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【6万PV感謝!】ドラゴンLOVER  作者: eXciter
第四章:想い知り初めて-Dragon's Euphoria-
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第五十三話


 《根っこが持ち上がってましたものね。何かに引っ張られたんでしょうか》

 「いや……確かにその、『星を呼ぶ丘』の方には不吉さは感じるが…」


 ヒナも首をかしげている。


 「物理的に引き寄せられているような感覚は無いな…

  感知できぬほどに微弱な重力でも発生しているのか…」

 《ふむ…》


 プリスは上空を見上げ、木々、そして地面を見まわして、北の方を見る。

視界に入る限り、山の斜面の木も同様に傾き、根が持ち上がっていた。


 《倒木や土砂崩れの危険性があります。なるべく上の方を飛んで行きましょう》

 「そうだね…」


 プリスに倣い、アニィも尾根の方を見上げた。

仮に倒木や土砂崩れが起こった場合、平地を歩いて行けば間違いなく巻き込まれる。

いかにドラゴンと『ドラゴンラヴァー』が強靭とはいえ、大災害に遭って平気でいられるとは限らない。


 ただ、尾根もまた心配ではあった。標高が高くなると、空気が薄いのに加え、天候の問題がある。

風が山頂に向かって上昇し、水蒸気を含む空気が冷やされ、雲になり冷たい雨や雪が降る。

ただでさえ気温が低いところに雨が降るとなると、アニィの健康問題が心配であった。

しかも頂上に向かうほど気温が低くなる…物理的に経路を阻まれるか、ある程度防げる低温か。


 一応、火起こし棒と薪はクロガネが背負う荷物の中にある。

周辺には落ち葉や折れた枯れ枝があり、やや湿っているが乾けば充分燃料になる。

洞窟かどこかで雨をしのげれば…とは余りにも楽観が過ぎるが、それでも時間があれば、病を治療することはできる。

あくまで「不可能ではない」という程度のことだが。


 「うん…上の方を行こう。歩くより、少し急いで飛んだ方が良い。もう夕方だし」


 しばし逡巡していたアニィが決断し、仲間達の顔を見て確認した。

全員が首肯し、アニィに同意を示した。


 《最短ルートが不安でいっぱいってのは、いかにも苦難の旅ですねえ》

 「テントを置いてきたのはまずかったなあ…でも持ってきても荷物になっちゃうしなあ」

 「クルル~」


 パルの発言通り、ボルビアスで使ったテントはヴァン=グァドに置いてきてしまった。

というのも、この山脈に登ることは目的ではなく、あくまでも通過点である。

山脈を抜けた先では使わない可能性もあるだろう。

また、テントごと土砂崩れに巻き込まれる危険性も考えると、迂闊に使えないのもある。

世の中には異空間に物体を収納する魔術があるらしいが、不幸にしてこの中の誰も身に着けていなかった。


 《ヒナは気候の変化に注意してください。雨が降りそうならすぐ教えてください。

  パルとパッフは先頭で、前方の状況と地面の水分に注意。

  クロガネは後ろからアニィの体調を見ててください》

 「時間も遅いし、洞窟か何かあったらそこで一回泊まってご飯にしよう。

  この山脈を夜中に歩くのは、多分すごく危ないと思う…」


 プリスとアニィが行動方針を決めると、全員が同意した。

そして早速飛ぼうとすると、不意にヒナが足元の草を探り始めた。


 「クルル?」

 「薬草が無いか探しているのだ。いざという時のために」

 「サムライってそういうのも習うんだ?」

 「うむ、父上に教わった。それこそ指先だけで草の種類が判るほどにな」


 ヒナ自身が言うとおり、光を失ったはずのヒナは指先と匂いだけで薬草を探し当てていた。

躊躇なく引き抜いては集めるあたり、よほど訓練を積んだのだろう。

片手いっぱいになったところで小さな袋に入れ、カバンの中に押し込んだ。


 「すまぬ、待たせた」

 《構いませんよ。じゃ、いきますか》


 それぞれに相方を乗せ、ドラゴン達が飛び立った。

長い長い稜線の上空で、全員が一度振り返り、地上の木々を見下ろす。

パルが言った通り、ある地点から木が一斉に方向に傾いていた。それこそ、何かに引き寄せられたかのように。


 《…地滑りの類にしても異常です。完全にここから先、だけですね》

 「うん…」


 土が空気の層で僅かに持ち上げられたようになり、根が抜けかかって地面がだいぶ脆くなっている。

これが山の一部で起こったのなら何の異常も無い。

だが、アニィ達がいた地点から来た、ほぼ全域で起こっているのである。

と、不意にヒナが顔を空に向けた。


 「雨が近いな。空気の湿度が高くなっている」

 《雲も出てきました…少し急ぎましょう》


 全員が尾根のすぐ上で一旦空中停止し、先刻と同じ列で移動を開始した。

障害物が無い分、速度はかなり出る。1ジブリスで2ドラカイリ半(時速230km前後)は進むだろうか。

猛烈な速度で森林が後方へと過ぎ去り、同時に冷たい空気が全身を叩く。

プリスの背でアニィが震えた。


 「っ……寒っ…」


 プリスが振り向くと、アニィの顔色がやや青ざめていた。体調を崩す前兆かもしれぬと、プリスは内心で焦る。


 《すみません、アニィ…少し我慢してください》

 「ん、大丈夫…わたしは大丈夫だから。早く行こう」


 気丈にそう言うアニィに対し、プリスは僅かに疑いの目を向けた―――本当に大丈夫かと。

だが、アニィは穏やかにほほ笑んで答えるだけであった。


 《マントにしっかりくるまっておいてくださいね》

 「うん」


 それだけのやり取りを交わすと、パルトパッフを先頭に、やや急ぎドラゴン達は飛んでいく。

アニィはマントにくるまり、頬や口元も覆ったが、冷たく湿った風は容赦なく彼女の髪をなびかせる。

湿度の高い空気が、長い髪に少しずつ水滴を結んでいく。


 「山の上の空気がこんなになってるなんて、初めて知った…」


 ふと思い返したのは、村で狩りを行っていたドラゴン乗り達のことだ。

彼らは一度も山の話をしたことがなかった。近くの森でばかり狩りを行っていたのだろう。

意外だと一瞬思ったが、ヘクティ村では用具など揃わず、迂闊に山に登れば遭難でもしかねない。

彼らなりに賢明だったのか、それとも山が恐ろしかっただけなのか…


 《地面の上でも、標高が変わるだけで気候もだいぶ変わるらしいんですよ。特に空気が薄くなるとか。

  で、普通の人間ならそれに適応できず、具合が悪くなるそうです》

 「そうなんだ。プリス達は大丈夫なの?」

 《ええ。この程度の気温や空気の薄さなら、我々ドラゴンの体に影響はありません》

 「ドラゴンってすごいんだね…」


 自身の体調不良のことも考えず、アニィはただただ感心するだけであった。

アニィは西の方向を見た。太陽が幾分か傾き、沈みかけた夕日の朱色が暗くなりつつある。

周囲の森や他の山々が照らされ、低く降りてくる霧で景色がかすむ中、複雑な光のラインを描いていた。

少しずつ霧が濃くなっていく。空を見上げると、かすむ灰色の向こうに朱色の円が浮かんでいた。


 《視界が悪くなってきましたね…》


 プリスのつぶやきが聞こえる。ここで改めて、アニィは自分の体にまとわりつく霧に気付いた。

冷たいだけではない。視界が悪くなるということは、周囲の光景や邪星獣の襲来に気付きづらくなるということだ。

ましてこれから日が沈もうとしているのだから、なおさらである。

最後列のヒナが警告した。


 「今の所邪星獣の気配は無いが、気を付けてくれ。この霧と夜の闇に紛れて襲ってくる可能性がある」

 《ええ》


 先頭のパルとパッフも聞こえたらしく、軽く手と前足を上げて答えた。

ふとアニィは眼下の森を見下ろす。時折鳥や獣の声は聞こえるが、それ以外に動く影は特に無い。

邪星獣は小型でも2ドラーム近くのサイズになる。

体形や動き方もドラゴンに近いので、森を走れば木々の間から見えるだろう。


 ただ、先刻の警告の直後から、ヒナの表情が少しばかり険しくなった。

クロガネも困惑した顔で地上を見下ろしている。

危険そのものこそないが、警戒を解く気配も無い。何か、不安に感じるところがあるのだろう。

振り向いたアニィと、前を見ているヒナの覆面の目が合った。


 「ヒナさん、何かいそうなの?」

 「うむ…いや、邪星獣の気配は無いのだが…何か妙な予感がする…」

 「グゴォゥ…」

 「気配がしないだけで、実はいるんじゃないかって?」


 パッフの背の上で、前方を見張っているパルが振り向き尋ねる。


 「そうだ。だが断言しきれない」

 「うまく隠れてるのかもね。あいつら、後から来る連中に知識を引き継ぐらしいからさ。

  ヒナが気配に敏感なのも伝わったかもしれない」


 なるほど、とヒナはうなずいた。

邪星獣が後発に知識を引き継ぐことは、ヴァン=グァドを出てすぐに聞いていた。

気配に鋭敏なヒナに気配を悟られないような行動、あるいは生態を身に着けたのかもしれない。

全員が同じことを想像した。プリスがため息をついてつぶやく。


 《休憩も迂闊にさせちゃあくれんということですね。嫌な奴らです》

 「ごめん。嫌な不安を持たせた…」

 「クル~」


 申し訳なさそうに言うパルを、最悪の事態は想定しておくべきだとパッフが慰めた。

その意を汲んだか否か、アニィもつぶやく。


 「でも、そうだね…警戒はしてた方がいい」

 《私もそう思います。…少し早いですが、日も沈んできましたし。そろそろ休む場所を探しましょう。

  なるべく拓けたあたりで、浅い洞窟がいいでしょう》


 パルは地図を広げた。もう少し高く飛べば、山頂付近の岩肌が見えてくるはずである。

ちなみにこの速度にもかかわらず地図は飛ばず、千切れる気配も無い。

ヴァン=グァドで譲り受けた、怪物(モンスター)の外皮に印刷した地図だ。

かなり頑丈で、騎士団の遠征の時に使っているらしい。



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