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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第四章:想い知り初めて-Dragon's Euphoria-
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第五十六話


 『WWWVOHAAAAA!!! ―――…』


 醜い絶叫が響くが、やがて流れ込む土砂の中に消えていった。それに続いて残る邪星獣も全て消失。

土石流は深い穴にすべて流れ込み、いつしか収まっていった。

だが、懸念が消えたわけではなかった。ヒナが上空を見上げる。


 「まだ上空の奴の魔力が消えていない。どうやら、今回の群れに属していなかったようだ」

 「すぐに襲ってきそう?」

 「いや、その気配は無い。こちらの状況が見えず、行動の方針が決まらんだけかもしれん…」


 不安そうなパルに、同じく不安の隠せない表情でヒナは応えた。

とはいえ、すぐに襲ってこないのなら、多少は休憩する時間ができたということでもある。

安全が確保できたことで、ドラゴン達は地面に降り立った。だが―――


 《アニィ。アニィ、ちょっとしっかりしてください。アニィ!》

 「どした、プリス!?」


 プリスがアニィに呼びかけている。

当のアニィは、ぐったりとプリスの背にうずくまっていた。

パルがパッフから降りて駆け寄り、アニィの顔を覗き込むと、頬を真っ赤にして苦し気に息を荒げていた。


 「…は………ぅ……うぅ…っぅ…」


 全身に冷たい雨を浴び続け、アニィはこの短時間で体調を崩してしまっていたのだ。

ただの発熱や寒気も、そもそも不健康気味のアニィにとって重症になりかねない。

パルは自分のマントをアニィの体に掛けた。濡れてはいるが、無いよりはましだろう。


 「集落に泊めてもらおう。みんな、急いで!」

 「クル!」


 全員が急いで集落に駆け込む。だが人の気配は全く無い。

パルがいくつかの家屋の戸を叩いてみたが、返事は全く無かった。

都合よくドラゴン用の大きな厩舎があるものの、その持ち主が住むであろう家も同様だ。

それでいて厩舎のドラゴン用の入り口扉は、頑丈な錠前が掛けられていた。

パルはパッフの背から降り、厩舎入り口の扉を叩いたが、やはり返事は無かった。


 「家主さんは別の場所に住んでるんだ。でも近くに村なんて無いし…」

 「パル殿、どうするのだ?」

 「……仕方ない、後で説明して謝ろう」


 どうする気かとヒナが思案していたところ、パルは身体強化魔術を自身の肉体に掛け、錠前を両手で握った。


 「ふんっ!!」


 直後、両手で錠前を引きちぎったのである。森に棲む怪物、シルバーコング並みの腕力だ。

ヒナとクロガネが、その思い切りの良さに驚愕する。

そしてこれもまた思い切り良く扉を開け、パルとパッフは厩舎に乗り込んだ。


 「よし開いた! お邪魔します!」

 「クルッ!」

 「む、無断で侵入など…いや、この際仕方あるまい」

 「まあね。親友が危ないのに、躊躇してられますかって!」


 余りにもためらいの無いパルの返答に、ヒナはどうにか納得した。

厩舎の中には特に人やドラゴンの姿は無い。

床面は土がむき出しで、奥の半分ほどに柔らかな藁が積まれているだけだった。

ヒナは念のため、周辺の気配を探った。直後、気配を一つ察知したのだが…


 「ヒナ、どう? 誰か隠れてない?」

 「屋外に何者かがいるな…だがこちらを攻撃する意思は無いようだ。探すなら明日でも大丈夫だろう」


 どうやら邪星獣の待ち伏せなどは無いようだと安心し、全員が厩舎に入る。

やっと雨から逃れ、パルとヒナは安心して顔や髪などを拭い、パッフとクロガネは体を震わせて水気を払った。

プリスが藁の山の前まで進むと、パルがその背からアニィを下ろし、草の上に横たわらせた。

そしてマントを掛け直してやろうとしたところで、ふと手を止めた。


 「服がずぶ濡れだ、マントも…こんなの掛けたらかえって具合悪くしちゃうな、乾かさなくちゃ」

 《しかし我々、誰も火の魔術は使えませんよ。どうします?》

 「クル!」


 プリス達が難儀していた所で、パッフが魔術を行使した。

途端に全員の髪や服にしみ込んだ雨水が吹き飛び、一瞬で乾燥する。

アニィももちろん同様だった。これ以上雨の冷たさで体が冷えることは無くなった。

驚愕し、ヒナとクロガネが感嘆の声を上げつつ小さく拍手する。


 「おお…これはすごいぞ!」

 「グゴォ……」

 「パッフ、助かった! さすがあたしの相棒だ!」

 「クルル~♪」


 抱き着くパルと照れるパッフ。

その間にヒナは荷物の中から薪を取り出して重ね、藁を上に掛けて火起こし棒で着火した。暗い厩舎の中が炎に照らされる。

続けてヒナは先刻集めた薬草を取り出し、クロガネが吐き出した鉄弾の上で、何枚かの葉をまとめてすりつぶした。

熱さましの薬を作っているらしい。

一方のパルは、自身とヒナのマントをアニィの体に掛けた。

それから体を拭く布をパッフに濡らしてもらい、絞ってアニィの額に置く。

薬を指先で丸めつつ、ヒナがつぶやく。


 「これで少しは容体が落ち着くはずだ。…そうだな、家主には後で説明しよう」

 《人様の家に押し入った上に火を焚いたんですものね。謝って済めばいいんですけど》


 プリスがアニィのそばに座り込む。体が温まってきたためか、僅かながら呼吸が落ち着いてきた。

それでも汗が滝のように流れ、苦し気にうめいているのは変わらない。

パッフは手近な桶を引き寄せると、その中に冷たい水を満たしてパルに渡した。

パルはアニィの隣に座ると、桶を足元に置き、別の布を水に浸した。


 「初めての遠出っていうのもあるけど、やっぱり気持ちの疲れはあるんだろうね…」

 《気持ちが、ですか? 人間というのは、気持ちの疲れでも体調を崩す?》

 「うん。それが影響して体が弱って…って所。

  ずっと村で虐められてて、それが旅に出て自由になって…って、気持ちの振れ幅が大きくてさ。

  気持ちが滅茶苦茶で、体がついていけなかったんだと思う」

 《なるほど》


 ドラゴンであるプリスには理解しがたいことであった。

それでも、アニィの健康には精神疲労の影響も大きいことだけは理解できた。

一方、気になることをプリスは思い出していた。


 《パル、アニィは村にいた時からあんな感じだったんですか?》

 「あんな感じ?」

 《ええ…何というかこう、闘いに対して躊躇が無さ過ぎる気がするんです。

  邪星獣が出た途端、急に戦闘狂に切り替わるような感じで》


 言われてみれば、とパルは腕を組んで考え始めた。

パルが知っている限り、アニィは決して攻撃的な性格ではない。

虐待による怒りや恨み、そして自己否定は、忘れることこそあれども常に胸の内にあるだろう。

だが、パルもまたそれとは違うような気がしていた。


 「それは…勇敢さゆえにためらいなく戦える、というわけではないのか?」


 薬を作り終えたらしいヒナが、2人の横から尋ねた。それに対し、プリスは首を振って答える。


 《確かにアニィは勇気を持っています。しかしアニィの場合、どちらかと言えば…

  そうですね、『制御が無い』ように思うんですよ。あくまで私が見た感じ、ですが》

 「制御が無いか…うん、そんな感じだね。しかも本人に自覚がない。

  アニィは誰かと闘う事なんて考えてなかったはずだ。

  でも村にいた頃からそう(・・)だったのか、あたしにも判らない…」


 パルの言葉を最後に、その場が重い沈黙に包まれた。

何かが影響し、アニィは闘いへの躊躇を喪失してしまった…

あくまでもプリスの推測ではあったが、裏付けがいくつかあることが、推測に真実味を持たせていた。

シーベイの街で、過去の記憶から避難を促すことができなかったことはある。

だが闘いなど知らぬ彼女が、邪星獣との初遭遇時点で、何のためらいもなく挑んだのだ。

それからも邪星獣との闘いやヒナとの訓練で、その傾向を垣間見せた。


 《心の医師でもいれば、アニィを診て欲しいと思うんです》


 沈黙を破り、プリスがつぶやいた。パル達全員がそれにうなずき、同意を示す。

アニィは体の不健康さ以上に、村人のせいで心が痛めつけられていた。

渦巻く怒りが、ためらいを失くしているのかもしれなかった。

プリス達は、アニィとの会話においては常に彼女を傷つけぬ言葉を選んでいる。

だが、却って自分達がアニィを苦しめてはいないか…

アニィが無自覚に苦しんでいるのを、放置してはいないか…

先日アニィの事を気にし出した途端、プリスにはどうしてもその不安が捨てられなかった。


 《もしアニィを休ませる必要があるなら、旅を一時中断しても良いと、私は思います》

 「ご自身の宿命を放置されても、そう思うか?」

 《ええ》


 ヒナの問いに、プリスは躊躇なく答えた。同じ村で生活していたパルとパッフも同意する。


 「あたし達も賛成。アニィが自分の心を壊してまで闘うのなんて、見たくないもの」

 「クル……」


 そして答えこそしなかったものの、ヒナとクロガネも同じ意見だった。

心の疲労や傷は、本人にも他人にも分かりにくい。

恩人であるアニィが知らぬ間に苦しむことなど、彼女達にも耐えられることではなかった。

全員の意思は、アニィの心身の健康を優先とする方針で決まっている。

そしてその上で、アニィが願った通り、邪星獣を斃す旅は続けたいと考えていた。


 「ぅ…ん……」


 そこで、横たわったアニィが目を覚ました。



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