、訥々と答える。


 「…何だか、すごく優しいから…昨日も…

  いつものプリスじゃないみたいで…何だろう…うぅん…」

 《……はっきり言われると、なるほどそうなんですね》

 「どういうこと…?」


 まあちょっと、とだけ答えてプリスは体を起こした。

天井近くにある小さな窓から、薄曇りのあさのひかりが差し込み、プリスの表皮の鱗を照らした。

太陽に照らされた時とは異なる、鉱石越しの陶器ににた純白の輝きに、アニィの目は惹かれる。

視線に気づいて見下ろしたプリスと目が合うと、恥ずかしさからアニィはすぐに目を逸らしてしまった。

視線が合うたびに頬を染めるアニィのことが、プリスには気になる…ただ、不調ではないようだと判る。

それ故、互いにどう声をかけたものかわからず、二人とも黙り込んでしまった。


 「………」

 《…………》


 目を合わせるに合わせられず、不思議な緊張の中、静かな時間を過ごす二人。

心地よくもちくりと針先が刺さるような小さな不安を孕んで、早朝の二人だけの時間が流れる。


 だが、その時間はすぐに終わってしまった。

ドラゴン用の扉のそばに陣取っていたヒナが、突然目を覚まして刀に手を掛ける。

クロガネも目を覚まして体を起こした。何者かが近付いているらしい。

我に返ったアニィとプリス、そして遅れて目を覚ましたパルとパッフも、扉に視線を向けた。

直後、扉の向こうから声が聞こえた―――おっとりのんびりした、柔らかな声だった。


 「あらあら…錠前がこんなに…人の腕力ではありませんわね。

  もし、どなたかいらっしゃるの? 出てきて頂戴な」


 その一言で気づいた。錠前を掛けた人物、すなわちここの家主だ。

声の高さからして、若い女性であるとすぐに分かった。

起き上がろうとするアニィを制し、パルが立ち上がって扉を開けた。

案の定、顔を見せたのは若い女性…それも服装などから、高貴な立場にあると判る女性だった。

年齢はアニィ達よりやや上であろうか。おっとりしてこそいるが、どこか堂々とした雰囲気もある。


 「……どなた?」


 それがアニィ達を見た彼女の第一声だった。

怪しむでも恐れるでもなく、とてもおっとりした声であった。


 「あの、ごめんなさい。友達が道中で具合悪くしちゃったんで、悪いけど休ませてもらってるの。

  あと焚火もしちゃって…火事にはなってないけど、本当ごめんなさい」


 敵対の意思はないと知り、パルは素直に謝罪した。邪星獣のことは口に出さなかったが、嘘はついていない。

厩舎を覗き込んだ金髪の女性と目が合い、アニィはぺこりと頭を下げた。

同じく敵ではないと理解したヒナは、しかしまだ刀から手を下ろさない。警戒は解いていない。


 「そういうことでしたのね。では、この錠前は…」

 「それはその…あたしが。緊急事態だったから」


 パルの腰に下がった短剣、居並ぶドラゴン達を見て、女性は理解したのかしていないのか、鷹揚にうなずいた。


 「事情は判りましたわ。あなた、具合はいかが?」


 突然話を振られ、アニィは慌てて答えた。


 「わ、わたし、ですか!? その…歩けなくはない、くらいには…」

 「それならもう少しお休みなさいな。治りかけの時こそ、しっかり休まなくてはいけないのよ」

 「はあ…」

 「そちらのあなたも、その剣から手を下ろして結構ですわ。

  わたくし、あなた達を責める意思などございませんもの」

 「う、うむ」


 にこやかな、そして堂々たる物言いに押され、ヒナは刀を放したのであった。

彼女の言葉には、不思議な押しの強さと同時に、善意が満ちていた。

ただ高貴なだけではない、(おさ)の資質を持つタイプの人間だ。

本来なら、突然押し入ったアニィ達のことを、彼女こそが糾弾すべきである。

だが、彼女は逆にアニィ達の警戒を解こうとしていた。

そしてその思惑通り、アニィ達はすっかり落ち着いてしまった。


 「あなた達、旅の途中ですのね。ここはわたくしの土地ですから、安心して休んでいらして」

 「…いいんですか? わたし達、知り合いでもないのに…」


 そうアニィが尋ねると、女性はにっこりと…まさに黄金にも似た輝きを放つように笑って、言った。


 「目の前の困っている人を放り出すなど、命ある者として出来はしませんわよ」


 その一言が決め手となった。ヒナはアニィ達に対し、大丈夫だとうなずいて見せたのだ。

邪星獣の敵意に対して鋭敏な彼女が、全面的に信用したのである。

アニィ達も、同じく彼女を信用することにした。彼女の申し出にパルが答える。


 「じゃ、お言葉に甘えて。もう少しだけ休ませてもらうね」

 「いくらでも構いませんわよ。ああ、そうそう。まだ名前を申し上げていませんでしたわね。

  わたくしはメイガン・ジョナ・ゴールディ。

  アグリミノル町長で、ゴールディ家第79代目当主ですわ。是非、メグとお呼びになってね」


 アグリミノル町、ゴールディ家…どちらも初めて聞く町と家名だった。

フェデルガイア連邦において、特に大きな立場というわけでもないのかも知れない…

ただ、アニィとパルは僻地の村出身、ヒナはヤマト皇国からの移住者である。

フェデルガイアにおける富裕層のことなど、彼女たちは知る由も無い。

アニィ達のそんな考えに気づいたふりを見せず、メグは小さく手を叩きながら言う。


 「そうだわ、朝食を持ってまいりましたの。ご一緒にいかが?」


 この上食事まで…とアニィ達は遠慮しようとしたが、その途端にグゥと腹の虫が鳴いてしまった。

最早遠慮するのも申し訳ないと考え直し、代表してパルがその申し出を受ける。


 「いただきます!」

 「では持ってまいりますわ。少々お待ちになって」


 メグは一度表に出ると、厩舎前に停めた馬車の荷台から弁当箱を取って戻ってきた。

蓋を開けると、焼いた薄切り肉を挟んだロールパン、新鮮な野菜サラダ、デザートのフルーツの輪切りが入っていた。

メグに許可を取って携帯食の残り分も焼き、アニィ達は食事を始めた。

自己紹介を済ませ、アニィが体調を崩したこと、そしてこの厩舎で雨宿りしていることをを改めて説明する。


 「なるほど…夕べは大雨が降りましたものね」

 「はい、それで体壊しちゃって…すみません、勝手に…」


 その大雨が邪星獣の仕業である可能性を、今の所アニィ達は黙っていた。


 「これからどうなさるの? そのままでは治るまで動けないでしょう。

  よろしかったらアニィさん、わたくし達の町でお休みになってもいいのよ」

 「…迷惑じゃありませんか?」


 一度プリスの顔を見てから、アニィは聞き返した。メグはにっこり笑い、鷹揚にうなずく。


 「構いませんわよ。我が町には宿もございますし、腕のいい医師もおりますもの」

 「アニィ殿。こういう時は、素直にご好意を受け取った方がよろしいと思うぞ」

 「あたしも同意見。一回しっかり休みな」


 パルとヒナもまたそれを後押しした。アニィはしばし逡巡し、もう一度プリスの顔を見た。

プリスは目線のみで、やはりパル達と同じ事を言う…つまり、厚意に甘えろと。

アニィはその返答を確かめ、うつむいてしばし考えると、意を決してメグの厚意を受けることにした。


 「じゃ…お願いします」

 「承りましたわ。では、ご飯を頂いたら早速参りましょう!」


 メグもニッコリ笑って答えた。

本当に良いのかと未だに思うアニィの無言の抗議を、プリスは笑みと首肯のみで封殺してしまった。

結局丸め込まれる形になり、いつの間にやらルート変更が決まっていた。



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